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17/22

王宮追いかけっこ

 そろそろ日が昇り始め、街に人通りが多くなってきた頃。秋葉あきはは、決死の覚悟と共に街へ降り立った。道行く住民たちの注目が集まるのを感じ取って、頭に血が昇る。


 ええい、もう自棄だ。


 現場に立ってしまうと、かえって腹がすわる。秋葉は大きく息を吸った。


 〝ある時ある街あるところ 大きな鐘がそびえ立つ〟


 思ったより滑らかに歌い出すことができた。秋葉は指を鳴らす。空中に小さな琴が現れ、ラウルが編曲した旋律を奏で始めた。


 〝大きな鐘のある広場 一人の騎士が治めし場〟


 音楽につられて、秋葉の周りに人が集まってきた。その中には好色そうな男たちも混じっていたが、無視して先を歌う。


 〝騎士は強く たくましく

  街のいのちと 称えられ

  そうして いくつか 日が落ちる〟


 音楽が盛り上がってきた。聴衆から手拍子が入る。次第に路地が活気を帯びた。


 〝やってきたのは 凍る夏

  日射しも風も 街を過ぎ

  穀物残らず 枯れ落ちた〟


 〝死人の群れが 道覆い

  誰もが嘆く その時に

  女が一人 捕らわれる〟


 歌は核心へと近づいていった。だんだん自分たちの置かれている状況に似てきたからか、住民たちが顔を見合わせる。


 〝悪魔は牢へ 呪いが解ける

  喜びの声 地を満たし

  老いも若きも 鐘の地へ〟


 〝鐘の横から 騎士叫ぶ

  女はすでに 立ち去った

  畑へ戻れ 地を満たせ〟


 ざわ、と明らかに人の群れがうねった。体の大きな男が、顔を真っ赤にして進み出てくる。秋葉は少し指を動かして、男を川へたたき落とした。


 〝それでも声は まだ絶えぬ

  耕す畑は すでに無い

  悪魔の血潮で 購えと〟


 〝これ聞き騎士が 口開く

  裁きし槌は 神の手に

  汝はいずれの 神なりや?〟


 怒り狂った騎士たちが武器を掲げるのが見えた。しかしどの騎士も、秋葉に近づくことすら叶わず、泡を吹いて失神する。


 〝民草 頭を深く垂れ

  おのが家路に つきし夜

  ある時ある街あるところ 静かに月が 昇りゆく〟


 秋葉は丸々歌いきった。うやうやしく民に向かってお辞儀をすると、まばらな拍手が降ってくる。小銭を投げる奇特なものもいた。もう一曲、と外野から声がかかる。秋葉はそれを聞きながら、気持ちよく姿を消した。


 再び秋葉が姿を現したのは、歌った路地の近くにある家。そこにはラウルがいて、不敵な笑みを浮かべている。


「な、集まってたろ? 人」


 秋葉はラウルに向かって、思いっきり舌を出してやる。


「邪悪な念も感じましたけどね」

「そういう輩もいるさ」

「力さえあったら、もっとひどい罰を与えたのに」

「はいはい、ぶつくさ言わねえの。次はこれと同じ格好してくれよ」


 ラウルの手には、今度は藤色をした細身の礼服が握られていた。


「……聞きたかったんですけど、なんでそんなにポンポン女物の服が出てくるんですか?」

「昔、親父がメイドに着せて楽しんでた名残」

「ほんと暇な貴族ってろくなことしない」


 秋葉はむっとしながら、ラウルの手から服をむしり取った。



☆☆☆



「……来たはいいが、ここはどこだ」

「あ、痛たたた」


 歩きでは数日かかる距離を一足飛びにやってきたが、天目あめのの体はなんともない。しかし人間のバルトロはぐったりしていた。


「起きろー」


 天目がバルトロの頭をはたいていると、後方がにわかに騒がしくなってきた。


「い、一体どこから入ってきたのだ」


 天目が振り向くと、立派な身なりをした老人が立っていた。老人の顔半分は、ふかふかした白髭に覆われている。


「な、何故にじり寄ってくる」


 髭を思いっきりいじくり回してみたい。もしゃもしゃして羊のようで、とても触り心地が良さそうだ。天目は自分の衝動に従った。


「ジェロニモ、私だ。頼むから話を聞いてくれ」

「その前にこの子供をなんとかしろっ」


 ジェロニモの要請を受けて、バルトロが後ろから天目の甲冑を引っ張ってくる。しかし人間にやられたところでどうということもない。もふもふ万歳。……と天目がたかをくくっていると、背後から鋭い痛みが襲ってきた。


