episode6『眩い光』
時刻は深夜2時。
男女の会話が賑やかに繰り広げられているだろう、5階立て雑居ビルの裏手で。
紫己と蒼は妖人が現れるのを、ひっそりと待ち続けていた。
細い路地に面したこの場所は、現在ほとんど人の気配がない。ブルッと携帯のバイブ音が、必要以上に鳴り響く。
「あ、セリからメールだよ。綾子ちゃんを呼び出すことに、成功したみたい。あと2分でエレベーター降りるってさ」
紫己は余裕のある態度で、ニコリと笑った。
蒼は真剣な面もちになる。
「…妖人のレベルは?」
「うーん…。一昨日の感じからしたら、2ってとこかな。ま、セリがバイト中もけっこう焚きつけたみたいだし、妖力は高まってると思うけど」
「宮を、襲ってくるか?」
「うん、100%ね」
「……」
時が迫るにつれ、表情がいっそう険しさを増す蒼に対し、紫己はちょっと考えてから言葉を放つ。
「妖力の解放、やっぱり、僕がやろーか?」
蒼は静かに首を横に振った。
「…いや、俺がやる。天海はフォローに回ってくれ」
「はーい。了解」
やがて、張り詰めた空気の中、芹七達は姿を見せた。
「来た……」
勢い良くまくしたてる綾子に、押され気味の芹七。
会話は聞こえにくいが、向かい合っている2人を、強い妖力が包み込んでいるのが分かる。
その闇が最高潮に達し、綾子の『人としての意識』が 完全に隠れた瞬間を、蒼は狙った。
「宮、離れろ!!」
それを合図に、芹七はこちら側へと駆け込み、紫己は妖人の右手に回る。
正面へ立った蒼は天力の剣をかざし、鋭い視線を投げつけた。
『解放』とは、妖人から妖力をはがしとり、傷を追わせずに元の姿に戻すことを言う。
前回、妖力者に行った、存在そのものを消し去る『浄化』とは、まったく異なる天術。
だが……
目に映った相手の姿に、蒼は顔色を変えた。
「……レベル4……」
完全憑依。
最早、解放はできない。
「…どーゆー事だ…」
「正体を見せずに、一気にランクアップ……。思ったより、進行が早かったみたいだね」
躊躇を見せた2人に、妖人からの強い力が降りかかった。
「…クッ…」
間に合わなかった。もう、取り戻せないと言うのか…。
覚悟を決められず、攻撃をかわすことが精一杯の蒼。
そんな彼を庇うように間に入り、小さな体で立ち向かったのは芹七だった。
「宮 !?」
「蒼くん、大丈夫」
慌てて大声を出した蒼に一度だけ振り向き、芹七は口元だけで微笑んだ。
ふわりと長い髪がなびく。
妖力の無力化。力の吸収。
大きな光が渦巻き、取り囲んだかと思うと、その全てが彼女の中へと消えていく。
不可能なレベルからの、妖力解放。
その姿は何よりも高潔で、普段の芹七からは想像もできないほど美しい。
「……!」
神に最も近いと言われる『天子』の力を、蒼は初めて目の当たりにした。
圧倒的な力だった。
「……。お疲れさま、セリ。偉かったね」
力の限りを尽くし、気を失った彼女を、紫己は寸前のところで抱き止めた。
蒼はまだ動けずにいる。
「…宮は、こんな事まで出来るんだな」
「けっこう、イイでしょ? 好きなんだけどね、僕は」
そう愛おしそうに頭を撫でた後、同じくその場に倒れた綾子に目をやる。
「後は任せるよ。蒼の方で、ケリはつけてね」
目が覚めた時、綾子には一部記憶の錯乱が見えた。
涙を流してすがりついてくる彼女に、罪悪感は感じても、もう愛情を持つことはできない。
少しの説明をし。でも多くを語らず。
蒼は本当の意味での、サヨナラを告げた。
〈第1章 end〉
ご覧頂きありがとうございました☆
次は第2章になります。芹七の恋愛について、少しずつ話を進めていく予定です♪
次章もぜひ、お付き合いくださいね☆