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ご破算カレンダー

作者: 郡司 誠

    ご破算カレンダー

 不思議なカレンダーが押し入れから出て来た。古い昔の日めくりカレンダーの様だ。大きさは縦・横とも三十センチくらいで真四角のしっかりとした厚紙で出来ていた。

 太郎はほこりをはらい、まるで財宝を発掘したかの様に初めて見るカレンダーを大切に手に取ったのである。この日めくりカレンダーは一枚一枚めくっては破り捨てる型ではなく日を過ぎれば後ろに回し送る方式の様だ。表紙中心部分には太い行書体文字で「ご破算」と書かれてあり、そして漢字の横には丁寧にふりがな「わさん」が記されてあった。「ごわさん」・・・。何だか意味ありげなのだ。

 太郎は表紙をめくってみた。中央に白抜き算用数字の❶のみ表示されてあるだけで西暦年数も月・曜日の類も一切印刷されていなかった。日めくりに付きものの運勢・干支なども全く無く、ただ数字の❶のみ示されていた。表紙を含めて三十二枚で構成されているのだ。      

(そうかこのカレンダーは、いつまででもずっと使えるようにできているんだ)

 その時の太郎は始めはその様に安易に考えていただけであった。

「おかあさん、押し入れから変なカレンダーが出て来たけど、何だか知らない」

「そんなもの知らないわよ」

「わかった。それじゃ僕貰っとくよ」

「それより太郎、おとうさんからの最後の手紙は見つかったの。宿題に使うのでしょ。明日はちょうどおとうさんの月命日だからきっと喜んでくれるはずだよ」

(そうだった。僕は明日学校で使う手紙を探していたのだった)

 太郎の父親は丁度半年前、単身赴任先の大阪で交通事故に巻き込まれ、十二歳になったばかりのひとり息子太郎を遺し亡くなったのである。母親と一緒に向かった事故現場の大阪より帰ってみると入れ違いに父親からの最後の手紙が届いていたのであった。

『太郎、仕事とは言えいつも悪いな。あと半年もすればそちらに戻れると思う。きっと帰るからそれまでおかあさんのことを頼むよ』

 手紙は古ぼけた謎のカレンダーの下に隠れていた。不思議な物の発見という興奮に本来の目的を忘れていた太郎であったのだ。

 今日、学校から与えられた宿題は、家の中にある自分だけの宝物を明日教室に持って行き、その物にまつわる物語を個人個人が皆の前で発表するというものだった。

(今日は何日だ。そうだ、明日はおとうさんの亡くなった十三日だから今日は十二日か)

 太郎は恐る恐るカレンダーの⓬の頁を繰ってみた。その瞬間、厚紙カレンダーの表面に西暦年数の数個と月の漢数字十二個が現れたのである。太郎は2019と四を何のためらいも無く押してみた。すると信じられないことに先ほどまで居た学校の教室での授業風景が目の前に広がったのである。そして担任の先生は数時間前と同じことをしゃべっているのだ。

「わかりましたね。おうちにあるあなただけの宝物をそれぞれに明日持って来てください。おもちゃでもお人形でも、手紙などでもいいですね。そしてその物に関係する物語を皆さん一人ひとりに発表してもらいます」 

 太郎は慌ててカレンダー表紙を下ろし⓬の頁を閉じた。教室風景は一瞬で消えた。偶然にもカレンダーの扱い方は合っていたようだ。

(なんだこれは。どうしてこんなことが) 

 太郎は怖さはあったけれど、不思議なこのカレンダーについてあれこれと考えてみた。

(去年の秋におとうさんが亡くなったその日に合わせてみよう。確か十月十三日だったから、⓭の頁を開き2018と十を押せばいいのだ)

 次の瞬間、太郎の目の前におとうさんの事故現場が出現した。おとうさんは横断歩道の手前で信号待ちをしていたのである。信号が青色に変わり直ぐに歩き始めた処に猛スピードの小型車が突っ込んで来ての惨事だったと聞いていた太郎は恐ろしくなり、その頁の上にご破算表紙を下ろし閉じたのであった。

(もしかして、この事故は前もって防ぐことができるのかな。どうすればいいんだろ)

 太郎はもう一度⓭の頁を開き、2018と十を押してみた。やはり思った通りの横断歩道現場が見えた。おとうさんは信号待ちで焦っている。太郎は急ぎ携帯電話を取り出し、おとうさんに電話を掛けた。不思議なことに、携帯の日付も去年の十月十三日となっていた。

「どうした太郎、何かあったのか。おとうさんな、今急いでいるから、あとにしてくれるかな。・・・待てよ太郎、今、目の前を小型車が猛スピードで通り過ぎて行った。ありがとう、太郎からの電話がなければたいへんなことになっていたぞ。お陰で命拾いをした」

 その時どこからともなく《ごわさんなーりー》と音らしき声が太郎の頭の上でした。

 不思議な厚紙のカレンダーはたった一度きりのご破算のあと、太郎の手からすり抜け、太郎の記憶からも消えてしまったのだった。(了)  


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