8話 冒険者ギルド
お待たせしました。ヒロイン登場回です。
目の前には周囲と比べてひと際大きな建物がそびえ立っていた。レンガ造りで威風堂々としており、頑丈さ、そして力強さを思わせる、そんな建物だ。
正面の大きな両開きの扉の上部には剣と盾をモチーフとした紋章が描かれた看板が設置されており、ここが噂の『冒険者ギルド』のようだ。
このギルドに到着するまでに時間はほとんどかからなかった。
というのも、噴水広場のベンチから出発して、一番近くの道の入り口に建てられた看板に『ギルド街』と書かれていたからだ。
『冒険者ギルド』以外にも『商人ギルド』や『職人ギルド』など、複数のギルドが存在するのがこの通りであるらしく、その規模からこの辺り一帯をギルド街と呼んでいるようだ。
一度試しにコンソールからマップを開いてみたが、近場全域がギルド街と表示されていたため相当広いようだ。
両開きの扉のうち、右の扉の取手を掴み少し力を込めて手前に引く。すると、そこまで重さを感じることなくスッと開くのだった。
「あっ光の民の方ですか?」
建物内に入った直後、どこかから女性に声をかけられた。
扉に向けていた目を入り口正面に向けてみると、扉から少し離れた位置にある、正面向かってやや左に位置するカウンターのその奥から声をかけてきたようだ。
立ち位置からしてギルドの職員だろうか。
「はい、光の民のカナタといいます」
背が低めで顔も小さく綺麗な顔立ちをしている女性職員に、プレイヤーからの人気が高そうだななんて思いながら、目の前まで歩いていき問いかけに対して答える。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。私はギルド職員のエルマと申します。初めて拝見したお顔でしたのでお声がけさせてもらいました」
エルマは元気よく俺へ告げたあと、ペコリとお辞儀をする。
話の内容からして、どうやらかなりやり手なようだ。おそらく既に相当数がこのギルドに流れ込んでいるだろうに、しっかりと顔を覚えているらしい。
新卒での入社後に、初めて配属された先の先輩全員を覚えるのに2週間もかかった俺とはえらい違いだ。
まあ夢のないことを言えばAIだから当たり前なのだが……。
「ご親切にどうも。ここは総合受付……のようなところでしょうか?」
「はい。ここでギルドの説明ですとか、登録を受け付けているんです。もしよろしければ各種ご説明いたしますがいかがされますか?」
「是非、お願いします。まだあまり詳しくないので」
詳しいことはほとんど知らないが、ゲームの世界で『冒険者ギルド』というくらいなのだから多少は想像がつく。それならば『あまり』と言ってしまっても構わないだろう。
「かしこまりました! では、ご説明いたします」
相槌や質問を交えながら5分ほど説明を受けた。
まず、冒険者ギルドは予想どおり冒険者の支援をしている組織であること。
その主な支援内容として、依頼の発注であるとか魔物の素材や遺物の買取、他には各種資料の提供や仲間の斡旋などを行っていること。
そして他にも冒険者用の訓練場や酒場の運営であるとか、現在は受けられないが熟練職員による戦闘指南も行っているらしい。
あとはギルドの登録に関しての話だ。
まず登録すると星が1個と簡単な個人の情報が描かれたギルドカードが渡される。このカードは身分証のような扱いになっており
、またその星の数がギルドランクとなっているようだ。
依頼の完遂や遺跡の発見報告および遺物の納品であるとか、何かしらギルドに貢献するにつれてランクが上がり、ランクが上がると受注できる依頼の種類が増える等特典があるとのことだった。
ただし、必ずランクをあげなければいけないというわけではない。あくまで上がると利点があるというだけだ。
最悪登録するだけして、まるでペーパードライバーのようにただの身分証として使うことも問題ないそうだ。
「なるほど……登録することのデメリットも特にないし、興味があるならとりあえず登録してしまって問題ない、ということですね」
「その認識で問題ありません。強いていうならば、各ギルドのどれか1つに最初に登録する際には手数料がかかりませんが、2つめ以降は登録時に手数料が多少必要なことでしょうか。例えば、もし商人ギルドのみ登録するご予定だったのにこちらで登録してしまうと、2つめ以降となる商人ギルドでの登録に手数料がかかる、といった感じです」
「であれば、冒険者ギルドのみ登録予定か、元から複数登録するつもりの場合はデメリットがありませんね。よし、今から登録をお願いしてもよろしいですか?」
