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19/22

戦闘開始

「なんせ、信者がたくさんついたからなあ」


 いやらしい笑みを浮かべながら、ラウルが言う。秋葉あきはは夜叉をけしかけた。


「げふっ」

「余計なことは言わなくていいよ」


 まさか女子の姿で歌っていたら、固定客がつきましたなんて言えるはずがない、秋葉にだって羞恥心はあるのだ。しかし、欲望丸出しの応援でもちゃんと力に換算されるのには驚いた。


「私はなにも特殊なことはできないので、街の様子を見て回っていました」

「大丈夫だったか?」


 彼女の父は悪魔としてとらえられ、処刑されたことになっている。さぞかし街中では肩身が狭いだろう、とバルトロが心配した。しかし、マリスは笑って首を横に振る。


「石を投げられたりはしませんでした。むしろ同情的です。かなり、流れは変わっていると思います」


 マリスは街で受けた扱いを、丁寧に説明する。まだ爆発してはいないが、騎士団への怒りがかなりたまっていることがうかがえた。


「ただ、あの泥棒たちがまだ街を歩いておりました。誰かが無理難題をつきつけられているのではと思うと、胸が痛みます」


 取り立て屋たちのことを思い出して、秋葉は無言で宙をにらみつけた。しかしバルトロはゆったりと笑う。


「いずれ長くはあるまいよ。あいつらが持ってきた理不尽な明細は、すでに陛下にお渡ししてある。あれは、奴らが民を貪っていた何よりの証拠だ」


 その一言をきっかけに、話題が王宮での交渉の詳細に変わった。


「よかった。あれの守りは、さぞかし大変だったでしょう」


 秋葉が立ち上がってバルトロの手を握る。天目あめのがふんと鼻を鳴らした。


「恐れながら、神獣の力を何度もお借りいたしました」

「そのためにお貸ししたのですから。もっと使ってもよかったんですよ」

「秋葉、お前はどっちの味方だ。こっちはチクチクチクチクやられて、大変だったんだぞ」


 天目は怒ったが、秋葉はそっぽを向いた。


「王宮じゃ、余計なことしかしてなかったじゃないか。当たり前だよ」

「ちっ、夜叉から聞いたのか」

「僕の夜叉なんだから、しゃべるのは当然でしょ。全く、女王が話のわかる人じゃなかったらどうなってたことか」

「あの女はなかなか骨があるぞ。結局あの後、渋るおっさんたちを説得して回ったのも奴だしな」


 諸侯たちは王の要請に従い、騎士団討伐を決断した。この一手の成功は、とてつもなく大きい。


「市長、ありがとうございました。ご友人にもよろしくお伝え下さい」


 秋葉が頭を下げると、バルトロは優しい微笑みを浮かべた。


「当人は『二度とあいつらの話はするな』と言っていましたが。御使いのお頼みであれば、仕方ありませんね」


 バルトロは途中から、声を出して笑った。宮殿でのやり取りが、よほどおかしかったのだろう。


「これで周りの協力はとりつけた。後は」


 秋葉がそこまで言った時、天目が先を横取りした。


「騎士団そのものだな。奴ら、今度の公開処刑だけは成功させようと必死だ。必ずまたあの女が出てくるぞ」


 それを聞いたバルトロの顔が凍り付いた。秋葉もうなずく。


「僕じゃ太刀打ちできない。天目に任せるしかなさそうだ」

「元よりそのつもりだ。取ったら殴るぞ」


 天目は腕まくりをする。秋葉ははいはい、といなした。


「力はどのくらいまで回復したの?」

「……普段の一割もない。マリスとバルトロ、それに街の住民だけでは、正直数が足りなすぎる」

「じゃあ、僕の力を回すよ」


 二体は兄弟神で、社も同じだ。儀式が少しめんどくさいが、力の譲り渡しは不可能ではない。


「といっても、僕の方も余力を残しておきたいんだよね。もう少し信者を集められるように、ギリギリまで街で啓蒙活動を続ける。あとは処刑当日までに、どれだけの人が考えを変えてくれるかにかかってる」

