episode3『甘い瞳』
丸い月を見上げながら、芹七は銀河の少し前を歩いた。
メイド服一枚の肩はすでに冷え始め、背を丸めて腕をさすらずにはいられない。
そんな芹七に気づくと、銀河は羽織っていた黒いジャケットを静かに肩にかけてくれた。
「…ありがと……」
冷たそうなのに紳士で、情熱っぽい一面もあって。
たぶん、魅力的な人なんだと思う。
(だからって突然、フィアンセはないよ…)
やはり今は、とても受け入れる事ができなかった。
足元にいたぽてちも、相変わらず銀河を警戒している様子。
芹七はゆっくりと抱き上げ、柔らかな耳をクシャリと撫でた。
「ね、銀河くん、さっきはメガネかけてなかったよね。コンタクトだったの?」
沈黙が痛くて、芹七は何でもない話題を明るくふった。
「天力者に視力の弱い人って、あんまり聞かないけど」
「そうですね。仕事をする上で、致命的でしょう」
「ふーん。でも銀河くんって、かなり優秀なんでしょ? お父さんが認めてるくらいなんだし」
「私は見え過ぎるんです。感覚が鋭すぎて、妖力にあたりやすい。だからこれは、防波堤です」
フレームの端を軽く揺すって、彼はフッと笑む。
「じゃあ、さっきは何で…」
芹七の問いかけに、銀河は真っ直ぐに視線を合わせた。
「あなたの顔を、ちゃんと見たかったんです」
(……!)
甘い声。つかみ所のない色気。
照れもせず、こういう事を言えてしまうところも、女心をくすぐる。
(…う、何か調子狂うよ…)
「…姫?」
思わず足を止めてしまった芹七に、銀河はもう一歩近寄った。
慌てずにはいられない。
「とりあえず、その『姫』ってゆうのはやめてよ。人前だとかなり恥ずかしいし」
「では、何とお呼びすれば…」
「芹七、にして。だいたいはみんな、そう呼ぶから」
「『芹七』……。分かりました、以後そのように…」
彼が頷いたのを確認して、芹七はクルッと背を向ける。
友達ではない男の子。
この距離をうまく泳げるほど、大人ではなかった。
「……相変わらず、現実味ないな。お前んとこ」
午後の大学のラウンジ。
熱いコーヒーを飲みながら、蒼は派手に苦笑した。
一限目の授業のノートを写しながら、芹七は昨日の一部始終を聞いてもらっている。
予想通りの反応だ。
「蒼くん、面白がってるでしょ」
「はは、悪い。何て言うか、俺には全く未知の領域で。家柄とか、継承権とか、時代劇観てるみたいだし」
「…そんな、他人行儀な…」
「まあ、そんな中で、何でお前みたいなタイプが育ったかと、多少興味はある」
「……(-"-;)」
芹七は机に突っ伏した。
それでも少し、心が軽くなっているのを感じる。
蒼といると居心地がいいのは、彼がこんな風に染まっていないからかもしれない。
「…何か、ここんとこ色々あって、疲れちゃったなぁ」
「他にも何かあったのか?」
「うん、実は日曜日にね……」
芹七は新宿での一件を思い出し、独りでドキドキした後、ゆるりと蒼に打ち明けた。
もちろん、キスされてしまった事も含めて…。
「……宮、それ天海にも話したのか?」
「ううん、まさか。『バカじゃないの、セリ! 隙がありすぎなんだよ』…とか言われるの分かってるから、話すつもりないよ」
「…そうしてくれ。あいつの機嫌が悪くなるのが、目に見えてる。こっちにまで、とばっちりが来そうだ」
そう言った蒼さえも、少し不機嫌になった気がして、芹七はしょんぼりと肩を落とした。
「はい…」
ブルブル***
そんな時、蒼のシャツの胸元で携帯のバイブ音が鳴る。
「…お前んとこの執事からだ。大至急の、召集がかかった」
受信したメールに目を通しながら、蒼は荷物をまとめ始める。
「あ〜、きっと仕事の依頼だね。蒼くんも忙しいな〜。じゃ、私はもうちょっとやってから帰るね」
タイミングがあったら、家でノート返すから…と付け足した芹七に、彼は掌を内にクルッと返して、立つように促す。
「宮も、だそうだ」
「え、何で?」
「俺が知るかよ。婚約発表が、前倒しになった、とか?」
「…蒼くん…」
「ほら、とりあえず急げ」
芹七は泣きそうな顔をしながら、小走りで歩く蒼の背中を追いかけていった。
〈続く〉
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