episode4『作戦』
「とりあえずさ、調べ直してみたんだけど。この前の妖力者にやられた、『妖人』のこと」
土曜の昼時。日本庭園の広がる、宮家の一室を借りて。
紫己と蒼は片付いたはずの事件の資料を、もう一度引っ張り出していた。
『妖人』というのは、妖力者に心を喰われることにより操られ、人としての理性を失った者のこと。言わば、被害者だ。
放っておけばその妖力は拡大し、罪を犯し、やがて二度と『人』には戻れなくなってしまう。
「喰われたのは2人。1人目は確か、高円寺に一人暮らししてた24歳のナースだったよね」
「ああ。そしてもう1人が、二十歳のOL。三鷹在住だった」
「実はこの2人、ダブルワークっていう共通点が見つかったんだよね。見て、この名刺」
「キャバクラ……?」
「…で、気にならない? この店の場所さぁ」
「吉祥寺丸井の裏……。あの妖力者が現れた場所に近い…」
「うん。彼女たちはココで目をつけられて、取り込まれたんじゃないかって思うんだけど」
紫己の言葉に、蒼はハッとした顔をする。
「昨日、宮が言ってたな。あの妖力者に、2人も喰らったことを責めたら、意味深な笑みを返された、って。…まさか妖人は、すでに3人だったのか…?」
「その可能性もあるし、別の妖力者が現れたっていうのも考えられるけど」
「…でも綾子は、そーいう所でバイトするタイプじゃ…」
「……。今、探らせてるから。直に分かるよ」
そう言って携帯に目をやった時、タイミング良くバイブ音が響いた。
「あ、来た来た」
メールをチェックする。
「…うん、ビンゴ。綾子ちゃんは『あや』って名で、3ヶ月ほど前から働いてるみたいだね」
「…!」
「今週のシフトは手に入れたから。接近戦で、攻めてみよっか」
蒼は下唇をギュッと噛む。
「…俺が作ったのか? 綾子の心のひずみ…」
「まあ、昨日の状況を聞く限り、彼女は蒼にまだ固執してるみたいだね。セリへの対抗心も、むき出しだったみたいだし」
「どうすれば、戻せる?」
「うーん、そのへんの感情を上手く使って、妖力をあぶり出そうかな。正体が見えたところで、一気に解放する」
「もう、手遅れだったら…? 浄化しか、方法がとれなかったら?」
「そーだね。一応、覚悟はしといてよ」
「……」
「大丈夫だって。その時は、僕がやるよ」
紫己は長めの前髪をふわりとかきあげ、強く優しい目をした。
蒼は我に返り、自分自身に苛立ちを見せる。
「…悪い、俺…!」
「まー、心配いらないって。こっちには秘密兵器があるし♪ 最悪な事態は、避けられるんじゃないかな」
「秘密兵器?」
「うん、ちょっとお金はかかるかもしれないけど」
「……?」
そんな時、2人の間を涼しい風がすり抜けた。同時に、縁側より騒がしい声が聞こえてくる。
「わん、わん!!」
「あー、ぽてダメだよ〜! 足、拭いてからでしょ〜!」
芹七より先に庭から飛び込んできたのは、Mダックスのぽてちだった。
金色に輝く美しい毛並みを揺らし、ダイブするように紫己の膝にまとわりつく。
「ぽて、止めてよ。今日はホワイトデニムなんだから。ほら、あっちに戻りなって」
ぽてちの体を片手でグイッと押し返してはみるが、余計に興奮気味でじゃれついてくる。
「久しぶりだな、お前。ほら、こっちにおいで」
蒼は笑いながら、ぽてを丁寧に抱き寄せた。
「お、やっと懐いてくれたか? 相変わらず、美人だな」
「シャツ、すでに足跡ついてるけど」
「別に構わねーよ。もう、帰るだけだし」
柔らかい飾り毛をクシャッと撫でる。
「ぽてちゃ〜ん! ……って、あれ、2人とも来てたの?」
バタバタと犬を追いかけてきた芹七が、濡れタオルを片手にキョトンとした顔を見せた。
「悪いな、上がらせてもらってた。散歩帰りか?」
ぽてをそっと手渡す。
「うん、グルってしてきたとこだよ。あ、今ねお昼できたみたいだから、食べてってね。ロコモコだって」
「サンキュー」
「この旧家には、似つかわしくないなぁ」
「そーゆーこと言う人には、ゴハン出てこないよ」
「食べる、けどさ。……それより……」
紫己は広げっぱなしだった資料をかき集めながら、縁側に腰掛けてぽての足を拭く芹七に、言葉を投げる。
「ねー、ANNA SUIの新作ワンピ、欲しくない?」
「?」
紫己の妙な笑顔の理由が分からなくて、芹七は目をパチクリさせていた。
〈続く〉
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