 天目が顔をしかめて振り返ると、脇腹に夜叉が一匹かみついている。バルトロが怯えた顔で話し出した。


「秋葉さまから何かあったら使えと言われてまして……」

「抜け目のない奴め」


 双子の片割れに向かって、天目は悪態をついた。もふもふは惜しかったが、痛みに負けて手を離す。


「なんなのだ、この無礼な振る舞いはっ。バルトロ、君がいなければ叩きだしているところだぞ」

「すまん、君の言う通り。ただ、今日はこの方が、陛下に良い話を持ってきたのだ」


 バルトロが話を持ちかけたが、ジェロニモは全く取り合わない。


「そんなに大事な用なら、まずは宮内府に手紙を送ってから謁見の許しを得るのが筋だろう。いきなり来て会いたいなどと……何様のつもりだね」

「神様」


 天目が悪びれなく言うと、ジェロニモに思い切りにらまれた。


「不敬にもほどがあろう! ええい、兵を呼ぶぞ」


 動き出したジェロニモに向かって、バルトロが必死に頭を下げる。


「待て、待ってくれ。その方は真の神の使いでいらっしゃるのだ。あの地獄の監獄塔から、私を救い出してくださったのだから」


 バルトロの言葉を聞いて、ジェロニモの動きがぴたりと止まった。


「バルトロ、君が監獄塔だと? 何かの冗談だろう」

「それならどんなに良かったか。あそこで見た光景は、未だに忘れられん。比較的恵まれていた私でさえ、指を裂き骨を砕かれ、文字すら書けなくなったのだ」

「治したのは俺と秋葉」


 天目が割り込んだが、ジェロニモはわかりやすく無視した。……後で覚えてろよ。


「まさか。騎士団は拷問などせぬ、処刑したのは自白したものだけだと」

「指の骨を折るくらい、奴らにとっては拷問には入らんのだ」


 バルトロが苦り切った顔で言うと、ジェロニモは言葉を失った。


「みんな、痛みに耐えかねるか、生きたまま焼かれることを恐れて、ありもしない告白をする。それが『自白』になるだけのことだ。調書を読んだことがあるかね」


 バルトロの問いに、ジェロニモが無言でうなずく。


「考えてもみたまえ。何故、あれだけの自白がありながら、その内容が似たり寄ったりなのだ? 誰かの介入無しで、あんな結果になるはずがなかろう」


 立ちつくすジェロニモに向かって、バルトロはさらにたたみかける。


「信じられないというのなら、私があそこで見たことを話し続けてもいいぞ」

「……それが嘘でないという証拠がどこにある?」

「私が嘘が上手かったかどうか、君の記憶に聞いてみるといい」


 バルトロがそう言うと、ジェロニモが大笑いを始めた。


「君が嘘をつくと、下手すぎてすぐわかったものだ。全く、今まで失念しておったわ」

「信じてくれるのか」

「友の名にかけて」


 老人二人が固い握手を交わしあったところで、天目が身を乗り出した。


「じゃ、話はまとまったな。王とやらの部屋はどこだ」

「不敬者がっ」

「神の使いに対してなんだそれは」


 また始まった天目とジェロニモの喧嘩を横目で見ながら、バルトロがため息をついた。


「ジェロニモ。いくら止めてもこの方は勝手に行ってしまうよ。高い城壁すら、ものともしなかったくらいだからね」

「しかし、陛下に謁見するとなると、何らかの理由は必要だぞ」

「ならば王に申し上げてみろ。ここにいる兵たちは、軍の中でも選りすぐりのはずだ。それをやすやすと突破できる者に興味はないか、と」


 天目は自信満々に言うが、ジェロニモが憮然とした。


「それだけでは弱くないか。今は戦をしているわけではないのだ」

「……対外的には兵を動かしているわけではないな。しかし、国内でいがみあいがないとは言えないだろう」

「何のことだ」

「とぼけるな。財務局所属のお前が、知らんはずがない。騎士団が民から取り立てている税額が、年々上がる一方だそうじゃないか」


 バルトロが言うと、ジェロニモがうめいた。


「図星だな。王も税をとっているが、騎士団の税が上がりすぎると、市民はどちらに優先して金を納めるか選ばなければならない。そうなると、神の罰を恐れて騎士団に税を払う人間の方が多かろう。王にとって面白いわけがない」

