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龍の如く駿馬の如く  作者: 九里瑛太
4/10

龍馬の将来

 この日、龍馬は珍しく落ち込んでいた。連日のように続くオネショが原因で、姉の乙女(とめ)より激しい雷を頂戴したのだ。

 庭先にはためく寝小便まみれの布団を眺め、龍馬は縁側に佇んでいた。さしもの彼も、今回ばかりはかなりの落ち込みようだ。

「叔父上、どういたが?」

 しょんぼりと肩を落とし、うなだれる龍馬に春猪が不思議そうに話し掛ける。

「春猪、アシはちっくと旅に出て来るき…」

 遠く空の彼方を見詰め、龍馬は力なくつぶやく。消え入りたい、そんな気持ちで一杯だった。

「いってらっちゃい!」

 当然だが、まだ歳幼い春猪には龍馬が口にする言葉の意味など分からない。覇気のない叔父の後ろ姿を只々見送るだけだった。

「はへぇ…」

 気晴らしに表へと出てみたものの、溜め息が出るばかりで気分は一向に晴れない。鬱々とした気分のまま、龍馬は本丁筋をとぼとぼ歩いて行く。

「どういた?龍馬…」

 うつむき加減に歩く龍馬の背へ不意に声が飛ぶ。誰かと思い振り返ると、スラリ背筋の通った少年が立っていた。龍馬もよく知る、武市半平太だった。

 半平太は、長岡郡仁井田郷吹井村出身で身分は白札である。九歳の頃より城下に出て、叔母の嫁ぎ先に寄宿し文武に励む毎日を送っていた。歳は龍馬より六つ上で、すでに元服も済ませている。

 そんな半平太を龍馬は兄のように慕い、また半平太は龍馬を弟のように可愛がった。

「まぁた、お乙女さんに叱られたがやろ…」

 苦笑まじりに半平太が問い掛けると、龍馬はうなだれたまま、その質問に答える。

「今朝もよばれ(寝小便)を垂れたき、姉やんにこじゃんと(かなり)叱られたがよ…」

 他人からすれば大した事のない悩みでも、龍馬にとっては一大事だった。それを慮って、半平太は優しく一言添える。

「その内せんようになるき、あんまり気にしぃなや…」

 慰めるように龍馬の肩にそっと手を添え、半平太はニッコリと笑った。

「なりゆうかのぉ…?」

「すんぐに、よばれらぁ垂れんようになるろう!」

 半平太の慰めが、今の龍馬にはかえってつらい。

「あぁ、まっこと、そうなるろうかのぉ…」

 天を仰ぐ龍馬、情けなさで泣き出したい気分だった。いつもなら何事も笑って吹き飛ばすマイペースな龍馬なのだが、今日の乙女の落雷は相当に堪えたらしい。

「仕方がないねや…龍馬、ちっくと来ぃや!」

 半平太は、思い立ったように龍馬の手を引いて歩き出す。

「どういたが?武市さん」

「えいき、着いて来ぃや!!」

 そう言って半平太が連れて来たのは、龍馬の家からも程近い、彼行き付けの饅頭屋『大里屋』であった。店の前では、その倅長次郎が小気味よく往来に向かって売り文句を発している。

