はじめに・献辞・序章
はじめに
登場人物の名前および作中用語については初回のみ隅つき括弧(【】)を用いた。ただし、作中用語のうち登場人物の必殺技にあたるものについては初回か否かにかかわらず二重山括弧(《》)を用いた。
献辞
謹んで二つ結びに捧げる。
序章
こつこつ。
歩道橋の階段を一人の人間――名は【オウギ】――がおりている。オウギは在籍している学校へと向かっている最中であった。
オウギがおりている「その歩道橋」はずいぶんと古びたものであり、ところどころ塗装が剥げていた。手すりを使えば、手のひらに塗装の一部が剥がれてくっついて来るほどである。一段一段の段差がえらく低い「その階段」をおりながら、オウギは二日前に怪我をした左目の目じりに手をあてていた。
その怪我は妙なものであった。小さな怪我であったため、瘡蓋はすでに取れ、傷もすでに塞がっているのだが、いつまで経ってもオウギからは「治っていないような感覚」と「怪我をしたところにできた【黒い痕】」とが消えないのである。結局、左目の目じりには遠目にもわかるほどにくっきりとした三本の黒い痕が残ってしまった。
『嫌なものが残ってしまった』と、そう思いながらオウギが歩道橋の階段をおりていく。おりおえると、学校への道順にそって反転して体の向きを変えた。朝日が背中からあたるようになった。
暖かく、そして眩しい朝の日の光を背中に受けながら、オウギは歩道橋をくぐるように「その下」へと入っていく。歩道橋の陰の中に自身の体が完全に埋もれると、オウギはそこで立ち止まり、現在時刻を確認するべく携帯の画面を点灯させた。表示される時刻は午前八時より少し手前――このまま歩いていけばいつもよりも学校に早く着いてしまうことは明らかであった。
オウギは思う――まだ全然時間がある……。どうしよう、通信網の記事でも見ようかな。
手持無沙汰な様子でオウギは通信網の記事を眺めていく。少しすると、一つの記事が目に留まった。それはオウギが慕っている遊戯開発者【イチノ=タカラ】の記事であった。
『イチノ氏、新しい遊戯を開発!』という見出しからはじまる記事を開く。すぐに、それが記者とタカラとの対談形式の記事であることをオウギは理解した。記事の中身については時間のあるときにじっくりと読むことに決めると、オウギは今すぐにでも知りたい遊戯の種類についての情報を得るべく、記事を斜め読みしていく。
……イチノ氏といえば、浪乗車の事故で奇跡的な生還を果たしたことでも有名ですが……。
……これは私の持論だが「人生には一度だけ失敗を覆すための機会が与えられている」。あのときの奇跡について、私はそのように……。
……私にはどうしてもやりたいことがあった……。
ほどなくして、目当ての情報をオウギは見つけた。
オウギは思う――な~んだ、種類は防衛遊戯か。僕は疑似体験が好きなんだよ。敵よりも圧倒的に強化した仲間を使ってする「脳死遊技」とか、すごく気持ちがいいんだけど……。そっか、タカラさんは防衛遊戯みたいに「頭を使う感じの遊戯」が好みだったのか。
自身にとって好ましいものではなかったものの、ひとまず目当ての情報を得られたことに満足すると、オウギは携帯を消灯させて衣嚢の中へとしまった。そして、オウギが「そろそろ学校に行こう」と歩きだした――ちょうどそのとき、オウギは足元に一輪の花が咲いているのを見とめた。
黄色い、小さな花である。
薄暗い影の中に身を潜めた「その一輪の小さな花」は、石畳の上という花を咲かせるには似つかわしくない場所であることも相まって花を見とめたオウギに奇妙な印象を抱かせた。一瞬、「どこか別の場所から迷いこんだみたいだ」と思ったオウギであったが、すぐに「そんな馬鹿なことあるはずがない」と頭を二度三度、左右に振って自身が抱いた考えを否定した。
ふと、そこでオウギに声がかかった。高く、澄んだ美しい声である。
「久しぶり」
声には聞き覚えがあり、オウギの胸中には形容しがたい「懐かしさ」が広がった。しかし、オウギには心当たりの人物という肝心なものがまるでない。「あれ? いったい誰だっただろうか」と声の主を確認するべく、オウギは足元の花を見るためにをさげていた視線を上にあげた。
見た。
おかしなものを見た。
決してこの世のものではないものを見た――世界である。歩道橋の下にある階段の陰の向こうに白い光に包まれながら別の世界が広がっていたのである。
「……嘘、でしょ?」
思わず声が漏れていた。声の主なぞ確認している場合ではなかった。
「いやいやいや! たしかに、さっきは……」別の場所から迷いこんだみたいだ――なんて思ったけれど。
挙動不審になりながらオウギが後頭部を掻きむしる。
「でも、まさか――そんな」
『――ことあるわけがない』と、オウギが心中で慌ただしくそう思っているうちに白い光がオウギの見ている目の前で、少しずつその範囲を広げていった。いたく驚いてオウギは思わず尻もちをつく。だが、それだけである。オウギは何もできなかった。声なき声こそあげたものの、自身へと迫って来る白い光に対して抗うことはできず、オウギは尻もちをついた格好のまま別の世界――【キザワシカ】――へと飛ばされた。
21/3/14――いくつかの余白を追加しました。




