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聖なるものとの決別

 秋葉あきはの周りでも、ざわめきが大きくなっていく。言い伝えと姿が違っていたとしても、天空に浮かんだ神がいれば、その影響は無視できない。民衆が次々と跪く中、騎士たちの顔が青くなっていた。


「お、お? いいねえ。やっぱりこういうのは、神の役得ってもんだね」


 いい気になっている大神に向かって、秋葉は冷たい声を飛ばした。


「大事なとこなんですよ」

「分かってるよ。これでも君たちを探して頑張ってたんだから。全く、手がかりがないもんだから、虱潰しに探さなきゃいけなくなる」

「愚痴言う暇があったら、やることやってくださいよ。僕らもうほぼ空っぽですからね」

「あ、そうね。いい感じに使いきったじゃん」


 大神が柏手を打つ。すると、秋葉の全身がかっと熱くなる。目は冴え渡り、手足は自分が思ったとおりに動く。


 ――忘れかけていた、神としての正しい感覚が、ようやく戻ってきた。


「この世界と元の世界がようやくつながったわ。こっちじゃ困った人間は増え続けていて、君たちへの信仰はまだまだ高まっている」

「人々の祈りの力ですね」

「つくづくすごい力だから。それを当然とは思わず、励みなさい」


 秋葉はうなずいた。大神が、満足そうに笑う。


「早く片付けて、こっちに戻ってらっしゃい。待ってるわよ」


 大神の姿が消えた。秋葉は鋏を握る。さっきまでの重さはなく、右手に吸い付くようだ。


「な、何をしている! さっさとその者を取り押さえんか!!」


 裏返った男の声が、広場に響いた。罪状を読んでいた男が、額から血を流しながら叫んでいる。


「しかし、天に神のお姿が……」


 周りの騎士たちは、及び腰になっている。それに動じず、男は怒りに身を震わせながらまくしたてた。


「あんなものは悪魔が作った幻に決まっておる。聖画とは似ても似つかぬ姿ではないか。我らには本物の聖人がついていてくださるのだ。行け、悪魔の首をその手で取ってこい!!」