「長次郎、相変わらず威勢がえいのぉ」

「あぁ、武市さんに龍馬さん、いらっしゃい!」

 笑顔で歩み寄る半平太に対し、長次郎も笑顔で返す。

「あれ?龍馬さん、一体どういたがですか…」

 未だにうなだれたままの龍馬、心配そうに長次郎が顔をのぞき込むが反応はない。

「いつもの事ぜよ。それより長次郎、饅頭をいくつか頼む!」

 半平太の口ぶりから、龍馬がオネショの事で気落ちしているのだと長次郎にも察しが付いた。

「龍馬さん、元気を出してつかぁさいね…」

 そう言い残すと、長次郎は一旦店の中へと戻り出来立ての饅頭をいくつか包んで再び現れた。

「ありがとうございます!」

「ほんだらの!長次郎」

 饅頭を受け取り、半平太は龍馬を伴って再び歩き始めた。

 通りを外れ、そのまま進むと、あくびが出るくらいのどかな風景が広がりをみせる。そこから程近い鏡川も、ゆらゆらと水面をたゆたわせキラキラと輝いていた。

「武市さん、何処まで行くが?」

 尋ねる龍馬の手を引き、半平太はさらに先を進む。川原まで辿り着くと、頃合いのいい岩場を見付け、そこでようやく半平太は腰を下ろした。

「龍馬も、ここに座りや!」

 言われるまま、龍馬も半平太の隣にゆっくりと腰を下ろす。川のせせらぎが、何とも耳心地のよい調べを奏でている。

「龍馬、いつまでクヨクヨしちゅう…おまんは侍の子やろう?」

 ──と、半平太は先程購入した饅頭を懐から取り出し、それをおもむろに龍馬へと差し出す。

「食べても…えいが?」

 目の前の饅頭を見詰め、龍馬は遠慮がちに尋ねる。

「大里屋の饅頭は、おまんの好物やろう?それでも食うて、早よう元気を出しぃや」

「武市さん、ありがとう…」

 饅頭を受け取ると、龍馬はそれを一口頬張った。

「──ウハッ!?大里屋の饅頭は、げにまっこと(実に本当に)美味いぜよ!こりゃあ堪まるか!!」

 奇声を上げ喜ぶ龍馬に、半平太は戸惑いの色を隠せない。

「何ちや、おまん…さっきまでしょう(非常に)しょげちょったろうが…」

 饅頭一つでコロッと元気を取り戻す龍馬、何とも現金なものだと半平太も呆れるばかりだ。

「まぁ、変わり身が早いがは、おまんらしいがのぉ…」

 ──と、半平太は苦笑する。

「武市さん、おかげで元気が出たちや。ありがとう!」

 屈託なく笑う龍馬の顔が、また何とも清々しい。こんなにも嬉しそうな笑顔をされては、半平太も怒るに怒れない。

 そんな二人の後ろから、何気ない声が掛けられた。

「ありゃあ!?武市さんに龍馬じゃいかぁ…」

 聞き覚えのある声に龍馬と半平太が即座に振り向く。すると、釣竿を携えた山本数馬がそこに立っているではないか。

「二人揃うて、こがな所で一体どういたがですか?」

 親しげに歩み寄り、数馬は無遠慮に龍馬の隣へと座る。

「数馬こそ、釣竿らぁ持って、これから釣りかえ?」

「いやぁ、釣りは止めじゃ止め!今日は全く釣れんろう…」

 半平太の問いに数馬は大きな溜め息を漏らす。朝から釣りに興じていたらしいのだが、芳しい釣果とはならなかったようだ。

「数馬、おまんもどうぜ」

「おぉ!大里屋の饅頭じゃな」

 思わぬ収穫に数馬は驚嘆の声を上げ、半平太の差し出した饅頭を平らげた。

「げに(ところで)龍馬、今朝はよばれを垂れんかったが?」

 ──と、数馬がここで余計な一言を投じる。当然、先程までその事で落ち込んでいた龍馬の表情が俄に曇り出す。

「ん…どういたが?」

 さらに追求する数馬に、龍馬は少々バツが悪そうに口を開く。

「最初に言うておくけんど、よばれを垂れるがはアシが悪い訳ではないがぜよ!アシのここがぁ悪いがやき…」

 軽妙な言い回しながら、自分の股間を指差して力説する龍馬が何ともまた滑稽である。

「おまんは、ぎっちり(いつも)そればかりじゃいかぁ…?」

 毎度毎度の無責任な言い訳に、数馬が聞き飽きたと言わんばかりに言い返す。

 しかし、その直後だった。

