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神と王

 天目あめのはさっそくそれを装備する。臭い。


「こ、こら、陛下にいただいたものを」


 素顔をあらわにした金ピカが、身を震わせて怒っている。タコのような唇がやけに目立つ、滑稽な顔をしていた。天目は思わず吹き出す。


「返せ……ぶごっ」


 追いすがる金ピカの顎に、天目が拳をたたきこむ。彼が白目をむき、周りの兵士たちから悲鳴があがった。天目はその中をかき分け、さらに先へと進む。


 今度は誰もいない中庭を抜け、別棟に入る。身分の高い人間が使うと見えて、壁の装飾が一気に華やかになった。兵もところどころ配置されているが、周りの建物を気づかってか大立ち回りは仕掛けてこない。


「ふむ」


 このままいくなら、面白い展開にはなりそうもない。王宮を燃やすわけにはいかないから、砲も使用しないだろうし。最後になにか彼らも知恵をしぼって罠をしかけてくるだろうか。


 天目のつま先が、毛足の長い絨毯を踏んだ。今いる長細い部屋の中には、ずらりと立派な絵が並び、壷や甲冑が華やかさを添えている。


 部屋の奥には、大きな扉が見えた。その前には数十人の兵士がおり、ひとかたまりになって槍を外に突きだしている。まるで雲丹のようだ。


(そこまでして守る扉ってことは……ここを抜ければ国王は目の前か)


 また兵士を飛び越えることもできるのだが、それもつまらない。どうしてやろうか、と思いながら、天目は室内をゆっくりと見回す。すると、いい考えが浮かび上がってきた。


 天目は口の端をつり上げながら、部屋の中央まで歩いていく。槍を構えたまま固まっている兵士たちの前で、拳を握り戦闘の構えをとった。


 すると、兵士の一人が笛を吹く。次の瞬間、天目の背中に重みがかかる。背後からきた新たな兵士たちが天目にのしかかっていた。成人男性の体に加え、甲冑や武器の重みも加わる。普通の神経なら。さっきまでは後ろに誰もいなかったはず、とうろたえたかもしれない。


 しかし、天目は落ち着きはらって、わずかに残っている夜叉たちに命令を出した。小柄な夜叉は警備兵をすり抜け、大扉を動かし始めた。警備兵たちが何度閉めても、扉は開き続ける。


「どうなってるんだ」


 耐えきれなくなった誰かが叫んだ。鉄壁の陣も崩れる。それを契機に、天目は体を起こす。上に乗っていた兵士たちが、ぼろぼろとふるい落とされた。


「ぐあっ」

「わざわざ甲冑のふりまでして隠れてたのに、ご苦労なこった」


 天目が言うと、男たちの顔が青ざめた。背後から大量の兵士が現れた仕掛けはいたって単純。甲冑に身を包み、美術品のふりをして最初からここにいたのだ。短い時間でよく準備したと思うが、天目には人間の気配くらい容易にわかる。


 戦意をなくした兵士たちを後目に、天目はすでに開かれていた扉へ進む。


 天目が扉をくぐると、夜叉たちが主のために再度それを閉めた。ここから先は、神と王だけの会話の場である。




☆☆☆




 目の前には、玉座が見えた。ご丁寧に部屋の中に段が作ってあり、座りながらにして全てが見下ろせるようになっている。


 偉そうな席に腰を下ろしていたのは、女だった。年は三十を少し過ぎた頃だろうか。娘らしさは消えたが、そのかわり堂々とした威厳を身につけている。彼女は凝った刺繍をほどこした長衣を苦もなく着こなしていた。


