三日目――南の村(2)
一とおりの武器を見繕ったボクノヤミがそれらを抱えて武器庫から出て来る。そのままオウギたちに近づくと、各種の武器を自身の足元に並べて置いた。オウギから見て左から順に【斧】・札・片手剣・弓・鎖鎌・【槍】である。
オウギのほうへと向きなおりながらボクノヤミが口を開く。
「オウギの異能は武器によって左右されない内容だったと思います。ですので、まずは使いたい武器を選びましょう。異能に武器の指定がある場合には――」
そこでオウギが割って入った。
「あっ、えっと……それはない感じです」
「なるほど。そうでしたら、ここにある武器を簡単に説明していきますので……聞きながらどれを使うのか決めてください。変えたくなったらそのときにまた変えればいいので気負わなくても大丈夫です」
うなずきながらオウギは「はい」と返事をした。
ボクノヤミがつづける。
「では、右から順に。斧は単純な武器の中では最も高い攻撃力を持っています。その反面とても重いので扱いにくいです。札はほかの武器とは異なり、魔力を消費して攻撃するという珍しい武器です。だれでも簡単にある程度の攻撃力を出せるので、力の少ない下人たちに好まれています。一番基本的な武器が次の片手剣ですね。たしか、キシニの武器もこれだったと思います。中々に扱いやすいことも片手剣の特徴です。弓と鎖鎌については先ほど少し話しましたね。魔物の羽と戦うことのできる武器です。すでにこれらの武器を使う下人たちの数はまあまあいますので、興味があるなら別ですが、そういう意味では選ぶ必要はありません。最後に槍ですね。槍は【射程】が長い反面間合いをつめられると、急に戦うのが難しくなります。……どれか使ってみたいのが見つかりましたか?」
話を聞く限りでは札か片手剣のどちらかになるのではないかと考えたオウギであったが、バシハが使っているような武器が見当たらないことに気がつき、それをボクノヤミに尋ねた。
「あの、短剣はないんですか?」
言いにくいことを話すかのようにボクノヤミが少し眉をひそめた。
「ないことはありませんが……短剣はほかの武器に比べて射程が余りに短いので、これはこれで扱いが難しいですね。バシハのように異能側の指定があるのでなければ、あえて選ぶような武器ではありません。個人的にもやめたほうがいいと思いますが『どうしても』ということでしたら、持って来ますが?」
オウギはなんとなく尋ねただけであったためにボクノヤミの言葉を慌てて否定した。
「い、いえ。大丈夫です」
「そうですか、賢い判断だと思います。……私としてはバシハにも異能を使わないときには短剣以外の武器で戦ってほしいんですけどね」
そう言ってボクノヤミが尋ねるようにバシハを一瞥する。一方のバシハはこれ見よがしに腰の短剣を引き抜くと、茶目っけたっぷりに口を開いた。
「残念でした~、俺はこれでも十分に戦えま~す。……それに真面目な話をすれば俺は器用じゃねえからな。ほかの武器を使って短剣の感覚を忘れたくねえのよ」
驚いたように目を丸くしながらボクノヤミが応える。
「あれ、そうでしたか。私はてっきり意固地になっているんだと思っていました」
無論、これはボクノヤミなりの冗談である。だが、少なからず「むきになっている」部分があるバシハとしては笑って流すことができない一言であった。悔しそうに口元を曲げながらバシハがそっぽを向く。そんな二人のやり取りをオウギはほほえましそうに見ていたが、それもボクノヤミがオウギに向きなおったことでおわった。
オウギに決断を促すようにボクノヤミが口を開く。
「……それで、どうしましょうか?」
緩んでいた口元を戻してオウギが答える。
「あっ……えっと、札が気になっているんですけど……」
