理屈男子と感情女子
「あ、安城萌です。ふつつかものですがよろしくおねがいしまひゅ!」
中学デビューを飾る記念すべき初舞台。
教室の壇上で行う自己紹介という場で、うちは盛大に噛んでしまった。
緊張で舌が回りきらないまま思い浮かべていた言葉を一気に吐き出し、頭を下げた瞬間に(しまったあああ!)という壮絶な後悔の念が渦を巻き、頭が真っ白になる。
今日はポカポカとした春らしい天気だというのに、時がカチコチに凍り付いたようだった。しばらくしても何の反応もなく、恐る恐る頭を上げてみると、まだ名前も知らないクラスメイト達は、みんな同じようにポカンとした顔をしていた。
そして、わき起こる大爆笑。
誰かが吹き出したのを切っ掛けに、凍結した時間はあっけなく砕け散る。うちは顔だけでなく全身まで茹だったように熱くなった。
混乱と恥ずかしさにぐるぐると目に映る景色が回っている。とてもではないが、ここから巻き返しの一手など打てるはずもなかった。
これ以上傷口を広げないように、どうにかもう一度大きく頭を下げてそそくさと壇上から撤退する。うちは一番前列にある自分の席へと逃げ帰り、まだ止まない笑い声を背中で受け止めながら身を縮こまらせるばかりだった。
(うぁー、やっちゃった! 最悪だ!)
穴があったら入りたい。できることなら頭を抱えてその場で転げ回りたい。嵐よ早く過ぎてと祈らざるを得なかった。
「よろしく」
「え?」
爆笑の中に似つかわしくない、やけに落ち着いた声がした。
左隣の席から聞こえた声に顔を上げる。勘違いでなければ、その言葉は俯いていたうちに掛けられたものだった。
そう、勘違いではなかった。
ロボットみたいに背筋を垂直に伸ばして、顔だけこちらに向けている男の子と目が合った。上背が高くて、見下ろされているような圧力を感じる。
まだ笑いの波が引かないクラスの中で、たぶん笑っていないのは彼だけだったんじゃないだろうか。
くすりともせず真一文字に引き結んだ口は生真面目そのもので、春の日射しを通して光るメガネ越しに向けられる真っ直ぐな視線が、なぜだか妙に痛かった。
「は、はい。よろしく……え、えっと、そのぉ」
てんぱった頭で彼の名前を思い出そうとするが思い出せない。彼は出席番号一番で、自己紹介のトップバッターとなった人だった。
しかし、自分の番が来るまでに何を言おうか必死で考えていたため、ほぼ聞き流していたのが災いした。
「青井理」
うちのしどろもどろな対応から色々と察せさせてしまったらしく、彼は名乗ると視線を前へと戻してしまった。
もしかして、うちの失敗をフォローしてくれたのだろうか。どちらにしても、せっかく話し掛けてくれたのに悪いことをしちゃったなぁと、後から猛烈に反省した。
それが今でもたまに夢に出てくる、うちと青井くんとのファーストコンタクトだった。
◆◆◆
「安城、起きろ」
「はえ!?」
夢の景色が遠ざかっていく最中、不意に耳元に落ちてきた声にビクンと肩が跳ね上がる。
どうやら、また寝落ちしてしまっていたらしい。
慌てて取り繕おうとしたところで最早手遅れで、うちの隣では青井くんが仏頂面(といっても、これが彼の素の表情だ)をしていた。
「何度も言うが、図書室は居眠りをする場所じゃない」
「う、うん。ごめんね。ちょうどいい静けさで、つい……」
「図書室が静かなのは当たり前だ。寝てる暇があるなら公式の一つでも覚えたらどうだ」
「はぁい……」
放課後の図書室。うちと青井くんは勉強をしていた。
うちが起きたと見るや、もうこっちにはちらりとも視線を向けず、青井くんは自分の問題集を解き続ける。まったく愛想がないなぁと、少し不満に思うも口には出さない。
うち、安城萌はアホである。
アホというのは頭が悪いという意味だ。
「頭が悪いって具体的にどういうこと?」と突っ込まれると答えに詰まる。きっと、そういうところが頭が悪いってことなんだと思う。
理屈っぽく考えるのが苦手。少なくとも小学校の成績は下から数えた方が早かった。中学になった今でもそれは変わらない。
親によく言われるのは、萌はすぐに感情で行動する。
長所で言えば行動が早い。短所で言えば後先を考えない。
思ったことをすぐに口にして、気がついたら身体が動いている。背も低いこともあって、周りの友達からはちょこまかと動く小動物系とのことらしい。
ついさっき見た悪夢とも言える自己紹介の出来事も、そんなうちの性分からきたものだ。事前に何を言おうかとアレコレ考えてはいたけれど、考えていただけでまとまらず、つい口から出てきた言葉がアレだった。
そんなアホなうちは現在、一応『勉強を教えてもらう』という形で青井くんの隣に居座らせてもらっている。
というのも、うちの中間テストの点が最悪だったのだ。アホと言ったのはダテではない。(自慢することじゃないけれど)
更に最悪なことに、期末テストで挽回できなければ塾に行かせると親に脅されたのだ。
冗談じゃない。中学初の夏休みを塾の夏期講習なんかで潰されてたまるものかと、うちはやる気になった。でも、やる気だけではどうしてよいかわからず、青井くんに勉強を教えてくれと頼み込んだのである。
なんで青井くんだったのかというと、それこそ思いつきだった。勢いだった。
あえて理由を挙げるなら、青井くんはクラスで一番テストの点が良かった。それはもうダントツだった。隣の席のうちから見ても、彼の答案のマルの数は半端なかった。
いまにして思えば、他の友達と一緒に勉強する手もあった。でも、思い立ったら止まらないのがうちの性分であり、その時はもうこれしかないって思っていたのだからしょうがない。
そうして、隣の席のよしみでお願いしますと事情を説明したところ、結果として青井くんは引き受けてくれた。
ただし、時間は放課後限定。あくまで青井くんが図書室で勉強するついでで、基本的には自力でどうにかする。
なるべく青井くんの邪魔はしない。そういう約束だった。
……さあ、やるぞ!