「……本当に傷一つなくここまできましたか。なかなか面白い結果になりましたね」


 王はそう言って、満足そうにうなずいた。


「へえ、女王様か」


 天目は思った通りのことを口にした。すると、王が小さく笑う。


「神の御使いなのに、そこはご存じなかったのですか?」

「どうでもいいことは追求しないことにしている。性別なんぞ王の有能さにはなんの関係もない。うちの大神なんぞ、男でも女でもないからな」


 天目が言い放つと、王は一瞬あっけにとられていた。しかし、すぐに気を取り直し、さっきより大きな声で笑い出した。今度はなぜか、ずいぶんと楽しそうに見える。


「ほう。主神がそのような方であったとは知りませんでした」

「あくまでうちの大神だがな」

「?」

「まあ、いろいろあるのだ。そこは人が知らんでもよい。それより、肝心な話に入りたいのだが」

「私はかまいませんよ」


 天目が切り込むと、王は素直に返事をした。


「騎士団を潰したい」

「結構なことです」

「反論しないのか?」

「わたくしたちがお仕えしているのは、あくまで主神。あのものたちではありませんから」

「……奴らのやっていることも知っている、と」


 天目が聞くと、王はうなずいた。


「ええ。耳くらい持っておらぬと、王などやっていられません」

「ま、確かに」


 実態を把握しているならさっさと動きゃいいのに。天目がそう思っていると、王が口元を歪めた。


「……わかっていても、できないことというのはあるのですよ。他国の話になりますが、『ガランドール事件』をご存じですか」

「いや」


 天目が首を横に振ると、王は話し出した。


「その国の王には、息子が二人ありました。ある時、騎士団長と国王が、どちらの王子を跡継ぎにするかで意見が分かれたのです。騎士団長は長男、国王は次男を推しておりました。騎士団の横やりを快く思わない国王は、強引に次男を跡継ぎに指名したのです。しかし、騎士団はこれに猛反発した」


 話しながら、王は首をすくめる。


「騎士団は国王の王位剥奪と、宗教からの破門を宣言。王も味方を作ろうとはしたが、『騎士団に刃向かえば地獄に堕ちる』と信じている諸侯の前ではなんの役にもたたなかった。結局王自ら、土砂降りの雨の中、伏して騎士団に詫びる羽目になったそうですよ」

