ヘタレ獣は追い込みに入る
しまった。またやらかした。
すみません。終わるとか言っといて終わりませんでした。真波さんのせいではありません。おバカな彼女のせいです(笑)
うわぁ。
思うだけで言葉がでなかった。
うん。染太くんの言った通りかもしれない。
ショータイムだね。
あたしの部屋。
玄関入るなりのこの散らかりようはなんだろう。
片付けてでかけたはずなのに、この有り様はもう間違いなく泥棒もそこまではしないと思うレベル。
脱ぎ散らかった服、下着?
ローテーブルの上はピザの箱とかコンビニ弁当のゴミゴミゴミ! 捨てなさいよそれくらい!
足の踏み場だけがかろうじて残されてるだけの床。
二足の知らない靴が決定打でもあって。
これ、あたしが突然帰ってきたらどうするつもりだったんだろ。そもそも掃除する気あるの? できるの?
ワンルームの部屋は入れば全部が見渡せる。あたしのベッドにいる二人に見覚えはなかったけど、染太くんは知ってるみたいで。
「きゃあぁぁ!」
「なっ、なに」
真っ昼間から裸で致そうとしていたらしい二人。
驚いて慌てて裸体を隠そうとしてる男女のことなんて気にもとめず、掛け布団を剥ぐと男の腕をつかんで引きずった染太くんは無表情で。
真っ裸なんですけど!
目をそらせてる間に、女性の悲鳴も聞こえたけどなにがあった?
てか、あれ普通なの? そしたら染太くんのって、犯罪的サイズなんですけど。絶……げふげふ、お下品発言ダメダメ。
「いいぞ、芽以」
染太くんの声に振り向くと、二人がいなかった。
バンバンと音がして、ベランダを見ると真っ裸のままの二人が外にいた。
鍵は閉まってて入れないらしい。寒いよねいくらなんでも。秋だし今。
怒鳴り声はなに言ってるかわからない。
「あの男の方見覚えないか?」
スマホで写真を撮ってる染太くんを見て、窓ガラスを叩いて叫んでる二人を見る。
「染太くん、あんまり見たくないんだけど」
「だろうな」
手際よく操作を終えると、写真の顔を拡大してくれた。
「んー、ん? ……誰?」
わっかんないわー。染太くんの言い方だとあたしの知ってる人みたいなのになぁ。
「てか、あの人達あのままでいいの?」
「ん。警察くるから」
うわー、現行犯で猥褻物? やだなぁ。
「証拠あるし、あと弁護士に慰謝料請求させるから。この部屋の物処分しないとだし、精神的苦痛もあるしお気に入りの物とか知らない奴に触られたとか色々」
「とりあえず外でお待ちになってはいかがでしょう。耳障りでしょうし、見たいものでもないでしょう?」
確かに真島さんの言う通りだわ。
あたし達は玄関の外で警察を待ち、現場検証と事情聴取に立ち会った。
許可が出て部屋に入ると、やっと服を着た二人がむすっとした顔で立っていた。
「では、中里さんはこの二人に見覚えはないと」
「はい」
刑事さんに聞かれて頷く。
「正確には大学の先輩で一緒のサークルで、芽以にしつこくちょっかいをかけていた男だけどな」
ぽそりと落とされたその爆弾は、うそ、あたしにも衝撃的ですけど!?
「え!? いたっけ、こんな人」
その言葉に男が真っ赤になった。あ、怒らせた?
あたしを男の視界からさえぎるように背に隠した染太くんは通常運転で。
「大方芽以に告白して部屋に夜這いでもかけるつもりで合カギ作ったんだろ。相手にされなくて使うタイミング逃したみたいだけど。腹いせなのか知らないが他の女連れ込むなんて、どこの阿呆か」
そこの阿呆じゃないの? てか、それ以外いないし。
全てにおいて図星なのか、男はなにかを怒鳴り散らしてお巡りさんに取り押さえられていた。
「わっ、私は関係ないわ! この人の部屋だと聞いていたし、好きに使っていいと言われたもの!」
今度は女性が叫ぶけど、苦しい言い訳にしか聞こえない。
一目でわかるでしょうよ? 女物しか置いてない部屋をどうやったら男の部屋だと思えるわけ。
「寝言は警察に行ってから言え。付き合いきれない」
「ここ一週間のこの部屋の防犯カメラの映像です。音声入りですので証拠としては十分かと。後程うちの弁護士が伺いますので」
染太くんが呆れた横から真島さんがディスクケースを刑事さんに渡してる。いつの間に防犯カメラなんてつけたのよ。
「2度とこんなことをしないように徹底的に叩く」
宣言通りだろうなぁ、とあたしと真島さんは思った。
後日談として言えば、あたしの口座にはちょっとどころでない金額が振り込まれて。
男はそれなりのーー言ってしまえば成金さんーー身分だったらしく、証拠ディスクを見せられた御両親が保釈金やら慰謝料やら弁護費用やらを支払い、不起訴に持っていこうとした。もっていけなかったけど。
起訴はされた。怒った染太くんを敵にしてはいけない。これ教訓なり。
ついでにストーカー法とかの適用ももぎ取ったらしくて、半径何キロとかの規制もついた。
もう、あたし達の前には現れることはできないだろうと思う。
マンションはその日のうちに真島さんによって解約され、荷物は全部処分し、気に入っていたものが次の日に新品になって染太くんの部屋に届いていた。
面白いのがこれからで。
次の日、昼頃起きたーーええ、また抱き潰されましたけどなにか?ーーあたしは、またもや美容部隊のお姉さま方に弄ばれ似非セレブバージョンにチェンジアップさせられた。
行き先は染谷家、染太くんの実家である。
「まぁ! 芽以ちゃん! 待ってたのよ~久し振りねぇ」
「お久しぶりです。真波さん」
キラキラまぶしい真波さんは染太くんのお母さん。見えないけど! 3人も産んだなんて信じられないナイスバデーの持ち主。
間近で見ても若々しい、シワひとつない肌はあたしよりもくすみがない。
「もう、太一が不甲斐ないばかりに中々来てくれなくてさみしかったのよ?」
「余計なお世話だ」
「で? 首尾は?」
「明日にでも指輪を買いにいく」
「でかした! これで芽以ちゃんも私の娘ね~」
ああああ! なんだか外堀が埋まって行く!?
