episode1『深い口付け』
宮家の朝は、ご飯とみそ汁と魚と卵料理…という、定番メニューから始まる。
芹七は日常、起床したらまず顔を洗い、パジャマのまま光の間(ダイニングルーム)に直行。
(たまにはクロワッサンや、スコーンが食べたいのに…)
そう思うこともあるけれど、ガッツリと和定食をいただき、食後のお茶をのんびりとすする。
父と母、その他の人々は、たいていもっと早起きなので、食卓は弟と囲む事が多い。
今日ももちろん、何も変わらない月曜の朝のつもりだった。
眠気眼をこすりながら襖を開いた後、そこに広がった見慣れない光景に一気に背筋が伸びる。
「おはようございます。姫」
キラキラした朝日をクールに受けて、彼の髪は銀色に反射していた。
「う…おはよ……」
寝癖のついた頭を慌てて撫でながら、芹七はもじもじと銀河の向かいに座った。
「それは、何の絵柄ですか?」
「え…何が?」
「姫の着ている服の…」
「あ、ブタゾウのこと?」
「ブタぞう…ユニークですね」
「ちょっと…、違うんだから! 普段はもっとレースとか、フリルとかイチゴとか着てるんだよ! 今日はたまたまお気に入りのアナスイのパジャマがお洗濯中で…(*≧m≦*)」
「いえ、とてもお似合いですよ」
「……ブタゾウが…?」
複雑な思いを巡らせながら、芹七は乾いた笑顔を見せた。
そんな2人の会話を、お誕生日席で静かに聞いていた八純は、我慢できなくてクスッと笑いをこぼす。
「食卓がますます賑やかになったね、姉さん」
品行方正、頭脳明晰。
次期天主となるべく育てられた1つ下の少年は、芹七にとって自慢の弟だ。
「これからはダラシナイ格好では、食事できないね。姉さんの朝寝坊が、少しは直るかも。銀河さんに感謝かな」
女の子が羨ましがるだろう、肩まである艶やかな黒髪をかきあげて、大人っぽくそう笑む。
「感謝って…」
大好きな出汁巻き卵をほおばったのに、苦笑いしか出てこなかった。
「姫、今後のことなんですが…」
「ストップ! 朝から仕事の話は止めてよ! それに芹七って普通に呼んでって、お願いしたでしょ〜」
「…失礼しました。宮家の天子を呼び捨てにするのは、気がひけてしまって」
「…姉さんは、まだ可愛いもんだよ。オレなんか、『若』だもんな」
「ぷっ…。ワカ? ヤバイよ、それは……」
「はい。『八純様』と、お呼びするように、正されてしまいました……」
少し残念そうに、眉を寄せる銀河が可愛くて。
芹七は声をだして笑った。
(なんか、不思議な人だ……)
つかみ所の無い、近寄りがたい男の人。ちょっと強引で、融通がきかなくて。
(しーちゃんとのやりとりを見た時には、怖いって感じたのに…)
今、目にうつる彼は、優しく穏やかな超美形だ。
少し、ドキドキする。
(……婚約者候補、か……)
「…姫……?」
箸が止まったままでいることを心配した銀河が、ふと顔を近づけてきた。
「…!? うわ、ヤダ急に! なに?」
「顔が赤い。お加減がすぐれないようですね。本日は大学を、休まれては?」
「ち、違う! 平気! あれ、八純は?」
「先ほどすでに、発たれましたが…?」
「ウソ! あ、じゃ私も、もー行かなきゃ!」
2人きりでは間がもたないと、芹七は慌てて立ち上がろうとする。
グニュッ
畳に勢いよく、左手をついた瞬間だった。
思いがけず柔らかく、そしてひんやりとした感触が、手の平いっぱいに広がる。
「……!? きゃ…! キャー! トカゲーーー!!!!」
虫類は、大の苦手だ。
それよりもずっと、大物。
よりによって素手で、それを掴んでしまうなんて……!
「…イヤーー!!」
叫びに驚いたそれは、チョロチョロと動き回って、芹七をいっそう脅かす。
「……助けて! 助けて、銀河くん…!」
「姫、落ち着いて。大丈夫、ヤモリです」
「…何だってイイ!! ヤダ、怖いよ!! 怖い!」
足元を徘徊する、黒い物体が異様に気持ち悪くて。
久しぶりの、大パニック。
気がつくと芹七は、銀河の胸にしがみついていた。
それも彼を押し倒すかたちで……。
冷静さを取り戻した時にはすでに、銀河の顔はすぐそこにあった。
彫刻のように整った、涼しげな目元。
キレイな形の唇。
自分のせいで乱れてしまった髪が、何だかすごく色っぽい。
「…あ…ごめん……」
「………」
そう呟くことしかできなかった芹七に、彼は何も返してはくれなかった。
至近距離で、ただ真っ直ぐに見上げてくる。
「…ありがと、もう…離してくれても…」
「……まだ、いますよ。すぐそこに、ヤモリ」
「…!? ヤダ! どこ!?」
「…姫の、足もとに」
「…やーー!!」
あの黒い存在が恐ろしくて…。
芹七は足をバタつかせながら、更に銀河の身体にもたれかかった。
それと同時に、支えてくれていたたくましい腕に、少し力が入る。
「え……」
銀河は何も言わずに、組み敷かれた体勢のまま芹七をずらし上げると、下から背中を優しく撫でた。
長く柔らかい髪に触れ。
小さな肩を、もう一度引き寄せ。
……そっと唇を重ねる。
「…んっ! ぎん…がくん……!」
突然の出来事に動揺しながらも、芹七は体を離そうと必死に抵抗した。
でも、敵うわけもない。
それどころか口を開きかけた一瞬を逃さずに、なめらかな舌を滑り込ませてくる。
「…ん、ん…!!」
何秒間くらい、呼吸を止めてしまっただろうか。
無理やりに、でも優しく。
口内を犯される。
そんな初めての感覚に、少しの間、意識が飛んだ。
「……あなたが、悪いんですよ。あまりにも、無防備だから……」
長い口付けのあと、銀河は芹七の首筋をサラッとなであげ、フッと穏やかに笑んだ。
「…ふぇ……、ぎ…ん……」
言葉を失い、涙目になる芹七。
それでも彼は、捕らえた身体を離そうとはせず。
よりいっそう色香を漂わせて、甘い声で囁く。
「…本当に、可愛い人だ……」
いつもと同じ朝。
いつもの光の間で。
一体、何が起こっているんだろう……。
しばらくして、廊下側の襖が開くまで。
芹七は思考回路までも、奪われ続けてしまっていた。
<続く>
ご覧頂きありがとうございました☆
こんなつかみどころのない性格ですが、銀河もお年頃。これからも芹七にちょっかいを出すでしょうし、ラブシーンなどもいっぱい描けたらなと思ってます♪
ぜひまた、お付き合い下さいね☆
次のUPは、火曜日の夕方を予定しております!