神将の初仕事
「処分の重さはどうします?」
「うーん……よっぽどの場合以外は殺さないようにして。こんな奴らのために、治安維持部隊を動かすのも悪いしさ。殺す以外なら処分の方法は任せる」
「わかりました」
「見かねたら処分してもいいけど、後でちゃんと報告入れてね」
秋葉はうなずいた。
神は時に、人に対して罰をくだす。生かすも殺すも基本自由なのだが、イザナミ神のごとく殺しまくるのはあまりよろしくない。なので、ここらへんにしときましょうね、という神同士の暗黙の了解みたいなものがあるのだ。
「秋葉ちゃんたちが頑張って民衆の信仰が集まれば、すっごく強くなれるからね。そこんとこ頭に入れて、頑張ってちょうだい」
「おう」
「そこは『はい』でしょ!」
天目は相変わらずだ。しかし、大神はゆったりかまえている。
「良きかな良きかな。それでは、魂が正式に神になれるよう、とりはからおう」
ついに、待ち望んだ瞬間がやってきた。今までの長い道のりが思い出され、秋葉の背筋が伸びる。
「神子秋葉、神子天目。今このときより、そなたらを新たな高天原の神とみなす。選ばれし存在として、下界で大いに力をふるうがよい」
大神の手が、秋葉の肩に置かれるあたたかい手を感じていると、ふいに強い眠気が襲ってきた。
(大事なところなのだから、起きていなければ)
そう思えたのは数秒だけで、秋葉はすぐに引き込まれるように、眠りに落ちていった。
☆☆☆
「秋葉、秋葉」
「うん?」
「起きろ」
誰かの手が、秋葉の顔の肉をつかむ。容赦なくねじりあげられ、秋葉はうめき声をあげた。すっかり眠気は吹っ飛び、目を開ける。
目の前に天目がいる。それはいつもと同じだが、彼の装いが全く違うものになっていた。
魂の時の狩衣から一変、赤色の武者鎧になっている。腰にはなにも下げていないものの、神将らしくなっていた。
「かっこよくなったじゃん。自分で作ったの?」
「いや、目が覚めたら勝手にこうなってた。大神がくれたもんだろう。秋葉も変わってるぞ」
天目に言われて見てみると、確かに秋葉も鎧姿だ。しかし、天目と違って黒い鎧だった。大神は双子でも、同じ装いにはしないらしい。
次に秋葉は周りを見渡してみた。だだっ広い平屋に、人間たちがよく使う家電が所狭しと置いてある。明るい照明がともり、同じ歌がずっと繰り返し流れていた。
「店か」
「そうみたいだね」
「……そういえば、ミナはどこいったんだ?」
「ここだよ」
「うわっ」
いきなり大神が、冷蔵庫の中から顔を出してきた。顔の上半分だけ、白い扉から生えているさまは単純に気持ちが悪い。
「やめてくださいよ」
「大丈夫よ、姿隠しの加護のおかげで、人間には見えてないから。君たちにもかかってるでしょ」
「そういう問題じゃありません」
大神ともあろうものが、そんなはしたない姿を、と秋葉が怒る。すると、ようやく全身姿で現われた。世話の焼ける神である。
「そもそも僕たちはどうなったんですか。ここはどこなんですか」
「どうもこうも。秋葉も天目も、ちゃんと神様よ。その鎧、あたしがあげたの。立派でしょ」
「まあ、それは」
無事に神にはなれたとわかって、秋葉は胸をなで下ろす。天目が辺りを見回した。
「ってことはここは祝いの場か? それにしては見慣れないものばっかりだが」
「お祝いしてあげたいのは山々なんだけど、あんたたちの仕事に関しては問題がすでに山積みでさ。これから仕事」
「げっ」
天目がわかりやすくむくれた。彼をなだめながら、秋葉は大神に聞く。
「そうすると、ここに『くれーまー』がいるってことですか」
「うん。ほら、あそこでわめいてるのがいるでしょ」
大神が指さす先を見ると、確かに女が店員に詰め寄っていた。
女は中年、おそらく四~五十だろう。髪には白いものが混じり、後ろで一つにまとめてひっつめている。着ているものはねずみ色のパーカーにねずみ色のスカート。なにも上下灰色でそろえなくてもいいだろうに。
「ですから、それはうちではちょっと……」
「何ですって!? 買った物を返品したいって言ってるだけなのに、それすらできないの!?」
女ががなりたてているのが少し気に障るが、言っていることはわからなくはない。今のところ見解の違いに見えるが、これが社会問題なのだろうか。
秋葉が聞くと、大神は「黙って見てな」とつぶやいた。
「……確かに、うちで購入されて未開封のものでしたら、返品はうけたまわっております。しかしこの時計、封開けられてますよね?」
「買ったんだから開けるに決まってるじゃないの」
図々しい女の物言いを聞いた天目が、首をかしげた。
「馬鹿なのか、あの女」
聞かれた秋葉はうなずいた。あっけに取られている神々をよそに、女はさらに吹き上がっていく。
「それに、これマツノ電気の袋ですよね。買われたのってもしかして、うちじゃないんですか?」
「同じ電気屋じゃない。どうせここにもおんなじようなのがあるんでしょ? 一個や二個くらい、物が増えたってどうせ売れるでしょ。だからお金で返して」
ものすごいトンデモ理論が繰り出された。天目がのけぞる。
「あれを馬鹿と言ったら馬鹿に悪いわ」
「おかしい人なんだよ。正気だったら恥ずかしくてあんなこと言えないよ」
「だんだんわかってきたでしょ? 『くれーまー』がどういう人種か」
大神が腕組みしながら言う。確かにあんなのを放っておいたらろくなことにならない。
「お仕事、する?」
「やる!」
「やらせてください!」
秋葉たちはそろって手を上げた。それを見た大神が、満足そうにうなずく。
「ではこれから武器を進呈しよう。目を閉じなさい」
大人しく目をつぶった秋葉の額に、大神が触れる。すると、右手にひんやりした金属が当たった。つかむと重い。
目を開けてみると、秋葉は骨董品らしき大鋏を握っていた。素材は黒鋼、持ち手には鬼の顔をかたどった装飾がついている。伸びた刃は、店内の光を浴びて輝いていた。開いてみると、いっそう鋭さが際立つ。
「そいつの名前は、神式『経津鋏』。戦い方自体は教えないけど、もう身についてるわよね?」
聞かれて、秋葉はうなずいた。これまで、ひととおりの教育は受けている。
「なら、あたしの出番はここまでね。後は任せたわよ」
大神はそう言うと、また冷蔵庫の中へ消えていった。天目がうずうずした顔で、こちらを見ている。秋葉はうなずいて、口を開いた。
天地の初めの時
高天の原に成りませる神の御名において滅す
来やれ夜叉よ、黄泉の国よ
秋葉たちの発した言葉が、空気と混じり合う。今まで積み上がっていた家電や、忙しく走り回っていた店員は姿を消す。
そのかわりに現われたのは、切り立った崖だった。
二神は崖の上に降り立つ。中心の一列だけ、削ったように隙間があいている。崖の下には、真っ赤な血の川が流れていた。
秋葉は天目と、溝の左右に分かれて立った。互いの利き手――秋葉は右、天目は左――に、大きな鋏をたずさえて。