「出たとこ勝負か」


 横で聞いていたラウルが、渋い顔つきで腕を組んだ。


「……ま、その通りです」

「そういうのを待っていた」


 ラウルとは反対に、天目は楽しそうだ。天目はことが危なくなってくるほど、燃えるのだ。平時はとても扱いにくいが、非常事態にはとても心強い。


「それにしても、ある程度信仰心を稼げるという自信があるのはすごいな。どんな手を使ったんだ」


 天目が食い下がった。マリスは気まずそうな顔をして明後日の方を向き、ラウルは笑いをかみ殺している。


「……世の中にはね、知らなくてもいいことがたくさんあるんだよ」


 秋葉はうつろな目で言い返した。


 とにかく、予定外のことは山ほどあったが、どうにか目処はたった。あとは当日、全力を尽くすのみだ。しつこく追いすがってくる天目から逃げ回りながら、秋葉はそう思った。



☆☆☆



 ――自分を呼ぶ声がする。ユーリィがそう気づいたのは、いつからだっただろう。


 長い眠りに、ついていたはずだった。自分はやがて物語の中の存在となり、竜殺しの異名とともに根付いていければ。


 それ以外に望むものなど、なにもない。心底、そう思っていたのに。


 冷たい夏が何度か来た後、急に声が聞こえてきた。


〝危ない。危ない〟


 はじめはそれだけだった。一体何が危ないのか、と聞き返すことすらできなかったが、飽きるまでその声に耳を傾けた。


 もう少し時間が経つと、声の種類が徐々に増えていった。


〝危ない。危ない〟

〝呪っている。あいつらが呪っている〟

〝家畜が死んだ。畑が枯れた。……我らを害する悪魔が、来た〟


 だんだん背中に熱いものを感じ始めた。今まで、ぼんやりした意識でしかなかったユーリィが、実体を得たのはその時だった。それからさらに、恨みを晴らしてくれという訴えは増え続けた。ユーリィは次第に、いてもたってもいられなくなる。


「私に、できるだろうか」


 眠っていた時間は、百年ではきかない。昔と同じように動ける保証は、どこにもなかった。


 しかし、ユーリィがそうつぶやくと同時に、周りからどっと喜びの声がわいた。


 守護の聖人。

 竜殺しの剣と炎で、今度は悪魔を打ってくれ。

 どうか、この地に再び平穏を。


「そうか、それならば――」


 もう一度、行こう。どこへでも。同じ神を頭上に抱く民が呼ぶところならば。


 そう決意してユーリィが立ち上がったとき、すでに強大な力が身についていた。いきなり騎士団長の寝室に現れてしまったが、力を見せてやると簡単に聖女だと認められ、許された。


 悪魔がいるのか、と団長に問うと、彼は大きくうなずいた。今のところ弱い悪魔しかいない。それは自分たちが処刑するが、放置すれば必ず高位の悪魔を呼ぶであろう。厄災を防いで欲しい、と団長に乞われ、ユーリィはすぐに了承した。


 しばらく騎士団管轄の塔付近を警戒していたが、ついに運命の日がやってきた。真っ赤な鎧の悪魔が現われた――。


「くそっ」


 悪態をついて、ユーリィは身を起こした。いつの間にか寝台に寝かされ、全身に包帯が巻かれている。邪魔に思えたので、ユーリィは全てむしり取った。あの悪魔とやりあった直後は傷だらけだったが、寝ている間にすっかり治っている。


