君が存在する理由
「……ちょっと出てきますね」
幸い食事も終わっていた。秋葉は天目に声をかけて立ち上がる。
「ああ、注意をひとつ。おそらく、騎士団はお父さんが死んだと思っているはずです」
それはなぜ、と聞くマリスに対して、秋葉は口を濁した。この世界の神のせいです、とも言いにくい。
「とにかく、このままなら追っ手がかかることもないでしょう。ただし、不用意な外出は避けてください」
秋葉が指示を出すと、マリスは素直にうなずいた。
☆☆☆
「で、いきなりどうするんだ。急に何か思いついたようだが」
再び塔付近までやってきて、天目がつぶやいた。まだユーリィが引き起こした混乱は続いているが、当の本人は傷を負ったのか、どこかへ消えている。秋葉たちは安心して、塔に入った。
暗い廊下を歩きながら、秋葉は自分の考えを説明し始める。
「まあ、かなり胸糞悪い話になるからさ。さらっと聞いて欲しいんだけど」
「ほう」
「囚人を連れてきて、拷問するわけじゃない。自白が欲しいから」
「……本当にさっさと済ませろよ、気分悪い」
天目が顔をしかめるのを見て、秋葉はうなずいた。
「でも、拷問の途中で加減を間違えて、囚人が死んじゃったら意味ないよね。騎士団としては最終的に生きたまま火刑にしたいわけだから」
「言わんとすることはわかる」
「だから、きっといるよ。痛みを与えはするけど、死にはしない。その線を見極めるための、医者が」
「なるほど」
「もともと医者は慈善的かつ科学的な職業だからね。もしかしたら一人くらいは、騎士団の理屈の馬鹿馬鹿しさに気づいて、味方になってくれるかもしれない」
自分で言いながらも、可能性が低い賭けだなと秋葉は思った。科学的な知識があることと、狂信者であることは両立できる。それでも、探してみなければ始まらないのだ。
秋葉が決意を新たにしたとき、天目が二階に拷問室を見つけた。八畳ほどの部屋がいくつか並んでいて、そのうちの一つは今まさに使われているところだった。使用中の部屋をのぞき込むと、若い女性が尋問を受けていた。
「お前が悪魔の集会に参加していた、という証言がある」
でっぷり太った僧衣姿の審問官が、おもむろに話し出した。しかし女性は、必死に反論する。
「知りません! そんなところ、行くわけないじゃないですか!?」
「嘘をつけ。お前は炎の周りで狂ったように踊り、悪魔を呼んでおったのだろう」
「一切あずかり知らぬことです!」
女性が青い顔をしてまくしたてると、審問官は無言で顎をしゃくった。壁際に立っていた騎士たちが近づいてきて、女性を取り押さえる。
彼女は片腕だけに金具をつけられ、それを天井からつりあがった鉤にひっかけられる。
「い、痛い! 痛い!」
片腕だけで全体重を支えることになった女性が、大声で泣き叫ぶ。しかし審問官はそれを見ても眉一つ動かさず、質問を続けた。
「お前は悪魔の集会に行った。そこで悪魔と交わり、子をもうけようとしたのだな。そうだろう」
「知りません! これ以上、何を言えばいいのですか!?」
半狂乱になった女性の前に、真っ赤に焼けた鉄の靴が差し出された。それを見た女性の顔が、恐怖で強ばる。
「……お前は喜んで悪魔と交わった、そうではないか?」
女性はしばらく迷っていた。やがて、目に涙をためて大きくうなずく。
「そうでございました」
「ふふ、儂の言うことは確かであったろう。では、調書をつくるとしようか」
そこでようやく、女性が鉤から下ろされた。しかし関節を痛めてしまったらしく、まだ泣き出しそうな顔をしている。
審問官は女性の顔をのぞきこみながら、尋問を始めた。しかし、その内容は悪魔のナニが大きいだの小さいだの、熱かったか冷たかったかだのという下卑たものだ。横で姿を隠して聞いている秋葉たちは、苦笑いするしかない。
