私の乙女ゲー転生が詰んでいる件2
読みたいのにないなら、書けばいいじゃない。
短編「私の乙女ゲー転生が詰んでいる件」(n4584dc)の続きです。前作を読んでいないと分かりづらいので、そちらの読了後をお勧めします。
世の男性諸君に言いたいことがある。
中途半端な浮気、二股は最低である、と。
まぁいっそ開き直って「俺は全ての女性を幸せにして見せる!」と言い切れば漢らしさに惚れようという物だが、個人的にはクズだと思う。
さてここで問題だ。
自分自身がその立場に置かれてしまった場合、最良の解決策とは如何なるものか?
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まず、確認だ。
現場はユルシュール学園中央大ホール。年に数回ある全校生徒参加の式典で使われる、構内で最も大きな多目的空間。
現在はダンスパーティーということで、華々しく着飾った生徒に学園が契約している楽団、女中や下働きなど、人がかなり大勢いる。
先ほどまでは楽団の奏でる調べに合わせて踊る生徒たちの姿が見られたが、今は緊迫した空気が張り詰めている。主に原因は私だ。ふっ、頭が頭痛で痛い。
何故、ここまで大規模なパーティーでいきなり婚約破棄などという妄言を吐いたのか、数瞬前の私をぶん殴りたい。いやもう本当に。もうちょっとやりようはあっただろうに。
まあ、やっちゃったものは仕方ない、としよう。
さて、状況の収拾に動こうか。
第一に、言った言葉を「間違いです」と簡単に撤回してはまずい。一応、この国を背負う王子だ。吐いた言葉には責任がある。なので「全部なかったことに」作戦はできない。
第二に、隠ぺい。だがこれも難しい。先ほどの言葉を聞いたのは、貴族の子息子女に、各方面に覚えの良い楽団員たち。ははは、間違いなく広がる。近所のおばさんレベルで情報が拡散するのを止められない。彼らは、ゴシップが大好きだ。
第三に、権力によるごり押し。身分を考えれば不可能ではない、と言いたいが愚策。この学園内においては、最低限の礼節さえ守れば身分は関係ない。やったら非難轟々だ。
ついでに言うと、この国は基本的に一夫一妻制である。二股なんぞかけようものなら、王族だろうと国民の半分に白い目で見られる。魔法や精霊という存在によって、女性であっても様々な分野で活躍しているためだ。モチーフにした近世フランスよりも男女平等に近いだろう。
つまり先ほどの言葉を完全に否定することはできず、さらには拡散を防ぐことも不可能、女性からの嫌悪は必至、と。
はっはっは、詰み具合がよく分かる。
ちくしょう、泣くぞコラ。
ただ、悪いことばかりでもない。全校生徒参加の式典におけるルールとして、その親どもは参加していないのだ。
保護者まで許可していたら、流石に我が国一番の魔法学園と言えど、スペース的な問題がある。いや、本人だけが来れば良いが、従者や護衛までぞろぞろと引き連れられたらパンクする。
これはありがたい。
いずれ、ここで起きた事件は露呈する。だが速攻ではない。
策謀術中のプロ、海千山千の猛者どもといきなり渡り合わなくて済むというわけだ。このパーティーに大人どもが参加していたら、私は今頃言質を取られ社会的に抹殺されていただろう。
結論、若い雛どもさえ言いくるめれば、活路はある。
次に、問題そのものだ。
うむ、目の前でこちらを熱心に見つめる少女たち。熱の根源にあるものは怒り。いやあ、実にうらやましくないシチュエーションだなあ!
ヴィヴィアンヌ。艶やか、という言葉がよく似合う女性だ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。付け加えるならば、怒る姿は薔薇のよう、だ。激情を目の奥に揺らめかせ微笑む彼女に、ぞくりと背筋が震える。
シャンゼリン。対してこちらは野花の可憐さと逞しさ。凍るような雨にも押しつぶすような風にも負けずに、地に根を張って生き残り咲く。今は日向のような笑顔どころか、夏の太陽のごとく突き刺すような熱を私に向けているが。
うん、どっちも可愛い。
なんというか、その。私は『わたし』を思い出したことでかなり人格が変化している。だが『わたし』によって私の全てが駆逐されたわけではない。
つまり、目の前に、自分に好意を抱く、全く違うタイプの女の子がいる、という状況に……わくわくしている。
最低である、私。でも、可愛いから仕方ない。認めよう、私はクズだ。私はそれで一向に構わん!
覚悟だ。
覚悟さえすれば、この場を乗り切ることはできる。
その後どう転ぶかは予測不可能、だが勝機はある。確定ではないが、『わたし』の記憶とのずれを端々に感じるのだ。物語の流れを崩さない程度に、しかし確実に何者かの影響が。
どこのだれかは知らないが、『わたし』と同様の転生者がいるのかもしれない。連絡をつけられればいいが、さて。
まずは、だ。
手始めに、この詰んだ状況をどうにかしてみせようじゃないか!
