episode5『接近』
〜vision綾子〜
「ね〜、蒼くん、素敵なお店だね☆ あ、おいし♪」
その名前を聞いた時、反射的に身体が動いてしまった。
木曜日の、夜8時。パレスホテル12階にある、有名フランス料理店。
振り返ると窓際の特等席で、見覚えのある2人が微笑みあっていた。
「連れてきてくれて、ありがとね。夜景もすごくキレイに見えるし、嬉しいな☆」
長い髪をルーズにまとめて、フェミニンなピンクのワンピースを着ている女の子。
確か、宮芹七と名乗っていた。コンパで見た時よりもずっと可愛いくて、大人っぽい。
「お前が喜ぶなら、また連れてきてやるよ。…ほら、口。ついてる」
優しい言葉を放ち、彼女の唇に触れた彼。スーツ姿の相手の男を見て、綾子は目を疑った。
(……月島君……!?)
そこにいたのは、自分の知っている月島蒼ではなかった。
「ねぇ、蒼くん。せりな、プレゼントにはTIFFANYのリングがイイな☆」
「まったく、仕方ねーな。分かった、考えとくよ」
クールで硬派な雰囲気と、少しぶっきらぼうな物言いは変わらない。でも……
「やった♪ 蒼くん、だ〜い好き!」
「…お前のため、だったら…」
頼んだってスーツなんて着てくれなかった。記念日だとしても、特別な言葉なんて貰えなかった。
友達以上、恋人未満。2年も付き合ってて、そんなフレーズがぴったりの2人だったのに…。
(その娘は一体、何!?)
拳がワナワナと震える。
大学の後輩だと言っていた。でも好きなのかという問いには、答えてもらえなかった。
(見れば分かるよ、好きなんじゃない!!)
頭が熱くなり、苛立ちが強まっていくのを感じた。
「あやちゃん、どーしたの? コワイ顔して」
向かいに座っていたオジサンに声をかけられ、綾子はハッと我に返った。
そう言えば、同伴中だった。
ニコニコと営業スマイルを見せる。
「おいしいですね、ココ」
「ああ、そーだろ?」
できれば、アンタとなんて来たくなかった。
「あやちゃんの為に、前々から予約しといたんだよ」
そう言うことは、特別な人から言われたい…!
綾子は斜め後ろが気になって、食事の味など分からなくなっていた。
〜vision蒼&芹七〜
「……蒼くん、けっこう言うんだね。私、一瞬、赤面しちゃったよ(*^_^*)」
デザートのプロフィットロールを口に運びながら、芹七は子供っぽく手足をばたつかせた。
「特に、『お前のためだったら』ってトコなんてさぁ〜」
「……繰り返すな。全部、天海のシナリオだ」
蒼は左手で顔面を覆うように隠し、珍しくテレを見せる。
「…本当に、こんなんで動き出すのか? 俺にはイマイチ判断がつかないけど…」
「私が蒼くんと一緒にいた時、綾子さんが妖力を滲ませたのは確かだもん」
「だからって……な」
「好きな人が他の子とベタついてて、ヤキモチやかない女の子なんていないよ(>_<)」
嫉妬から生まれた妖力なら、必ず拡大するはず。と、芹七は珍しく天力者らしいことを述べた。
蒼はサラリと黒髪をかきあげる。
思えば、この生まれ持った能力を嫌い、仕事に首を突っ込みたがらない彼女が手伝ってくれてるのは、自分の為なのだ。
たとえ物品報酬が絡んでいようとも、感謝しなくてはいけない。
「…次は、わざとらしく上に部屋をとってる事をアピールしながら、レストランを出ろ…という指示だ」
周囲に気付かれないように携帯を取り出し、蒼は紫己からのメールを小声で読み上げた。
「反応はそこそこ…今のところ上出来、だそうだ」
「しーちゃんてば、どっかで見てるんだね」
「……!?」
そして次の瞬間、画面に釘付けになったまま絶句する。
「…天海のヤツ…。絶対、面白がってやがる…」
「何? どしたの?」
「…お姫さま抱っこ…って?」
「お姫さま抱っこ〜!?」
紫己のイジワルく笑った顔が想像できて、芹七は思わず苦笑いしてしまった。
〜vision綾子〜
「あの、ちょっと化粧室に行ってきます!」
蒼達がレストランを出て行くのが分かり、じっとしてなんかいられなかった。
綾子はこっそり後をつけ、2人が乗ったエレベーターのランプを見上げる。
部屋をとってある…と、蒼は芹七の肩を抱いて消えた。
(14階……!)
階段を見つけ、一気に駆け上がる。
ヒールを履いている足が痛い。タイトなスカートが悲鳴をあげている。
こんなに息を切らして、髪を振り乱して、自分は何を知りたいのか……。
(いた……)
綾子は壁に身を隠し、再び2人を目で追った。
お酒に酔ったのか、何かに躓いたのか、ジュータンのひかれた廊下にペタンとしゃがみ込んでいる芹七。
そんな彼女を愛しそうに見つめ、両手でふわりと抱きかかえる蒼。
そして用意された部屋に、吸い込まれるように消えていく…。
(…ずるい……)
自分の望む形が、そこにはあった。
悲しみと怒りと、妬みの入り混じった感情が、頭のてっぺんから溢れ出す。
(あんな女、消えてよ…!!)
そして2日後のバイト先で、その想いは爆発することになる。
「あー、この子は今日1日体験のセリちゃん。とりあえず、あやちゃんのヘルプで頼むね」
店長の影からひょこっと顔を出した彼女に、今までにない強い殺意を感じていた。
<続く>
ご覧頂きありがとうございました☆
演技ではありましたが、やっと恋愛っぽいシーンを書くことができました♪ 誰とでもイイから、もうちょっとらぶらぶな感じにしたいのですが……。
またお付き合い下さいね!