唄う美女?
「裁判の実態は、やはりそんなものか。神の僕を名乗りながら、やっていることは泥棒と変わりない」
秋葉たちの報告を聞いて、バルトロが顔を覆った。マリスも嫌悪感をあらわにする。
「いや、市長。それは泥棒に悪いぞ。奴らは自分の都合にいいように法を変えたりせんからな」
天目が率直に、筋の通ったことを言った。
「……とりあえず、騎士団の内部改革に頼るのは困難だね。ところで、彼は大丈夫なのか」
バルトロはラウルを指さした。さっき天目に殴られたせいで、首が斜め四十五度の角度で固まっている。
「後で治しますから」
責任をもって天目にやらせよう、と思いながら、秋葉はバルトロとの会話に戻った。
「騎士団の中からが無理なら、外から圧力をかけて強制的にやるしかない」
「政治的な圧力かね」
「王族や貴族からの支持がほしいです」
「なるほど。元々、王や貴族は騎士団を快く思っていない。代々土地を管理してきたのは自分たちなのに、今やすっかり騎士団の天下だからね。彼らが頭を下げているのは、何かあれば二言目には『地獄に落ちる』と脅されているからだよ」
「それなら僕らが奇跡を見せて、奴らにはなんの力もないと示せば味方になってくれるかも」
秋葉が言うと、バルトロがうなずいた。
「内心小躍りするものもいるだろうね」
「今までの借りを返すってのはいいもんだな」
天目が言った。ラウルもうなずく。いつの間にか彼の首は、ちゃんとまっすぐに戻っていた。
「単に地位の問題ってだけじゃないしな。おそらく、金もな」
ラウルが指で円を作った。バルトロがそれを見てうなずく。
「ああ。騎士団は独自に税を取っているからね。騎士団が弱って金が自分の懐へ入ることになれば、諸侯は笑いが止まらないだろう」
「よし、政治的な後ろ盾はそれでいい。もう一つ、武力の面ですが」
秋葉が切り出すと、天目が眉間に皺を寄せる。
「一般兵は、どうとでもなる。問題はあの女だ」
ユーリィとやり合った時のことを思い出している。引き分けだったのがよっぽど悔しかったようだ。
「あの女の弱点はないのか、弱点は」
「古い文献をあたってはみたのですが……神のご加護がある聖人ですからね。敵の鞭打ち・磔・釜ゆで、いずれにも効果はなかったと」
マリスが申し訳なさそうに言う。天目が動物のように低くうなった。
「それにしても、聖人はたくさんいただろうに、なんで出てきたのは彼女だけなんだろうね」
秋葉は首をひねった。すると、マリスが口を開く。
「おそらく悪魔狩りが盛り上がったことが原因かと思います。異教徒への残虐行為が、逆に賞賛されだした。魔と戦った若き聖人として、騎士団が急に彼女を持ち上げ始めたんですよ」
「……それで信仰者が増えて、力を得たのなら納得」
「勝てるのか?」
ラウルが笑いながら聞く。秋葉は憮然としながら答えた。
「神は信仰心の多寡によって、強さが決まります。短期間で盛り上がった信仰なら、歴史は浅い。熱が冷めれば、一気に弱くなることもありえます」
秋葉の言葉を聞いて、マリスとラウルの顔が明るくなった。
「それでは、王族・貴族だけではなく、民にも働きかける必要がありますね」
「ならいい方法がある。活字印刷機でビラを作って、騎士団の真実を訴える。安い紙を使えば、かなり枚数が刷れるぞ」
「まあ、素敵」
「それも一つの方法だ。しかし、十分ではないね」
盛り上がっている二人であったが、横からバルトロが口をはさんだ。
「良い考えだと思ったのですが……道で配れば、いろいろな人に行き渡りますし」
「賛同者はいると思うよ。しかし、自由都市だともてはやされるヴィアラテアであっても、大半の市民は文字が読めないからね」
バルトロの言葉に、マリスとラウルは目を見合わせた。そして今まで気がつかなかったことを恥じるように、黙り込んでしまう。
「文字が読めない奴ってそんなに多いのか?」
天目がこそっと秋葉の耳元でつぶやいた。
