7話 昼食(EDDA)
「すいません、肉募集してたのって貴方ですか?」
再びゲームの世界に戻ると時刻は14時10分。
噴水広場に向かうと、中央から少し外れた位置東門側の道近くに背丈の少し高い男が立っていた。俺と同じような布の服を着ていることから間違いなくプレイヤーだろう。彼の隣には小さなコンロやフライパンなどの調理道具が置いてあり、明らかにこの男がダイキから聞いた人物だろうと当たりをつけ、話しかけたのだった。
「ん? おう、そうだ! いやーついに狩りから戻ったやつが来たか! あまり高くは買えねえけど買い取るぜ」
どうやら間違えていなかったようだ。初ログイン直後にここを通った時にはこの辺りにこれらの道具は配置されていなかったし、おそらく初期資金で彼が揃え、置いたものだろう。
「合っててよかったです。今、グラスラビットの肉が12個とグラスボアの肉が3個あるんですけど、買うならいくらになります?」
「グラスラビットなら1個30ギルで買うぜ。ただグラスボアは……んーそうだなレベル的に……1個50ギルかな? そっちはまだ【生産《料理》】スキルのレベル上げねえと作れないみたいで、いまいちわかんねえんだわ。俺としちゃ買いたいが、もし割安だったら申し訳ないしグラスラビットだけでも構わんぜ?」
「ああーなるほど。いえ、グラスボアも売りますよ。その金額でトレードをお願いします」
どうせ大した額が変わるわけでもないだろうしこのまま売って問題ないと判断して、彼にそう告げる。
そしてインベントリを開くと、画面上部のトレードの表示に触れる。まだ一度も使ったことはないが触れてみれば使い方はわかるだろう。
どうやら触れるとすぐ近くのプレイヤーの名前が表示されるようになっているようで、画面には『ランドル』と映し出されていた。
名前に触れると今度はトレード画面が開く。画面右側が自分の、左側が相手のアイテムが映し出されるようで、またこちらに開いたと同時にランドル側のトレード画面も開いたようだ。
「えっと、ランドルさんであってますよね?」
「おお、トレード画面ってこんな感じなのか。ランドルであってるぜ。アンタはカナタ……だよな?」
「ええそうです。じゃあ今肉をトレードに出すので」
「おう! じゃあこっちも金を」
インベントリにあるグラスラビットの肉に触れると『情報』、『トレード』と表示され、『トレード』を押すと個数を入力するための0〜9の数字板が現れた。1、2と続けて触れることで12個選択でき、OKを押すとトレード画面へとアイテムが移る。グラスボアの肉でも同様に3個選択し終えると、トレード画面の右側にはグラスラビットの肉×12 グラスボアの肉×3 と、左側には510ギルと表示されていた。
あとは画面下部の承認にお互いが触れてトレード完了のようだ。
「毎度あり! いや、こっちが買った側だし違うか……?」
「まあいいんじゃないですか? それより、グラスラビットの肉で今から料理作るんですよね? もし良かったら1つ、売ってくれません?」
せっかくなのでゲーム内でも料理を食べてみたい。実のところ、ダイキに話を聞いた時から、どのような味か楽しみにしていたのだ。
「おお、まじか! 1個50ギル予定なんだが構わねえか?」
「えっそれだと安すぎません? 仕入れ値とか人件費とかもろもろ込みの原価を商品の値段の3割くらいにするのが妥当ってよく聞きますけど」
「あーまあ確かに売れても利益はほんの少ししかないんだけどな。どっちかっていうと多少安くても早く売れた方がスキルレベルを上げやすいと思ったんだよ。それに通常プレイヤーの金の稼ぎ方もまだよくわかってねえからみんな金欠気味だし。それでスキルレベルの上がる今のうちはこの値段で売るのがいいんじゃねえかってな。それに問題あるならオープンテストの時に変えりゃいいしな!」
ニッと笑いながらランドルにそう言われ、確かに一理あると思わされた。
それに利益も多少は出て、かつ本人がいいと言っているのだ。それならばこれ以上言うのは野暮だろう。
「あーなるほど。じゃあ、それでお願いします。会計はどのタイミングで?」
「会計は料理完成後の受け渡しの時だな。じゃ、今から作るからちょい待っててくれ! ああ、そうそう。面倒だし丁寧語じゃ無くてもいいぜ? 俺も普通にタメ語で話してるしよ」
「ん、じゃあそうさせてもらうよ。あーやばい。ゲーム内初料理楽しみだな」
「ありゃ、まだこっちで食ってないのか。それならなおさら頑張って作らんとな! ギルドの酒場とかで早速飲んでるやつもいるみたいだし、カナタもどっか探してみたら楽しいと思うぜ」
どうやらプレイヤーメイド以外でも料理は食べられるようだ。まあ、そうでなかったらこの世界の人たちは何を食べているんだという話だし当たり前か。
「そうしてみるかな。そういやスキルでの料理ってどのくらいで出来上がるもんなんだ?」
「一応説明とか読む限りだといくつか作業するとあとは一気にできるみたいだからそこまで掛からねえっぽいぞ? まあ今から俺が作るから見てればわかるさ」
そりゃそうだと返して料理の工程を見学する。
ランドルがフライパンを持つと、おそらく彼の視界にのみ映る画面が現れたのだろう。指をスッと動かしたところ、肉含めいくつかのアイテムが現れ、料理が開始された。
その後、彼がフライパンを動かしたり何か調味料を追加するなどしているうちにみるみるアイテムの様子が変わっていき、1分ほどして料理が軽く光を放ち、光が収まると大きなソテーが焼き上がっていた。おそらくこの状態が完成形なのだろう。