「お目覚めですか!」

「……ああ」


 ユーリィが返事をすると、傍らに控えていた女従者が部屋を飛び出す。彼女はすぐに、団長を連れて戻ってきた。


「おお、ユーリィさま。お戻りになったとき、傷だらけでしたのでこちらにご案内したのですよ」

「手間をかけてすまなかったな」

「いえ、我々に出来ることはこれくらいで。行き届かなくて申し訳ない」


 神に仕える者としていささか肥えすぎなのが気になるが、団長はこまめによく働いている。細かいことは言わないでおいてやるか、とユーリィは思った。


「外が騒がしいな」

「なにせ明日は、小悪魔どもの集団公開処刑なものですから。薪の準備だけでもひと苦労ですよ」

「集団公開処刑? 初めて聞いたな」

「普段はこんなことはできないのですがね。年に一、二度くらいはきちんと正義が行われていると知らしめなければいけません。民が不安になりますからね」


 団長は嬉しそうに胸の前で手を組んだが、ユーリィは嫌な予感がしてならなかった。手下の悪魔が何十体も処刑されるのを、あの化け物は黙って見ているだろうか。


 ……いや、そんなことはありえない。あいつは必ず、現場に来るだろう。


「処刑はどこで?」

「悪魔の塔前の広場でございます」

「私も行く。悪魔をこれ以上のさばらせるわけにはいかない」


 意図せず、戦いの場は前と同じになりそうだ。苦い思い出の地で、今度こそ勝利を。ユーリィは心に誓い、寝台から飛び降りた。



☆☆☆



 ついに集団処刑日の朝がやってきた。秋葉と天目は人間たちと別れ、会場へ向かう。


 しかしここですでに一つ、計算違いが発生していた。秋葉がせっかく力を分け与えたというのに、天目がぐったりしたまま起きなかったのである。


 ようやく彼をたたき起こしてマリスの家を飛び出した時には、すでに処刑の開始時刻を過ぎていた。


「ううううう、気持ち悪い」

「なんでそんなに悪酔いしてるの!? この肝心な日に」

「俺が知るか。お前が悪いものでも食わせたんじゃないだろうな」

「悪いもの……」


 確かに、信仰を集めたと言っても、その本体は欲望(主に性欲)である。純粋な心とは、ちょっと違うかもしれない。


 秋葉が言いよどんでいると、天目に「覚えてろよ」と捨て台詞を吐かれた。


「……お前の手落ちで、間に合わないんじゃないか」

「いや、最初は罪状の読み上げから始まるはず。それにかなり時間がかかるって、バルトロさんが言ってた」


 秋葉たちは塔の前まで移動する。広場には、この前にはなかった火刑用の磔台がずらりと並んでいる。しかしそこに人影はない。


 まだ罪人たちはひとかたまりになって、騎士に囲まれている。間に合った、と秋葉は胸をなで下ろした。


「被告は子供十人と大人三人の殺害、家屋への侵入、合計三十件の放火に関与し……」


 永遠に終わらないのでは、と思えるほど、僧侶が長々と罪状を読み上げている。喧嘩を売るなら、あの男を吹っ飛ばすのが一番いいだろう。話が最高に盛り上がったところで飛び出すよ、と天目に言い聞かせていると、ふいに真下から声が聞こえてきた。


 磔台の設置を終えた兵士たちが、額の汗をぬぐいながら戻ってきている。その中でも特に大柄な者が、残りの兵に向かって声をあげた。


「良いか、今回の処刑の目的は、悪魔どもにできる限り苦痛に満ちた死を与えることである。ゆめゆめ、山ほど薪を積むような真似をしてはならんぞ」


 上で聞いている秋葉は、顔をしかめた。男の声が、不快で仕方無い。


「この前の悪魔のように、『薪を足してくれ』と言うものもいるが、聞き入れるな。さっさと燃えてしまっては話にならん。……しかしあれは、実に面白い声であった」


 大男の高笑いが聞こえてきた。それとほぼ同時に、天目の気配が消える。やはり、我慢できなかったかと秋葉はため息をついた。


 次の瞬間、大男の体が宙に浮いた。そのまま、赤々と燃えている篝火に、男の頭が突っ込まれる。


 つんざくような悲鳴が、広場に響き渡った。何事か、と誰かが怒鳴り、広場が騒がしくなる。


「ええい、処刑の前に騒ぐでないわっ」


 長々とした罪状の読み上げを中断し、壇上の僧服が怒鳴った。天目に続き、秋葉も動く。夜叉たちに、壇上の男の背中を押すよう指示した。


「え……ぎゃああああ!!」


 前のめりになった僧服の男は、短い足をバタバタさせた後、抵抗空しく地面へ落下していく。


「くそ、悪魔め!」

「取り押さえろ、その者たちも生きながら火刑にしてやれ!」


 秋葉たちを見て、会場のそこここにいた騎士たちが押し寄せる。


「神式『経津鋏ふつばさみ』来い!」


 ここが正念場、もう力を残しておく必要はない。裁きの場を作るほどの余力はないため、ひたすら現場で暴れることに決めている。秋葉と天目は、そろって大鋏を取り出した。


「行くよ!」


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