「僕らの世界の話になるけど、近代になっても文字の読み書きが出来る人は全体の半分以下だったらしいよ。だからここもそんなものじゃないかな」
ビラまきは効率が悪い、もっと効率のいい手はないものか。秋葉が考えていると、不意にマリスが口を開いた。
「そうだ。手ならあります」
「ん?」
「歌にすればよいのですよ」
その案を聞いて、秋葉はうなずいた。元の世界でも、文字の読めない庶民は琵琶法師の語る物語を楽しんでいたと聞く。ここでもそれなら根付くかもしれない。
「とりあえずこっちの進む道は決まった。で、いつ仕掛ける」
天目が不敵に笑った。ラウルがそれを受けて答える。
「大きなことをするのなら、集団処刑の時がいいぞ。年に一・二回しかない大がかりな催しで、騎士団がなんとしても成功させたがってる」
「では、その時点で準備が整っていなければなりませんね。短い時間で、酷ですが」
「曲だけできていれば、僕か天目が歌い続けることは可能ですよ。並みの人間と違って、眠くなったりもしませんし、囲まれても逃げられます」
悪魔狩りへの反対となれば、騎士団に正面から喧嘩を売ることになる。歌い手になれるのは、秋葉か天目のどちらかしかなかった。天目の方を見てみると、彼は完全に明後日の方を向いている。
「ねえ」
「秋葉がやってくれ」
完全拒否の構えである。確かに歌うなど天目のガラではない。かといって王族・貴族を説得する側に行かせても、たいした働きはできそうになかった。
「王宮はつまらないんじゃない。作法もうるさいし、偉い人にはうまく言いつくろわなきゃいけないし。天目が歌い手やってよ」
「イ・ヤ・だ」
ここまで断固として拒否されるのも珍しい。いつもは秋葉が言えば、話くらいは聞いてくれるのだが。秋葉が首をかしげていると、ラウルが不敵に笑った。
「……ほほう、わかった。さてはお前、音痴だな?」
ラウルが言うなり、天目の肩がぎくりと動いた。それに続いて、全身が震え出す。勝ち気な天目には珍しく、何も言い返そうとしなかった。
「秋葉、すまん。内通者はまた一から探そう」
……言い返そうとはせず、やり返そうとしているだけだった。ラウルがまた殴られると思っているのか、青い顔になっている。秋葉は相棒を止めに入った。
「時間がないって話したでしょ。ここまで事情がわかる人を探すのは無理だよ。歌の方は僕がやるから、手荒な真似しないで」
ここまで言って、ようやく天目が鼻をならした。腕組みをして、席に座る。
「それでは、お父様は王宮に行かれるのですね?」
マリスが話の切れ目を見計らって話しかけてきた。バルトロが娘を見てうなずく。
「ああ、そのつもりだよ。謁見の許可がすぐにとれるかわからんがね」
「集団処刑に間に合うのか?」
悠長なことを言うバルトロに、天目がきつい視線を投げかけた。
「古い友人が王宮に勤めていてね。彼にすぐ手紙を出すよ」
「……そんなもの、いつ届くかわからんぞ。直接行く」
やおら天目が立ち上がった。それを見てラウルがため息をつく。
「いきなり行ってどうする。それに、市長がいなきゃどうにもならんだろうが」
秋葉は一応、天目の援護に回った。
「消耗したとはいえ、神ですからね。人ひとりくらいなら連れて瞬間移動できますよ。……ま、行った後の説得は完全に市長頼みになりますが」
そこで秋葉は、ちらっとバルトロを見た。彼は体を揺すって笑う。
「あの地獄のことを思えば、どこへだって行くしなんだってやります。諸侯まで納得させようと思えば時間は余るくらいの方が好ましい。私は彼につかまっていましょう」
そこまで言って、バルトロはしかし、と言葉を切った。
「ただ、直接国王の御前に参るのだけは勘弁してください。手回しにも順番ってものがあるから」
バルトロに念押しされて、天目はうなずいた。話がまとまったのを見て、マリスが立ち上がる。
「ではお召し物を探します。最上の礼服でなくては。……アメノ様にも、なにか合うものを」
