episode5『八純の言葉』
若者が行き交う、平日午後の吉祥寺。
サンロード内のファミレスで遅めのランチをとっていた八純を、紫己はウインドー越しに確認した。
地元とはいえ、ほとんど利用した事がないだろうジャンルの店。
待ち合わせ場所に、彼がココを指定した時は、正直少し意外だった。
目玉焼きハンバーグとか、エビフライとジューシーチキンとか……。
そういう子供っぽいものが、何となく不釣合いな少年。
「ゴメンね、八純。遅れちゃった」
メールで連絡は入れておいた。片手を額の前に添えて、紫己はふわりと向かいのソファーに腰を下ろす。
「あ、やっと来たな。こっちはもう、一通り終わったとこだよ」
食後のコーヒーに口をつけながら、八純はわざと叱咤してみせてから、笑った。
「こんな風に外で会うのは、ずいぶん久し振りかな」
ざわついた店内をむしろ楽しむかのように、八純は周囲をクルリと見渡している。
カチッとした紺のブレザーとネクタイ、グレーのチェックのパンツという秀麗院高校の制服姿。
着崩しているわけでもないのに垢抜けて見えるのは、学校のもつブランド力と、彼がかもし出す高貴な品のせいだろうか。
「そうだね。外でってなると、八純が中学生のとき以来?」
隣のテーブルから注がれている華やかな視線が、自分に対するものだけではないことに気付き。
紫己も時の流れを感じずにはいられない。
「3年ぶりか」
「ちょこちょこ顔合わせてるし、そんな気もしないよねぇ」
「うーん、オレは新鮮。あ、でもしーちゃんは、外食続きみたいだもんな。オレと違って、相手がたくさんいるようだし」
頬杖をつきながら大人びた笑みをこぼし、イジワルな目線を流す八純。
紫己はバツが悪そうに、こめかみをポリポリと引っ掻いた。
「……。そんな厭味を、言うようになっちゃったのね」
そしてハーブティーだけを注文し、さっさとメニューを閉じる。
「あれ、昼食…。大学で済ませてきた?」
「イヤ、食欲なくて。実は昨日、撮影の打ち上げで、浴びるほど飲まされちゃったんだよね」
「ふふ。相変わらずだな。で、そんな不調にもかかわらず、オレに聞かせたい話って。……やっぱり、姉さんの結婚のこと?」
「………」
まったく、敵わない。
年下のくせに、八純はやはり一枚上手だ。
観念して、背筋を伸ばすと。
紫己は先日の一件で抱いた疑惑について語り、彼の見解を尋ねた。
「…うん。しーちゃんの言う通りかな。姉さんと銀河さんの子供を、父さんは切望してる。姉さんがその気になるまで、のんびり待っているとは思えない」
「やっぱり……」
来年は芹七も二十歳になる。
前例のほとんどない、女性天子の持つ力を。どうしたって、次に繋げたいのが一族の考えだ。
いつ消えてしまうのか分からないそれを、1日でも早く、多くの子孫に引き継がせたい。
分からなくはない。分からなくはない、けど………………。
「世間の父親が聞いたら、驚愕する話だよね。まったく、セリの気持ちはどうだっていいワケ?」
バカにのん気な笑顔が思い出されて、少しだけ切なくなった。
「父さんの思惑を本気で阻止するすもりなら、出来る事はただ1つなんじゃないかな」
少しだけ考えた後、八純は真っ直ぐにこちらに居直る。
「銀河さんより早く、しーちゃんが子種を植え付けること」
「……うわ…。ちょっと卑猥……」
「本家の人間は皆、父さんに従順なんだから。なるべく、2人きりにはさせない方が無難だよ。特に危険日は、気をつけるべきかな」
「危険日……って。八純の口からそんな言葉を聞くことになるなんて……お兄ちゃんはショックだね」
紫己はただ苦笑いを繰り返し、ティーカップを数度傾けた。
ジャスミンの香りを、いつものように楽しむ余裕などない。
八純はやれやれといった感じでため息をついた後、甘みのないコーヒーをもう1杯オーダーする。
「だいたい、しーちゃんが悪いんだ。バカ正直に、護りに徹してるから。さっさと姉さんに、手を出すべきだったんだよ」
