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双子神の誕生

「うちの子かわいいでしょ。半額にしてよ」

「え?」

「こんなかわいい子が美味しいって言えば、それだけでお店の価値が上がるわよね。だから、半額にしてよ」


 黙れブス。猿みてえな、しつけもなにもされてねえガキ連れやがって。店員は心の中で叫びながら、それでも無理に笑顔を作った。


「そういうわけには。他のお客様も定価でお支払いいただいていますし」

「なによ、うちの子がかわいくないっていうの!? 店長呼びなさいよ!!」


 店員は腰に手を当てて、小さくため息をついた。勘弁してくれ、ただでさえクリスマス前でケーキ屋は忙しいんだ。てめえみたいな脳が腐った連中に関わってらんねえよ――。


 そう言えたらどんなにいいだろう。しかし、接客業でそれは禁句である。


 目の前の母親は、てこでも引きそうにない。となれば、取れる手段は一つしかなかった。


「……少々お待ちください」


 仕方なく店員が厨房に向かおうとしたとき、不意に子供の歌声が聞こえた。




 天地あめつちの初めの時


 高天たかまがの原に成りませる神の御名において滅す


 来やれ夜叉よ、黄泉の国よ




 歌う声は明るく、なぜか心が安らいだ。クレーマーがいる状況で歌うなんて、根性座った子供だな。店員はそう思って、後ろを振り返った。


「え……?」


 驚きの声が、店員の口から漏れる。さっきまでいたはずのクレーマー親子が、姿を消していた。


 トイレには誰も入っていない。店の中はショーケースと背の低い陳列台しかなく、大人が隠れられるような場所もなかった。


「帰った、のか?」


 あれだけ怒鳴り散らしていたのに、もうどうでもよくなったのか。情緒不安定にもほどがあるぞ。


 店員は首をひねっていたが、答えが出ないので諦めた。


 (ま、いいか。あんな客いなくたって困らないし)