寝落ちの件で早速迷惑をかけてしまったことは一秒で反省して切り替える。うちは心の中で気合いを入れ直し、数学の問題集を開いた。
「う~ん、わからない」
そして、三分後に気合いはあっけなくしおれた。
「ねえねえ、青井くんって数学は得意?」
「得意かどうか意識したことはないな」
「ふーん……まあ、うちよりは得意なのは間違いないよね。ちょっと教えてくれないかな」
「どの問題のどの部分が解らないんだ?」
「えっと、どの部分っていうか、全体的に……」
「何が解らなければ教えようがない」
うちのあいまいな返答に手を止めた青井くんが、顔をこちらに向けて胡乱げに目を細める。
だってしょうがない。わからないものはわからないのだ。
「意地悪言わないでよぉ。だって数学ってよくわからないんだもん……なんでマイナスを引いたり掛けたりしたらプラスになるのか、てんで意味がわかんないんし」
「基礎の基礎じゃないか」
「そうだよ。そういうものだって言われればそうなんだけどさ。問題を解いてても気持ち悪いんだよね。全然すっきりできないっていうか」
そういう理屈だと授業で習っても、感情では納得していないのだ。だからどうしても不理解ゆえの気持ち悪さがつきまとう。数学は中学になってから一番の苦手だった。
「安城は、計算はできるんだな?」
「あぁー、バカにして。足し算も引き算も掛け算も割り算もできるよ。九九だって言えるし」
「基本的な計算ができるなら、負の数に関しては苦手意識だけだが問題みたいだな。うまく説明できるかわかならいが、仕方ない」
億劫そうな溜息をつきながらも、青井くんは動いてくれた。なぜか学生鞄から財布を取り、百円玉を二枚机の上に置き始める。
「くれるの?」
「そんなわけないだろ。安城、問題だ。この机にある二百円玉から、僕が一枚財布に戻す。すると残りの金額はどうなる?」
「それくらい、うちにもわかるよ。百円でしょ」
「その式をノートに書いてみろ」
言われるがまま、うちはノートの余白に200マイナス100の式を書いてみる。青井くんは椅子ごと身体の向きを変えて、横からうちが書いた式のマイナス100の部分をマルで囲った。
「正解。この百円玉がこの式の部分に当たる。マイナスっていうのは、なくすってことだ。ここまではいいか?」
「うん」
ひょいと百円玉を一つ取り上げる青井くんに、うちは頷く。この程度は小学生でも解るはずだ。
「じゃあ次だ。いま取り上げた百円をなかったことにする。マイナス100をなかったことにするとどうなる?」
「えっと……200になるよね」
「それをもう一度式に書いて」
「ああー、なるほど! マイナスをマイナスしたら200に戻ったよ」
「うん、なかったことをなくす。戻した結果金額は戻ったな」
青井くんが、再び百円玉を机に置いて頷く。淡々とした口調のようだけど、どことなく満足げな様子をうちは感じた。
「なんとなく理屈はわかったような気がする……じゃあ、マイナスの掛け算も同じ感じなのかな? 反対の反対は賛成! みたいなこと?」
「……安城がそれで納得できるならそれでいい。もっと論理的な証明はあるはずだけどな」
「うぅん、それはいいや。気持ち悪さが解消できればそれでよし!」
完全に理解したとは言い切れないけど、もやもやは晴れた気がしたので問題なし。
それに安心したらお腹が減ってきた。おへそのあたりを擦りながら、うちは青井くんに提案した。
「そろそろ下校時間だね。今日はこの辺にして帰ろうよ」
「まだ時間はあるはずだが……。僕はどうして安城からそんな提案が出来るのか不思議でしかたないよ」
なんだか翌日にはもう今日のことは忘れてそうだな、と言わんばかりに心底呆れた顔をする青井くん。だけど、ちらっと図書室にある壁時計を見ると、諦めたように首を横に振った。
「ちゃんと自宅で理解したところの復習はしておいた方がいいぞ。でないと身につかないからな」
「はいはい、わかってるって」
「返事は一回でいい」
「はーい。それじゃ、帰ろ」
お互いに机の上に広げた教科書やノートを鞄にしまって席を立つ。うちと青井くんの家の方向は途中まで同じだから、特に用がなければ一緒に勉強したあとは並んで帰ることが多いのだ。
夕方から夜に移り変わる途中の、空の色が不思議な時間。まだ運動部がグラウンドで活動しているのを横目に、うちと青井くんは校門を抜けた。
「青井くんは、帰ったあとも勉強してるの?」
「当たり前だろ。図書室では授業の復習。家では予習だ」
「相変わらずなんだね。遊んだりはしないの?」
「遊ぶって?」
「漫画とか、ゲームとか、テレビとか」
「ニュースなら観るが、ドラマやバラエティには興味がない」