なみなみと注がれるソレを目の前で見届けた後、彼は更に厳しい言葉を続けた。
「そもそも父さんは、天海家との閨閥を考えてたんだ。だから幼くして、守護役にも抜擢した。それなのに当の2人にはその気なしで、しーちゃんには縁談も断られる始末。そこに期待していた分、外れた焦りも相当だったはずだよ」
そこで穴を埋める相手として選んだのが、野心家で有名な階堂家。
天力者としても優秀な嫡子との縁組は、天主にとってもまたとない好機だったに違いない。
「…今さら…なんだよね……」
紫己はポツリと独りごちる。
「兄弟みたいにひっつかせといて。今さら恋愛感情うんぬん、なんてさ……」
「何だ。まだそんなこと言ってたのか」
らしくもない紫己を見据えながら、八純はフッと鼻で笑う。
「なら、無理なんじゃないのかな。きっとしーちゃんには、姉さんは守れない」
「…八純………」
「銀河さんはもっと、貪欲だ」
2人は店を出た。
賑やかな繁華街を抜け、バス通りを横断すると、すぐに宮家の敷地が見えてくる。
この舗道を肩を並べて歩くのも、ずいぶんと久し振りだった。
「八純ってば、背のびたね。もうすぐ僕に、追いついちゃうんじゃない?」
「うん、まだ伸びそうなんだ。毎日コキコキ、骨が動いてる」
「成長期だもんね。まだまだ色んなトコが発達するでしょ」
「やっぱり、そうかな。何かここの所、急激に天力も増してる気がしてならないし」
「………」
次期天主となるべく育てられた、正当な血筋の後継者。
過去にないほど優秀な頭脳をもち、勘に優れ。
神に愛されたと周囲に言わしめるほどの運を兼ね備えている、誉れ高い天子。
これからどんなふうに一族を率いていくのか、期待せずにはいられない。
「しーちゃん、楽しかったよ。これからは、もっと声かけてくれると嬉しいな。今日みたいに、突然でも構わないから」
信号が赤に変わり足が止まると、八純はこちらを覗きこむようにした。
「超多忙な八純に、そう言ってもらえると楽だよ。ありがとね」
「ふふ。じゃ、ここで。オレは本屋で時間つぶしてから戻るから」
「え?」
「だってしーちゃん、家に寄って行くだろ? 姉さんに会いたくなったって、顔してる」
「……すごいね……」
「さすがに一緒に戻ると、妙な詮索を受けそうだ。今オレの行動を監視されるのは、厄介だろ?」
動きづらくなるからなと、彼は爽やかに笑い。雑踏の中に姿を消していった。
(……ホントに、今から待ち遠しいよ。八純の下に、つく日がさ………)
そして紫己は足取り軽やかに、宮家の門をくぐる。
誰よりも早く、愛玩犬のぽてちが駆け寄ってきたかと思うと。
続いてドタドタと敷石を踏み飛ばすような、騒がしい足音が響いてきた。
「しーちゃん! どーしよ! もうすぐ学祭なのに……!!」
紫己を見つけるなりその腕に簡単に飛びつき、手足をバタつかせる芹七。
毎度のことながら、この幼い仕種には頭を抱えさせられる。
「…なに? 少し、落ち着きなよ。ちゃんと聞くから」
興奮気味に足にまとわりついてくるぽてちと、支離滅裂な芹七を冷静にあやし。
紫己は彼女たちの頭を同時に撫でた。
「メイドカフェやるんだよ、私。楽しみにしてるのに。今週末なのに!」
「知ってるよ。だから、なに?」
「すぐにでも、京都に行かなきゃいけないのーー!!」
「……はい!?」
何のことだかさっぱり話が見えなくて、紫己は呆然と立ち尽くすしかできなかった。
<第3章 end>
ご覧頂きありがとうございました☆
第4章からは本格的に、物語を動かしていきたいなぁと思っています。……が、何だか最近とっても忙しくて更新遅めになりそうです。m(_ _)m
毎週金曜日を目標に、upできたらなと考えてますので、ぜひまたお付き合い下さいね!
あともし、この作品を最初からずっと読んで下さっている方がいらっしゃいましたら、ぜひ評価・ご感想を頂けると嬉しいです☆
たった一言でも、心よりお待ちしております♪