 自分に言い聞かせて、店員は仕事に戻った。




 ☆☆☆



「こ、ここどこよ!?」


 目覚めた母親は、慌てて左右を見回した。ケーキを買いに、店に入ったところまでは記憶している。しかし、急に目の前が真っ暗になって――そこからは覚えていない。


 再び目を開けた時、周囲は一変していた。鋭い鉄のトゲが、地面に隙間なく生えている。真新しいトゲには錆一つなく、獲物が刺さるのをじっと待っているようだった。


「ひいっ」


 母親は顔をひきつらせ、後ろへ下がる。すると新たなトゲが生えてきて、今までいた場所を覆い尽くした。


「な、なんなのよこれ!!」


 わめいてみても、トゲは増えるばかりだ。母親は、ひたすら後ろへ逃げるしかなかった。するとどこからか、子供の笑い声が聞こえてくる。


「さっきの威勢はどこへいったのかな」

「弱い相手にしか強く出られないんだよ」

「そんな奴はもっと困ればいいな」


 子供の声に応えるように、鉄のトゲが伸びた。さっきまで膝ほどだった先端が、顔の近くまで迫ってくる。母親はかん高い声をあげた。


「困ってる困ってる」

「いい気味だ」


 トゲの間から、二人の子供が現れた。両方とも男子で、武者鎧を着ている。一人は赤毛で黒鎧、もう一人は黒毛で赤鎧。


 子供たちは、にこにこ笑いながら母親を見つめている。ただしそれは、獲物に相対する捕食者の笑みだった。


「あ、あんたら、こんなことしていいと思ってるの。さっさと元の世界に返して!」

「だって、元の世界にいたって迷惑かけるだけだし」

「誰が迷惑かけたってのよ」

「……どの口が言ってるんだ?」

「さっきから自分の子供のことすら口にしないしねえ。彼は小さいから免除してあげたけど……君はずっとここにいればいいよ」


 子供のうち、赤毛の方が指をはじいた。すると、鉄のトゲが一斉に移動を開始する。押し寄せたトゲが、母親の足を貫き、その場に体を固定した。


「い、いやあああ!!」


 母親が絶叫する。しかし、足から血は一滴も流れていない。ただ痛みだけがあり、彼女は涙目になって許しを請うた。しかし、子供は冷酷に言い放つ。


「もう遅い。すでに裁きは決定した」


 子供たちの手に、大きなハサミが握られていた。鋭い刃を見て、母親は必死で身をよじる。


「あー、じっとしてて」


 黒毛の子供が、ハサミを投げた。それは空中で二つに割れ、各々が母親の周りを飛び回る。彼女がひるんだ隙に、今度は赤毛が走り出した。


 彼はハサミを開き、母親の首を刃で挟み込む。――そして一気に、閉じた。




 ☆☆☆




 そのしばらく後。記憶をなくして街をうろつく母親と、不思議そうにしている子供がそろって警察官に保護された。


 子供は「ケーキを買いに行ったのに、いつの間にかここにいた」といい、特に言動に異常は見られなかった。しかし母親は前後のことを全く覚えておらず、肩をすぼめておどおどしている。


「普通、親の方が覚えてるもんじゃないかねえ」


 親子を保護した警官たちは不思議がったが、やがて日々の仕事に忙殺され、徐々に事件を忘れていった。




☆☆☆




「聞いた? 丘の上の神社のこと」

「その神社に参れば、クレーマー撃退に効果絶大。天罰を下してくれるんだって」


 こんな噂が町中をかけめぐるようになったのは、その少し後の事である。


 神たちの思いにより、下界は変化の時を迎えていた。その先鋒を担い、あつい信仰を得ることになる双子神の誕生を語るには、少し前にさかのぼらねばならない。



 ☆☆☆




「起きなさい。秋葉あきは天目あめの。ついに、神になれる日が来たのですよ」


 秋葉の耳に、待ち望んでいた声が聞こえてきた。固く閉じていた目を開け、飛び起きる。


 ひたすら暗く、時間の概念がない灰色の世界。ここで神候補である魂たちは、己の名を呼ばれるまで待つ。今まで先に行くものを悔しい思いで見送ってきたが、ようやく味気ない空間から抜け出せる。


 ひとしきりわき上がる感情を味わったところで、秋葉は相棒に声をかけた。


「天目、やっと僕らも呼ばれたよ」


 今までぼんやりとかすみのようにたゆたっていた魂が、秋葉の声に応じて形を変える。


 すんなり伸び、余計な肉がついていない足が、闇の中から現れた。続いて、黒い髪が宙を舞う。男神にしては珍しい長髪だ。気を抜くとすぐにからまると天目はよくこぼすが、端正な顔立ちの彼にはよく似合っていた。


「んあー」


 形を取り戻したが、まだ天目はまどろんでいる。じれったくなって、秋葉は彼の肩に手をかけた。


「起きて。本当に起きて」

「むにゃあ」

「後回しにされてもいいの? また何百年、ここで待つ?」

「うぬっ」


 急に天目が起き上がった。負けん気の強い彼にとって、後回しなど屈辱でしかないだろう。大きな目が限界まで開く。


「起きる」


 その返事とともに、天目が秋葉の目の前に立った。


 魂は、自らの意思で姿を変えられる。天目が選んだのは、白の狩衣かりぎぬに紅袴姿だった。色のないこの空間で、紅の袴が目にまぶしい。


 秋葉も身支度を調える。天目と対にするために、赤髪に白の狩衣、黒袴を合わせる形で落ち着いた。


「行くか。ずいぶん待たされた」


 天目が言う。秋葉はうなずいて、彼と闇の中を歩いた。交互に、歌を口ずさむ。


「かごめかごめ」

「籠の中の鳥は」

「いついつ出やる」

「夜明けの晩に」

「鶴と亀が滑った」

「後ろの正面だあれ?」


 最後に天目が歌うと、闇空に縦一列の切れ目が走った。そこから光があふれ出て、秋葉と天目を包み込む。

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