「ぐ……」

「彼は騎士団に対しても、積極的に動くと宣言している。私の事情を説明すれば、同情も買えよう。どうかご検討を、と王にお取り次ぎ願いたい」


 ジェロニモは、これを聞いて腕を組んだ。その姿勢のまま、部屋の中をぐるぐると三回まわる。


「……ええい、分かった! やればいいんだろう!」


 半ばやけになったジェロニモが、足音高く部屋を出ていった。派手に閉まった扉の風が、天目の髪を揺らす。


「やれやれ」


 バルトロがつぶやいた。その横で、天目が呑気に手を叩く。


「市長は説得がうまいな」

「貴君が下手すぎる……。歌をやれ、とアキハ殿がしつこく言っていたわけがわかりました」

「俺は実戦担当なんだ」


 自分に都合が悪くなってきたので、天目は無理矢理話をうちきった。気まずい沈黙が流れ始めたが、そこへ運良くジェロニモが戻ってくる。今度は彼一人ではなく、兵士を多数引き連れていた。


「あの子供が?」

「……本当かよ。俺にだって勝てるぜ、あんなの」

「バルトロ市長、本当にどうかしちまったんじゃないか」


 普通の人間より耳がいい天目は、後ろの兵のつぶやきまでしっかり聞いている。あからさまに皮肉っぽい笑みを浮かべてやった。


「……陛下がお会いになるそうだ。ただし、謁見の間まで五体満足で辿り着けたらな」


 ジェロニモがあご髭をかきながら言う。これで満足か、と言いたげに天目を見てきた。天目は大きくうなずく。望むところだ。


「どうかご無事で」


 祈りの構えをしているバルトロを、天目はからかった。


「いらん心配ばかりしているな。あの金髪女との戦いは見ていただろう」

「半分夢のようでした」

「あの女とここの兵士、どっちが強いと思う」

「……比較になりませんな」

「そういうことだ」


 天目はバルトロを安心させてから、手をたたく。兵士たちが一斉に、槍と盾を構えた。広い出入り口とはいえ、兵士が密集すると走り抜けることはできない。


 しかし天目にとっては、どうということもない。ひと飛びで、兵士たちの頭上を乗り越えた。驚いた兵士たちが、とっさに槍を突き上げる。しかし天目はもうそこにはいなかった。


 廊下を二度曲がり、整えられた中庭を走り抜ける。茶を飲んでいた貴人が目を丸くするのを尻目に、天目は渡り廊下へ飛び移った。こちらの廊下にも兵がいるが、壁を駆ける天目には誰一人ついてこられない。重い金属鎧も厄介なものだ。


 天目がそんなことを考えていると、いきなり横から槍の突きが飛んできた。さっきの兵たちよりも速く、迷いがない。天目は槍が来た方向を見つめた。


 ひときわ体格のいい男がそこにいる。彼は金の房がついた槍と、馬の紋章が入った立派な盾を装備している。体につけている鎧兜も全て金拵きんごしらえだ。


「小僧がっ。ここから先は、一歩も通さんぞ」


 ……欲しいな。あのぴかぴかした装備。自分の赤髪に、金色はよく栄えそうだ。そこまで考えて、天目は姿を消した。


「くそっ」


 獲物を見失った金ピカがうろたえる。


(別に君が悪いわけではない。神を相手にするのは、人には荷が重すぎるのだ)


 天目は、金ピカの肩の上に乗った。ちょうど、子供が父親に肩車されているような体勢になる。金ピカがうなりをあげて天目の足をつかんだが、天目は気にせず兜に手を伸ばした。


 (力加減に注意しなくちゃな。兜は欲しいが、その下のおっさんの首はいらないし)


 天目は配慮しながら、兜の金具をはずし、男からもぎとった。


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