episode2『油断』〜紫己視点〜
月曜の、何となくダルイ朝。
いつものようにセリを迎えにいっただけ、のはずだった。
(2限から…だったよね。まったく、いつまで僕に、こんなことさせるつもりなんだか…)
左手のオメガにちらりと目をやり、フッとため息をつく。
勢いで「婚約者に立候補」なんて口走ってから、早数日。
実はちょっとだけ、、後悔したりもしてた。
だってセリはいつまでも幼くて。ただ甘えたの、色気より食い気女で。
いつだって僕を頼ってばっかりの、手のかかるお姫さま。
正直言って、セリを恋愛対象として見たことなんて、1度だってない。
(生涯を共にする…なんて。こっちの身がもたない…って)
『宮家の天子』が、どんな価値をもっているか、分かってるからこそ。
その重みに、憂鬱にもなる。
(…今さら冗談でしたなんて、いくら僕でもねぇ…?)
おじ様の怒りを思うと、少しだけ背筋が震えた。
というわけで、前向きに未来予想図をたててみる。
きっと事あるごとに、Poteカフェのスイーツをねだられる…でしょ?
で、たまに怒らせたりして。Ana Suiのバッグとか、プレゼントするよねぇ。
(…何か、ちっとも今と変わらないじゃん…)
でも………
普通に、キスとかしたり…?
あの細い体を弄って、それ以上に進んだり…?
想像するだけで、妙な罪悪感が体中を廻った。
(…ったく、何で!? 聖女ってわけでも、あるまいし…!)
普通の女の子となんら変わりないはずなのに、自分自身で汚すのは、何となく躊躇われる。
妹みたいなもんだから?
誇り高い、天子さまだから?
理由をこじつけてはみたけれど、どれもシックリとはこない。
それでも、誰かに奪われるのを、黙って見てるわけにはいかなかった。
(19年間、セリを守り続けてきたのは、僕なんだから…さ……)
そして、光の間を開けた……。
「……!? ねぇ、何、やってるの…?」
目の前に広がった光景に、この僕が、一瞬動けなくなった。
畳に完全に背をつけた状態で、セリを抱え込んでいる銀河。
抵抗をしたのか、Tシャツの裾を肌蹴させ、涙ぐんでいるセリ。
その唇からは、どちらのものとも分からない、光る糸がつながっている。
「…ふぇ……しー…ちゃん……」
僕を見つけた大きな瞳からは、ポロリと一滴の涙がこぼれた。
「…説明してよ、この状況…」
この場所で、『ある程度のコト』が行われたというのは、すぐに悟ったのに。
『どこまでか』を知りたくて、僕はそんな間抜けな言葉を投げかける。
「………」
何も答えようとしないで、冷徹な視線だけを投げる銀河。
あー、そうだね。確かに。
僕だったら、オマエなんかに教えないでしょ。
「セリ、おいで!」
できるだけ平静を装って、セリの体を引きあげると。
そのまま半ば引きずるかたちで、部屋から連れ出した。
そして、思う。
油断した……と…。
「…ヤモリ…が、チョロチョロってしてて…。銀河くんが…助けてくれたんだけど…離してくれなくなって……」
光の間からはかなり離れた、別空間ともいえる乙女ちっくなセリの部屋。
ベッドに腰かけ、何が起きたのか説明しろと腕組みした僕の横で、力なく立ちながら口ごもる。
「…経緯は、よく分かったよ。…で、何されたの?」
「え…?」
「どこまでのコトをされたのかって、聞いてるの」
「…ん…キスだけ……」
「……ホントに?」
「本当だよ! しーちゃんに、ウソなんてつかないもん!」
「ふ〜ん。…で、どんな?」
「ど…、どんなって!? …そんなこと…言われても……」
真っ赤になって口元を隠そうとするセリを見て、だいたいのコトは理解できた。
(…ギンのヤツ、やってくれたね…)
苛立ちを隠そうと、何度か髪をかきあげる。
(…ったく。免疫ないだから、ヤメテよ……)
僕が現れなかったら、どこまで進めるつもりだったのか……。
だいたい、ここは格式高い宮家だ。
朝食の場で、2人きりになったからって。ギンも何を考えてる。
それに、いつもいるメイド達はどうしたんだよ?
執事の、柏原は?
「……!?」
そこまで考えて、ハッとした。
(……ヤバイ…。みんなそーゆーのを、望んでるんじゃん……)
本家の繁栄。
血のつながり。
千年に1人と言われるセリの、子供……!!
(…ホームだと思ってたけど。完全に、アウェイだ……)
卒業まで待つと、おじ様は言っていたけど。
きっとあんなのは、セリを納得させるための建前。
早ければ早いに、こしたことはないはず……。
さすがにゾッとする。
親族をどれだけ味方につけて、誰が1番に、セリを堕落させられるか。
そこに心がついてくれば、なお良し、と言ったところ。
そんなバトルの方程式が、自然と浮かび上がってきた。
(あのタイミングで、僕をあそこへすんなり通したのだって……)
そう。きっと全て、天主の企み。
もうこの舞台からは、簡単には降りられない……!
「…しーちゃん、怒ってるの? 隙だらけだって…。でも、不可抗力だったんだよ、ホント…」
視線を外して黙ったままでいた僕に、セリは不安そうに顔を近づけてきた。
長く揺れる睫毛。しゅんと窄ませた唇。
カワイイと感じてしまうのは、他の男のものになるかもしれないという、危機感からか……。
「…怒んないでよ。きっと、平気。銀河くんも2度と、あんなことはしてこないよ」
相変わらず、甘い。
僕はふーっとため息を漏らす。
「とりあえず、パジャマでウロウロしないこと! イイ?」
「うん、分かってる」
「あとこのウチで何かあったら、八純を頼ること」
「八純を…? 柏原とかじゃ、なくて……?」
「そう。執事、メイドはダメ」
今ここでアテにできるのは、天主の次に権力のある、八純だけだ。きっと。
「うん、分かった。そうするね!」
僕の様子が戻ったことに安心したのか、セリは嬉しそうに笑みを浮かべて、腕に絡みついてきた。
「しーちゃん、大好き♪」
(…コイツも、僕を男として見たことなんてないんだよね…)
だから常に、そばにいられた。
これからいったい、どうなっていくんだろう?
僕はいつものように、セリの前髪をくしゃりと撫でる。
いつもとは違う、気持ちで見つめながら。
<続く>
ご覧頂きありがとうございました☆
芹七をただの幼なじみとしか見ていなかった紫己は、これから彼女をどう扱っていくのでしょうか……?
次は銀河視点で描きます♪
upは金曜日か土曜日を予定してますので、ぜひまたお付き合い下さいね☆