9話 パーティ
「じゃあ、私の場合は誰か前衛が居たほうがよさそうですね」
あれから10分と少しくらいだろうか。
2人でベンチに座りながら、例えば魔物との戦闘の様子であるとか、戦う際に気を付けた点など色々と話をした。
そして、簡潔に言えば今のマイが1人で魔物と戦うのは不可能と判断した。
「うまいこと1体だけの敵を見つけられれば大丈夫ですけど、万が一を考えると……」
今のキャラクターの構成はあくまでクローズドテスト中だけの物だからとお互いの構成を話したところ、マイはかなりピーキーな構成をしていたのだ。
まず能力値は力と体力がそれぞれ2であり、HPの最大値はわずか5であること。
そしてスキルも【武器熟練《杖》】と【生産《裁縫》】、あとは全て魔法熟練系スキルを選択していた。
MPは多少多く、最大値が14となっているが問題は別にある。
いくら魔法をたくさん覚えていても、今使える魔法はどれも単体に攻撃するものか戦闘には直接関係がないものなのだ。
先制で圧倒できる1体が相手ならば問題ないが、複数に囲まれてしまえばそれで終わりだし、MPが尽きてしまっても回復するまでは杖で殴ることしかできない。
そしてなによりきついのが、索敵する術がないことだ。
これでは1体だけを狙って見つけるのは困難だし、もし見つけられたとしても戦闘中に別の敵に乱入される恐れがあるのだ。
「魔法が使ってみたかったので選んでみたんですけど……失敗しましたかね……」
「いや、魔法職として悪い構成ではないと思いますよ。ただ、1人だと序盤がとにかく辛いとは思いますけど……」
とはいえ、魔法職としてみればそう悪くはないはずなのだ。
問題なのは唯一、その構成を序盤で活かすには盾役が必要なことだけだ。索敵できずとも盾役さえいれば何とでもなるのだから。
落ち込むマイに対して悪くはないと伝えるが、それでもソロで動くには無理があるには違いない。
そしてマイの現状は、少しくらいサポートをしてあげたほうがいいだろうと思うのに十分だった。
「もしよかったら、一旦パーティを組んで外に行ってみますか? それで少しでも強くなれば1人でも狩りに行けるようになるかもですし」
「えっ! その、いいんですか? 多分ご迷惑かけちゃいますけど……」
マイがまた少し不安げな表情をしながらほんの少し期待したような目で見上げてくる。マイからしてみれば願ってもない申し出だが、現状、自身がお荷物であることは明らかだからだろう。
しかし俺はそこまでお荷物とは思っていなかった。
そもそも、火力――敵に与えられるダメージ量――と手の数が1人では足りていないのだ。そのため誰かと一緒に狩りに行くのは俺にとってもある程度得なはずだ。
「ええ。私としても後衛がいる状態での戦闘とか経験してみたいですから」
「じゃあ、その……よろしくおねがいしますっ!」
マイが勢いよく立ち上がり頭を下げると長く降ろした髪がふわっと舞った。
いくらフルダイブとはいえ髪の毛の1本1本までもが丁寧に動くその様子に驚きを覚える。
今まで出会った男達はみんな髪が短めであったし、女性はあの3人組の紅一点であるミナと受付にいた職員エルマの2人のみ。そしてその2人は俺の前であまり大きい動きをしておらず、今回のような髪がふわりと動く光景を目の当たりにしたのは初めてだった。
「じゃあパーティの申請をするのでちょっと待ってください。えっと――」
そう言いながらコンソールからパーティ画面を開き、その右上に表示された『追加』の文字に触れるとパーティに追加する候補の名前の一覧が出てくる。
どうやら近くに何名かプレイヤーがいたようで4人の名前が表示されたが、その中から『マイ』を選んで触れる。
するとマイ側に何か許可するかどうかの画面が表示されたのだろう。マイが指を動かすと今度は俺の目の前に『マイがパーティに加入しました』と表示された画面がポップした。
結成後のパーティ画面ではドロップ品の配分方法などの細かい設定もできるようだが、ひとまずは初期設定のままでいいだろう。
なにか変えたくなったらその時に変えればいいのだと画面を閉じた。
「よし、できた。よろしくお願いします」
スッとベンチから立ち上がりマイに伝える。
本当は資料室を覗く予定だったが、ここにはまた後で来ることにしよう。
◇
「プロボック! よし、魔法頼んだ!」
「うんっ! アイスランス!」
時刻は18時、つまりマイと出会ってから3時間――現実ではその半分の1時間半――が経過していた。
目の前にはグラスボア2体がおり、2人の役割は俺がタンク、マイがアタッカーだ。
この3時間で2人は既にかなりの数の敵を倒している。
最初はただ俺が見つけた敵を先に小突き、そして盾で守りながらマイに攻撃させるだけであった。しかし狩り始めて20分ほどで【防具熟練《盾》】のスキルレベルが3に上がると1つ武技を覚え、それにより状況が一変した。
その武技が今使ったプロボックであり、効果は敵を挑発し使用者に引き付けるというもの。このおかげで、わざわざ1体だけでいる敵を探さずともよくなったのだ。
そしてもう1つ、狩りを順調にさせたのがマイの覚えた新スキル【MP自然回復量上昇】だ。