いや染太くん好きだけど! 好きだけどね! なんか早すぎない? 両想いになってまだ数日しかたってないんだよ?
「あら、太一の片想いは小学生の頃からよ?」
我が息子ながらしつこいわよね~。
けらけら笑いながら言うことじゃないと思います。
ん? 小学生? ……それってあたし達が初めて会った頃だよね?
隣の染太くんを見ると顔をそらされた。あ、耳が真っ赤。マジか。
「お前鈍すぎんだよ」
「あら、あなたがヘタレなのよ」
染太くんの呟きに真波さんが突っ込む。うむむ、痛み分けだと思う。
「染谷夫人」
あたし達だけかと思った応接室にもう一人いたと気づいたのは、その声がかけられたからだった。
ソファーに女性が座っていた。
ふんわり巻き髪に清楚な水色のワンピース。ストールをはおったその人はあからかにセレブ。
どっかで見たような気もするんだけど、どこだろ。
「わたくしを忘れないでくださいます? わたくしも太一さんを待っていたのですから」
「……どういうことだ?」
「さあ? 連絡もなく突然来たのよ」
こそこそと親子の会話をすると、真波さんはあきらかな作り笑いになった。
「あら、失礼。待っていたお客様が来たものだから」
それ、言外にあなたはお客様じゃないって言ってません?
「まあ。そちらの方よりわたくしを優先するのは当然のことかと。そちらの方、一般の方でしょう?」
選民意識の持ち主でしたか。すごいなセレブリティ。
「……あなたとはわかりあえないようね。お帰りくださる?」
「わたくし太一さんを待っていたと申し上げましたけれど?」
真波さんの殺気がブリザードになって溢れてきたよ!?
「なにか用なのか?」
呆れて染太くんが問いかけた。真波さんをこれ以上怒らせないようにさっさと終わらせようとしてるみたい。
「先日の件でわたくし、家からの信頼を失いましたの。あなたのおかげで。責任をとって下さいますわね」
決定ですか。てか責任て、嫁とかってこと? わぁ、セレブは政略的某がお好きだね。
「おれのおかげ? あのボンクラに惚れたのは自分だろう。その男をふった芽以が許せなくてあれに加担したのはわかってる。セレブだから捕まらないとかありえないし? そもそも芽以に迷惑をかけた時点でお前を許すつもりはない」
「わたくしは! その女より劣ってなんかいないわ! わたくしはっ」
「芽以の代わりだったんだよな?」
え? あたし?
「お前がそんな考えで率先して芽以の部屋を荒らしてたのは防犯カメラでわかってるんだよ。会話も録音されてたし、あのボンクラがまだ芽以に執心してたのも確認済み。あの事件の首謀者がお前なのは明らかだろう?」
「わたくしは騙されただけよ! 彼はわたくしを愛してるわ!!」
「……本当に?」
「……っ!」
「大体今日だって俺と芽以の仲でもひっかきまわすためにきたんだろうけど、余計なお世話だ」
「まったくね。あなたの愚かな行いなら昨日のうちにディスクをもらって見たわよ」
……つまり、なにかい。
彼女は昨日の人で、あれの犯人で、首謀者だと?
あの男が好きであんなことしたと?
挙げ句逆恨みで染太くんの妻になろうとしたと?
「……バカなの?」
ぽろりと呟いたあたしを彼女がきっ、とにらむ。
「バカなのはわかった。いや、バカだからこんなことしたんだって、反省すらしてないってわかった。けどほんとにバカだとは思わなかった」
「バカバカってあなたに言われる筋合いはっ」
「あるでしょ。むしろあたししか言えないでしょ? 被害者だもの。あたしだから言うのよ」
ちょっと怒ってるからね。言いたいことは言わせてもらう。
「考えたらわかるでしょ。あんなことしたら犯罪だって。バレないと思ったの捕まらないと思ったの。だとしたらマジでバカでしょ。どっちが言ったのかとかあたしはどうでもいいよ。でも、お互いがお互いをほんとに好きなら、言われた時に反対するか止めるかするでしょ。した? された? それで愛されてるってどの口が言うの」
にらんでるけど、なにも反論はしてこない彼女に、あたしは言いたいことは言った。返事は別にほしくないからかまわない。
必要なことは警察と弁護士さんがしてくれるだろう。
あたしを後ろから抱き締めた染太くんが怒気をはらんだ声音で言う。
「保釈金払ってくれた親に少しでも申し訳なく思うなら、このまま帰れ。まだやるなら……容赦はしない」
もともとする気ないくせに。
芽以が知らないだけで、相当おバカップルの実家には圧力がかかってます。
知恵をさずけてくれた腹黒な友人がいるのですが、それは次回に(笑)
はい、すぐに書きます。お待ちくださいませ。