55話 神の名を騙る者
「畏れ多くも皇帝陛下に謁見を賜わり無常の喜びで御座います して 本日はどのようなご要件でこのような場にお招き頂いたのでしょうか?」
世界商会会長クロセット・オバラは皮肉たっぷりにそう言った。
「それは・・・ アキレス 説明なさい」
「はい 謹んで承ります 神の使徒であられる白き魔女様が望まれるもの それは全てのものが平等で平和に暮らすことのできる世界です その実現の為に神聖ミライリアはこの世の全ての奴隷を解放することを決めました 港街ラァツェイの奴隷商『みう』への我が国の介入はその活動の一環と考えて下さい」
急に何を言い出すかと思ったら全ての奴隷を解放するだと・・・そんなことをすれば我々は職を失ってしまう。私は組織の仲間のことを家族だと思っている。世界商会の長として家族を路頭に迷わすわけにはいかない。
そもそも神聖ミライリアはどの国よりも差別が酷い国だ。その背景には神聖ミライリアは神の使者である『白き魔女』によって建国され国であり、自分たちは神から選ばれた特別な民族なのだという強いプライドとエリート意識がある。
それは他の民族を導く立場にあるという使命感を生み出し、文明を広めるという名目で他国を侵略する覇権主義国家へと誘った。
神聖ミライリアの国民は自らを神の祝福を受けた『神選民族』と称し、それ以外を『劣等民族』として差別する。同じ人間同士でもこうであるから他種族に対してはもはや家畜と一緒で殺しても何をしても構わないというくらいの感覚を持っている。そうして自らを正当化して多くの国を滅ぼして多くの奴隷を生み出してきたという訳だ。
そしてその流通を担っていたのが我々の『世界商会』である。これまで世界商会と神聖ミライリアは奴隷売買でお互いに莫大な経済的利益を得ることで良好な関係を築いてきた。
もし奴隷制度を止めるというのであれば世界商会のみならず神聖ミライリアにもかなりの経済的損失が生まれるだろう。
いや、それだけでは済まない。国の在り方を根本から180°変えるのだから国内は大いに混乱して内乱に発展するはず・・・
──そうか、そういうことか!?
ここ最近の神聖ミライリアで行われていた政治家の粛清は、この為であったのだ・・・つまりアルナ・レオンハートはその内戦に勝利して既に権力を掌握しているということだ!!!
その上で『白き魔女』だというあの少女を崇拝し全てを委ねているのだろう。でなければ一人で乗り込んでくるような危険な真似をさせることなど出来やしない。
・・・さて、どう時勢の流れを読むべきか?
世の中は正しいことをしたものが勝つとは限らない。だが・・・それでも人は正しさを求めるものだ。平和で平等な世界を創るというのはとても美しい理想であろう。あの少女は自らの命を賭してそれを実現しようとしている。
私は商売人として勝ちの見込みがない勝負には乗るつもりはない。しかし、どちらに転ぶか分からないならば道義的に正しい方につきたい。それが私のただの願望に過ぎないとしてもだ・・・
今まで散々、奴隷を食い物にしてきたのだ。利益の損失は自業自得でもある。もちろん、これが罪滅ぼしになる訳では無いが新しい時代を創ろうとする若者の背中を押すことが老人の役目でもあるはずだ。
それに奴隷売買を止めたところで世界商会が潰れることはないが神聖ミライリアに逆らえば世界商会が潰される可能性がある。ここは世界商会全体を守る為に損切りすべきか・・・
「畏まりました 世界商会は今後一切の奴隷の売買をしないことをここに誓いましょう」
「自らの罪を認めることは立派なことです 神聖ミライリアは世界商会の罪を赦します そうしましたら これまでの奴隷売買に対する刑罰として 世界商会の我が国における治外法権の撤廃 及び 貿易における特別優遇処置の廃止 それに加えて罰金として20億ペルの支払いを命じます」
「は?」
・・・なんだ、どうやら私は見誤っていた。コイツらは今までの自分たちの行為を棚に上げて我々の利益に集る神の名を騙ったハイエナだったようだ。