「……尋問というより、あれだね、これは」
「あのおっさんの猥談に、いつまでつきあう気だ?」
完全に任務を忘れて、エロい話にのめりこんでいる審問官を見ながら、天目が不思議そうにつぶやいた。
秋葉は天目をいなしながら、拷問室内を見回した。ぱっと見て医者だと分かるのは、足下まである白い衣を着た三人の男。そのうち左手の一人はかなり太っていて、額に玉の汗が浮いている。彼はきつく口を閉じ、真剣な表情で目の前を見ている。
中央はは痩せてすらりとした、若い男。眉をつり上げ、いかにも怒っていますという顔をしていた。最後は、無理矢理機械にかけて引き延ばしたように背が高く、うっすら口元をつり上げて笑っていた。
ふうん、と秋葉はうなった。初めに見つけた三人に、いきなり当たりがいるとは思わなかった。目当てを見つけた以上、長居は無用だ。
「何かわかったのか」
秋葉の表情の変化を見てとったのだろう、天目が聞いてきた。
「うん、よさそうな人が居た」
「本当か」
「行こう。彼が一人になったところを見計らって、話をするんだ」
女性が今日はこれ以上ひどい目に合わないことを祈りつつ、秋葉たちはそっと陰鬱な部屋から抜け出した。
☆☆☆
その夜。秋葉たちは再び、塔の上空にいた。人間たちは、塔の再建のために日が落ちても働いている。
騎士団ということで、若い男の人手には困らないのだろう。松明の火が照らす中、石を運ぶ男たちはひっきりなしに移動していた。
「で、デブと痩せとのっぽのどいつだ」
あまりにも天目があけすけに言うので、秋葉は吹き出してしまった。確かにあの三人を一言で表すとそうなる。
「行くところはもう決まってるよ。誰かは会ってのお楽しみ」
「お前、ますます意地が悪くなったな」
「そりゃ結構」
むう、とわかりやすくむくれる天目を置いて、秋葉は目をつけていた男の部屋に入り込む。彼はまだ眠れないらしく、床の上で難しそうな本を読んでいた。
「ラウルよ」
秋葉は彼に向かって声をかける。今寝そべっている彼の名は、昼間のうちに調べておいたのだ。
「……誰だ?」
ラウルははじめ、扉の方から呼ばれたと思ったのだろう。立ち上がって、秋葉たちから遠ざかる。背が高い分、背中も大きい。ひょろ長い彼の全身を見ながら、天目が笑った。
「そんなところにいるものか」
その声を合図に、秋葉たちは窓枠の上に姿を現す。ラウルが言葉を失い、持っていた本を落とした。
「ま、まさか壁を登ってきたのか?」
「いや、空から降りてきた」
「悪魔か!?」
「この美しい姿を見て、よくもそんなことがほざけるな」
自分の外見には絶対の自信を持っている天目が、ラウルに詰め寄った。
「知るもんか。夢魔なんかは色っぽい女だって言うしな。……お前は言うほど美形でもねえけど」
「ころす」
「天目、落ち着いて」
秋葉の制止を無視して、天目がラウルの胸ぐらをねじり上げた。大分力を使ったとはいえ、神が人間に喧嘩を売ったら危ない。秋葉は慌てて止めた。
「……助かった」
ぜえぜえ荒い息を吐いているラウルの横で、まだ瞳孔が開きっぱなしの天目が佇んでいる。
「なぜとめる」
「そりゃ止めるよ。せっかく見つけた大事な人に何してんの」
「きれいにころすから、だいじょうぶ」
全く大丈夫でないことを口走りだした天目を放っておいて、秋葉はラウルを座らせた。
「すみません、急に。ですが、僕らは悪魔ではありません。神の御使いです」
「こんなむさくるしい野郎がか」
「隣のがそろそろ本格的に切れるのでつつしんでください」
「へっ、いきなり出てきてそんなことを言われてもねえ」
