第二回 罠
二十名の探索隊が、小幡家の居城たる虎伏城に集結した。
この二十名は、小幡・大和田両家から選りすぐられた精鋭である。もっと数を揃えられたが、急を要する為に全員が騎馬、そして身軽な少数に抑えた。
総指揮には、徳之進が選ばれた。が、その表情は晴れない。
(何故、親父は藩軍を借りなかったのか……)
小幡と大和田の両家が組めば、印南藩軍を幾らでも動かせるはずなのだ。徳之進もそうするように進言したが、父たる小幡将監に膠も無く却下された。父曰く、
「藩軍は印州徳河家と印南藩を守る為のもの。しかも魔人が現れた今、雪乃の奪還に兵は割けん」
だそうだ。藩主の春宝も気を使ってか、藩軍の派遣を言い出したが、これも将監は断ったという。こうした厳しさが、印南藩の平穏と精強に繋がっているのだとは思うのだが、
(血も涙もない糞親父)
と、その感情を唾棄した。
徳之進は、家人の手を借りて、小幡家伝来の甲冑に身を包んだ。そして、手槍。まるで、戦国乱世の出で立ちであるが、妖鬼の出現が合戦のやり方を鉄砲伝来以前に巻き戻したのだ。
妖鬼も魔人も、頭部や心臓などの急所を破壊する以外に死ぬ事はない。火縄銃の玉ではそれほどの損傷を与えるのが困難で、次弾を装填する間に襲われてしまう。幕府軍が緒戦で連敗したのも、それが原因だった。勿論、銃火器が完全に無効化されたわけではない。頭が粉砕するほどの大筒ならば有効なのだが、鉄砲よりも刀槍の方が確実なのだと判ったのだ。
「よう、徳之進」
準備を終えた徳之進の前に、伊織が現れた。伊織もまた、南蛮胴の甲冑姿である。
「何だ、その恰好は?」
「加勢に決まってんじゃないか」
「お役目はいいのか? 今は火急の事態だぞ」
「非番だからいいのさ。それに、あの時に止めたからな、俺は」
婚儀の夜。邪眼法師の方術が解けると、徳之進は猛然と馬に飛び乗りその後を追ったが、後方から伊織に引き倒され、その日の探索を断念していた。夜の闇が異様に深く、このままでは危険だという判断だった。
「気にするな。あそこで止めてくれて良かったと思っている」
「そう言ってくれて助かるよ」
「こちらこそだ。お前がいると心強い」
伊織は精強を誇る印南藩軍の中でも、指折りの勇士である。これまでに討った妖鬼の数は知れず、過去には魔人も討っている。徳之進も人後に落ちない使い手だが、戦歴の点では伊織には勝てないと認めている。
「それで、清経の行方は判ったのか?」
その質問に、徳之進は頷いた。
どうやら清経は、牛車に乗り込み印州街道を北上しているという。
印州街道は、印南城下と大坂を繋ぐ幹線路である。しかし大坂は妖鬼によって攻め滅ぼされ、大坂城はその巣窟となっていた。すると、清経はそこを目指すつもりなのか。
「兎も角、追うしかない」
二人は顔を見合わせて頷いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
徳之進を先頭に、探索隊は印州街道を疾駆した。
緩やかな孝子峠を越え、淡輪藩へ入った。平時なら考えられぬ事だが、淡輪藩は妖鬼の猛攻に遭い、統治機能が崩壊している。藩主の岡部長共は江戸へいち早く逃亡し、家老などの首脳陣も主君に倣った。故に淡輪藩は、妖鬼や賊徒が跋扈する無法地帯となっているのだ。
その淡輪に入った一行を出迎えたのは、街道を塞ぐ屍喰と呼ばれる妖鬼の群れだった。
屍喰とは人間の骸が蘇ったもので、生ある者を襲い、その肉を喰らう習性がある。知能は皆無で、単体ならばどうという事もないが、数が多いと脅威になる存在だった。人の屍の数だけ生み出す事が出来るので、この屍喰が魔人の足軽として使われている。
「清経が仕掛けたものかな」
屍喰の一団を前に、伊織が馬を寄せた。
「どうかな。ここは淡輪だ」
「違いねぇな。で、突っ切るか?」
屍喰の数は、三十に満たない。一人が一体と少し片付ければ、殲滅出来る数だ。
「いや、やろう。景気づけだ」
と、徳之進は号令を下して下馬すると、槍を片手に屍喰に駆け寄った。
連携が取れた探索隊の前に、屍喰は為す術もなく斃されていく。円陣を組み、迫る屍喰の頭部に槍を突き出すのだ。頭部を潰された屍喰は、それで活動を停止する。それでも、気を抜く事は出来ない。一瞬の油断が命取りになる。
「最後の一匹まで油断するなよ」
そう叫んだ横で、伊織が円陣を飛び出し勇躍した。
千葉派壱刀流の免許を持つ伊織の剣は冴え、瞬く間に残った七体の頭部を刎ね飛ばした。
「お前なぁ」
「いいんだよ。この方が士気も上がる」
確かに、伊織の剣に部下達は歓声を挙げていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
牛車を捕捉したのは、夕暮れ間際の頃だった。
遠くに、淡輪城本丸が見える。現在は賊徒と化した藩士の根城になっているという。
牛車を包囲し、その動きを止めた。
「気を付けろよ」
伊織の言葉に、徳之進は頷いた。この牛車には雪乃と共に清経や、あの邪眼法師もいるはずだ。
ゆっくりと近付いた。鼓動の音が聞こえるほど、緊張している。雪乃。愛する妹の横顔を浮かべ、徳之進は手槍の穂先で後簾をたくし上げた。
無人。雪乃どころか、清経も邪眼法師すらいない。その時、伊織が徳之進の名を叫んだ。
「こいつはえべぇぞ」
徳之進は、その光景に目を見開いた。
囲まれていたのだ。しかも、低級の屍喰ではない。尖った耳と、灰色の肌。鋭い牙と悪臭を放つ、王狗と呼ばれる妖鬼だった。
大きさは人と変わらない。ある程度の知性もある故か、普段は屍喰を率いる立場にいる。言わば、魔人の与力という立場だ。
その王狗が、甲冑を纏い刀槍を手に囲んでいる。しかも、王狗だけの部隊だ。
「謀られた……」
徳之進は絶望した。