episode2『紫己と銀河』
「…で、本家を飛び出してきたわけ? サイフも携帯も持たず、ただぽてだけ連れて?」
時刻は午後8時。
紫己の家のリビングルームにちょこんと正座をして、芹七は小さく肩をすくめた。
お説教は覚悟していた。いつものパターンだ。
「そんなカッコでウロウロして、アキバ系に襲われても文句言えないよね」
「う…寒かったです」
「僕が家にいなかったら、どーするつもりだったの?」
「たぶん、蒼くんのお宅にお邪魔することに……」
「へ〜、あのマンション行くまでに、アニメ街を通ってかなきゃだね〜。はい、ご愁傷様」
「……しーちゃん」
2人のやり取りを見かねたのか、ぽてちが淋しそうにキュンと一声あげる。
紫己はふーっと息をつき、彼女のしっぽをムギュっと掴んだ。
「紫己様、それでは私はこれで」
サイドテーブルにお茶の用意を整え、天海家のお手伝いさんは退出した。
「わ〜い、フランスのガレット♪ しーちゃんママのお土産?」
「そっ。相変わらず、向こうが肌にあってるみたいでね」
「昔から、しーちゃんちに来る、楽しみの一つなんだよね〜! いただきま〜す♪」
そう満面の笑みでお菓子をつまんだ芹七の姿に、紫己は呆れ顔。
「…で、どーしたいの?」
アールグレイに口を付け、本題に戻した。
「もちろん、そんなの無視だよ! 今時、政略結婚なんて!」
「だからセリは、甘いって言うんだよ。自分の立場、そろそろ理解したら? ギンから逃げられたとしたって、自由な結婚なんて有り得ないと思うけど」
「そんなーー。 だって私の力なんて、いつかはなくなるものだって…」
「だから、急ぐんでしょ? 千年に一度と言われる女性天子が産む子供に、どんな天力が宿るのか…。おじ様じゃなくても、興味そそるね」
「う……」
脱力して、毛足の長いカーペットに倒れ込む芹七を見下ろしながら、紫己は考えるように口元に指を当てた。
「それにしても、ギンか……」
「そーいえば、知ってるの?」
「まあね。別に、お友達ってワケじゃないけど。階堂家の嫡子で、家柄、頭脳、天力者としての能力のどれをとっても文句ない優等生。条件としては、ぴったりの相手だよ」
「えー、でもそーゆうなら、しーちゃんも当てはまるんじゃ…」
「だって、僕は断ったから」
「はい!?」
「そりゃあ、声はかかったよ。でも、当然でしょ? 誰が、こんな手のかかる、甘えん坊の世間知らずと…」
「……しーちゃんってば…」
サバサバとした紫己の態度。
(確かに、甘えただけどさぁ)
それにちょっぴり複雑な思いを抱いて、芹七は腕に絡みついてきたぽてちをギュッと抱きしめた。
ピンポーン♪
そんな時、インターホンが鳴り響く。
モニターに映った訪問者を一瞥して、紫己は面倒くさそうに髪をかきあげた。
「さて、どうしよっかなぁ」
相手は、階堂銀河だった。
「お迎えに、上がりました」
広くモダンな造りをした、天海家のロビー。
来客用のソファーに腰掛けることもせず、銀河は隙なく、真っ直ぐに歩み寄ってきた。
先ほどの印象と違って見えたのは、彼がシルバーフレームの眼鏡をかけていたせいだろうか。
インテリジェンスな雰囲気のそれに多少トキメキながらも、芹七はなおさら近寄りがたさを感じていた。
「久しぶりだね、ギン。まさかお前が、わざわざこんな所に来るなんてね」
「紫己……」
紫己の嫌みな物言いと、それを受けた銀河の目の鋭さに、2人の仲が良くないことはすぐに悟った。
同等な高さの格式を誇る家柄。
同じ年に産まれた、天力を授かった子供。
幼い頃から何かと比べられ、お互いにライバル視してきたのかもしれない。
「姫を返してもらう。私の婚約者だ」
「あー、聞いたよ、その話。でも当のセリは、あんまり乗り気じゃないみたいだけど?」
「…貴様には関係ない。さあ、帰りましょう。天主も心配してます」
紫己を軽く睨みつけて、銀河は芹七にスッと右手を差し伸べた。
が、芹七は警戒して紫己の背中に身を隠す。
「あーあ。嫌われちゃったね」
意地悪っぽくそう言い放つと、紫己はわざと怒りを煽るかのように、芹七の体を引き寄せて顔を近づけた。
「気安く、触れるな」
銀河は冷静さを欠き、勢いよく紫己の胸ぐらを掴む。
「なに? もう亭主気取り?」
「少なくとも貴様よりは、権利を持ってるつもりだ」
「……ホント、お前のそーゆーとこ、ムカつくんだけど」
「ふ、2人とも、ヤメテよ〜」
緊迫した空気に、芹七はただオロオロしてしまう。
『天主の娘』に、そこまで執着する価値があるとは思えないのに……。
銀河は右手を緩め、荒立てた事を芹七に謝罪した。
「……決めた」
紫己はシャツの襟元を直しながら、そう静かに呟く。
「…しーちゃん?」
「セリ、とりあえず今日は帰りなよ。どーにかしてあげるからさ」
不敵な笑みを浮かべた紫己を、芹七は不安な気持ちで、ただ見つめていた。
〈続く〉
ご覧頂きありがとうございました☆
「どーにかしてあげる」と言った紫己は、いったい何を考えているのでしょうか…?
次回もお付き合いくださいね☆