ごく当たり前な日常 九
To Heaven 休憩室
人気No.1キャバ嬢は現在、仕事着で着ていた赤いドレスを脱ぎ、自宅から仕事場まで着用していた服を着用し、束ねていた髪を下ろして眼鏡を掛けていた。
そしてTo Heavenの休憩室に備え付けられている窓を開けて紙巻きタバコをふかし、呟いていた。
「つまらない男……こんなにもつまらない男何て久し振りね。あなたもそう思はない? 義人」
すると彼女の背後に立っていたタケシードを着こなしているオーナー、谷井義人は、確認を取るかのように聞き返す。
「そんなに単純な男だったのか? その、『久保田寿明』という男は?」
久保田寿明とは、数十分前まで彼女が接客した客であり、共に酒を飲んでいた男である。
そして彼女はタバコを暗澹たる空に向けてふかした後、少し間を空けて谷井の質問に答える。
「えぇ、つまらないわ。とてもつまらない」
「……そうか」
谷井は彼女の様子を見て安堵し、胸を撫で下ろす。
そして谷井は確認の為、彼女に問う。それも確実な確信を持って。
「今のお前の表情を当ててやろうか? お前……笑ってるだろ」
それを聞いた彼女はフッと鼻で笑うと、咥えていたタバコを外にポイっと投げ、谷井の方に身体を向ける。
谷井は彼女の表情に顔を向ける。見れば、彼女は予想した通り笑っており、やはりとばかりに谷井はフッと鼻で笑った。
先程の彼女の呟きはまるで愚痴を零していたかのように聞こえた。ただ、そんな彼女の言葉とは裏腹に、その表情は子供のように天真爛漫だった。
普通の人ならば、そんな彼女の言動を見れば『異常』であると捉えるだろう。ただ、谷井は違った。
彼女は谷井が何故自分が笑っていることが分かったのかを確認する。それも確実な確信を持って。
「何で、私が笑ってるって分かったのかしら?」
彼女は悪戯を思いついた子供のように、わざとらしい笑顔で言うと、谷井は即答で質問を返す。
「お前とは何年の付き合いだと思ってんだよ」
「フフッ、そうね」
二人の間には、貴賤の上下がというものがあまり感じられない。
谷井は見慣れていた。彼女の異常な言動を誰よりも近くで見ていた為、谷井から見れば、いつも通りな彼女であり、異常とは微塵にも思わなかったのだ。
そんないつも通りの彼女の姿を前に、谷井は微笑む。
「良かったな。いい奴が見つかって。面白い奴だったら、お前この仕事断ってただろ? そうなった場合は、社長に言い訳するのはこの俺だからな」
「えぇ。あのどうしようもない駄目男をもっと楽しめそうな男に変身させてみせるわ』
彼女はまるでお着替え人形をドレスアップさせるかのようにワクワクしながら言うと、休憩室のテーブルの上に置いてあった黒いポシェットを持って休憩室を去ろうとする。
「じゃあ義人。行ってくるわね。何かあったら連絡して」
「フッ。『清水花蓮』での仕事してる時のお前は、『享楽』にふけって、電話何かに気づかないだろ?」
「フフッ」
清水は最後に谷井に微笑んで見せると、扉を開けて休憩室を去って行った。
休憩室に一人取り残された谷井は、独り言を呟く。
「フッ、相変わらず『オンとオフ』が激しい奴」
独り言を呟いた修司は清水が開けた窓が空いてることに気付くと、窓の方に歩を進める。
そして窓を閉めようとしたその時、タバコ独特の臭いが鼻に侵入してくると同時に、谷井は清水に呆れる。
「タバコを外に捨てる癖、いい加減直せよな」