うち達の会話といえば、だいたいこんな感じだった。青井くんは聞けば返事はしてくれるものの、返しが淡泊なため、あまり広がる気がしない。
お世話になってるわけだし、少しでも仲良くなりたいとは思って色々な話を試みようとはしているけれど、あまり上手くいかないんだよねぇ。
「あ、そういえば」
今日はどんな話を振ろうかと頭を悩ませていたところ、ふと疑問が浮かんだ。
さっき図書室で居眠りをしていたときに見たからだろうか。うちは思い浮かんだことを、そのまま口に出していた。
「青井くんは、なんでうちを笑わなかったの?」
「何の話だ?」
さすがに意味が解らないと青井くんが目で問い返す。うちは夢で見たことを交えて、あの自己紹介の日のことを、恥を忍んで蒸し返した。
でも、青井くんの反応はやはり今までの会話と同じく、ごくごくあっさりとしたものだった。
「なんだ、そんなことを気にしていたのか」
「うちにとっては、そんなことじゃないの。ねえなんで? なんで笑わなかったの?」
「笑って欲しかったのか?」
「そうじゃないけど……」
「ならいいじゃないか。緊張して少し噛んだだけなんだろ。可哀想だとは思ったけど、僕にとっては笑うことのほどじゃない。それだけだよ」
うちは青井くんが笑ったところを見たことがない。そもそも、青井くんって笑うの? という疑問も浮かんだが、それはどうにか飲み込んだ。
「うん、ならいいや。ほら、うちってそそっかしくてよくバカなことしちゃうしで、小学校の時も周りからよく笑われたりしてたんだよね。だから中学校ではそんな風にならないようにって思ってたんだけど、最初からつまづいちゃって、ちょっと凹んだんだよ」
「そうか」
「青井くんが、優しくてよかった」
「優しくなんかない。こんなのは普通だ」
「普通かなぁ。少なくとも、うちにとっては青井くんが初めてだよ。やっぱりドジしたら、笑われるのが普通じゃない?」
「安城が何人から笑われてきたのかは知らないが、それは安城の運が悪かっただけだろう。世界には国も人種も違う人が何億人もいるんだぞ。その上で普通なんてありえない」
「えぇ……うちの運はともかく、話の規模が大きくなりすぎじゃないかなぁ」
でも、その例えはなんとなく面白かったので、くすくすと笑みをこぼす。それじゃあと、うちはまた質問してみた。
「じゃあさ、仮に世界中の人がうちを笑ったとしたら? やっぱり青井くんは普通じゃないってことになったら、青井くんはうちを笑う?」
「笑わない」
てっきり悩むモノかと思ったけれど、即答だった。
「仮に世界中の人が安城のドジを笑ったとしても、僕が笑う理由にはならないな。僕は僕の普通を譲るつもりはない」
「…………青井くん、真顔でわりとすごいこと言ってると思うよ?」
ちょっとだけ居たたまれなくなって、うちは青井くんから顔を背けた。そろそろ二人の家への分かれ道が近いのが幸いだったというべきか、残念だったというべきか、悩ましいところだった。
◆◆◆
そして、運命の日はやってきた。
「青井くん、ありがとう! おかげでテスト上手くいったよ!」
放課後の図書室。うちは緩みっぱなしとなった顔で、仏のように青井くんに手を合わせていた。
「そうか、よかったな」
「……それだけ? っていうかもう勉強しようとしてるし!?」
もっとこう、うちの頑張りに対して言葉があってしかるべきなのではと思うが、青井くんは既に恒例のごとく勉強の準備をしようとしていた。
「当然だろう。テストで間違った箇所をもう一度確認しないとな。自分の不理解をそのままにしてはおけない」
じっと目を向けられて、うぐっと言葉を詰まらせる。このまま遊びに飛び出したい気持ちを抑えて、うちも青井くんに倣って渋々とテストの復習の用意を始める。
「でもなぁ、青井くんは何というか、アレだね。何て言うんだっけ、す、すと、ストッキング?」
「もしかして、ストイックか?」
「そう、それそれ。良い点数をとってもっと喜ばないの?」
「手応えは感じている。でも、安城の喜びようを見てしまったからな」
「あ~、あ、あれは忘れて」
言われて頬が熱くなる。返ってきた最後の答案用紙の点数が平均を上回っていたのを見た瞬間、うちは思わず大声で「やった!」とガッツポーズまでしましまったのだった。
当然、クラスの注目を集めて先生にまで笑われながら注意されてしまった。もちろん恥ずかしかったけど、自己紹介のときほど慌てずにはすんだ。
たぶんそれは、こんなうちでも笑わない人がいると知ることができたからだろう。
「でも、やっぱり青井くんは笑わなかったね」
「相当に喜んでいるなとは思ったよ。けど、これからは授業内容も難しくなっていく。油断しているとまた落ちるぞ」
「はぁい、わかってるよ」