ボクノヤミが柔和な笑みを浮かべながら大きくうなずいた。見るからにオウギは繊弱であり、ボクノヤミからしてもオウギの判断は悪くないものだったためである。無論、ボクノヤミの本心は、いずれはオウギに新人の育成における指揮官を任せるのであるから、それまでの間だけ戦えるものであればなんだって構わないというものである。そういう意味でボクノヤミが「札ならば教えることが少ないので楽だ」と思ったのは否めない。
ボクノヤミが数枚の札を拾いあげながら口を開く。
「少しだけですが……確認の意味を込めて迷宮へ向かう前に今ここで練習してみましょう」
そう言ってボクノヤミが札を一枚オウギに手渡した。
ボクノヤミがつづける。
「先ほども言ったように札は魔力を使って攻撃する武器です。オウギ、あなたは異能を使ったことがありますか?」
おずおずとオウギはうなずきながら答えた。
「あ、はい。一応……」
それを聞いたボクノヤミが心得顔でバシハを見た。バシハの「安全地帯をオウギに見せた」という発言から、その際に使用したのだろうという予想がついたためである。つかの間、ボクノヤミに視線を向けられてもバシハは知らん顔をしていたが、やがて諦めたように小さくうなずいた。それを見てボクノヤミもまたバシハを窘めるように大きくうなずいてから話をつづけた。
「でしたら、そのときのことを思い出してください。魔力を消費した感覚があったかと思います。同じような感覚で、札に魔力を込めていきます。慣れるまでは体中の魔力を一度お腹に集めてから、腕を介して札に魔力を注ぐようにしてみるといいでしょう。……では、やってみせます」
ボクノヤミが札を持った腕を明後日の方向に突きだした。まもなく、ボクノヤミが札を挟む指の力を緩めると、ひらひらと札が宙を漂った。
ボクノヤミがつづける。
「このように魔力を込めると、札を前後に移動させられるようになります。この移動は魔力を込めた直後のわずかな時間しかできませんが――」
そこで一度ボクノヤミは言葉を区切ると、別の札に魔力を込めた。ボクノヤミが指を離すと、今度は札が勢いよく直線状に飛んでいく。
「――慣れれば、このようにして長い射程を持つ武器になります」
言いおえると同時に二枚目の札が弾けるようにして内側から裂け、「ぶーん」という低い音とともにその中から鋭い針のような黒い光線が球状に飛びだして来た。光の全長は下人の頭ほどであり、十分な【攻撃範囲】を有している。
次第に小さくなっていく黒い光を指さしながら、ボクノヤミが話をつづけた。
「動かせる間はいつでもあのように札を起動させることができますが、それ以降は魔物に触れると、機械的に起動します。したがって、札は罠としても使うことができます。ただ、ある程度したら勝手に起動してしまいますので、その点は注意が必要です――」
言葉を区切ったボクノヤミがいつの間にか地面に落ちていた一枚目の札を持ちあげ、びりびりと破り捨てる。
「――ですので、これは危ないのでもう捨ててしまいましょう」
切れ切れになった札はオウギの見ている前で、中空に飲みこまれるようにして世界へと回収されていく。言わずもがな、二枚目の札も起動した直後には世界に回収されている。ゆえに、札は使い捨ての武器であり、資源が潤沢とはお世辞にも言えない三つ子村においては、数の問題でそれだけを自分の武器として使うことは禁じられている。これは村長であるマシサカが札と鎖鎌とを使っていることを見ればわかりやすいであろう。
ボクノヤミがオウギのほうに向きなおりながら口を開く。
「では、やってみせてください」
そう促されてオウギは異能を使ったときのことを思い出すべく目を閉じた。ボクノヤミに言われたとおりに腹部に力を込めるようにして全身から魔力を集める。魔力を感じ取る自信のなかったオウギはうまくできるか不安であったが、全神経を腹に集中させてみると、冷たいとも温かいとも言いがたいような不思議な感覚がわずかにあった。
オウギは思う――これが……魔力なのか?