「あいよおまち! グラスラビットのソテーだ! 50ギル貰うぜ」
ランドルがインベントリから紙皿を出してその上に料理を置き、これまた安価そうなフォークとナイフと共に目の前に差し出す。
そういえば、トレード画面で取引するのはインベントリに入ってるアイテム限定ではないか? こういう買い物での支払いはどうすればいいんだろうか。
「……こういう時のトレードって、一回インベントリにしまって貰ってからやるのか……?」
「ん……? あー確かになんか面倒だなそれ。なんか別の方法ありそうじゃねえか?」
「だよなあ。あ、そもそもアイテムの受け渡しってトレード画面関係なくできるのか」
よくよく考えてみれば、先程の画面を使わないとトレードができないのであれば、例えば戦闘時に回復アイテムを渡すなど、気軽に物を渡す行為が一切できない。それは不便すぎる。
恐らくだが、取引する物が大きかったり多い場合であるとか、持ち逃げ――金銭を渡す前に物だけ受け取って逃げるなど――を防止したい時に使うのが正しいのだろう。
「ああ、それもそうか。んじゃあカナタに50ギル出してもらって、手渡しだな」
インベントリ下部の所持ギルに触れるとトレードの時同様、いくら取り出すか指定するための数字板が表示された。どうやらここで50ギルと入力すればいいようだ。
5、0と入れてOKと押すと、手のひらに銀色の硬貨が5枚現れた。これが1枚10ギルなのだろう。まだ見ていないからわからないが10ギルで銀色ということは1ギルが銅、100ギルが金なのかもしれない。
「よし出せた。ランドル、受け取ってくれ」
「あいよ! んじゃあカナタも料理もってってくれ! 向こうにベンチがあるから食うならあそこがおすすめだぜ」
そういってランドルは左奥、俺から見て右奥側を指差す。その指の先に顔を向けると【遠視】がなくてもギリギリ見えるくらいの距離にベンチとテーブルが見えた。確かに食べるのにちょうど良さそうだ。
「ありがとう。また肉だとか、なんかしら食材を手に入れたら売りに来るからよろしく頼む」
「おう! こっちこそよろしく頼むぜ! 次来る時までにはもっと色々作れるはずだから楽しみにしてな!」
なんとなく彼とは長い付き合いになりそうだなんて思いつつ、じゃあまたと言ってランドルと別れてベンチへ向かう。
近づいて見てみれば、背もたれのついた2人から3人掛けのベンチが2脚と、その間を挟むようにテーブルがあり、全て木製でできていた。
幸いベンチ周りには誰もおらず、1人でゆっくりと料理を堪能できそうだ。
テーブルの上にソテーを乗せた紙皿を置いてベンチへと座り、一緒にもらっていた安物と思われるフォークとナイフを両手に持ちいざ実食だ。
「うまっ!」
所詮弱い魔物から手に入れた肉だ。それも料理スキルのレベルだっておそらく1とか2程度だろう。ランドルには申し訳ないがそこそこ美味しければ御の字だろう程度に考えていたのだが、想像以上に美味しく驚いて声が出る。
大学生の頃、当時付き合っていた彼女とのデートで美味しいと評判の店にランチに行ったことがあるが、そこで食べた1600円くらいの料理より間違いなく美味しい程だ。
比較対象がほぼ10年前の学生時代な時点で、現在彼女がいるかはお察しだが。
驚きでゆっくり味わえなかったソテーをもう一度口へ運び、ゆっくり味わい堪能する。
今後ゲームを進めていって色々素材を集めればまた美味しいものが食べられると思うと俄然やる気が湧いてくるというものだ。
そして、ついでに現実でのことを考える。
もちろん現実にだって美味しい食べ物などいくらでもあるし、今の俺ならいくらでも高いお店に行けるだろう。
しかし、数年前まで生活費を切り詰めて貯金していたことに加え、今まで配当金として手元に入ってきた金のほとんどを株の買付に費やしていたため、現実でおいしいものを食べるだとか、贅沢をするといった考えが頭から抜け落ちていた。
今、ソテーを食べたことでようやくそのことに思い至り、流石に少しくらいは現実でも贅沢しようと心に誓うのだった。
その後数分ほどで完食し、また少し休憩だ。とはいえ満腹感はあっても苦しさがない。
先ほどまで目の前にあった大きなソテーは現実なら20分くらい動きたくないと思いそうな量であったし、こういった違いはフルダイブならではであろう。
一息ついていると、視線の先でまた1人、新しくゲームを開始したプレイヤーが現れた。
驚きと喜びから声を上げており、あのプレイヤーも今から精一杯楽しむのだろうと思うと、なぜかこちらも心が躍るような気分になってくる。
しかし、流石にこのまま新人観察――俺自身も新人だが――を続けるのはなんだか趣味が悪い。そのうちこの席を使いたい人も現れるだろうし、少し休憩を終えたらなるべく早く、また狩りにでも行くべきだろう。
そして、そういえば狩りに行く前に街で何かをする予定だったはずだと思い直し、今までの記憶を整理していく。
そう、ギルドだ。正直ギルドを今後あまり活用するとは思えないのだが、少なくともダイキの言っていた資料室とやらは行っておくべきだろう。
グラスラビットとグラスボア以外の魔物の知識であるとか、そもそもこの辺りの地理であるとか、場合によってはスキルのことも何かわかるかもしれない。
どうせならダイキ達にギルドの場所を聞いておけば良かったなんて思いつつ腰をあげ、ギルドを探すことにするのだった。
【インベントリ】
・グラスラビットの皮 × 6
・グラスラビットの魔石 × 1
所持金:5000ギル → 5460ギル