今回はうまくいったとはいえ、それも中間に比べての話だ。ギリギリ平均点を超えたというのが現状で、最悪が普通すれすれになったというだけ。塾の話は白紙に戻るだろうけど、青井くんの言うとおり油断すれば危ういのは変わらないのだった。
「そういえば、青井くんは塾には行かないの?」
「ああ。自習できる環境があれば問題ない」
「じゃあ、これからも図書室で勉強は続けるんだよね」
「そのつもりだ」
そろそろ本格的に勉強を始めたいのだろう。青井くんは手を止めて何が言いたいんだと怪訝に目を細める。
「じゃ、じゃあさ。これからも勉強を教えてもらっていいかな?」
「かまわない」
わりと真剣に覚悟を決めて言ったはずだったけれど、青井くんの答えはやはり簡潔だった。
「よかった、断られたらどうしようかと思ったよ」
「安城が図書室で勉強するのを邪魔する権利は僕にはないよ」
「そっか……うん。ありがとう。よろしくお願いします」
すんなりと許可を得られてほっとした。と、同時にあまりにもあっさりとした答えにほんの少し物足りなさも感じてしまう。
だから、うちはもう一歩踏み込んでみたくなった。わかりやすく言ってしまえば、調子に乗ってしまったのだ。
「青井くん、ところで今度の日曜はひま?」
「勉強していると思うが」
「えーと、勉強以外ですることはないの?」
「特にないな」
「よし、それじゃあうちと遊びに行こうよ。テスト終わった記念に」
「すまない、安城。いままでの話を聞いていなかったのか? テストが終わったからといって浮かれていいわけじゃ」
「それはそれ! これはこれだよ! うちは青井くんみたいにはなれないから、もっとこう、ご褒美的なものが欲しいんだよ」
「そうなのか」
「そうなのです。だから、ね? たまには息抜きしないと、逆に成績も落ちようってもんだよ。ゴウリテキに考えて」
「意味を理解して使っているのか……?」
このとき、うちは初めて青井くんが返答に時間をかけるのを見たような気がした。じっと目力を込めるうちから視線を外した青井くんは観念したのか、やがてゆっくりと首を縦に振ってくれた。
「わかった」
「ほんと!?」
「嘘は言わない。けど、僕は遊び場なんて知らないからな」
「大丈夫だよ、任せて! 責任をもってうちが楽しませてあげるよ!」
「話は終わったな? それじゃあ、始めるぞ」
「え、この流れでもやっぱり勉強は再開するの?」
とんとんと机の上に広げたノートを指先で叩いた青井くんは、油断のない目つきでうちを睨み、言うのだった。
「それはそれ、これはこれだ」
◆◆◆
そして、運命の日はやってきた。(二度目)
昼過ぎに駅前で待ち合わせ。少しだけ早めに到着したうちは、自分でも分かり易すぎるくらいにそわそわとしていた。
今日の恰好は、花柄のワンピースの上に白いカーディガン。ワンピースは余所行きのために買ってもらえたお気に入りだった。
どうして青井くんを遊びに誘ったのか、うまく言葉にはできない。これも感情のおもむくままに行動した結果だ。
ただ、目的はあった。それは、青井くんの笑った顔を一回くらいは見てみたいというものだ。
なんといっても、青井くんは本当に笑わないのだ。真面目といってもアレはちょっと行きすぎではないかと心配になってしまう。そりゃ、彼にも楽しいという感情もあるのだろうけれど、もう少し柔らかくなってもいいのになぁと常々隣で勉強していて思うわけだ。
というわけで、うちの本日の目標は青井くんの人間味らしい部分を引き出すこと。これにつきるのだった。
「安城」
「ひゃい!?」
笑った青井くんの顔を妄想しかけたところで、背後から不意をつかれた。振り返ると、いつものように仏頂面をした青井くんが立っていた。
「もう、びっくりさせないでよ」
「そのつもりはなかったんだが。時間より早いな」
「う、時間より早いのはいいことでしょ。それに、青井くんもじゃない」
「僕は時間通りに来るつもりだったんだが……いや、何でもない」
少し口を濁した青井くんに首を傾げたけど、それよりもうちは重大なことに気付いた。
今日の青井くんはメガネをしていなかったのである。夏も近く半袖のシャツとジーンズという地味目の格好だけど、青井くんの姿勢の良さと背の高さも相まって、すっきりとした出で立ちで格好良い。
「どうした?」
まじまじと見つめるうちの視線に、どことなく居心地が悪そうに青井くんが尋ねる。はっと我に返ったうちは、慌てて首を横に振った。
「ううん、いつもと違うからびっくりしただけ。あはは、いきなり二回も驚かされちゃった」
「ああ……やはりコンタクトだと変か?」
「え、そんなことないよ? うちは似合ってると思う。学校でもそうすれば……いや、でもなぁ」
