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欲望の果てに……  作者: T隊長
始まり始まり 千葉編
12/21

ごく当たり前な日常 十

 市川駅前 飲み屋街 表通り


 清水が修司と別れ、To Heavenから出て行った同時刻。清水が向かって行った逆の方向。そこの通りをとある男がほろ酔い気分で一人言を呟きながら歩いていた。


「やはり、此処(ここ)の飲み屋街が一番落ち着くな」


 その男の名は片桐蒼二郎(かたぎりそうじろう)


 金髪でガタイが良く、ワイルドな風貌で、歳は三十前半といったところだが、見た目からして若者に近い格好をしている。


ーー仕事先で色んな飲み屋街で飲み歩いたが、やはり此処(ここ)の飲み屋街は馴染みがあっていい。


 片桐は過去の思い出に浸りながら市川駅前の飲み屋街を懐かしむかのように見回していた。


 酒場を中心とし、此処(ここ)の飲み屋街の飲食店は豊富であった。中華料理屋、寿司屋、牛丼屋、イタリアンな店等が存在する。人々は酒を片手に仲間共に語り、騒ぎ、時には一人で静かに酒を飲む姿が見受けらる。


 そんな喧騒に満ちた市川駅前の飲み屋街の通りを歩き続けること数分、片桐は一件の店の前に立ち止まる。


『一新亭』


 酒場と酒場の間に小さく建てられた一件のお店。そこの店からは僅かながら豚骨の臭いが漂ってくる。


ーー寄り道だが、ちょいと寄って行くか。


 片桐は店の中から漂って来た臭いに連れられ、真ん中に新と白い字で書かれた赤い暖簾を潜って、店の中へと入っていた。


「いらっしゃ、おー片桐じゃねーか!」


「おう。相変わらず豚骨臭いね」


「しょうがねーだろ。うちは豚骨ラーメン屋なんだからな。まぁ座れよ」


 店の中に入ると目の前には外見には似合わない明るい雰囲気感じる。一番奥の壁のま上に設置されている小型テレビの影響もあるが。


 縦に細長い店内。規模は外見通り狭く、カウンター席が九席、そのカウンターの目の前に厨房がある程度だった。


 片桐は客が一人も居ないことをいいことにカウンター席のど真ん中五席目の背もたれが無い椅子を引いて座る。座ると目の前には紅生姜、すりおろしニンニク、高菜等、様々な薬味がケースの中に入って並べられている。


 片桐が椅子に座ると此処(ここ)のお店の店主岡部駿(おかべしゅん)が片桐の目の前に水が入ったコップを目の前に置く。


「最近うちに顔出してくんなかったじゃねーか? 寂しかったぜ」


 片桐はコップを口に付け水を少し飲んだ後、岡部の問いに答える。


「まぁあれだ。仕事だ仕事。出張でちょいと千葉から離れてたんだ」


「成程……で、土産(みやげ)はあるんだろうな?」


「出張に行く度に土産なんて買ってたらきりがねーだろ」


「はぁ……お前って奴は。餓鬼からの仲だってーのによ。まぁそういう仲だからこそ遠慮がないんだろうけどな」


 岡部は諦めたとばかりに肩を(すくめ)ると、片桐に注文は何にするかと尋ねる。すると片桐はいつもの奴と答えた。


 岡部は注文を聞き入れると厨房の奥から冷えた瓶ビールとグラスを持ち出し、片桐の目の前に置き、厨房で調理を開始した。


 片桐は岡部が調理をしている間グラスの入ったビールをちびちび飲みながら、ポケットにしまい込んでいたスマートフォンを取り出してあるニュースアプリでの記事を閲覧していた。


 記事を読み進めて数分後。岡部の合図とともに、カウンターの棚の上に一杯の豚骨ラーメンが置かれた。


「ほら。出来たぞ」


「おう」


 片桐はスマートフォンをポケットをしまうと、カウンターの棚の上に置かれた豚骨ラーメンを自分の目の前に持ってくる。


 此処(ここ)一新亭で出すラーメン、ジャンルでいうと長浜ラーメンと言われる豚骨ラーメンだ。長時間煮込まれた、白濁した濃厚なスープ。だが他の豚骨ラーメンと比べ、豚骨臭はそこまでない。具はシンプルに青ネギとチャーシューのみとなっている。


 片桐は早速レンゲでスープを一口喉に通す。


「……美味い」


 スープはあっさりとしていてマイルドな味わいだ。しかしあっさりとしているのにも関わらず、濃くがあって後味が良く、飲み応えがある。


 そして割り箸を手に取ると早速麺をすする。


 豚骨ラーメンは極細ストレート麺であり、硬さが選べ、生、バリカタ、かため、普通、やわめ、ずんだれと六種類ある。


 片桐はいつもバリカタで頼んでいる。


 少し硬めに茹で上げられている為、麺が少しサクサクとした食感だった。


「やっぱり、此処(ここ)のラーメンは締めにいい」


「まぁーな。そういえば片桐。お前何処(どこ)に出張行ってたんだ?」


 片桐は手を止めて、ビールで喉に流し込んだ後、岡部の質問に答える。


「秘密だ」


「何だよ秘密って。さては女でも作って、俺に内緒でどっか遊び行ってやがったな」


「フッ。お前を置いては行かないさ。遊び程度なら、お前も呼んでるよ」


「そうか、安心したよ。それはそうとして片桐、ニュースか新聞見たか? あの短期間であの人数はありえないよな?」


「全くだ」


 二人はありえないとばかりに苦笑(くしょう)する。


 偶然にも岡部が言っている内容は、先程片桐がニュースアプリで見ていた記事と一致していた。


『群馬県安中市松井田町でまたもや行方不明者現る』


 各県では現在、意味不明な出来事が発生していた。


 一ヶ月程前から、様々な県で行方不明者が続出し、後を絶たないという奇妙な出来事だった。老若男女問わず、年齢もバラバラで、共通点が無く、手掛かりが殆ど見つからない状況だ。


 そして最も注目されているのは行方不明となっている人数だ。


 現在行方不明者が確認されている人数は四十五人。


 約一ヶ月という期間でまさに『異常』というべき人数だった。


 この短い期間の間にこの人数は稀代(きたい)なことであり、ネットではオカルト現象だとも噂されている。だがこの出来事は与太話でも何でもなく、現実で起きている話しなのである。


「でよ片桐。やっぱり皆が言うようにオカルト現象なんだろうか? あ! 信じてる訳じゃないぞ」


「ハッハハハ! 分かってる分かってる」


ーーオカルト現象ね……。


 片桐は左を向き、しばし扉を見続ける。


「まぁ不気味っちゃ、不気味かもな」


ーー普通だったらこの状況、風前の(ともしび)っていうべきなのかね。


 片桐は扉からラーメンの方に向き直り、また麺をすすり始める。扉越しにいるであろう、その『事件の当事者』の存在を気にしながら……。

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