episode3『再会』 〜蒼〜
大学1年の夏に、俺は同じ学部の天海と知り合った。
それまでは何の変哲もない、どこにでもいる学生。普通に授業を受けて、アルバイトをして。
『天力者』として仕事をこなすことになるなんて、想像もできなかった。
付き合ってる女もいた。
高校の同級生で、同じ陸上をやっていた人。
お互いに忙しくなったから…というのは、別れる理由にはならないんだろうか。
振られてから、すでに半年。
どう付き合ってたのかも、もう忘れてしまった頃だった。
「……月島くん。久しぶりだね。元気だった?」
飲み会も終盤にさしかかって、座敷に小さな輪がいくつも出来始めた矢先、綾子はビール瓶を手に静かに向かいに座った。
「短大で一緒の子がね、紫己君見たさにこのサークルに所属してて。私も、先月から参加させてもらってるんだ」
半分空いたグラスを、そっと左手で指す。
俺は顔色ひとつ変えずに、その好意を受けた。
「サンキュー」
「はは。相変わらずクールだなー。少しは動揺してくれてもいいんじゃない?」
「そーゆーもんか?」
「うん、元カノに偶然会ったんだよ。普通は、どうしよう〜とか、面倒くさい!とか、ソワソワするものよ」
落ちついて見えるのは、たぶん俺がこの半年を、ずいぶん遠くに感じてるからだ。
色々ありすぎて、もう何も話せない。
「ねー、2次会はシダックスだって。行くでしょ?」
「ん、ああ」
「良かった。もう少し、一緒にいたかったんだ…」
何のために……?
「久々に、高校時代の思い出話でもしよーよ」
何で、ここで……?
「……」
綾子の考えてることが分からなくて、次の言葉は出てこなかった。
「っと、ごめんなさいーー」
その妙な空気を、一瞬でかき消したのは、コイツだった。
「宮……。何だ、その千鳥足は…」
「あら、蒼くんだったんだ。ゴメン、ゴメン」
「おい、フラついてないか? お前、酒弱いんだから。ったく、一体どんだけ飲んだんだ?」
「うーん、カルーアとカシスと…とにかく、甘い系」
「タチ悪いな。天海はどうしたんだよ」
「うーん、分かんない。可愛い女の子と出てった!」
「しょーがねーな、アイツも。とにかく、水飲め」
俺は宮の腕を引っ張って、とりあえず隣に座らせた。こんな状態でフラフラされたら、どうなるか分かったもんじゃない。
「……。ずいぶん親しいんだね。その子、新しい彼女?」
綾子がふとそんな事を聞いてきた。
「いや、違う。大学の後輩」
「珍しいよね。月島君が、女友達を作るなんて。近寄りがたいってオーラ出してるのに」
「そーか? そんなつもりはねーけど」
「宮 芹七です〜。蒼くんにはいつもお世話になってます☆」
「挨拶はいいから。お前はまず、水を飲め」
「…月島君………」
宮はいったんグラスに口をつけたが、次に響いた男達の声に、上機嫌で立ち上がろうとする。
「芹七ちゃん、2次会だって! 早くおいでよ〜!」
「はーい♪」
おい、この状態で次行く気かよ。天海もいねーし、ったく、仕方ねーなー。
立ち去ろうとしたコイツの腕を、俺はもう一度強引に引き寄せた。
「帰るぞ」
「え、何で〜?」
「何でも、だ。これ以上は止めとけよ。送ってくから」
「ヤダ。せっかく来たんだもん」
「…この時間ならまだ、『ぽてシュー』買って帰れるぞ。もちろん、奢る」
「蒼くん♪」
………。
最近、コイツの扱い方が分かってきた気がする。慣れると、けっこう面白い。
「悪いな、俺は帰るよ。じゃあ、元気で」
綾子にはもう二度と会うことはないだろう。
俺は宮の腕をつかんだまま、静かに背を向けた。
「ちょっと待って! 何で月島君がそこまでするの? その子、行きたがってるんだし、帰ることないじゃない!」
確かに、そうだな。でもコイツの親父さん、やたら厳しいし。
「ただの、友達なんでしょ? おかしいよ、そんなに構うの」
ただの…じゃない。俺達には複雑な関係があって、妙な事情もある。
「…その子のこと好きなの? だから私と、別れたの?」
……!?
別れようと言ったのは、そっちだったよな。何で今さら、そんな事を聞かれなきゃならない。
「蒼くん…」
間に挟まれる形となった宮が、オロオロしながら俺達を交互に見る。
「ねー、あなた、ちょっとどいてくれる?」
「きゃっ」
綾子はなぜか苛ついた様子で、宮の肩を掴んだ。
こんな状況になっている意味が分からなくて、俺は呆れて冷たい視線を投げてしまう。
「……サヨナラ」
「ねー、さっきの女の人。蒼くんの元カノなんだよね?」
最寄りの大通り。ぽてシューをかじりながら、宮はボソッと呟いた。
帰り道でずっと、妙に静かだったのが気にはなっていた。
少し、ほっとする。
「悪かったな。以前はあんな感じの奴じゃなかったんだけど」
「あんな感じ…?」
「何か、イライラが表に出てたって言うか」
「……」
宮は急に立ち止まって、少し困った顔で俺を見上げた。
「実はね、あの人から感じたんだ。ほんのちょっと、なんだけど……」
「何を?」
「……妖力……」
「!?」
声にならなかった。
〈続く〉
ご覧頂きありがとうございました☆
今回は、蒼視点のお話でした。彼と芹七の関係は、今後発展していくのでしょうか…?
またお付き合い下さいね!