episode4『傷つけるもの全て』〜蒼視点〜
昨日の夜、久しぶりに。
俺は天海とサシで飲んだ。
その日、午後の必修から大学に姿を現したコイツは、最初から不機嫌だったような気がする。
言葉少なく、ダルそうに横に並んで。意味もなく教科書をペラペラと捲る。
月曜からテンション高い奴は、そうそういない。
だけど、すぐに察した。
(…宮と、何かあったな………)
授業が終わると、天海はポロッポロッとそーゆーことを零し始め。
……で、この場に至る。
「甘ちゃんなんだよね、セリって」
大学帰りに寄った、いつもの居酒屋。席について、たったの10分。
ジョッキ半分で、天海はらしくもなく声を荒げた。
「まー多少、世間知らずなとこはあるわな」
通しのタコワサをつまみながら、適当に話を合わせる。
「だよねー。それに、天然鈍感女でさ〜。やたら、隙だらけだと思わない?」
「今に始まったことかよ。最初から、ボーっとした奴なんだろ」
「そうだけどさ。もう子供じゃないんだし、少しは男ってものを疑えって思うよ。……簡単に、キスとか許したりしちゃってさ……」
(……ソレか……)
やっと腑に落ちて、俺はこっそり頭を抱えた。
以前宮が、新宿でナンパ男にキスされたという話を思い出す。
天海が不機嫌な顔をするのが分かっていたから、口外するなと言い聞かせたはずだったが……。
(何やってんだ、あいつは。黙っとけって、念押しといたのに……)
仕方ない。少しだけ、フォローしといてやるか……。
「そのことだったら……かなり不可抗力だったみたいだぞ。先週末、偶然、俺も会ったんだよ。その男に」
「え?」
「何か、妙に軽そうな、ナンパな奴だったし」
「ナンパ…?」
「そう。挨拶で軽くキスするような男。だから、あんま宮を責めんなって……」
そこまで話して、よりいっそう荒んだ目をしたコイツに気付く。
「………ふ〜ん。そんなコトがあったんだね。知らなかったよ」
「…………」
俺は完全に空回り、ムダに墓穴をほってしまったようだった。
(…すまん……)
心の中で、宮に謝罪する。
「あ、すみませ〜ん!」
ジョッキをグイッとあけると、天海は生中を同時に2本追加した。
「おい。明日朝から撮影だから、1杯だけで帰るとか言ってなかったか?」
「分かってるよ。読モ上がりで専属モデルの僕が、穴あけるワケにいかないもんね。…だから、あと1杯だけ。付き合ってよ」
「…ったく」
…とか何とか言いながら、結局その後もビールを追加し。焼酎に切り替え。
学生ならではの月曜飲みで、2時間が過ぎた頃…………。
「ねー、蒼はエントリーしないの? セリの結婚相手」
ポツリと口にした天海の一言に、俺の酔いは一瞬にして醒めた。
「…おい。この程度で、酩酊するお前じゃないよな」
「うーん。でも、シラフとは言わない」
「じゃあ、答えねー。っていうか、答えるまでもないだろ」
「ふ〜ん、そっかぁ」
前髪をゆっくりと左手でかきあげ、タバコの煙を大きく吐き出す。
(…ったく。何をぬかす……)
俺はふーっと息をついた。
そこに存在するだけで、いつも周囲の視線を集めまくっている天海。
少しノリが軽いところが玉にキズと、思わなくもないが。
家柄も確かで。仕事の要領も良くて。ある意味パーフェクト。
そんな奴が常にアイツのそばで、誰よりも信頼を勝ち取ってるのを知っていて。
どこのアホが、好き好んで戦いを挑もうとする……。
「蒼ってさ、やっぱ、メンドクサイこととか嫌い?」
「好きなヤツいるかよ。っていうか、すでに十分、首つっこんでるだろ。その上、手のかかる宮と、あの気難しい家を相手にしろ、って言うのか? 勘弁してくれ」
「確かに。あのお姫さまに、一生振り回される人生を選択するなんて。ある意味、マゾだよね」
「すでに舞台に上った、お前が言うな」
「あはは。ホント! ……でも、ちょっと安心した…かな……」
天海の最後の台詞を、俺は聞き逃せなかった。
(安心……? 何に…?)