なんとなく他のクラスメイトに見せるのが惜しくなり、わたわたとうちは挙動不審になってしまう。
「目が疲れるから好みじゃないんだ。学校ではしないよ」
「そうなんだ。じゃあ、なんで今日は?」
会話の流れで尋ねてみただけったのだが、うちの質問を受けた青井くんは今まで見たこともないくらいに、渋い顔をしていた。
なんと言えばいいのだろう、何かとても嫌なものを思い出したみたいな表情だ。
「僕のことはいい。それよりも、どこへ行くんだ?」
「うん、近くの公園に行こうかなって」
はぐらかされたのは気になるが、追及することでもないかとひとまず疑問は横に置いて、うちは答えた。
うち達の市には、そこそこ広くて森林浴もできる公園があるのだ。何せお小遣い事情もあるので、極力お金をかけずに青井くんのイメージに寄せた感じだ。まあ、うちの勝手なイメージではあるのだけど。
「人混みは苦手だからな。そっちの方が助かる」
「よかった。それじゃ、行こうか。と、その前に!」
「どうした?」
「私服の女の子を前にして、何か言うことはないのかな?」
あまり期待はしていなかったものの、やっぱりスルーされるのも癪なので自分から言ってみる。
これでも一応、ほんのちょっぴり、いや、けっこう気合いをいれてきたつもりなのだ。正直、何の反応もないのは悔しい。
「……似合っている、と言えばいいのか?」
「いいのか? は余計だよ!」
「すまん。だが、新鮮なのは間違いない」
「まったくもう。じゃ、今度こそ行くからね」
やっぱり淡泊な返事に、すねた振りをして頬をふくらませる。
学校でしているような何気ないやり取りを、こうして外で交わしていることが無性に楽しく思え、うちはわかりやすく浮かれていた。
そんな公園での散歩は、成功とも失敗とも言いがたかった。
森林浴の道では散歩していた犬を触らせてもらったり、池にあるペダルで漕ぐタイプのボートに乗ってみたり、ソフトクリームを買い食いしてみたり、色々とはしゃいだ。うち自身が楽しめたと言えば成功だ。
でも、青井くんはいつ如何なるときでも平然とした顔だった。彼がいつも通りという意味では失敗だ。
何回も「楽しい?」とそれとなく聞いてはいるのだが、「退屈はしていない」と曖昧な返事なのだからわからない。
そうして少し疲れも出てきたので、芝生の広場に設置されているベンチで休憩することになった。
青井くんが近くの自動販売機で買ってきてくれた缶ジュースを、うちに手渡してくれた。
「ありがとう。何か、うちばっかりはしゃいでごめんね」
「息抜きなんだから、安城が遠慮する必要はないだろ」
「いやいや、青井くんにとっても息抜きだから。ちゃんと楽しんでくれてる?」
「退屈はしていないよ。僕に気を遣わなくてもいい」
「またそういうことを……。いまさらだけど、青井くんって大人っぽいよね。同じ年とは思えないよ」
「大人っぽい?」
「うん。だってさぁ、一年前はまだうち達ランドセル背負ってたんだよ?」
ランドセルから通学用の鞄になって、制服を着てと、まだまだそんな自分の姿に違和感を覚えることだってある。初めて制服を着たときは、これで少しは大人になれるかな、なんて思ったりもしたもんだけど、まだまだ中身がてんで追いついていないのが現実だ。
「皆まだ、小学校の延長って感じなのかな。それはうちもそうだけど、青井くんみたいに大人にはなれてないよ」
「僕だって、安城と同じ年の子どもだよ。安城は大人になりたいのか?」
「そうだねぇ。大人になって、早く冷静さを身につけたいよ」
「それは、大人になって治るという問題じゃないだろう。大事なのは、なろうとする姿勢なんじゃないか?」
「姿勢?」
「ああ。大人になるといっても、ただ年齢を重ねるのが大人なのか? そうじゃないと僕は思うし、そんな大人を僕は認めないよ」
やけに実感のこもった言葉に、うちは何も返せなかった。うちの様子に気付いた青井くんは一瞬バツの悪そうに眉を潜め、誤魔化すように缶ジュースを一気に飲み干してしまった。
「悪い。くだらないことを言った」
「ううん、そんなことないけど……」
それ以上触れるべきか悩んだけど、気付けばうちの口は動いていた。
「青井くんにとって、大人ってどんなイメージなの?」
「……わからないな」
その質問に対する答えは、いつもとは違って歯切れの悪いものだった。
「ただ、少なくともバカじゃない」
「バカじゃない、かぁ。だから、そんなに勉強を頑張ってるの?」
「かもしれないな。勉強をしていれば、バカにはならない。必ず将来の役には立つから」
「そっかぁ。青井くんは、色々考えているんだね……」
大人か……大人ってなんだろう。