「おぉ!閃いたちや…」

 何か妙案でも思い付いたのか、龍馬が突然奇声を上げた。

「アシのあそこをグルグルに縛りよったら、よばれを垂れんようになるがやないろうか!?」

 突拍子もないこの発言が、半平太と数馬を唖然とさせる。

「そんな事らぁしよったら、おまんのあそこは、すんぐに腐り落ちてしまうがぜよ!」

 得意満面な龍馬に、半平太の一言が突き刺さる。事実、古代中国の処刑方法の一つに、男性器を縛り、そのまま壊死させると言うものがあった。

「え?そうなが…」

「龍馬…まっこと、おまんはアホじゃのぉ…」

 無知を晒す龍馬に、数馬が容赦なく突っ込む。

「全く…数馬も龍馬も、えい加減にしぃや!」

 二人を見兼ね、半平太も半ば呆れたように仲裁に入る。

「まぁ何にせよ、“のほほん”と呑気にしちゅう方が、おまんらしいきのぉ!」

 最後にそう付け加え、数馬はニヤリと笑う。『のほほん』と言う形容が、誉め言葉ではないくらい龍馬にも察しが付く。

「そう言うたら龍馬、おまん、学問や剣術はまだやらんが?」

 齢も十を数える龍馬だが、未だ塾にも道場にも通っていないのが実状である。半平太はそれを憂いていた。

「お乙女姉やんに学問や剣術は教わっちゅうけんど、これがちっくとも身に付かん!」

 臆面もなく龍馬が笑う。だが、このままでは武士の子として面目が立たない。

「さっきも言い掛けたけんど、おまんは侍の子やろう?このままでは、いかんちや!」

 優しく、諭すような半平太の言葉に龍馬もうなずいている。

「アシの父上も、おんなじ事らぁ言うちょった…けんど、どういたらえいか、アシにもさっぱり分からんがぜよ!」

 などと返す龍馬、どこまで本気なのか真意が全く掴めない。

「おまんは、ぎっちり真剣味が足りんちや」

 数馬は身を乗り出し、龍馬へと迫る。半平太も、数馬の意見には同意のようだ。

「アシやち、まっこと真剣にやっちゅうがよ!」

 反論すればする程、龍馬の言葉が嘘くさく聞こえて来る。

「龍馬、このままでは、おまんは坂本家の廃れ者になってしまうがぜよ!それでもえいが?」

 半平太の言葉に、龍馬はみるみると顔色を失う。

「それだけはいかんちや!そがな事にでもなったら、アシはお乙女姉やんにこじゃんと叱られてしまうちや…」

 今朝の出来事を思い出し、龍馬は愕然とする。そんな彼を、さらに戦慄させる事態が起こった。

「龍馬!おまん、こがな所におったがか!?」

 気が付けば、土手の上に乙女が仁王立ちに立っていた。

「あひっ!?お乙女姉やん…」

 姉の姿に後退る龍馬だったが、次の瞬間、助け船のようにやべが現れた。まさに、地獄に仏と言った心境である。

「お嬢さん、坊さんおったがですね?」

 息を切らしている様子から、龍馬を必死に探し回っていた事がうかがえる。

「もう、心配したがですよ!春猪お嬢さんに『旅に出る』ち言いゆうき…」

 やべの安堵した顔に龍馬は少々の罪悪感を覚えた。

「おやべさん…ごめんなさい」

「えいがですよ。坊さんが無事やっただけで…」

 そう言って、優しくやべが抱き締める。その温もりが龍馬の心を包み込むように癒す。

「龍馬、はや去ぬる(もう帰る)ぞね!」

 ホッとしたのも束の間、乙女の声に龍馬は心臓が飛び出す程の驚きをみせる。

「半平太様、数馬様、これにて失礼致します」

 やべが二人に深々と頭を下げると、乙女は龍馬の手を引き、そそくさと歩き出した。

「た、武市さん、数馬…ほほ、ほんだらの…」

 まるで、屠殺場に向かう牛のように連れて行かれる龍馬、半平太と数馬は、気の毒そうにこれを見送る事しか出来なかった。

 未だ乙女の表情は険しいままである。龍馬はこの後、自分の身に降り注ぐであろう災難に気が重くなる一方だった。

 ところが、しばらく先を進み、半平太達の姿が見えなくなったの見計らったように、やべがクスクスと笑い出す。

「実はお嬢さん…坊さんがいなくなって、しょう心配なさってたがですよ…」