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「ヴィヴィアンヌ」
不意をついた私の声に、一斉に視線が集中する。おお怖い。
だが、まだまだだ。一番目の兄に熟練者のみ参加のサバゲーに突っ込まれた時の方が迫力があったぞ。あれはマジで死んだと思った。
ゆっくりと視線を受け止め、一呼吸。緊張を気取られるな。演じろ。喜劇の道化だ。
意識して頬を緩ませ、ヴィヴィアンヌに微笑みかける。場にそぐわない、慈愛に満ちた笑みだ。
「で、殿下……?」
流石のヴィヴィアンヌといえど、惚れた男の笑みには弱い。突然の優し気な笑みに狼狽える。
まぁ、当然だ。最近は顔を合わせてもケンカ腰だったしな。ぐ、私のやったことだが心が痛いな。
周囲に考える時間を与える間もなく、私は足を踏み出した。未だ考えのまとまらぬヴィヴィアンヌの手を取り、にやりと今度は意地の悪い笑み。
「いつもの澄ました顔も怜悧で美しいが、怒った顔は実に可愛らしいな。君のその顔を見ることができたというならば、私の捨て鉢な言葉も無駄ではなかったということだ」
「は、え、なんっ!?」
混乱、困惑、理解からの羞恥。
ヴィヴィアンヌの顔が一瞬で真っ赤に染まりあがる。歌劇でしかお目にかかれないようなド直球の褒め言葉に、続けられた言葉は先ほどの発言の意味を引っ繰り返す。
では冷静に戻られる前に、更に畳みかけさせてもらおう。
「昔から君は美しく、優秀だった。それに私がどれほど不安だったのか、やっと分かってくれたかい? 私の可愛いヴィヴィアンヌ」
「でん、殿下、何を……」
「ああ、嫉妬に駆られた私を、醜く思うかい? 私の愛しい人」
やや表情を陰らせて、ヴィヴィアンヌの手を引きよせてその掌に唇を落とす。掌へのキスは懇願。
立場ある私が直接謝罪することはできない。だがこれくらいは許される範囲だろう。
今や、ヴィヴィアンヌの表情に怒りはない。ただただ羞恥で塗りつぶされ、常ならば冷静な言葉を紡ぐ唇は固まっている。掌と言えど、形式的でないキスなど初めてだからな、当然だろう。
吐いた言葉は呑み込めない。
だが、意味を変えることはできる。
さてゴシップ好きの雛どもよ、ぴいちくと囀るがいいさ。
王子は惚れた女に焼きもちを焼かせるために婚約破棄などという根も葉もない妄言を吐いたのだ、とな!
事実なんぞ関係ない。前後も因果もどうとにでもなる。誤魔化してしまえば、私の勝ち、だ!
あくまでも、目標は「最悪ではない収拾」だ。事態の解決はまた後で考える。
まずは乗り切る。だがしかし。ここからが……この舞台の本番、だ。
陶然とするヴィヴィアンヌからちらりと視線を離せば、こちらは呆然としたシャンゼリン。
今まで愛を囁いていた私の突然の裏切り。後ろ盾のない彼女には辛い状況だ。いや、そんな駆け引きなどなく、純粋に私の言葉に傷ついたのだろう。彼女はそういう子だから。
ここで終われば、これは悲劇。王子の戯れを本気にした可哀そうな田舎娘。私は少々の非難を受けるが、彼女を犠牲にすれば丸く収める方法もある。
あぁ、だが。
言っただろう、これは喜劇だ。
私の視線にようやく気付いたのか、シャンゼリンは小さく唇を震わせた。声にならない悲鳴が、胸を抉る。
だが。幕はまだ下りていないぞ、シャンゼリン。
「シャン」
愛称を柔らかく紡ぐ。私の向いた先に、周囲の人間も騒めき始める。婚約破棄という昼ドラ展開からの純愛劇、そこから何が続くのか。雛どもよ、よく見ておくがいい。これが私の覚悟だ。
「シャン、君もとても可愛いね。ヴィヴィアンヌとは違った魅力に、私の心は惹かれることを止められない!」
「……は?」
「……殿下?」
うおおお、ヴィヴィアンヌよ! 灼熱の怒りから一転、蕩けそうな甘味の次は、絶対零度の微笑みか!
ギリギリと。彼女が掴む私の服に皺がよっていく。だが、私はあくまで笑顔のままで言葉を勢いよく続けた。
「ああ、大丈夫だよ二人とも。ヴィヴィアンヌの苛烈な愛も、シャンの柔らかな愛も。私はどちらもあまねく愛しているよ!」
「どの口でおっしゃるの浮気者が!」
「最ッ低です殿下!!」
ばっちぃぃいいん! と。
両頬に綺麗な紅葉を描いて。私はゆっくりと遠のく意識の中で苦笑した。
クズにはこんな幕引きがふさわしいと思うのだが、さてと。
愛も罰も。欲しいものを全部欲張る。そんな人生の為に、まずは何をしようかな。
作者なりの回答、でした。なんというか、覚悟してハーレムする漢がいたっていいじゃない、という。
案の定と言いますか、長編いけるだけの設定はあります。今回は無印と合わせて前後編ぽい内容だったので短編で投下しましたが、これ以上続くようなら長編にまとめた方が良いでしょうねぇ。モチベ次第ですが。
この後の展開予測や、自分だったら修羅場をこんな風に収拾した、ハーレム男爆発しろ等ありましたら、感想へ是非どうぞ。
追記(5/24)案の定、連載化しました。『私の乙女ゲー転生が詰んでいる』(n7274dh)もよろしくどうぞ。