青井くんにもまだ答えが出せないのなら、うちにだって無理なんだろうな。宙ぶらりんになって掴めそうもない答えに、ほんのちょっと頭を使ってみたけれど、やっぱり難しそうだった。
でも、勉強だけが大人になる方法なのかな、とも思う。勉強が大事なのはテストの件で痛感したところだけど、もっと別に大事なこともあるんじゃないかなぁ。
そう、例えば。
「青井くんは、恋ってなんだと思う?」
「は?」
その声は、青井くんにしてはずいぶんと間の抜けたものだった。まだ見たことのない彼の表情を見るという意味では、うちの呟きは成功したのかもしれない。
「すまん、安城。何て言った?」
目と目の間を親指と人差し指で揉みほぐすようにしながら、真顔となった青井くんが改めて聞き返してくる。自分でも何でこんなことを口走ってしまったのか、遅まきながら気恥ずかしさが襲ってきた。
「あぅ、えっと、その、だーかーらー、恋ってなんなんだろうって聞いたの!」
「わかった、わかったから落ち着いて。意図はなんだ」
「うぅー、だってほら、大人といえば恋愛っていうか……」
「それが安城の大人のイメージというわけか」
「それだけってわけじゃないけどさ」
女子の間ではどのクラスの誰が格好良いとか、その手の話は小学校から比べても多くなっていると思う。
うちだって勉強でそれどころではなかったけど、いつか好きな男の子と下校したり、休日に遊びに出かけて他愛のない話をしたり、とかね。華やかな恋愛に憧れないわけじゃないけど、ささやかなくらいでもいい。
大人の階段をのぼるともいうし、大人と恋愛は切り離せないんじゃないかな。
……って、あれ?
「安城、どうかしたか?」
「う、ううん。えと、何でもないよ」
胸の奥がざわっとした。うちはいま、何だか大変な見落としをしてしまったのではないだろうか。
ボタンを掛け違えたような? いや、違う。もっと根本的に何か考えがずれている気がする。
「ならいいが。安城は恋愛がしたいのか?」
「ど、どうだろう……でも」
いや、でも、まさか。
うちが思い描いた恋愛の状況って、いまこの場がばっちり当てはまってるんじゃないかなーって。そんな風に思ってみたりして。
……うそ!?
そりゃ確かに一緒に勉強もしたし下校もしたし遊びにも誘ったけどでもそれは勉強のお礼もかねてだし感謝以外の感情なんてないはずだしでもこれってよくよく考えればデートだよね青井くんの色んな表情が見てみたいとか思って浮かれまくっておしゃれもしたけどでもそんなことに気付かないなんてあるのでもそうとしか考えられないしうわやだめっちゃ恥ずかしいよどどどどうしよう気付かれないようにしないとでもそんな心配はないかなでもでも……うああああ、落ち着け! 落ち着け!
「……安城、本当に大丈夫か。息を止めてるように見えるが」
「だだだ、大丈夫だよ。本当だよ!?」
青井くんの冷静な声がいまは憎い。くそう、人の気も知らないでノンキなもんだよ。
……でも。そうなのかな。
心の中で何十回目の「でも」を繰り返す。
理屈は苦手だ。ふいに湧き上がったこの激しい感情がどういうものなのか説明ができずに持て余してしまう。
青井くんの顔を直視できない。心臓が潰れそうになる思いで、うちは声を絞り出していた。
「うん。恋、してみたい……かな」
「そうなのか」
「あ、青井くんは、したいと思ったことはないの? 大人に一歩近づけるかもだよ?」
「僕は思わないな」
うちは青井くんに何を期待していたのだろうか。
こういうとき、うちはいつも失敗する。よく考えないまま、感情に従って行動すると何かしら痛い目にあってきたはずなのに。
学習しない。だからアホなのだ。
「バカにはなりたくないって言ったよな。実はあれ、僕の家族のことなんだ」
「え……」
「両親は離婚してるんだ……って言えばわかるか?」
青井くんは自嘲的に肩を竦めていた。おどけたつもりなのだとしたら笑えない。さっきまで赤かったはずのうちの顔は青くなり、どんな表情で話を聞けばいいのかわからなかった。
努めて冷静に、淡々と青井くんは続きを語ってくれた。
「いまは母と姉の三人暮らし。姉は成人していて……本人は恋多き女なんて自称してるけど、いい加減な人なんだよ。バカみたいに恋愛してたかと思ったら、バカみたいにいつも失恋して泣いてる」
「それは……お姉さん、可哀想だね」
「かもしれないけど、事あるごとに付き合わされるこっちは溜まったものじゃない。何にでも恋愛に絡めようとするんだ。今日のことだってそうだよ」
「あ、もしかしてコンタクトにしたのって」
「友達と遊びに行くと言ったら、根掘り葉掘り聞かれた結果だよ。せめてそのダサい眼鏡はやめなさいって無理矢理だ。酷い話だろう? そんなんじゃないっていうのに」