 さすが罪状の読み上げを任されるだけあって、男はなかなか弁が立つ。一旦は武器を下ろしていた騎士たちが、再び戦いの構えをとった。


 秋葉はため息をついた。あのまま終わっていれば、無駄に怪我せずすんだものを。


「……そっちが望むなら、仕方無いね」


 次の瞬間、秋葉は全ての夜叉を解き放った。円陣の騎士と兵士たちが、大砲に当たったように広場の端まで吹っ飛んでいく。


「ば、化け物だ! 全員でとり囲め!」


 男の指示が飛ぶ。広場に散らばっていた騎士たちが、集まってきた。


 秋葉は笑う。騎士たちがまだ集まりきらないところへ、一瞬で移動する。彼らがまだ視認できぬうちに、秋葉は鋏を振り回した。


 騎士たちが血を吐きながら、ばたばた倒れる。その光景を見て、さっき騎士たちをたきつけた男が背を向けて逃げ出した。


「そうはさせるか」


 秋葉はすぐに、男の前に回り込む。男が恐怖の声をあげ、座り込んだ。


「ひ、な、なぜここに」

「知っても仕方無いよ」


 秋葉は肩をすくめた。誰も助けに来ない、と悟った男はふらつく足で立ち上がり、腰の剣を抜く。そしていきなり、秋葉の頭上から斬りかかってきた。


 秋葉はあえて、鋏で受け止めてやる。刃越しに、真っ青になった男の顔が見えた。


「こんなことで怖がるなんて、覚悟が足りないんじゃないの?」

「う、うるさい! 悪魔と違って、人は恐れを捨てたりはできん!!」

「……その程度の器で、よってたかって人を殺して回るとは」


 秋葉の声に毒が混じる。男が、蛇ににらまれたカエルのように身を固くした。


「そ、そうだな。私も少し、そう思い始めていたところだ」


 秋葉は鋏を、ほんの少し持ち上げた。カチッという刃の音を聞いて、男がますます震え上がる。


「……な、なあ。その厄介なものをしまってくれないか。誰にだって、過ちはあるだろう。許す心が大切だ、と主もおっしゃっているではないか」


 男の言い様を聞いて、秋葉の黒毛が猫のように一斉に逆立った。


「残念だよ。その言葉を、囚人に一回でも言ってあげていたら、僕も考え直したかもしれない」

「ま、待て。そういえば昔、そんなことを言ったような――」


 秋葉は男の戯言を、これ以上聞く気はなかった。鋏の柄を上まで持ち上げ、踏み込む。それにつれて男の剣も上がり、切っ先が秋葉からそれた。


 迷い無く、秋葉は振りかぶった鋏を男の頭頂へたたきつけた。血と脳漿が飛び散る。鋏を振って汚れを落としながら、秋葉は死体に背を向けた。


「せいぜい地獄でわめくといいよ。……獄卒が許してくれればだけど」


 誰も聞いていないのは分かっていたが、秋葉はつぶやいた。



☆☆☆



「これは一体、どういうことだ!?」

「あんな狭い所に、子供や女性まで押し込んでるわ」

「拷問はない、自発的に悪魔だと申し出たと言うのも、本当は嘘なんじゃないか……?」


 ついに民衆が、口々に騎士団への不満を述べ始めた。一旦ついた疑惑の火は、あっと言う間に大きくなっていく。それに伴って、ユーリィが放つ炎はか細く、頼りなくなっていった。彼女もその事実を実感し、小さくうめく。


「わかったか。さっさと消えろ。今のお前など、下界では誰も必要としていない」

「理解などするものか。私は間違ったことはしていない。欲望をむき出しにした悪魔たちは、今もこの世を狙っている! 子らのため、私は尽力せねばならぬのだ!」


 天目あめのが放った夜叉が足に食らいついても、ユーリィはまだ叫ぶ。彼女は剣を天目に向かって振り下ろした。


「フン」


 天目は鼻で笑いながら、鋏で楽々剣を受け止める。そのことがユーリィの怒りに火をつけた。


「悪魔は存在するだけで人心を乱し、淫らな行為を勧め、不当に得た金銀でまた力をつける。それを防いで何が悪い!」


 ユーリィは憎悪のこもった目で、天目をにらみつけた。しかし、天目はしれっとした顔で言い返す。


「なるほど。忘れられた聖人は、なんとかして騎士団のご機嫌を取ろうと必死か。つまらんことだな」


 天目はそう言いながら、手を伸ばす。そのままユーリィの剣先をつかみ、ボキッと音をたてて折り取った。ユーリィが言葉を失う。


 しかし天目はそれだけでは済ませず、さらにユーリィに向かって話し続けた。


「そういうのはな、余計なお世話っていうんだ。みんな騙し騙しながらもうまくやってるところへ、ひっかき回しに来るな醜女」


 言いたいことを言ってしまうと、天目はユーリィの右膝を思い切り蹴りつけた。苦悶の声をあげる彼女の胸を、鋏が袈裟懸けに切り裂く。


 今度こそ、ユーリィを夜叉たちががっちりと捕らえた。


「さあ、ようやくおしまいだ」


 天目は、いつも唱えている祝詞を口ずさみ始めた。歌とともに、騎士も、民も、塔さえも消える。後に残るのは、ユーリィのための裁きの場だ。


 そこは、華やかな街の中心街だった。馬車が大通りをゆるゆると進んでいる。道の両側から、馬車に向かってひっきりなしに白い花が投げかけられていた。


 馬車の上には、ユーリィが座っていた。にこやかな笑みを浮かべ、しきりに民に対して手を振っている。そこへ天目が、何食わぬ顔をしてユーリィの隣に座った。彼女がぎょっとするのも構わず、天目は口を開く。