魔力の感覚は少しでも気を抜けば霧散してしまいそうなほど微弱であり、自身の予想を大きく上回る「心もとなさ」に思わずオウギが苦笑いを浮かべた。集中を切らさぬように深く息を吸い、糸を手繰りだすようにしてゆっくりと札へ魔力を込めていく。自身の魔力が札へと注がれた――その瞬間、札の中に吸い込まれるようにして勢いよく魔力が持っていかれた。
『入った』
そう確信を得たオウギが札から指を離すと――果たせるかな、目を開けて見ればきちんと魔力を注がれた札が見事に宙を漂っている。オウギは無事にできたことに安堵し、緊張した体をほぐすように息を吐くが、それも一瞬。すぐに次の懸念が生じた。
オウギは思う――あれ? これってどうやって動かすんだろう……。
前に進むように念じてみるが、顔の筋肉がこわばるだけで一向に動く気配がない。それを見かねたボクノヤミが柔和な笑みを口元に浮かべながら口を開いた。
「祈るように」
意味をつかめなかったオウギは、つかの間、呆然としていたが、ボクノヤミの言わんとすることを理解すると、うなずきながら応えた。
「い、祈るように……」
心を落ち着かせ、異能の詠唱をするように胸のうちで何者かに訴えかける。間――髪を容れず、札が呼応した。つたない動きではあったものの徐々に札が前へと進みだす。
「やった、できた!」
うれしさのあまり、独白を口に出した。胸のうちでつぶやくつもりだっただけにオウギはバシハとボクノヤミとから温かな視線を向けられて恥ずかしそうに顔を赤らめた。
ここぞとばかりにバシハが茶化す。
「まだまだ――だけどな」
それを聞いたオウギはちょっとだけ嫌そうな顔をしながらバシハを見つめ返した。その間にも、オウギの放った札は着実に前へと進んでいたが、移動が可能な時間を超過したために間もなく地面へと落下した。安全を考え、間違っても下人にあたらぬように明後日の方向へと飛ばされた札を拾いあげたボクノヤミはそれを当然のように破きながらオウギに向かって口を開く。
「では、今度は起動させてみてください」
そう言って二枚目の札をオウギに手渡す。受け取ったオウギが今度は円滑に魔力を札に込めていく。指を離すと、のろのろと札が前に動いていく。
オウギは思う――あれ……起動したら自分にあたるんじゃ?
そのようにオウギが思っていると、ボクノヤミから「後ろに下がるように」と指示を受けた。見れば、バシハとボクノヤミとはすでにオウギから離れた位置に立っている。二人に倣ってオウギも慌てて駆けだした。
走りながら祈るようにして何者かに訴えかける。間――髪を容れず、背後から黒い光線が響かせる低い音が聞こえて来た。
オウギは思う――しまった……見られなかった。
だが、ボクノヤミはオウギの失敗を気にすることなく、小さくうなずきなら「上出来です」と口を開いた。つづけてボクノヤミが言う。
「見ていただいたように札は使い捨てです。私たちの村にはたくさんの札があるわけではありません。そのため、残念ですが、札を単独で使うことは禁止しています。ですので、オウギも札以外の武器を一つ選んでください――ただし、弓も同じ理由で単独での使用を禁止していますので、弓以外でお願いします。……それに今のままではオウギは札を武器として使うことは難しいでしょう。そういう意味でも、ぜひ」
困ったように笑うオウギであったが、使う武器はもう決まっている。言わずもがな、片手剣である。それを知ってか知らでか、オウギよりも一足早くバシハが背中を押すように口を開いた。
「ぱっと見て使いたい武器がねえなら片手剣にしとけ。さっきボクノヤミが言ったように基本になる武器だから失敗はねえよ」
オウギはうなずいてそのようにボクノヤミに伝えた。それを聞いたボクノヤミが自身の腰に佩いてある片手剣を抜いてオウギに差し出す。
「わかりました。試しにこれを振ってみていただけますか?」
意味をつかめなかったオウギであったが、言われるまま袈裟懸けをするように持ちあげた片手剣を上段から斜めに振りおろした。快い「ひゅん」という音こそ鳴ったものの勢いが止まらず、態勢を崩したオウギはそのまま転びそうになった。再び、恥ずかしそうに顔を赤らめたオウギが二人を見た。ボクノヤミは柔和な笑みを顔に張りつけたままであったが、バシハは明らかにオウギを馬鹿にするように笑っていた。
ボクノヤミが口を開くより一足早くバシハがオウギを茶化す。
「札よりは断然増しだってよ」
バシハの冗談はなまじ事実であるだけにボクノヤミもオウギを庇うようなことはせず、バシハを窘めるように一瞥しただけであった。オウギから片手剣を返してもらいながらボクノヤミが口を開く。
「オウギには比較的軽めのものを持って来ますので、二人はもう集合場所に戻っていてください」
返事をしたオウギとバシハとが当番の下人たちが集まっている場所へと歩いていった。
21/1/20――作中用語にルビが振られていませんでしたので修正しました。本文69段落目の「『ぶーん』という低い音」という表現を「黒い光線が響かせる低い音」に改めました。また、本文73段落目の「オウギより一足早く」という表現を「オウギよりも一足早く」に改めました。また、いくつかの句読点を削除しました。また、いくつかの句読点を追加しました。
21/2/14――副題を変更しました。旧題は「三日目――迷宮(2)」です。