青井くんへの気持ちを自覚してしまったからか、彼にそのつもりはないとわかっていても、その言葉はちくちくと痛かった。
「……いきなり家庭の話を持ち出してすまなかった。でも、そんなわけもあって、僕は恋愛をしようとは思えないんだ。大人でさえ失敗することもあるんだし、いま急いでしなきゃいけないことでもないだろうから」
「そう……なんだね」
「全部の恋愛がダメと言うつもりはないけどな。特に、安城は危なっかしいところがあるからな。気をつけた方が――って」
「?」
不意に青井くんが息を呑み、うちもその様子に戸惑う。そして次の瞬間、つぅっと頬に流れる感触に心臓が跳ね上がった。
「や、やだ!? なんで!?」
慌てて目元をこするけど、次から次へと涙が溢れ出す。
「ご、ごめん青井くん! 帰るね!」
そして、もうどうにもできずに気が動転した結果、うちはとうとうベンチをから立ち上がり、青井くんを置き去りにして逃げるように走り去ってしまった。
去り際に見た青井くんの表情は、驚きと戸惑い。それもまだ、うちが見たこともない表情なのが悲しかった。
それから一週間、うちは学校を休んだ。
◆◆◆
放課後の図書室。入り口の扉を前にしたうちは、胸の高鳴りを深呼吸でどうにか耐えられるくらいに押さえ込んだ。
覚悟を決めて、ドアを小さく開けて身体を滑り込ませるようにして室内へと入る。下校時間ぎりぎりの室内は静かで、残っているのはたった一人だけのようだった。
よし、好都合だ。
カリカリとノートにペンを走らせる音は懐かしくも心地よく、隣にいればさぞかし眠気を誘われるのだろうけれど、今はそんな感慨にふけっている場合ではなかった。
「青井くん」
「安城!?」
いつもの習慣を崩さずに図書室で勉強していた青井くんを呼ぶ。うちと目が合った青井くんは、珍しく大声を出していた。
「今日も休んでいたんじゃないのか。いや……それはいいか」
「あはは、あんな感じで別れちゃったから、心配かけたみたいだね。ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げると、青井くんも冷静さを取り戻したみたいだった。ずれそうになっていたメガネを掛け直して、うちの方へ歩いてくる。
「ずいぶん元気そうだな。一週間も熱で休んでいたとは思えない」
「そりゃそうだよ。仮病だもん」
ちろっと舌を出して悪戯っぽく笑ってみせる。
今日も実は日中はさぼっており、放課後の時間をこっそりと見計らって登校したのだ。だから青井くんと顔を合わせるのは、とても久しぶりに感じる。
「ちょっとね、検証っていうのかな……確かめたいことがあったんだよね」
「確かめたいこと?」
「うん。それもいま、終わったところ。だから、聞いて欲しいの」
うちは青井くんの正面に立って、真剣に、真っ直ぐに彼の顔を見つめる。
「青井理くん、好きです。うちと付き合ってください」
目を見開いたまま、青井くんは固まった。時が止まりそうな中、うちの心臓だけが壊れそうなくらいに音を立てている。
「よかった。噛まずに言えたよ」
「安城……お前」
最初の山を越えて、ほっと頬を緩める。青井くんは面食らったままで、その表情からは戸惑いが手に取るようにわかる。
ちょっとだけ、してやったぜと気持ちが良かった。
「勢いで言ってるわけじゃないよ。あの日、青井くんが恋をする気がないっていうのも踏まえた上で、ちゃんと告白しているつもりだから」
うちはアホだ。感情で突っ走っては失敗する。だから一生懸命考えた。
この気持ちは本当なのか。
その場の雰囲気で好きだと勘違いしてやいないか。
いい加減な気持ちで青井くんに迷惑をかけはしないか。
この一週間考えた。苦手な理屈を考えた。
自分の気持ちがウソじゃないって証明するために、とことん考え抜いたのだ。
「証拠を見せるよ。こっちに来て」
青井くんの手首を掴んで、図書室の奥へと連れて行く。やや薄暗くなった場所にある棚には、お目当てのものがあった。
「辞書……?」
「そうだよ。うちは頭が悪いから、考えまくっても恋がいったいなんなのか全然わからなかった。だから、調べたの」
わからなかったら調べる。勉強の基本だ。
辞書を手に取ったうちが、これから何をするつもりなのか青井くんも予想がついたことだろう。
辞書を捲るうちの手を、彼は止めなかった。
「こい-、こ、こ、恋……あ、あった」
後ろを振り返り、青井くんと視線を絡ませる。開けたページに視線を戻したうちは、その項目を一字一句読み上げた。
「【恋】――特定の異性に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること。会いたい、ひとりじめにしたい、一緒になりたいと思う気持ち」
