episode2『弱点』 〜紫己〜
小・中・高と男女別学で、話せる男といえば僕か、弟の八純くらい。
おじ様は厳しい人だから、バイトもコンパもNGだったし。街中で『real』モデルの天海紫己を、押しのけてまで声をかけてくるヤツもいなかった。
世間知らずで甘えん坊の、のん気なお姫さま。
そんなセリが大学に入って、現実を思い知ることを、一番望んでたのはたぶん僕だ。
……けど……。
「ぜってー楽しいから、ウチのメンツはんぱねーから」
「とりあえず、今日のコンパ来てみて、って。ねー」
バカそうな男が2人。馴れ馴れしくセリの肩に手をかけながら、必要以上にカオを近づけて話しかけてる。
一緒の午後のゼミが休講だったから、カフェテリアにいるとは思ったけど。
……。チヤホヤされるの、まんざらでもないって顔しちゃってさ。
何だか、ムカムカする。
「…うん、行ってみようかな。今日、暇だし」
「マジ、キテキテ。コレ、俺らのサークルのビラね。じゃ、7時にアルタ前で〜」
男達が去った後で、僕はセリの向かいの椅子に座った。
「…ふーん、インカレ、オールラウンドね」
「あ、しーちゃん」
セリが手にしていたビラを、ひょいっと奪いとる。
「知ってるよ、このサークル。ウチの大学にしては柄の悪い、非公認のとこでしょ?」
「あのね、コンパ誘われたの。行ってもイイと思う?」
「別に、イイんじゃない? 無理やり飲まされて、適当に回されても構わないんなら」
「……しーちゃんってば」
セリは唇をとがらせながら、僕が投げ返したそのビラを、迷ったあげくクシャクシャっと丸めた。
僕の言うことは、けっこうちゃんと聞く方。そーゆートコは、扱いやすい。
「♪ ひま、ひま、ひーま、ヒーマ、ヒーマ。ひまで死にそーおー」
「ヤな歌だね」
「だって、春はバタバタしちゃったからサークル入りそこねちゃったし。友達はみんな彼氏とラブラブだから、あんまり遊んでくれないんだもん」
「仕事でも、引き受けたら? おじ様喜ぶんじゃない?」
「…絶対、イヤ」
百年に一人と言われてる、女の子の天子。力はあるのに。
こんな性格だから、僕がお守り役なんて押し付けられる。
もう連んで、15年くらいになるかな…。
「そーいえば、ほらっ」
だからセリが喜びそうなことは、一通り分かる。
「わぁ。ぽてカフェのモンブラン! 列んで買ってきてくれたの?」
「まさか。パティスリーと顔見知りなんだよ。昨日ダメにしちゃったのって、僕の責任でもあるし。セリにいつまでも恨まれたくないからね」
「ありがと。ね、ね、食べてイイ? しーちゃんも食べる?」
「僕はイイ、太りたくないし。あ、蒼の分は取っておきなよ。…って、ねぇ、聞いてる?」
「うん、おいしー♪ しーちゃん、大好き☆」
満面の笑み。
正直、顔はけっこう好みなんだよね。
長い髪もキレイだし、小柄なのに意外と女っぽい体つきもそそる。
問題はこの子供っぽい性格と、宮家の血筋ってとこか…。
「美味そうだな」
ふと背後から、聞き慣れた声が降り注いだ。
もう、そんな時間か。
「蒼くん、モンブランあるよしーちゃんが買ってきてくれたの。…って、あれ? 蒼くんとこも休講になったの?」
「いや、俺はもともと金曜のラストはなし」
「そっかぁ。じゃ、一緒に食べよ」
「うん、まー、食うけど。……宮は、そんなに一度に食って平気なのか? 今から、飲みに行くのに」
「へ? どこ行くの?」
「天海の入ってる、サークルの飲み。半ば強制で、連れていかれるんだけど」
「あ、セリは誘ってないよ」
「え、何で?」
「うーん、イチイチ面倒だから」
この微妙な関係を説明するのも、理解してもらうのも。
特に女の子は、そーゆーの白黒つけたがるでしょ?
だから彼女ができても、長続きしない。他の女が一番なんて、例え家のつながりだなんて言っても、納得なんてできないんだよね。
だからプライベートには、なるべくセリを入りこませないようにしてた。
でも、同じ大学に通うことになって、そーもいかなくなる場面が増えてきてる。
……うわ、爛々とした目しちゃってさ。さっき、あんな変な歌を歌ってたセリが、大人しくしてるわけない、か…。
「はい、はい。連れてけばイイんでしょ。分かったから、サッサとそれ食べちゃいなよ」
「だから、しーちゃんって好き」
……。
こーゆーのも、『弱い』って言うのかな……。
〈続く〉
ご覧頂きありがとうございました☆
今回は紫己視点のお話でした。今後、彼の芹七に対する想いは、どう変化していくのでしょうか……?
またお付き合い下さいね!