皿の上の暇つぶし
おや、どうしたんだい、こんな時間に
太陽がコモラギの上に輝いている時間に来るなんて、昨日と同じ時間だ
地面が見えない真夜中深夜、烏羽の如く滑りとした黒の時間に来るのが、人を訪ねる礼儀ってものだろう?
まぁ私は寛大だ
息を吸い込んだら肺の中がスピラの花の香りに満たされそうな光溢れる時間に訪ねられても許そうじゃないか
私は起きている時間に人に訪ねられるのは好きじゃないのだがね
だがまぁ丁度いい
今からお茶でも、と思っていたのだよ
遠慮せずに寝るなり座るなりするがいい
おっと、靴は脱いでくれよ?
私が靴音を嫌っているのは知っているだろう
うん?
私が靴を履いているのはいいじゃないか
他人の靴音が嫌いなのであって、自分の鳴らす靴音は好きなのだから
靴底が抜けてしまって床に触れているのは足裏だがね
昨日と違って今日のお茶は美味しくできると思うんだ
何、遠慮する事はない
今朝方、メクリ鳥が鳴いていたからね
コウコウと煩いものだからメェメェと鳴き返してやったのだ
すると家の前を流れる川にクル蛙が泳いでいるじゃないか
発酵させる前の紅茶と同じ色な物だから、きっと美味しいに違いない
今もティポットの中からケコケコと鳴いているだろう?
熱いお湯だとかわいそうだからね
私がいつも浴びている湯の温度と同じにしてあるのさ
君も知っての通り、この家にはティカップは無いからね
ティポットから直接飲んでくれたまえ
それで何しに来たんだい?
まさかとは思うが、私のお茶を横取りしに来たわけではあるまい
ああ、いいんだ
気にしないでくれたまえ
私は仕方がないから紅茶葉でも噛んでいるさ
またぞろ、罰ゲームとやらで訪ねて来たのかな?
君たちの年頃では仕方がないのかもしれないがね
何が嬉しくて私が持て成さなければならないのか
こんな老い先短い若者を喜ばせて悲しくならないのかい?
今日という日は昨日と同じなんだよ
つまり明日も変わらず今日なんだ
だから訪ねる事はしなくてもいいと思うんだがね
だってもう訪ねたのだから
誤解しないで欲しいんだが、嫌がっているわけではないのさ
もちろん、来ないでくれた方が助かるのだけれどね
わざわざ私のお茶を飲みに来るくらいだ、君もお茶が好きなんだろうさ
私は嫌いだがね
しかし大人というものはとかく、面倒臭いものなのだ
煩わしい服を着て
外に出るのに靴を履かなければならない
見えもしないのに下着を履き
好きでもないお茶を飲む
寒くもないのに帽子をかぶる
親しい人には挨拶をしなければならないし
トイレで用をたす
わかるかい?
君たちのように家の手伝いなんてしてはいけないのさ
これも大人の務めという奴だね
そういえばクッキーがあったんだ
せっかくだから一緒に眺めようじゃないか
何だって?
これが卵だって?
何を馬鹿な事を
さっき私がクッキーと名付けたんだ
だからこの子は卵ではなくクッキーなのさ
勝手に人のペットに名前をつけないでくれたまえ
庭にいる鶏が今朝産んだばかりなんだ
雌ばかりなのに不思議なこともあるものだね
きっと庭でも生まれるのだろうさ
それにしても君が訪ねて来るのは久しぶりだ
昨日から数えて一日も経っている
君はあまり変わっていないね
こんなにも久しぶりだというのに
だからだろうか
君と離れた時のことが昨日の事のように思い出せるよ
そういえば
君はポーチドエッグが好きだったね
実にタイミングがいい
今朝食べたんだよ、ポーチドエッグ
もちろん、ただの報告さ
クッキーの弟だと私は思うんだがね
君の見解はどうだい?
お兄さんだなんてやめてくれないか
クッキーは長男さ
何故かって?
クッキー以外は死産だからさ
みんな私のお腹の中だ
そういえばそろそろ豊穣祭の季節だね
篝火を焚いて笛の音が流れ
村娘たちが踊り
飲めや歌えの煩わしい祭だ
コリの実は豊作かい?
秋の恵みを感謝する祭
私には理解できないが
放っておいても木ノ実は成るものだ
麦をわざわざ踏みつけるのも理解が出来ないよ
とてもじゃないが正気じゃ無い
いやぁ、楽しみだね
お茶のおかわりはいるかい?
クル蛙は逃げてしまったようだが
そんなに遠慮する事はないのに
おや、もう帰るのかい?
帰り道には気をつけるんだよ
道など無いけどね
橋を渡る時には息を止めるのだよ
落ちたら溺れてしまうだろ?
予め息を止めておけば安心だ
橋があるかは覚えていないがね
小川とはいえ川があるんだ
橋があっても不思議ではないよね
そうだね、私はそろそろ仕事の時間だ
暖かなベッドの中で現実を見ようじゃないか
心配はいらないよ
独り言にも飽きてきたところだ
それでは、存在しない友よ
気をつけておやすみ