宮に手出しができないように、ただ牽制してきたとは、とうてい思えない。
「……」
余計な一言を挟まず、俺は次の言葉を待った。
「何かさ、このままだと。セリがひどい傷つけられ方をするんじゃないかって、心配なんだ」
仕事の事だろうか。トロイあいつに任せるのは、俺だって反対だった。
「だから蒼にも、本気で守ってもらいたいんだよね。セリのこと。……今の蒼なら、冷静な判断ができるでしょ?」
真顔なのに、余裕のないコイツの顔。
初めて見た気がして、少し戸惑う。
「改めて、何だよ? 俺はそーゆー契約で、天力者としての仕事を受けてるんだし。別に、念押す必要はねーだろ」
「そっか。じゃあ、言い方変える。セリを傷付けようとする、全てのものから全力で守ってよ」
「妖力者と、妖人…か?」
「それと、ギン!」
「おい、何だよ。そーゆーのは、お前が……」
「あと、僕からもね」
「………!?」
独白ともとれる、天海の小さな呟きに。
何を意味しているのか理解できず、ただ言葉を失った。
でもすぐにいつものふてぶてしい表情に戻ったことで、その場の妙な空気はかき消される。
(…冗談か……?)
そしてそれ以上、その話題に戻ることはなかった。
「じゃあ、ココでね。 僕はタクシー拾うから」
店を出たのは、23時を過ぎた頃だった。
自宅のある吉祥寺までは、まだ余裕で電車があるにもかかわらず。
…というか、俺と最寄が同じにもかかわらず。
天海はひらひらと片手を振る。
「どこ泊る気だよ」
「えっとー、笹塚。明日一緒のヘアーメイクが、1人暮らししてるんだよね♪」
そっちの方が近いからと、アイツは悪びれもせずに、後部座席に身を沈めた。
(……相変わらず、か……)
少しは落ち着くのかと、思っていたが。
俺は1人電車を降りると、徒歩10分の道のりを足早に進む。
そう言えば、もうすぐ学祭だ。
ゼミの出店は自由参加だし、部活にもサークルにも所属していない俺にはあまり関係ない。
(たしか宮は、メイド喫茶だったな)
そんな事をふと思い出した時、タイミング良く(!?)アイツからメールが届く。
【 Sub 報告☆
明日、銀河くんと一緒に秀麗に行くことになりました!
とりあえず、石を見に行くだけ。
何かあったら、またメールするね♪
では、おやすみ〜 (^-^)/ 】
(…何かあったら、って。それからじゃ、遅せーだろ…)
そんなツッコミを入れた後、俺は明日の予定を廻らせた。
(経済学と、マーケティング。…ドイツ語は休講だったか……)
そしてそのまま、リダイヤルを押す。
「……あ、もしもし。あのさ。明日、俺も行く。現場、自分の目で見ておきたいし……」
向こう側では、宮ののん気な声が響いていた。
『じゃあ帰りに、お茶でもしてこうね〜☆』
そして今、俺は秀麗のメインロビーで、アイツを待っている。
こっちは一通り回って、状況はつかめた。
あとは研究室に上がった、あいつ等の報告を聞くだけ。
「…ねぇ〜、さっき階段のとこにいたの。やっぱ法学部の階堂さんだよね〜?」
壁にもたれかかり、今日の授業分の参考書に目を通していた俺の横を、2人組の女生徒が通りかかった。
その会話から洩れた、聞き覚えのある名前に。思わず、顔を上げる。
「あの女さ、誰? 何かやけに、親しそうじゃなかった?」
「えー、あたし顔よく見えなかったんだけど〜」
「何か、髪長くて。小ちゃくて。お人形さんです〜!…って感じの、カッコした女!!」
「階堂さんと、合わなくない!?」
「でもさ、絶対キスとかしようとしてたもん!!」
(……おい。心配してるそばから、何をしてる…。しかも、こんな場所で………)
俺は頭を抱えた。
先行き不安、そんな言葉がぴったり当てはまる。
「お待たせ、蒼くん!」
しばらくして、上階より2人が姿を現した。
時刻ばかりを気にしていた俺を余所に、相変わらず能天気な宮。
「残念ながら、一足遅かったよ〜」
でもコイツが変わらずに笑ったのを見ると、胸で波立っていたものが、驚くほど鎮まっていった。
(…無事だったか。色んな意味で……)
そして俺は、階堂に厳しい視線を投げる。
警戒と牽制を前面に押し出す事で、わざと距離をとって……。
まるでそこには、見えない火花が散っているようだった。
宮に対する想いに、熱いものなどあるはずもないのに。
<続く>
ご覧頂きありがとうございました☆
小説と関係ないんですけど、今私は親知らず抜歯後の痛みに悶え苦しんでおります(T_T) こんなに辛いなんて……。一体いつまでこの痛みは続くのでしょうか?どなたか経験者の方、教えて下さい!!
というわけで、予定より1日遅れてのupとなってしまいましたm(_ _)m
次は金曜日を予定しておりますので、またぜひお付き合い下さいね☆