「かしこまりました! では――」
そこまで言うとエルマはカウンターの下に手を伸ばし、大きい水晶玉のような道具をカウンターの上へと置いた。
「こちらの道具に手をかざしていただけますか? こちらにかざして頂くことでギルドの登録が完了する仕組みになっているんです」
仕組みの詳細はわからないが、まあ魔法がある世界なのだからこれくらいは朝飯前なのだろう。
特に疑問に思うこともなくスッと手をかざして5秒ほど待つと、キュインと水晶から音が鳴った。
「はい、ありがとうございます。もう手を下げられて構いません。では、今からカードを取りに行きますので1分程お待ち下さい」
エルマはまたペコリとお辞儀をして、カウンター奥にある扉を開け、中へと入っていった。
なにかこの水晶と対になるような道具でも置いてあって、そちらでカードを作成するのかもしれないなんて思っていると、また扉が開きエルマがカウンターへと戻ってきた。
そしてその手には名刺――横9.1センチ×縦5.5センチ――よりもわずかに大きい程度の硬そうなプレートが握られていた。
「お待たせいたしました。こちらがカナタさんのギルドカードになります。無くされた場合の再発行には基本の1万ギルにランク数をかけた額を頂くこととなっていますので無くさないように気をつけてくださいね」
プレイヤーにはインベントリがあるのだから無くすことはそうそうないとは思われるが、現在の所持金を考えると無くすと再発行は不可能だ。紛失には十分気をつけるべきだろう。
そんなふうに思いながらカードを見てみると、一番左上に大きく【冒険者ギルドカード】と、そしてその下にそれよりは小さな字で【名前:カナタ】、【クラス:ソードマン】、【ギルドポイント:0】と上から順に書かれており、そして左下には明らかに小さく【登録日:2033/04/01】と、【登録した街:ライア】と書かれていた。
右側には説明の通り星が1個だけポツンと書かれ、余白が少し寂しくも思える。
身分証代わりにもなり得ると言うことは、例えば見知らぬ地で家を買う時──そんな機能がこのゲームにあるのか知らないが──などに、この星が多ければ多いほど手続きが楽であったりなどありえそうだ。
現実だって、身分がしっかりしていると手続きが速いなんてよくある話だ。現状法律的には無職なせいで今のマンションに転居するときに本当に苦労したものだ。
カードの確認を終え、右手の人差し指でトントンッと2度触れてインベントリに格納して顔を上げる。
そしてエルマへと向き目が合うと、ニコッと微笑みながら俺へと話しかけてくる。
「以上でご登録は完了となります。資料室のご利用でしたら右手奥の階段を登った2階へ、依頼の確認であれば左手奥の掲示板をご確認下さい。その他、例えば冒険者の斡旋など何かありましたらまたこのカウンターへお越しくださいね」
「ありがとうございます。まずは資料室へ行こうと思います」
感謝を告げ軽く会釈すると、エルマもまたペコリとお辞儀をして返し別れる。
企業の受付などはよく、その企業の顔であるなどと言われるものだ。それを考えるとエルマはギルドの中でも外見や対応の腕などかなりレベルの高い者なのだろう。
また次に来たときにいるのがエルマか別の職員かはわからないが、おそらく別の職員もそういった者なのだろうななどと思いながら教えてもらった階段から2階の資料室を目指すことにした。
階段は広めの幅がとられた木造の作りで、ゆっくりと階段を上っていくと、折り返し地点の踊り場に1台のベンチが置いてあることに気づいた。
その様子に、昔行った地元のデパートに雰囲気が似ているなんて感じながら曲が――
「きゃっ!」
体に軽くトンッと何かが、いや誰かがぶつかり少しよろけた。
すぐさま正面を向いてみれば相手もバランスを崩してしまったようで床に座り込んでしまっている。
これはまずいと手を差し出しながら相手に声をかけた。
「っと、すみません。大丈夫ですか?」
「ああいえ、大丈夫で……す。ごめんなさい。少しよそ見してました」
俺の手を握って立ち上がりつつ、相手の女性が少し動揺しながら答えた。
どうやらぶつかった女性、恐らく服装からプレイヤーと思われる女性もよそ見をしていたらしく、お互いよそ見していたせいでぶつかってしまったようだった。
そして、こちらを見て少し動揺したその様子から、彼女もこちらがプレイヤーだと気づいたのだろう。
「いえ、私もそこのベンチに気を取られてまして……。お怪我がなくてよかったです」
スッと立ち上がったその様子からどうやら怪我はしていないようだと安心しつつ、繋いだ手をそっと離す。
