episode5『フィアンセ候補者たち』
「!?」
「……」
銀河が息を飲み、蒼の表情がより真剣に変わる中…。
天主は眉ひとつ動かさずに、目の前の紫己を厳しく見た。
「…それとこれとは別の話だ。紫己、それが分からぬお前ではあるまい?」
「ええ、もちろん。でも何かご褒美でもなきゃ、セリのモチベーションも上がらないかなって。中途半端な仕事をされたら、守る僕達も危険ですしね」
「………」
涼しいカオで淡々と答える紫己に、天主は一瞬言葉を止めた。
その間を割って入り、銀河が紫己を罵倒する。
「一体、何を考えている! 婚約についてはすでに決まった事。貴様の顔ではない!!」
「だって、当のセリが乗り気じゃないんだもん。さすがに可哀想でしょ?」
「天子という立場上、力ある者との結婚は避けられない事。姫だっていずれ理解するはず」
「……でもさぁ、別にお前じゃなきゃダメだって、ワケじゃないんだよね」
「!?」
威圧的な銀河に、意地悪い顔で紫己は言い放った。
(……しーちゃん……)
自分の事なのに、口を挟む隙もなくて、芹七はハラハラしながら見ている事しかできない。
蒼もまた、ただ静かに天主の反応を待っている。
芹七はゆっくりと蒼に近づき、彼のシャツの袖先をギュッと掴んだ。
「おじ様、セリが結婚して子供を産むのは、大学を卒業するまで待つんでしたよね? だったら、どうでしょ。それまでにセリ自身に、天力者の中から、結婚相手を選ばせてあげるっていうのは」
「…芹七にだと?」
「ええ。閨閥や何やらは二の次。とりあえず力を持つ健康な男であれば、結婚の条件には当てはまるでしょ? あとはセリが納得した相手の方が、おじ様だって嬉しいはずですよね」
「……」
父はしばらく険しい表情のまま考えた後、芹七に言葉を投げかけた。
「どうなんだ、お前は」
もう、逃げられる道はここしかないと思った。
頑固で厳格な父。
自分が天子という、変えられない事実。
何もかも自由ではいられないのなら、少しでも選択肢は多い方がありがたい。
「妖石を回収できたら、結婚相手は自分で選ぶ。そーゆー約束にして……」
銀河が嫌いとか、他に好きな人がいるとか。そんなんじゃなかったけど、命令だけで動く結婚なんて、絶対イヤだった。
「分かった。その条件を認める。ただし1ヶ月以内に石を取り戻す事。その後も結婚相手を決めるまでは、仕事の依頼を受ける事。できなければすぐに、銀河と婚約をしてもらう。……いいな?」
芹七は黙ってコクンと頷いた。
「銀河も、それで良いな?」
天主の力強い言葉に、銀河は再び膝をつき頭を下げる。
「……命のままに……」
感情のない声。
サラリと落ちた長めの前髪は、更に表情も隠し、彼の心中を読み取ることは出来なかった。
「あ、おじ様」
とりあえず丸く収まった…という空気が部屋を包んだ頃、紫己が笑顔のまま再び口を開く。
「自分で提案したからには、もちろん、僕も立候補させてもらいますから」
「なっ…!?」
横にいた銀河が顔色を変えたのを完全に無視して、紫己は天主に一礼すると、静かにこちらへやって来た。
「……しーちゃん? 何? どーゆーこと?」
状況が飲み込めずにあたふたする芹七の前に、らしくもなく跪いて。
ふわりと右手をとり、優しく口づける。
「しーちゃん……!?」
「婚約者候補、エントリーナンバー2番ってことになるのかな? ま、どうぞよろしくね( ^-^)_ 」
「!?」
企みを含んだ紫己の微笑みに、ただ絶句するしかなかった。
「…見た? 最後のアイツの焦ったカオ。あ〜、面白かった」
父と銀河が退出した後の、彩りの間。
紫己は足を投げ出して、満足そうに口角を上げた。
「おもしろかったって…。 何であんな、余計こじれそうなことを〜」
手足をバタバタさせて抗議する芹七に、自分の羊羹を差し出して。
「だってギンの奴、何かムカつくんだもん。あの高い鼻っ柱を、折ってやりたくてね」
そう、屈託無く笑う。
「しーちゃんてば、そんなんじゃ済まされないこと言ったんだよ。うちのお父さんに、あんな冗談通用しないんだから」
「あー、セリとの婚約の話? ま、イイんじゃない。宮家と繋がれば、今後アイツにでかい顔れることもないしさ」
「イイんじゃないって…」
「あ、でも2年後、僕に別の相手でもいたら、セリが遠慮してね。その辺は臨機応変によろしく」
「…しーちゃん……」
紫己の提案に助けられたのは確かなのに、その浅さに、何だか呆れるしかなかった。
もらった羊羹に遠慮なくパクつき、芹七はとなりの蒼を見上げる。
「蒼くんは、エントリーしてくれないの?」
彼はゆっくり視線を合わせ、冷然と答えた。
「……勘弁してくれ」
何はともあれこの日から、宮家に産まれた芹七の運命が勢いよく走り出す。
女の子としての幸せをかけた、物語の幕開けだった。
〈第2章 end〉
ご覧頂きありがとうございました☆
やっと物語が進み出した…という感じです。
第3章からはラブ&セクシーなシーン多目、男の子視点多目で、ドキドキするような展開を描いていきたいなぁと考えてます♪
ぜひまた、お付き合い下さいね☆