episode3『黒い決意』 〜銀河視点〜
なかなか日の当たらない、理工学部の研究室で。
異様ともいえる空気を感じたのは、2週間前のことだった。
ベテランの研究員が2人、若手の助手が1人。
次々に記憶を失っていくという、怪奇。
その中心には赤黒くくすんだ、でも妖艶な。
女性のこぶし程度の、石が存在していた。
そして直感する。
探し続けていた『妖石』だと………。
「あ〜、あの石ね! あれは地方の郷土資料館に、展示されることになったんだよ!」
歴史ある秀麗院大学の、錆付いた4階の一室に、教授の高らかな声が響き渡った。
「すまんね、階堂くん!」
「教授…。あれほど、この場所から動かさないようにと、お願いしましたのに」
「ははは! そんなに興味があったのかね? たいした価値もなさそうだし、研究材料にはならんぞ!」
「……お金が、動きましたか」
「はは、君には敵わないね〜! 知ってる通り、工学には金がかかるんだよ。研究費として、少しでも足しにできれば…と思ってね。知り合いの古美術商に、ちょうど展示会の品を探している輩がいたものだから」
悪びれた様子もなく笑い飛ばす教授を目の前に、頭を抱えるしかない。
せめて今日まで、待っていて下されば良かったものを……。
「……銀河くん? …えっと、ない…みたいだね……」
カビ臭いこの場所に、不釣合いともいえる柔らかな風を運んで。
姫は長い髪を揺らせながら、困ったように口を尖らせた。
「申し訳ありません。こんな場所まで、足を運んで頂いたのに……」
「ううん。銀河くんのせいじゃないし。そんなに謝らないで。それより、どうしよう? これから……」
「至急、どこに渡ったのかを調べます。姫に見て頂かないと、話にならない」
「…だよね。石を回収できないと、私も困るしなぁ……」
最後の言葉を濁らせたのは、私への優しさだろうか。
妖石を2ヶ月以内に回収するという条件で、天主は姫に結婚相手を選択させることを約束した。
紫己の提案に、とやかく言うつもりはない。
ただ、彼女に気持ちがないという事実をつきつけられた事に、多少動揺した。
分かっていたことなのに。
「そーいえば、階堂くん。そちらのお嬢さんはどなたかな?」
「失礼しました。こちらは、宮芹七さんです」
「あ、初めまして……」
背をそっと押すと、姫は戸惑いながらも頭を下げる。
「宮…って、まさか。あの?」
「はい。高等部3年の、宮八純さまの……」
「おお! あのIQ180の超天才と言われた、宮くんの妹さんか!!」
「…いえ。お姉様です」
「はは! すまん、すまん! イメージと違って、ずいぶん可愛らしい……!」
更なる高笑いを響かせた教授に挨拶をし、私達は研究室を後にした。
「……。やっぱり、八純って、有名人なんだ。付属だからなんだろうけど、大学の先生までもが知ってるなんて」
人気の薄い階段をゆっくりと下りながら、姫は眉間にシワを寄せた。
ブーツのヒール音が、カツンと鳴る。
「そうですね。公家出身者が多い秀麗院ですけど、やはり宮家は格別ですし。それに加え、八純さまの学力は秀でたものがありますから」
「…だから、ヤだったんだよねぇ。ココに入学するのは」
「姫?」
「だから私は、高校は地元の都立にして、大学も別のとこにしたの。注目あびちゃうこと、予想できたもん」
「………」
ふふっと子供のように笑んだ彼女に、何も返せなかった。
(ええ。秀麗院に来るとばかり、思ってましたよ。私は……)
そして、共に学び、同じ時間を過ごせるものだと。
まさか紫己を伴って、青波大学へ行ってしまうとは。
「…もっと早く、再会できていれば……」
「え? なに?」
(……あなたは、私を受け入れてくれたのでしょうか?)
