ごく当たり前な日常 五
とあるタワーマンション
千葉県の市川駅に直結しているとあるタワーマンション。
此処のマンションはタワーマンションである為、上層部に住んでいる者の部屋からの眺望はまさに絶景であると言える。特に夜景や朝焼けの景色は実に美しく、素直に誰もが、綺麗と心の中で感じることであろう。
だが彼は違った。
最上階に住んでいる少し癖っ毛が特徴な彼、楠木翔太は、景色は景色でも、違った見方をし、また違った価値観を持っていた。
ーーあ〜この夜景、何度見ても実に素晴らしい……この見下ろす感じ……何とも心地いい……。
部屋の内装は3LDKで、各部屋の所々に高価そうな家具や家電等が並んでおり、一般の目から見れば単純にお金持ち、という印象付けがされるだろう。
ただ、彼がまともな仕事をしていればの話しだが。
情報屋。
これが彼、楠木翔太の仕事である。
名の通り、情報を売って生活を成り立たせている職業である。
楠木は昔から情報は武器であると考えている。
その考えは正しく、国家権力の犯罪捜査にしろ、犯罪組織間の抗争にしろ、 企業の新製品開発競争にしろ、鍵を握っているのは情報である。
組織の動き、新製品のデータ、時には顧客名簿等も、持ち出して買い手を選んで売却すれば大金になる。
現在。この部屋の家主である情報屋は、部屋の周りを2/4程に囲んだ無駄に広いバルコニーから、最上階から市川市の夜景……というよりかは、市川市を『見下す』ような形で俯瞰していた。まるで自分がこの街の支配者になったかのように、全てを有象無象めいて目で。
そして心中での呟きでは我慢出来なくなったのか、楠木は両手を広げて現在の心情をさらけ出す。
「あ〜人が……あ〜建物が……あ〜この市川市が……あ〜全てが! 痛快痛快痛快痛快痛快痛快痛快痛快!!!」
心理的に人というのは高い所から見下ろすと、自分自身が誇れる人物になったという優越感の錯覚が生まれる。まさに傲岸不遜ごうがんふそんといった状態であり、彼に最も当てはまっている言葉だ。
情報屋であり、『心理学』を学んでいる彼はそれを利用し、わざわざ土地が高い駅近くのタワーマンションの最上階を自分の自宅として、そして仕事場に選んだのだ。
職業が情報屋というのも意味があり、常に自分が優位に立つ為の手段として、情報という知識を求め、掻き集めてる。それもこれも、自分の優越感という快楽の為に。
しかし、優越感というのは誰も彼もが抱く物である。
勉強にしろ、スポーツにしろ、仕事にしろ、誰だって人は優位に立てれば気持ちがいいものだ。
だが彼には『そんな程度』の優越さを欲しないかった。
何故そんなことが言えるのか。
彼は過去に、誰も彼もが決して簡単には味わえない、深みのある旨味を知ってしまったからだ。
その旨味を知ったからこそ、さらなる高みを求め、優越感という快楽を『欲』として捉えて、人生を生きている。