ラウルは唾でも吐きそうなくらいに顔をゆがめて、そっぽを向いた。それでも秋葉は、話しかけ続ける。
「今日、女性の尋問現場にいましたよね」
「褒めていただけるのかい」
「ええ」
「それなら騎士か審問官に言ってやれ。本物からならさぞや喜ぶだろう」
「褒めたいのは貴方のことであって、あの犬どもではありません」
「は?」
ラウルが口をぽかんと開けた。秋葉はにっこり笑って先を続ける。
「貴方こそ、使命を与えるにふさわしいと私どもは考えております。この馬鹿げた、裁判とすら呼べぬ愚行を終わらせる手伝いをなさいませんか」
「つーか、しろ」
秋葉は、横から余計なことを言う天目の足を踏んだ。
「……悪魔払いは必要なことだろう」
「本当に心の底からそう思っているなら、どうしてあの時笑ったのですか?」
秋葉が切り込んだ。さも迷惑そうに手を振っていたラウルの手が止まる。
「なに?」
「女性の尋問が行われている時、貴方だけかすかに笑っていましたね。何故ですか?」
「悪魔がこらしめられてんのが面白いからさ。それ以外にあるか」
「それにしては短かった」
「俺は感情が薄いんだよ」
「その割にはさっきからよく出ていますね」
ラウルが言いよどんだのを見て、秋葉はさらにたたみかけた。
「貴方は、囚人たちが悪魔だなんて思っていないでしょう?」
「どうしてそう思う」
「神の御使いにはわからぬことはありません」
しれっとした顔で言っているが、本当は秋葉にそんな力はない。ただの推測だ。もしラウルが本心から騎士団を信じ切っているのであれば、あの女性を悪魔とみなし、本気で恐れるか憎むはずだ。そんな脅威が目の前にいるのに、笑うような精神状態にはなりにくい。
彼は心の底で、きっとこの裁判の馬鹿馬鹿しさに気づいている。「やってられるか」という思いが、表面に出たのがあの笑いだと秋葉は思っていた。
話をし、ラウルの反応をみる度に、推測は確信へと変わる。
「ご自身の思いに素直になる時ではありませんか」
「……一体、どうすりゃいいって言うんだ。突然神の使いがやってきて、ガキの頃からあこがれた騎士団に刃向かえとけしかける。正しいのは、どっちなんだ」
話を聞いていた天目はラウルの優柔不断さに呆れているが、秋葉は彼の気持ちもわかる。ずっと信じていた騎士団への信頼が揺らいでいるのに加え、自分が荷担してきた裁判が丸ごとでたらめだったという事実を認めなければならないのだ。
先に証明したとおり、自分がした罪を素直に認めるということは、人間にとって多大な苦痛を伴う。しかし、前に進むためには、乗り越えなくてはならない。神の手を借りてでも。
「今までいろいろなことを見てこられたと思います。時には『あと何本骨を折っても生きているか』『これ以上刺しても大丈夫か』と聞かれ、答えたこともあったでしょう」
残酷な問いに、ラウルの目から光が消える。それでも、秋葉は言葉を重ねた。
「神は医者に、そのような行為を望んでおられたでしょうか。無辜の民を殺し、痛めつけることに意味があるならば、何故医者という癒やしの職業をお作りになったのでしょうか」
秋葉の問いかけに、ラウルは答えなかった。小さな咳払いが、一度だけ返ってくる。
「私たちの手伝いがしたいと思ったら、いつでも呼びなさい。貴方がどこにいようが、必ず参ります」
「……そんなことができるのなら、今までは何をしていた。ありとあらゆる声があったはずなのに、聞こうとはされなかったのか」
「神の御心を人がはかることはできません。……しかし見捨ててはおられない。聞いたからこそ、我々がここにいるのですから」
ラウルに釘をさし、部屋に細工をしてから、秋葉たちは飛び立つ。帰り際にちらりと見えた彼は、頭を抱えてベッドにうずくまっていた。