 途端、乙女の顔が上気したように真っ赤に染まる。

「おやべさん、それは言わない約束ぞね!!」

 慌てる乙女だったが、もう後の祭りだ。龍馬が不思議そうに彼女の顔をのぞき込んでいた。

「どういてなが?」

 曇りのない瞳で龍馬が尋ねる。すると乙女は、恥ずかしさのあまり、とっさに龍馬から顔を背けてしまう。

「お嬢さんは、坊さんがお屋敷を飛び出して、何処か遠くへ行かれたち思うたがですよ」

 やべが、そっと耳打ちをする。似王様の如く厳しい姉の、意外な一面を龍馬は知った。

「お乙女姉やん…」

「な、何ぞね…!?」

 含みのある笑みを浮かべ、龍馬が見ている。

「ありがとう…」

「あ、ありがとうじゃないろう!まずは謝るがが先ぞね…」

 思いがけない龍馬の言葉に、乙女は思わず心にもない一言を口走った。

「龍馬、覚悟しぃや!帰ったら、さっそく剣術の稽古ぞね!!」

 そして、いつものように威勢のいい言葉を続ける。それが、乙女の照れ隠しである事が、龍馬にもありありと分かった。


 さて、数日が過ぎ、龍馬の“家出騒動”は仲間内の知るところとなっていた。

 それを聞き付け、大里屋の軒先には龍馬の悪友達が集う。饅頭を頬張る彼を囲み、ワイワイ騒いでいた。

「おまんも、しょう(非常に)大胆な事らぁしよったのぉ…」

 まず、口火を切ったのは望月清平である。清平は、龍馬の家より程近い小高坂に住む白札郷士望月家の長男だ。

「屋敷を飛び出した理由が、よばれ(オネショ)じゃあ言うき、まっこと大したもんぜよ!」

「さすが、龍兄やんちや!」

 続いて、清平の弟である亀弥太が一連の出来事を茶化し、池内蔵太がこれに追随する。

 三人とも、気心の知れた幼馴染みなだけに全く遠慮がない。龍馬の気苦労など、お構いなしに好き放題に言い放つ。

「清やんも亀やんも内蔵太も、みんなぁ、おもしろがっちゅうけんど、アシはこじゃんと叱られて大変やったがやぞ!」

 龍馬からすれば、少しは愚痴りたくもなると言うものだが、相手がこの三人では、いいように話のネタにされるだけである。

「まぁ、みんなぁが、おまんを心配しちょったゆう事じゃろうが?よかったじゃいか」

 ──と、清平が言う。確かにそうなのだが、他人から言われると何とも釈然としないものだ。

「言って置くけんど、アシはただ散歩に出ちょっただけやき!みんなぁが、それを勘違いしたちいかんがぜよ!」

 しかし、その勘違いの切っ掛けを作ったのは、紛れもなく龍馬の「旅に出て来る」と言う一言であった。それ故、龍馬も何となしにバツが悪い。

「さて、アシははや去ぬるぜよ!ほんだらの、皆の衆…」

 言いたい事を言って気が済んだのか、龍馬は最後にそう付け加え慌てて大里屋を退散した。

 清平達の笑い声が聞こえるが、それを振り切るように目もくれず龍馬は走る。

 屋敷まで戻ると、門前で乙女が待ち構えていた。まるで仁王様のような佇まいである。

「龍馬、只今戻りました…」

「すんぐに剣術の稽古を始めるぞね!えいな?龍馬」

 龍馬と相反するように、乙女は気合い気十分だ。

 さっそく庭へと回り、龍馬が準備に取り掛かると、待ちわびたように乙女が身構えている。

「さぁ、どっからでも掛かってきぃや!」

 そう言われても、気迫のこもった姉の構えには打ち込める隙など見当たらない。龍馬は、只々躊躇するばかりである。

「どういた?おまんが来んがやったら、こちらから行くがぞ!」

 言うや否や、乙女は鋭く激しい打ち込みを龍馬に見舞う。

「姉やん…痛い、痛いちや!」

 小手から頭部へと、流れるような打ち込みが決まった。

「おまんはどういて、そうすんぐに泣き言らぁ言いゆうがじゃ」

 泣き顔で激痛を訴える龍馬を、乙女は厳しく一蹴する。齢十一の龍馬にとって、今の姉はまさしく仁王様そのものであった。

「ね、姉やんは、まっこと坂本のお仁王様ぜよ!」

「な、何じゃと!?」