身体ごと振り向かせて辞書を突き出し、青井くんに【恋】の項目を見せつける。
惹かれていたのはいつからだったか。
「いつからっていうなら、たぶん自己紹介の日から。うちのドジを笑わなかった青井くんに、無意識に惹かれていたんだと思う」
一緒になりたいと思う気持ちだってある。
「勉強は苦手だけど、青井くんと一緒は楽しかったよ。これからも一緒に頑張りたい……それに」
我が儘を言わせてもらうなら、自分だけに教えて欲しい。
「ひとりじめにしたいって気持ちもあるんだからっ」
そして、この一週間。
「会いたかった。本当はすぐに学校に行って謝りたかったけど、いっぱい我慢したんだよ」
最後の検証も終わった。
「青井くんのことを考えながら図書室に来るまでの間、すごく苦しかった」
やっと顔を見れたときは嬉しかったけど、すぐに不安にもなった。
ちゃんと告白できなかったらどうしよう。断られたらどうしよう。とても怖いし、嫌なことを考え出すとどんどん息が詰まりそうになっていく。
「切ないって……まだ、よくわからないけど、たぶんそういうことなんだよね。ほら、ここに書いてあること全部、ぜーんぶ当てはまるよ」
自分にできる可能な限りの理屈をこねて、うちは自信をもって言った。
「だから、これは絶対に恋なんだよ。うちは、青井くんに恋してる」
「安城……じゃあお前は、この辞書に載っていることを確かめるためだけに、一週間も学校をさぼったのか?」
「そ、そうだよ。めちゃくちゃ真剣に考えたんだから」
青井くんはうちの手から辞書を取り上げると、さっきうちが読み上げた部分を黙読したようだった。すると、盛大な溜息をついて辞書を閉じ、もとの棚へと戻してしまった。
「心配して損をした。アホだ、お前は」
「えー!? 確かにそうかもしれないけど、面と向かって言われるとやっぱり傷つくよ!?」
決してうちをバカにしないはずの青井くんにバカにされてしまった。それはもうショックだった。
「って、あれ……? 青井くん、もしかして笑ってる? ねえねえ?」
背伸びをして青井くんの顔を覗き込もうとしたけど、さっと顔を背けられてしまった。しかし、口元を片手で覆った青井くんの肩はぷるぷると震えている。
どう考えても笑いを堪えている反応だった。何度も子犬のように青井くんの周りをぐるぐると回って顔を見ようとしていると、とうとう根負けした青井くんは口から手を離し、笑った顔を見せてくれた。
「しつこいぞ、これが笑わずにはいられるか!」
「むぅ、ひどいなあ」
抗議する口とは裏腹に、うちも笑っていた。
そうしてひとしきりお互い笑い合い、やがてどちらからともなく笑みを引かせたことで沈黙が訪れる。
「あの、青井くん」
「いや、いい。安城、僕に言わせてくれ」
その沈黙を破ろうとするのを遮って、青井くんはうちを見つめた。
「降参だよ。こうまで立派に証明されたら、認めないといけないよな……。まあ、考えてみれば人生はテストじゃないんだから、問題の先送りにしかならないし。早期に取り組んでおくのも有効だろうさ」
「うん? えっと、青井くん?」
「自分の気持ちを素直に認めるのも、大人に必要な素養だよな」
「もう! わかんないよ! うちにもわかるように言って!」
「じゃあ、聞けよ」
青井くんは、これまでの仏頂面がウソみたいに、優しく微笑んで言ってくれた。
「最初は、慌ただしい女子だなってくらいの認識だった。勉強を教えてくれと言っても居眠りはするし、本当に教わる気があるのかって疑わしかったしな。正直、何が目的なんだって思ったくらいだ」
「うぅ、その節は申し訳ないと……」
「それでも、一応結果は出した。慌ただしいというか……告白にしてもそうだけど、安城は一生懸命なんだよな」
「そんなこと、ないよ。いっつも空回ってばっかだし」
「安城から、これからも勉強を教えてくれって言われて悪い気はしなかった。って、こんな言い方じゃダメか。うん、嬉しかった」
何を考えているのかよくわからなかった青井くんが、考えていたことを教えてくれる。
「安城と同じだ。僕も、安城に惹かれているし、もっと一緒にいたいと思っている。安城が学校に来なくなって心配したし、会いたかったさ。正直、図書室で勉強していても手がつかなかったくらいだ……と、色々言ったが、とどのつまり」
青井くんの顔は真っ赤だ。
「僕も、安城に恋してるってことだよ」
きっと、うちも負けず劣らずの有様に違いない。
「安城萌さん、好きです。僕と付き合ってください」
「……はい! えっと、その、ふつつかものですがよろしくお願いします!」
告白を返されて、涙と笑顔を弾けさせる。胸に溢れる感情に従い、うちはそのまま青井くんの胸に飛び込んでいた。