37話 ボクは帰ってきた・・・
ボクは大勢の兵士のみなさんと一緒に待機して出番を待っていた。兵士のみなさんとは少し前に殺しあった仲なのでかなり気まずい。ボクは目を合わせないように下を向いていた。なのに兵士の人が近づいてくる。身体に緊張が走りボクはさらに下を向く。
「す すいません 握手をしてもらえませんか?」
「えっ あ はい」
ボクは恐る恐る手を伸ばす。
「ありがとうございます ずっとお会いしたかったんです 感激です!」
「あっ 俺も握手 イイっすか」
なんだか知らないけど喜んでいてテンションが上がっているようだ。
「お〜 白き魔女様に触っちゃったよ」
好意的に思ってくれるのはいいけど、王宮を壊して王様や兵士を殺したボクに何かしら思うところはないのかしら。
「おい お前ら 大切な作戦の前になにをやっておるんだッー!」
海坊主みたいな見た目をしたイカつい人がやって来た。エラい人なんだろう。ボクに声をかけていた人達が直立不動で敬礼をしている。
「はっ 申し訳ございません」
兵士達は大きな声で謝罪をしている。そんな様子を見ていると急にボクの目の前にテスタロッテが姿を現した。
「お待たせ 翼ちゃん 準備はいい?」
「あまり 良くないかも」
「え?」
「いや 大丈夫だよ お願い」
一瞬でワープすると、ボクはみう達の屋敷の前にいた。ボクは思い出したくもない記憶が詰まったあの屋敷を恐る恐る見上げた。
すると恐怖と不安の感情が頭に雪崩のように押し寄せてきて急に気分が悪くなった。呼吸が荒くなりクラクラと強い眩暈がする。まずいよ。こんな時に・・・
『落ち着け 落ち着け 深呼吸だ』
だが落ち着こうと思えば思うぼど胸が苦しくなる。翼は胸を抑えてしゃがみ込んだ。
「翼ちゃ どーしたん? 大丈夫っ??」
隣にいたエマ・アラバスターが驚いて翼に駆け寄り背中をさする。
「大丈夫・・・平気だから」
全然、大丈夫じゃない。呼吸ができ・・・ない。
『もう 死んじゃう 苦し・・・い 苦しい・・・よぅ・・・』
これはマジでヤバい。ここでボクは死ぬかもしれない。もうダメだ。ボクは復讐を目の前にして無念にもここで力尽きるんだ・・・
「しっかりして 翼ちゃ 翼ちゃ 翼ちゃーーーー!!!」
エマの声が聞こえるが何も出来ない。手足が痺れて気が遠くなる。自分の体じゃないみたいだ。たぶんこれは過呼吸というやつだ。
学校の体育で可愛い女の子が過呼吸になっていたことがあった。苦しそうにビニール袋を口に当ててうずくまっていた。なんか危ない薬を吸っているみたいだった。
過呼吸は身体の異常ではないらしい。過度の精神的なストレスからくるもので身体に異常があると思い込むことでおこることだという。別に問題なく息は吸えるのに息が吸えないと思い込んで苦しんでいるというわけだ。ボクも今たぶんそういう状態なんだろう。
『アホか・・・そんな風に「ない」ものを「ある」と思い込んで苦しむなんて滑稽だよ ボクはそんな弱い人間なのか? 違う 違うよ!』
『いつまで みうに心を縛られてるんだ もうボクは昔とは違うんだろ 戦うことを決意したんじゃなかったのか?』
『そうだ ボクは現実をちゃんと見ることができて 何があっても目的を成し遂げる意志を持った 強くて勇気ある人間なんだよッ!』
あれ??・・・なんか気づくと嘘のように胸の苦しさは消えてなくなっていた。エマが泣きながらボクを揺さぶっている。兵士のみなさんが心配そうにボクを見つめている。
「エマちゃ ごめん もう本当に 大丈夫だよ」
「ほんとに ほんと?? 心配したよぅ 翼ちゃ〜!」
エマが翼にバッと抱きつく。
「ごめん ごめん みなさんも ご心配をおかけしてすいませんでした 少し取り乱しましたが もう大丈夫です じゃあ 行きましょうか」
ボクは何事も無かったように話しを進めようとした。
「いやいやいや なに言ってんの? もう 翼ちゃはここで休んでいなよ こんだけ人がいるんだから 翼ちゃがそんなに無理する必要ないって・・・」
「ごめん エマちゃ それでもボクには やらねばならない事があるんだよ」
ちょっとカッコよく決めてみたけど流石に誤魔化しきれないよね。兵士の皆さんは呆れているだろうし、こんな病んでるヤツについていきたくないと思っていることだろう。
確かにボクは頭が悪いし弱いところがあるのは確かだよ。でもそれは今、気にしてもどうにもならないことだ。過ぎ去った事はもうどうしょうもない。
大切なことはそれでも最後まで自分の意志を貫き通すことだよ。そうすれば全て好転させることができるのだ。
結局、ボクは同じようなことを何度も自分に言い聞かせている。ボクは意志が弱いから直ぐに楽な方に流れてしまって戦うことをやめてしまう。でも苦しくても何度も何度もそんな弱い自分と戦って、そして勝ち続けなければならないんだ。
ボクならできる。頑張れ自分・・・!!!
「翼様 ご体調を崩されたとお聞きしましたが 大事はありませんか?」
ガジャがやって来た。いいタイミングだ。ちょうど探していたところだよ。
「へーき へーき 良いところに来たね みうの所に案内してもらえるかな?」
身体が軽い。いつもより魔力が身体に漲っている。どうやら死を感じたことでボクのレベルはアップしたようだ。過呼吸になってよかったじゃないか。全ては自分の気の持ちようだよ。今はもうなんの不安も動揺もない。
視界もハッキリしている。屋敷の周りに植えられた木々が風に揺られてぶつかり合い音を立てている。
ボクは帰ってきた。そう、始まりの場所に・・・ボクの過去を変えるために帰ってきたんだ。