「楽しいか」

「……楽しいに決まっておろう」

「まあ、そう思っているのはお前だけみたいだがな」


 天目は意地の悪い笑みを浮かべる。ユーリィが口を尖らせて、すぐに反論してきた。


「馬鹿な。これだけの民が、私に会うためだけに集まってきているのだぞ」

「ほう。どこにそんなものがいる」


 天目はそっけなく言いながら、眼下の道を指さす。その先には、ちらほらと背を向けて帰り始める民の姿があった。彼らのつぶやきが、馬車の上まではっきりと聞こえてくる。


「思ったよりたいしたことねえな」

「所詮は、他の聖人様の付き人だろ」


 口々にそう言いながら、バラバラと沿道の人々が減り始める。ユーリィの顔が、わずかに引きつった。


「あの女、降伏した街の住人を皆殺しにして回ったそうだぞ」

「頭おかしいんじゃねえの」

「別に祭り上げる必要もない」


 離脱する人の流れが加速した。ぎっしりいた群衆が、今や完全に歯抜けの状態だ。しかも、皆去り際にはユーリィの心をえぐるような台詞を残していく。


「ま、待ちなさいよ!」


 ユーリィが馬車から身を乗り出して叫ぶ。しかし、返ってきたのは冷たい笑い声だけだった。そうして、ついに道には誰もいなくなる。


「どうして……どうしてまた、こうなるのよ」


 悲鳴に似た声を、ユーリィがあげた。彼女は昔、これと同じ批判を浴びたことがあるとマリスが言っていた。再度罵倒されるのはどんな気持ちだ、と天目はあおる。


「隠れてないで出てきなさいよ! 本当は、みんな私みたいにしたかったんでしょう!?」


 ユーリィはついに、馬車から飛び降りた。天目は上から、薄ら笑いを浮かべて彼女を観察する。さんざん街中を探し回り、ユーリィがすっかり声を枯らした。そこで天目が、ようやく口を開く。


「おや、誰か来たぞ」


 天目の言う通り、誰もいなかったはずの通りに、異形のものたちがひしめいていた。


 両目がなく、ぽっかり顔に二つ穴が空いた若い女。両手両足を切り落とされた赤子。頭に大きな石片が刺さった老人……。彼らはユーリィを見つけると、一斉に飛びかかってきた。振り払っても、次々と新たな異形が現われる。とうとう、ユーリィが悲鳴をあげた。


「おお、良かったじゃないか。過去の友人がたくさんでてきて。お前が自分でこの姿にしてやったんだもんな」


 天目が低く笑う間にも、ユーリィは死者にまとわりつかれる。ついに彼女も、身動きが取れなくなった。


「喜べ、その状態のまま煉獄に送ってやる」


 天目は馬車から飛ぶ。ユーリィの細首を鋏でとらえると、そのままばちんと閉じきった。



☆☆☆



 秋葉は、戦いの様子をじっと眺めていた。ユーリィの体に夜叉がまとわりつくと、彼女の動きが止まる。次の瞬間、彼女の体に亀裂が入った。それはみるみる大きくなり、頭の上から足の下まで広がっていく。


 天目が鋏を肩にかつぐと同時に、ユーリィの体がばらばらに砕け散った。細かなささくれのような彼女の残骸が、秋葉が見守る中、風にさらわれて消えていく。


「ようやく、第一段階が終わった」


 秋葉はようやく、息をつく。仕事を終えた秋葉が、上空からやってきた。


「どう、楽しかった?」


 秋葉が聞くと、天目はふんと鼻をならす。


「遊びにもならん」

「思いっきり戦えるようになったら、そうだろうね。本来はこの状態でやってくるはずだったんだけど」


 それなら秋葉があんな服を着て歌う必要も……よそう、これ以上思い出すと動悸がひどくなる。


「どうした、急に死んだ魚みたいな目をして」

「ナンデモ アリマセン」


 珍しくぶっきらぼうに、秋葉は返事をした。天目もそれ以上追求してこなかった。


「大神はどうしたんだ」

「本人はいたがってたけどね、派手好きだから。月読つくよみさんが来て、強引に連れて帰ったよ。僕らの帰り道は、ちゃんと残してくれてる」


 秋葉はそう言って、頭上を指さした。空に金色の輪が浮かび、回転を続けている。信者たちが必死に拝んでいるが、まさか異教の神が作ったモノだとは思っていまい。


「じゃ、帰るか?」

「まだ大事なところを見てないからやだ」


 せっかちな天目に、秋葉はため息をついた。今まで頑張ってきたのは、この後を見るためのようなものなのに。


「人間たちがどうするか。見逃したら後悔するよ、きっと」


 少々大げさに秋葉が言うと、天目は手を打った。どうやら乗ってきたようだ。


「じゃあ、あっちの頑張りも見とくとするかな」


 すでに信徒たちの一部は、口々に不満を叫びながら、街の中央へ向かっている。騎士団は逃げるしかなくなった。秋葉たちはわくわくしながら、その後に続く。


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