「面白そうだ。見てみたかったな」

「……その頃より落ちたとはいえ、未だに騎士団の力は強い。本気でやり合おうとするなら、私もガランドールの二の舞を覚悟せねばなりません」


 王は軽く首を傾けた。美しい像のような姿で、天目に問いかける。


「お聞きしましょう。それだけの危険を犯すだけの利益があるのですか? 成功の可能性はいかほど?」

「俺たちは勝つ。そしてあんたは儲かる」

「ですから、それをもう少し詳しく」

「そう言われても困る」


 天目が本気で言葉に詰まっていると、血相を変えたバルトロとジェロニモが駆けこんできた。彼らは平伏するが、王に面をあげるよう促される。


「陛下。なんだかモヤっとした話をされてお困りではありませんか」

「今まさにそのような感じでした」

「別にそれでいいと思うけど。市長がしたいんなら説明してくれ」


 兜をいじりながらうそぶく天目を、ジェロニモがにらむ。バルトロは汗をぬぐいながら、前のめりの姿勢になった。


「説明させていただくつもりで参ったのです」

「許可します。早く話をはっきりさせてください」


 王は背筋を伸ばし、警戒が含まれた視線を投げかける。


「では、手短に。騎士団は己の本分を忘れ、悪魔狩りに走っております。街外れの醜悪な建物のことは、陛下もよくご存じでしょう」

「聖所だ聖所だと言い張って、強引に建てたものです。忘れるものですか」


 その時のやりとりを思い出したのだろう、王は形のいい眉をひそめた。


「民衆の中にも、彼らのやり方に疑問を抱いている者がおります」

「奇妙な歌姫が現われ、支持を集めているとの報告は聞いていますよ。……確かに、神ならぬ身が証拠も無しに好き勝手に振る舞うのは、僭越としか言い様がない」


 ことの実態を知っているバルトロの顔が、一瞬能面のようになった。しかし、彼は気を取り直す。


「ここで騎士団を叩いておけば、帆船数十杯もの金銀が手に入りましょう」

「えらく大きく出たものですね。騎士団が民草からとっている税の額くらい、こちらが把握していないとでも思っているのですか」


 王はその後、理論立てていくつかの数字を口にした。それを聞いたバルトロが、大きくうなずく。


「地方によって差はあるが、こんなものではないかしら」

「おっしゃる通りです」

「結構な額に思えるが、騎士団は派手な催事も頻繁に行います。入りもあるが出も多い。この程度の税額では、結局いくらも貯まらぬと思いますが」


 王がもっともな反論をする。ここからが、説得の本番だ。


「そのことなのですが……彼らは新たに金のなる木を見つけたのです」

「ほう。新大陸でも発見したのでしょうか? できればそこにずっと引きこもっていてほしいものです」

「いえ、この国内にございます。民草は思い思いの方法で財をためております。それを我が物とすれば、利益はあがりましょう」

「しかし、出せと言ってもそんなに簡単には――」


 そこまで言いかけて、王ははっと口をつぐんだ。バルトロが言わずとも、その方法を察したらしい。


「バルトロ。まさか貴殿もその辱めを受けたのですか」

「そのまさかでございます。私が監獄塔から抜け出してきた直後のことでございました。死人をむち打つ悪魔とは、あいつらのことです。処刑に使う薪の一本まで金がかかったと抜かすのですから」

「……よくぞ帰ってきてくれたものです。難儀でしたね」


 王のねぎらいをうけて、バルトロが深く頭を垂れる。横にいたジェロニモまでもらい泣きしていた。


「過ぎた幸運にございました。そこにおられる御使いがお救いくださったのです」

「あなたの行いを主が見ておられた証でしょう。大分変わった方をよこされてはおりますが」


 笑う王に向かってうなずきながら、バルトロは懐から巻紙を取り出した。あの夜、天目たちがボコボコにした男たちが持っていた目録である。


「私に突きつけられた明細にございます。証拠として使えましょう。これさえ見れば、奴らの本性が知れるはず」


 バルトロが言うと、王は明らかに楽しそうに笑った。騎士団が追い詰められるのを、面白がっている。


「諸侯が動いてくれさえすれば、必ずや騎士団にとって痛手となりましょう。私たちが仕えるべきは神であって、彼らでないことを思い知らせてやらねばなりません。そして不当に得た金銀を、正しき国庫に納めるのです。どうぞ、ご決断を」


 最後にそう言って、バルトロが深く伏した。ジェロニモもそれにならう。王がちらっと、立ったままの天目を見た。


「神は人に頭など下げんぞ、王であってもな」


 天目が気にせず言い返すと、王は苦笑した。


「ええ、心得ておりますよ。……ジェロニモ」

「はっ」

「サビーノを呼びなさい。至急二人でやって欲しいことがあります」

「かしこまりました!」


 命令をうけて、ジェロニモが飛ぶように謁見の間を出て行った。



☆☆☆



 秋葉あきはが啓蒙活動に励み、天目が国王に謁見してから二週間。公開処刑の日は、ついに三日後に迫っていた。


 この日、それぞれの進捗を確認するため、久しぶりに全員がマリスの家に集まった。


「まずは僕からいきます」


 ラウルと天目が我先にと話したがるため、勝手に進行させるわけにはいかない。秋葉はそれを防ぐために、率先して口火を切った。


「歌は……元々がみんな知ってるやつだからかな、結構広まってる」

「民が街中で歌ってたら、騎士団が飛んでくるだろ」


 珍しく、天目が横からまともな突っ込みをした。しかし、その意見は想定済みである。


「夜叉たちは耳がいいからね。歌が聞こえたら、そこまで行って歌い手を守るよう指示してある」


 結果、自分たちを非難する歌が目の前で歌われていても、騎士団は対象に指一本触れられなくなった。同じような事例が重なったことに、騎士団は相当苛立っているらしい。


 もともと横柄な騎士たちを嫌っていた住民たちである。だんだん騎士たちも軽く扱われるようになり、巷の雰囲気が変わってきていた。


「結構やるな」


 悔しそうにしている天目を見て、秋葉は笑った。しかし、この作戦はいいことばかりでもなかったのだ。


「ただし、かなりの数の夜叉を動かしてたからね。僕の残ってる力も、半分くらいになっちゃった」

「……夜叉をずっと動かすのは、かなり消耗するはずだぞ。それでよく半分も残ったな」


 天目は時々、こういう風に悪気無く痛いところをついてくる。秋葉は「さあ、なんでだろうね」と軽く受け流した。


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