05話 王子様に見初められて その4
「嫌だけど我慢しよう」
僕はずーとそうやって生きてきた。だけど本当にそれでいいのだろうか?
翼はこの国の王子様であるユリウス・レオンハートの私室に向かっていた。浴場で湯浴みをしたので体からはわずかに湯気が立っている。暗闇の中でわずかな灯をたよりに侍女長のロゼッタのあとをついていく。
これから翼はユリウスの夜の相手をする。
「相手は王子様だ 上手くいけばこの国の女王になれるかも知れない」
・・・なにバカなことを考えているんだボクは。そんな都合のいいこと起きるはずがないじゃないか。いつもそうやって現実から目を背けてきた。
確率はゼロではない。もしかしたら奇跡が起きるかも知れない。ボクは特別な存在だから。そんな風になんの根拠もなく思っていた。
確かに奇跡は起こることはある。ボクがこの異世界に来たことだって奇跡だろう。でもその結果どうなったか?
ボクは奴隷にされた。監禁されて放置された。死ぬことも許されずカラダに恐怖を刻み込まれたボクはご主人様の言うことは何でも聞く従順な奴隷になった。
奇跡は起きてもそれがボクにとって都合のよい奇跡とは限らない。異世界に転生するという奇跡が起きなければボクはあのような地獄の苦しみを受けることはなかった。そしてその苦しみから救済される奇跡は最後まで起きなかった。
現実を見よう。これからボクはユリウスに処女を奪われる。処女だけではない自由も尊厳も奪われ身も心もズタボロにされるだろう。
あの餓狼族の女の子のように・・・
彼女の全てに絶望した虚ろな目。生傷だらけの身体。
侍女達の話を聞く限りボクも同じような目にあわされるのだろう。現実逃避しても現実はあるのだ。シュリは今も裸で鎖を巻きつけられ傷だらけの状態でベットの上で涙を流しているはずだ。
このままボクは大切なものを奪われ続けて一生奴隷として生きていくのか?
結局ボクは異世界に転生してもなにも変わらなかった。
思えばボクは元の世界でも奴隷のようなものだった。今のように実際に奴隷だった訳ではないけれど心が奴隷だった。
自分の本当にやりたい事をしていなかった。心が自由ではなかった。いつもいつも空気を読んで自分の意思を殺して生きてきた。そうして空気を作り出しているヤツに本当に大切なものを奪われていたのだ。
いろいろな考え方があっていいと人はいう。そして話せば分かるし信じる心が大切だとかいう。こういうものの見方は正しいとされていると思う。
だけどさぁ・・・人の考えを聞くって事は自分の考えが聞かれないってことなんだよ。
悪意をもって接してくるヤツは必ずいる。
ボクが目立ってクラスで人気があった事を妬んで嘘をついてボクを孤立させてクラス全員でイジメを行ったボクの親友。彼によってボクは好きな女の子を奪われた。学校に行けなくなった。その姿をみて家族は悲しんだ。
ボクがこの異世界に来たばかりでなにも知らないことをいいことに奴隷として売り払って大金を獲たみうとヒロとエリカ。
なにも知らない女の子の奴隷を集めて暴行し激しい拷問を加えるユリウス。
ボクをイジメたり奴隷にしたり暴行したり拷問したりしようとするヤツらに対していろいろな考え方があってもいいとなるだろうか?草が生えるよ。ヤツらにとってはアリだけどボクにとってはそりゃあナシでしょう。
人と人の考えは時として対立する。戦わなければならない時は必ずある。
「奴隷になれ」と言われて「はい/yes」と答えるか?ヤツらと話をしたところでボクの話を聞いてくれるのか?ヤツらを信じるべきか?
全く馬鹿らしい質問だがボクはヤツらの言う事をずっと聞いてきてしまった。本当に本当に愚かだった・・・
頭の中では悪口を言いまくっていたけれど。リアルで実際に行動を起こすことができなかった。戦わずに逃げてきた。だけどそれはもう終わりにしよう。
何度も何度も思った。もう逃げるのは嫌だって。でもボクは本当にしたいことをやらずにそこから逃げてしまう。結局は自分で逃げることを選択している。誰が悪い訳でもない。
悪いのは僕だ。僕の事は僕が決めることは出来るのに。そうだよ。そうなんだよ。例えば手を動かそうと思えば当然に手を動かす事はできる。ユリウスをぶん殴ってここから逃げる事はできるのだ。そうさ。やることはできる。失敗するかもしれないが行動を起こすことはできる。
このままではボクはユリウスに犯されるだろう。そして拷問をうける。
悪意を持ってボクから大切なものを理不尽に奪おうとするヤツのいいなりになるか?これまでと同じようにそれを受け入れるのか?
嫌だ。やっぱりボクは嫌だ。嫌なんだ。我慢できない。死んでも嫌だ。ボクは心まで奴隷ではないのだ。
奴隷として玩具にされ弄ばれるよりはユリウスを叩きのめして捕まって処刑される方をボクは選ぼう。
心は自由だ。自分の事は自分で決める。戦わなければなにも変わらない。失敗してもいい。失敗したらもう一度やればいい。死ぬまで何度でも何度でも戦ってやるッ!