59話 戦いは終わった
ボクはずっと復讐がしたかった。それがもう少しで叶う。それはとてもとても嬉しいことだ。それなのに何故こんなにも気持ちが晴れないのだろうか?
馬鹿みたいに大勢のメイドや執事に囲まれて、馬鹿みたいに豪華な夕食を食べながら、翼は不思議と気持ちの悪い不安に苛まれていた。
ヤツらを殺す事に罪悪感があるのだろうか?それは…ある。なぜかある。あんなに酷いことをされたのに、まだあるのだ。むしろ、なんか可哀想な気持ちになっている。なんという偽善だ。可哀想なら、やるんじゃねぇーよ!そんなあやふやな気持ちで人を巻き込んでんじゃねーよ!
それとも、ボクの中でまだアイツらに恐れがあるのだろうか?それも…ある。まだある。もちろん、既にヤツらの処刑は決まっている。ボクは大きな試練を自分の力で乗り越えたのだ。もう心配する事は何も無いはずだ。
でも、何か奇跡のようなことが起こって自分は大逆転されて、また転落するのでは無いか?そんな予感に襲われる。
それが怖い。怖い。怖い。何故だ。なんでボクはこんなにも臆病なのだろか?否定すれば否定するほど、不安は風船のように大きくなる。大きく大きく膨れ上がり破裂して、あとは何も残らない。そんなよく分からない光景が目の前に浮かんだ。「これがフラグか…」翼は小さく呟いた。
「旗がどうかしたの?」翼の影に隠れていたエマが急に姿を現して、背後から声をかけた。ボクはドキッとして牛乳が入っているコップを落としてしまった。
「ガッチャーーーン」
無駄に大きな耳障りの悪い音と共にグラスが割れる。
床に牛乳の白く濁った液体が流れた。なんだか不吉な気がした。「くそぉ…」イライラする。
どこからともなく、声が聞こえた。「どうせお前はダメな人間だ。お前は幸せにはなれないし、なってはいけない。これまで、どれだけ人を殺した?これから、どれだけ人を殺す?」
違う!違う!違うんだ!ボクはだだ…ボクはだだ…やられたから、やり返しただけだ。それだけだ。それとも、なされるがままに、やられれば良かったのか?そんなの、そんなの、ボクがあまりにも可哀想じゃないか?
「お前は本当に自分の事しか考えていないな。仲良くなれとは言わないが、許してやるという選択肢もあったはずだ。だが、お前はそれを選ばなかった。それじゃあ、満足できなかった。ただただ、怒りに身を任した。違うか?」
それは、そうかもしれないけど、でも、でも…
「やられたからって、相手を皆殺しにして一体なにが残る?ただ、怨みが新たなる怨みを呼ぶだけだ。そして怨嗟は渦巻き、高まり続ける。そしていつの日か、お前に降り注ぐのだ」
声がどんどんハッキリしてきて、どんどん大きくなって、頭の中でガンガン響いた。
「断言する!お前はいつか必ず報いを受ける。これ以上ない残虐な形で嬲り殺される。誰もお前を助けない。ただ見ているだけだ。深い深い後悔の中でお前は死んでいくのだ」
意識がぐちゃぐちゃになり混濁して遠のいていく。
「翼ちゃ 翼ちゃ 翼ちゃーん しっかり しっかりしてッ!!!」
エマは憔悴し、目に涙を浮かべて必死で翼の身体を揺すった。しかし、その声は空を切るだけで、翼には届かなかった。