そしてなぜか心配した俺に対し、数秒ほど間をあけて女性は少しふふっと笑い、指をスッと動かしてコンソールを開いたようだった。
「この世界、ちょっとしたことじゃケガもしなければHPも減らないみたいです」
どうやらステータス画面を開いて現在のHPを確認していたようだ。
言われてみれば当然だ。現在の最大HPはわずか13、この程度で1とか2とか減るはずがなかった。そもそもグラスボアの突進を盾で受けた際にもHPは減らなかったのだ。この女性との衝突がそれ以上の衝撃であるはずなどないのだ。
「ああそれもそうか……。この程度でHP減ってたら大変ですもんね」
「ですね。けど、やっぱりコンソール弄りながら階段降りるのは危ないですね。今後気を付けます」
「まだ色々気になることが多くて注意散漫になりやすいですからね……。私も気を付けます」
お互いが軽く頭を下げる。流石に謝り合戦はここらでおしまいでいいだろう。
顔を上げて目が合うと2人して軽く笑いあう。
「えっと、プレイヤーで合ってますよね? 私プレイヤーと初めて話しました!」
「ええ。プレイヤーのカナタといいます」
「よかった! コンソールって言ってから、あれ、プレイヤーだよね? って不安になっちゃって。あっ私はマイです!」
そう自己紹介する女性を改めてみてみる。
背はかなり小さい。160センチほどだろうか。顔も綺麗に纏まっており、現実であればモデルやアイドルであってもおかしくはない。肩幅は狭く少し華奢で、僅かに茶色がかった髪が胸の下あたりまでサラリと伸びていた。
そしてなにより、耳が尖っていた。恐らく彼女の種族は【エルフ】なのだろう。
耳以外は先ほどのギルド職員と似通った特徴をしているのに、それと比較して一切の遜色がないどころか圧倒的に上回るその容姿に、少し見惚れてしまいそうなほどだ。
もちろん、ここはゲームで目の前の女性が自身で外見を設定したものだ。キャラクターをわざわざ醜く作る者などそうはおらず、カッコいいまたは可愛らしい見た目をしたプレイヤーが多いのは当たり前である。
「マイさん、よろしくおねがいします。初めてってことはマイさんはどなたか知り合いと始めたわけではないんですね」
「そうなんです。今までゲームとかほとんどやったことが無くて、友達もみんなそんな感じで……」
公式サイトに大した説明もなければチュートリアルもなく開始早々投げ出されるのだから、一般的なゲームに関する知識を持たずに始めたのであればなかなか大変なのではないだろうか。
「珍しいですね。それだとここまで来るのもなかなか大変だったんじゃないです?」
「一応、人の流れに沿って歩いたらここまでこれたのでそこはなんとか……。けどギルドって何ってところから分からなかったので、受付さんにすごいいろいろ説明してもらっちゃいました」
「それで、そのまま資料室で勉強して今に至る……って感じですか。魔物と戦ってきた感じだと、慣れない人が1人で進むのは結構大変そうでしたけど大丈夫ですか? 受付で冒険者斡旋とかもしてるそうですけど……」
「大体そんな感じです。うーん……ちょっと不安……かも……」
マイが不安げな顔をしつつ、こちらを見つめる。
どうすべきか……。
もしこのまま俺が去ってしまえば、マイは楽しめずにゲームを辞めてしまうかもしれない。せっかくのゲームなのにそのままやめてしまうプレイヤーが出るのは……嫌だ。
いや、答えは決まっているか。
「もしよかったら戦ってきた時の様子とか色々お話ししますけど、今お時間はあります?」
「えっ! いいんですか? 私は夜7時まで……えっと……今15時だから……あれ?」
「今は現実だと大体12時ちょっとくらいですよ。だから現実夜7時だとするとたぶんこちらの朝5時くらいじゃないかな?」
やはり相当に困っていたのだろう。かなり食い気味に反応するマイにそんな感情を抱く。
それにしてもこの時刻の表示はなかなかにわかりづらい。いっそ視界の右上の時間表示を現実とこちら両方表示できればとも思う。
「なら朝5時までは時間あります! お願いしてもいいですか?」
「じゃあちょっとそこのベンチで話しましょうか」
せっかく踊り場にはベンチがあるのだ。立ったまま話すよりはいいだろうとマイに座るように促す。
さて、まずは何から……ああそうだ、装備を取り出すことからにしよう。
そんなことを思いながら、2人でベンチへと腰かけた。
【ステータス】
変化なし
【インベントリ】
・グラスラビットの皮 × 6
・グラスラビットの魔石 × 1
・冒険者ギルドカード New
所持金:5460ギル