あわてるマリスに向かって、秋葉は首を横に振った。
「神は装いを自分で変えられますから、用意はいりません。変化した姿を見て失礼にあたらないかだけ助言してやってください」
天目が行くのだ、失礼な真似をするに決まっている。ならば、見た目だけでもよくしておくに越したことはない。
マリスが先頭になって、王宮組が部屋を出ていく。残されたラウルと秋葉は、自然と向かい合う形になった。
「本当にうまくいくのかねえ」
「うまくいかせるしかありません。あいつがなにかしでかしたら体を張ってでも止めてもらわないと」
「無茶を言う。神の使いにそんなことできるかよ」
「……まあ、手は打っておきます。忘れましょう、僕らもやることはたくさんありますから。歌は、なにもかも一から作るんですからね」
秋葉が顔をしかめると、反対にラウルが勢いづいた。
「そのことなんだけどな。多くの人間に食いついてもらうには、全く新しい曲じゃないほうがいい気がするんだ。どこかで聞いたことがある、懐かしい調べの方がそそるだろ」
言われてみれば、確かにそうだ。秋葉は先をうながした。
「古い童謡の旋律をいじってみようかと思う。そのかわり、歌詞はおまえが考えるんだぞ」
「え」
「なんだ、そのすごおおおく嫌そうな『え』は」
ラウルににらまれて、秋葉は渋々口を開く。
「そんな文学的なこと、したことないですよ」
神はあくまで祀られるものであって、詩歌を捧げるのは人間の仕事である。秋葉は説明したが、ラウルは頑として引かなかった。
「だったら四六時中歌は聴いてるってことだろ。その経験を元にして、なんとか一曲ひねり出せ」
「無茶だ」
結局、ラウルに押し切られる形で承諾してしまった。秋葉はその夜居間に陣取って、うんうん唸りながら時を過ごす羽目になる。別に寝なくたって死にはしないのだが、めりめり寿命が減っていく気がした。
☆☆☆
翌朝。秋葉とラウルは、大声で怒鳴りあっていた。
「あんまりワガママ言うもんじゃねえよ。公開処刑を止めたくねえのか」
「止めたいに決まってるでしょ。あなたを引っ張りこんだのは僕たちですよ、もう忘れたんですか」
「自覚があんなら結構だ、さっさと俺の言う通りにしろって。絶対にこっちの方がうまくいくから」
「嫌ですよ。そんなに自信があるなら、ラウルさんがやればいいじゃないですか」
「俺をよく見ろ。できると思うか?」
「思いません。無理です。けど、僕は嫌です!」
「意外とはっきり言う野郎だな。神の使いならそこのところよく飲み込んでだな」
「……なにをそんなに怒っていらっしゃるのです?」
穏やかな女性の声を聞いて、秋葉とラウルは我に返った。声の方を見ると、あっけにとられた様子のマリスが立ちすくんでいる。ばつが悪くなったラウルが頭をかいた。
「いやあ、この御使いがなかなか頑固でして」
「だっていきなり『よし、この服と同じ格好になってくれ』って言われて、誰が納得するんですか」
秋葉はマリスに向かって、一着の女性用礼服をつきつけた。ラウルがどこからか手に入れてきたものである。緋色。まごうことなき、バラの若花のような緋色。それに大量の飾り帯がごてごてとついている。
「まあかわいい」
「喜ばないでください」
マリスは無邪気にほほえんでいるが、秋葉にとっては一大事だ。何が悲しくてこんな女神のような格好をせねばならない。しかし、マリスを味方につけたラウルが調子に乗りだした。
「ね、かわいいでしょう。顔が女っぽいこのお方が着れば、すてきな歌姫の誕生です。野郎が歌うより、絶対に人寄せになりますって」
「そうかもしれませんねえ」
「味方がー! 唯一の味方がー!」
マリスの心がぐらついているのを知って、秋葉は悲鳴をあげた。
「いやあ、神の御使いは心が広くていらっしゃる。わかりあえて良かった良かった。な」
一言の『な』に全ての思いをのせて、ラウルがすごむ。立場が逆転している悔しさを噛みしめつつ、秋葉は頭を垂れた。