そんな言葉を静かにのみこみ、愛しい彼女を見つめる。
「ゎっ!?」
滑り止めにつま先を引っかけた彼女が、バランスを崩して体を傾けた。
細い腰を支え、自分の胸元に引き寄せる。
「気をつけて下さいね。建物が古いですから」
「…あ…ありがと…」
視線を逸らしたことで、警戒しているのが分かった。
「…………」
可愛い人だ。すぐに顔を赤らめて、困るとやたらに髪を触る癖。
小さいのに、甘く香る。棘のない、温室育ちのバラ。
「…ぎんが…くん? あの……もう大丈夫だから……」
「せっかくですから、もう少しこのままで」
「…う…。ダメ。そんな優しく笑っても……」
「本当は、キス、したいところなんですよ」
「!?…ダメだよ! 絶対、ダメ!!」
「ふふ」
彼女とのそんなやりとりを、同じゼミの中西に目撃された。
「階堂…。お前も男だったんだな……」
こちらも冷静に返す。
「何だと、思ってたんだ?」
「いやー正直、別の宇宙の貴族的な生物だと…」
冗談を真顔で言いのけた彼は、クルッと姫に向き直して会釈した。
「こんにちは! 俺、中西って言います。コイツの、数少ない学友です」
「初めまして、宮芹七です。銀河くんの友達…? 良かった、普通の人だ♪ 」
「ぷっ。良かった…って! やっぱり階堂って、プライベートでもこんな感じですか?」
「はい。ちょっと、生活感ないって言うか…。想像つかなかったから、人付き合いとか。…安心しました」
人当たりが良く、壁を作らない中西は、すぐに彼女と打ち解けたようだった。
少しの会話を交わしてから、彼は意地の悪い顔で耳打ちしてくる。
「…納得した。こんなカワイイ彼女がいたんじゃ、ゼミの女共なんて、目に入らないわな?」
「正確に言うと、彼女ではない」
「ん?」
「戦闘中だ」
「…へぇ〜……」
彼はニヤリと口角をあげると、軽く肩をこずいて去っていった。
「何か、味のある人だね。中西さんって☆」
「ええ。なかなか面白い奴ですよ。今度、改めて紹介します」
「うん! みんなで飲みに行こう♪」
そう無邪気に笑って、踊るように最後の数段を駆け下りた彼女。
ロビーで待ち合わせをしていた月島蒼を見つけると、いっそう顔を輝かせて走り寄ってしまう。
「お待たせ、蒼くん! なんか話とか、聞けた?」
「まーな。そっちは?」
「残念ながら、一足遅かったよ。作戦練りなおしだ〜」
「そうか……」
姫を無事に受け取り、安堵の表情を滲ませた彼は、すぐさま鋭い視線を投げて、こちらに鉄線をひいた。
(…紫己に、何か聞いたか……)
私と彼女の2人だけでも、十分事足りたはずなのに。
わざわざ同行を申し出て、ナイト役に徹しているこの男。
(貴様は姫を、どうしたい……?)
私達の間に、姫にはとうてい感じ取れない、張りつめた空気が流れる。
「…では、私はここで。石の行方を調べてから、本家に戻りますので」
「うん。ムリはしないでね? 昨日も遅くまで、別の仕事に追われてたみたいだから」
「相変わらず、お優しい」
「ちがっ! 普通だから、これは!」
「ええ、承知してます。それでは……」
彼女の反応を、楽しんで。
私はその場から背を向けた。
やはり、欲しい。無理やりにでも、あなたが………。
あの日、彩の間を退出した後、天主が私に放った言葉を思い出す。
『……手に入れたという、事実をもってこい。そうすれば芹七も、従わざる得ないだろう』
その時は、傷つけてまではと、思ったが……。
「………………」
最早、キレイ事など、必要ないのかもしれない。
誰かに手折られてからでは、全てが遅すぎる。
黒い覚悟を決めて、私は再び階段を昇った。
迷いは既に、消えていた。
<続く>
ご覧頂きありがとうございました☆
次は蒼視点でお話を描きます。
upは月曜日くらいにできたらなぁと考えてますので、ぜひまたお付き合い下さいね♪