もともとマイのMPの自然回復量は俺と同じく10分で1回復であった。
それが能力値の上昇により最大MPが15となってからは10分で2回復に変化し、さらにしばらくして【MP自然回復量上昇】を覚えると10分で3回復となったのだ。
このおかげで息切れを起こすことなく狩りを続けられた、というわけだ。
「とどめ! うぉらっ!」
最後に残った1匹に剣を突き立てるとグラスボアが光を放って消え、ドロップアイテム画面がポップする。
戦闘終了だ。
『【武器熟練《片手剣》】のレベルが上昇しました』
『能力値が上昇しました』
「おつかれ、マイ」
「カナタもお疲れ様」
流石にこれだけの間狩りをしていると2人の関係もある程度変化しており、最初のような丁寧語での会話ではなく砕けた口調になっていた。
そもそも、狩場に出てくるまでの間の時点で歩きながらかなり長い時間話をしていたのだ。
長時間丁寧語を使うのは疲れるというのもあり、次第に2人の口調が変わっていくのはある意味当然だった。
「にしても、これだけ狩り続けてもまだ現実だと1時間半しか経ってないんだよな……そう思うとなんだか感覚が狂ってくるな」
「あー……確かにそうかも。現実だとまだ……14時前かな?」
「だな。で、マイのステータスは今どんな感じになった?」
「ん、ちょっと見てみるね……えっと――」
途中、1体だけの敵を見つけたときにわざと1人で戦ってもらうなどしていたため、少なくとも体力が1上がったという報告はあった。
しかし、1人で問題なく狩りができるレベルとなるともう少し何か成長が必要だろう。
「あっ! 氷がレベル3になって使える魔法が増えてる! アイスウォールだって!」
「おお! 範囲攻撃系だったりしないか? もし範囲系なら1対1だけじゃなくてもいけるんじゃない?」
「どうだろ? ちょっと一回使ってみるね」
そういうや否やマイがアイスウォールを発動させると、地面を割るような音と共に高さ1メートル、横2メートルほどの氷の壁が現れた。
現れた際の勢いはまあまあある。しかし範囲攻撃というと微妙な大きさのそれを少し残念に感じつつ、文字通り壁、つまり敵からの攻撃を防ぐ目的なら問題ないのではと思い至った。
「これがあれば1対2までなら安定して戦えそうじゃない?」
「え? ああそっか! 1対1を2回にすればいいんだ」
「そうそう。これでなんとかソロでも十分やっていけるようにはなったかな」
「よかったー……ほんと最初はどうなることかと……」
マイは少し安心したような顔でそう言うと、ふぅと息を吐いた。
もちろん俺が助けずとも、誰かに頼んでこの状態まで来ることは可能だっただろう。そもそも女性というだけで協力してくれるプレイヤーは多いはずだ。
しかしこのみんなが好き勝手楽しんでいる中でその協力を得る手間を考えるとなかなかに面倒なはず。
特に一番最初など魔物に魔法を撃つのさえ少しおっかなびっくりで『介護』されていたマイならなおさらだ。
「本当にありがとうございました! これで私も――」
そこまで発して言い淀む。
そして何か考えたような素振りをした後、また口を開いた。
「……あの、カナタが良かったらだけど……もうちょっと一緒にパーティ組めませんか……?」
少し申し訳なさそうに、そしてまた少し丁寧な口調になったマイが提案してくる。
おそらくマイとしては貴重なクローズドテストの時間を俺から奪ってしまっている認識なのだろう。事実、まだギルドの資料室に行けていないのであながち間違っているわけではない。
しかし、俺からしてみれば願ってもない申し出だ。もとから想像してはいたが、明らかに1人で狩るより楽だからだ。
もちろん特定のスキルを上げにくいだとかそういったデメリットもあるが、そんなものは後からいくらでも取り返しがつく。
そしてなにより、1人で狩りをしている時より楽しかった。
「もちろん! 1人で狩るよりずっと楽だし、むしろこっちからお願いしたいぐらい」
ゆえに、こう返す以外あり得なかった。
「やった! よろしく、カナタ!」
両手で小さくガッツポーズをしてぴょこんと可愛らしく跳ねる。そして髪がまたふわっと動く。
なんとなく、微笑ましいなんて思う。
「ああ、改めてよろしく」
マイの右手には杖が握られているからと左手を出すと、マイがその手を握り返し勢いよく上下に振る。
勢いのあまり体まで上下に揺れるマイの姿に、なんというか学生時代に戻ったような感覚を覚えつつ、ひとしきり振られた後で手を離し話を続ける。
「んじゃあ、ひとまずはそろそろ街に帰ろうか。流石にそろそろ暗くなり始めると思うし」
「あーそっか……。この辺りは灯りとかないから真っ暗になっちゃうのか……。暗視いいなあ」
「まあ街でランプとかその手の物買えば代用は効くんだし、しばらくはそれで我慢じゃないか? 最悪、ランプだけ買ってすぐここに戻ってきてもいいわけだしね」
「だね! とりあえず一回帰って、戦利品の確認しよっ!」
途中からインベントリの確認をやめたこともあってどの程度溜まったかわからないが、おそらく相当数のアイテムがあるだろう。
街でゆったりしつつ確認するのを楽しみにしつつライアへ向かった。