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女神はプロレスがお好き

 秋葉あきはたちをほこらの前まで連れてくると、大神はさっさと姿を消した。理由は明確である。


「うん、そりゃまあ、ものすごい神社っていうわけじゃないけど。こういうのも歴史があっていいね」

「……無理してほめんでいい。まさか、崩れる寸前の祠だとは思わなかった。大神が逃げるわけだ」


 思い切り眉間に皺を寄せて、天目あめのが毒づく。秋葉もそれ以上の褒め言葉が思いつかず、頭をかいた。


「仕方ないよね。僕らはまだ霊格も低いから、祠があるだけいいと思わなきゃ」

「それにしたってひどいぞ。床はあちこち抜けてる、狛犬は苔だらけ、おまけに神主は今にも死にそうだ」


 天目が指さす先には、こっくりこっくり舟をこぐ、歯抜けの老人がいた。


「山奥だからね。若い人はいないよ」


 秋葉はここに来るまでに見た景色を思い出した。人間よりイノシシの方が多いのではないかと思えるほど、麓の街はさびれていた。


 麓ですらそのありさまなのに、祠は山の頂上にある。人が寄りつかないのは当然なのだ。


「わびしい、貧乏くさい、みすぼらしいの三点組だな」


 まだ機嫌が直らない天目を見て、秋葉はため息をついた。


「まあまあ。仕事は楽しかったんでしょ?」

「ああ」


 天目は素直にうなずいた。彼の膨らんでいた頬がしぼみ、元のすんなりした輪郭に戻る。


「だったら、ちょっとはここで頑張ってみようよ。今日は実戦だけだったけど、この祠の存在もにおわせたりしたら、信者が増えるよ。そしたら豪華になるかも」

「夢物語か」

「そうでも思わないと、やる気が出ないよ。とりあえず、明日も仕事だからね」

「……わかった」


 それだけ言うと、天目はくるっと背中を向ける。数秒後には、彼の寝息が聞こえてきた。


「やれやれ」


 とにかく、天目が「帰る」と言い出さなくてよかった。自分たちはもう神なのだ。祠がみっともないからといって、初日で逃げ出すわけにはいかない。


 何はともあれ、こつこつやることだ。十数年たてば、少しは見られる祠になるだろう。そう自分に言い聞かせながら、秋葉は床に寝そべった。



 ☆☆☆



「天目、天目。仕事に行くよ」

「ぐう」

「……夜叉たち。情け容赦なく噛みついていいよ」


 秋葉は、鋭い牙を持つ使い魔、夜叉たちをけしかける。さすがの天目にもこれには耐えきれず、体をよじって起き上がった。


「何をする」

「起きたね。はい仕事仕事。いつまでも崩れそうな社に甘んじているつもりはないんでしょ?」


 秋葉があおると、天目はうなずいた。ようやく頭が働いてきたらしく、顔を叩く。


「よっしゃ」


 二体はようやく甲冑姿になって、街へ飛び出した。すると、上空で大神がふわふわ浮いている。


「おはよん」

「おはようございます」

「はようす」


 生返事をする天目の頭を拳でどついてから、秋葉は大神に向き直った。


「今日は何故ここに?」


 秋葉たちはまだまだ新米だ。何か力添えしてくれるのかもしれない、と淡い期待を抱いて聞いてみた。


「うん、これを渡しにきた……あれ?」


 大神はそう言って、懐をまさぐり始めた。しかし、いつまでたってもゴソゴソやっているばかりで、何も出てこない。


「……まさか、お忘れになりました?」


 秋葉が指摘すると、大神は顔が見えなくなるくらい激しく首を横に振る。なんてわかりやすい。


「話を通しておいてもらえれば、僕たちが取りに行きますけど」

「それには及びません」


 ぴしりと背筋が伸びるような、硬い女の声がする。秋葉が振り向くと、裾の長い朝服をまとった神がそこにいた。


天照あまてらすじゃん。どうしたの、そんな簡素な服で」


 その直後、女神の背負い投げが綺麗に決まった。あまりに美しい軌道に、天目まで拍手をしている。


「あなたが仕事をしないから、私が走り回っているわけで。そのために動きやすい服でなければいけないわけで」

「わかりましたしんでしまいますやめて」


 天照に腕ひしぎをかけられて、しきりに大神があえぐ。しかし天照は足の力を強めたまま、空いた手で何かを放ってよこした。秋葉は慌ててそれを受け取る。


「耳飾り?」


 女物の耳飾りだった。金色の丸い金具に、赤い石が三つぶら下がった優美な意匠である。同じように受け取った天目が、顔をしかめていた。


「なんだ、これ」

「つけなさい」

「いやでも、女物」

「つけなさい」


 大神をしめ上げている女神に言われると、言葉が絶対的な重みを持つ。秋葉たちは慌てて飾りを身につけた。


 その途端、耳にざわめきが押し寄せてくる。たくさんの声が勝手に言いたいことを話すので、秋葉は思わず耳飾りを外してしまった。


 しかし、天目はじっと目をつぶり、空中に静止している。


「……聞き分けられるの?」

「しっ」


 怒られてしまった。やがて、天目はコツをつかんだらしく、にやりと笑みを浮かべる。そして使い方を教えてやる、と言ってきた。ドヤ顔なのが気に入らないが、秋葉は素直にうなずく。


「いいか、全部の声を聞こうとしちゃダメだ。一つ気になったのを見つけて、そこに集中してみろ」


 秋葉は再度耳飾りをつけ、言われたとおりにやってみることにした。はじめがうるさいのはさっきと同じだが、やがて疲れ果てた様子の声が気になってくる。


 そこに意識を集中させていくと、やがて声の主の姿まで浮かび上がってきた。


 ひたすらがなりたてている男女の前で、困り果てているエプロン姿の男。その人が、心の中で神に助けを求めているのである。


 〝ですから、当店では万引きは全て通報させていただいております〟

 〝万引きくらい何よ。たかだかノート二冊じゃないの〟

 〝そうだぞ。この店は、若者の将来をなんだと思ってるんだ! 通報したらひどい目にあうのはそっちだからな〟


 どうやら子供が泥棒を働いたが、親の方は何故か店を責め立てているらしい。一体どういう育ち方をしたら、そんな考え方ができるのだろうか。


 とにかくこれは、助けに行かねば。秋葉が顔を上げると、天目と目が合った。


「うまくいったか」


 秋葉はうなずき、自分が見たものを説明する。天目の目尻がつり上がった。


「……そっちもなかなか胸糞悪いな。俺の方も現在進行形で揉めてるが」

「何やってたの?」

「釣りを返すとき、〝枚数が足りない〟ってひたすらゴネてる。男女で組んで押し切ろうとしてるな」

「うわっ」


 どちらも甲乙つけがたいバカだが、さて、いずれを先に片付けるべきだろうか。秋葉が大神を見ると、サソリ固めをくらって苦しんでいる真っ最中だった。


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