 龍馬の言葉に、乙女は一瞬たじろぐ。昨日の家出騒動の翌日だ。彼女が動じてしまうのも、無理からぬ事である。

「これ、何をそんなに騒いじゅうがじゃ!?」

 騒々しいやり取りを聞き付け、父の八平が縁側より二人に声を掛ける。

「父上、龍馬の奴が泣き言ばっかり言いゆうがです。厳しく叱ってやってつかぁさい!」

 乙女の物言いに、八平は諭すような言葉を返す。

「乙女…龍馬は、まだ十一やぞ!もうちっくと分かり易く、優しく教えちゃりや!」

 父の言葉を聞き、龍馬は「それ見た事か」と言わんばかりの表情で乙女の顔色をうかがう。ところが八平は、そんな息子の様を見逃さずにいた。

「龍馬、おまんもおまんぜよ!侍の子ぉが、すんぐに弱音を吐いたらいかんちや!」

 今度は龍馬が注意を受け、乙女がしたり顔である。似た者同士の姉弟に、八平も呆れるばかりだ。

「えいか二人共!何事も、本分を忘れてはいかんちや。それだけは覚えて置くがぜよ!」

 乙女はともかく、龍馬は相変わらず妙に間延びした口調で「はぁい!」と答える。八平は、そんな息子が何より心配で堪らない。

「龍馬、おまんはまっこと分かっちゅうがやろうのぉ…?」

「はぁい!」

 再び、気の抜けたような返事を繰り返す龍馬に、八平は限りなく不安が募る。

「もうえい!えいちや…乙女よ、剣術も学問も、丁寧にしっかりと龍馬に教えちゃりや…」

 龍馬にとくとくと説明しても、これではまるで、暖簾に腕押し、豆腐に(かすがい)(ぬか)に釘だ。あまりの手応えのなさに八平は落胆し、目眩さえ覚える。

(龍馬は、坂本家の廃れ者になってしまうがやろうか…)

 そんな事が、八平の脳裏をよぎった。龍馬の将来に大きな期待を寄せる幸には、決して口外はできない。

「龍馬、乙女の言いゆう事、きちんと聞くがぜよ!」

 そう念を押し、八平は自室へと戻った。何とも言えない気まずい空気が漂う。

「父上はあぁ言うたけんど、しょう落胆しちゅうぞ!」

「えぇ!アシのせいなが!?」

「当たり前やろうが!」

 そんな風に言われても、龍馬は困惑するばかりだった。

「さぁ龍馬、おまんは一体どうするぞね?」

「いや!どうするち言われても、どういたらえいかアシが聞きたいくらいぜよ」

 困り顔でそう答える龍馬、まるで他人事のように無責任な物言いである。

「おまんは、まぁたそがな事を言いゆう!自分の将来くらい、自分で考えられんがか!?」

 改めてそう言われ、龍馬はしばし思案する。一体、自分は今どうするべきなのか、この先どうしたいのか。

「ア、アシやち、なれるがやったら父上のような立派な侍になってみたいぜよ…」

 ポツリと、自信なさげに龍馬がつぶやく。

 父八平は、文武の人である。龍馬は、そんな父のようになりたいと言う。いつも流動的で飄々としていた龍馬が、生まれて初めて、自分の意思をしっかりと口にした瞬間である。

「よう言うた!龍馬」

 乙女は、嬉しく思った。いつも浅はかにみえる龍馬が、少しは自分の行く末を考えていたのだ。

「ならば、これからどういたらえいか、分かっちゅうがやろ?」

「ど、どういたらえいが?」

 ここまで来ると、何となく嫌な予感しかしない。

「決まっちょろう!剣術と学問、どちらも気張ってやるしかないろうが!!」

 どうだと言わんばかりに得意気な乙女、やはり龍馬の予感は的中した。張り切る姉の姿が、何とも鬱陶しく感じる。

「さぁ、龍馬!稽古を再開するぞね!!」

 乙女の声が高らかに弾む。相反して、龍馬の心にはズシリと重い何かがのし掛かった。

「アシはもう、稽古らぁこりごりやが!」

「何を言いゆう!?こればぁの事で根を上げてどうする、龍馬!」

 自ら言い出した事とは言え、龍馬は将来の為、結果的に乙女の厳しい教えを請う事となった。


 龍馬十一歳、まだまだ前途は多難である──




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