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王妃様のいじわるです

※全面改稿しておりますので、以前からお読み頂いている方は1話からお読み直しください。

 王族の三人に先導され、案内されたのは豪奢な応接室だった。

 

 日本の一戸建てに住んでいた俺にとっては比べ物にならない広さで、それこそ俺の家の敷地を全部入れてもまだ余りそうだ。壁には見るからに高そうな絵画や花瓶やらが並べられ、その中央に、ふかふかのソファーとテーブルが設えてある。

 

 俺がその広さに感心していると、先導していた王妃が騎士の一人に何事かを囁いて、その騎士が何処かへと姿を消した。そして促されるままにソファーへ腰を下ろした。向かいには既にラウラ、王妃、おっさんの順番で王族達が座っている。


「それじゃあ、ホムンクルスについて聞きたいんだが」


 早速俺様キャラを継続しながら王妃に尋ねると、彼女はこくりと頷いた。


「私に解ることならお答えしましょう」


「それじゃあこの世界でのホムンクルスの立場っていうのは、どうなってるんだ?」


 俺の質問にどう言ったものかと難しい表情を作っているように見えた王妃だったが、やがて諦めたように小さく溜息を吐き出しながら答えた。


「この世界における彼女達は安価な労働力です。ほぼ人と変わらず、人と同じく言葉を理解し、話すことが出来る。唯一違うのは彼女達は皆工房で生み出され、生まれた瞬間から外見年齢が固定されているというこです」


「彼女達……?」


 些か引っかかった言葉に、王妃は頷いた。


「そう、ホムンクルスはどういうわけかどんな改良を加えようとも女性型しか生まれないのです。これもまた理由は解りません。専門の者ならばある程度ご説明出来るかもしれませんが、私は生憎と門外漢なものでして」


「そうなのか。それで、安価な労働力ってことは彼女達の命は安いってことか?」


 王妃は一瞬口ごもるが、誤魔化すことはせずに事実を告げた。


「私達にとってはホムンクルスは道具です。高級な道具もあれば、最初から使い潰す為の道具もありましょう。……どうやら人と似ている形の為に、マサヤ殿の価値観では道具としては認識出来ないようですが」


「そうだな。俺が“前に見た世界”にもホムンクルスと呼ばれる存在は確かにあった。だがそれは出来損ないの化物のような容姿をしていて、あんなに完全な人の姿を保っていなかった」


 地球ともこことも異なる世界。それを語るのは苦しい事でもあったが、何くわぬ顔を作り、王妃と向かい合う。


「そうですか。それではこれも一応お伝えしておいた方が良いでしょう」


 王妃のその言葉に、何を言おうとしているのか察したらしいラウラとおっさんがぎょっとした顔で王妃を凝視する。


「お、おい、何も今言うことも無いのではないか?」


「そ、そうですよお母様。それはまた後々……」


「いいえ。我々にとっては当たり前でも、マサヤ殿にとっては違う様子。今お伝えしておかなければ彼の信用を得ることは難しくなるでしょう」


 随分と不穏当な気配を漂わせる三人に、俺は不安に駆られながらも表面上は苛立ちを意識しながら尋ねた。


「一体何を隠そうとしてたんだ?」


「マサヤ殿が治療を懇願したというホムンクルス、それとあの場にいた召喚に使用した者達は本日処分される事が決定しております」


 王妃は真っ直ぐに俺を見詰めてとんでもない事を言ったのだ。


「しょ、処分、だと? それはどういう意味でだ?」


 知らず言葉に力がこもり、目つきも険しくなっているのを自覚する。


「文字通り、使用済みとなった道具を壊す、ということです」


 その時、ぞわりと俺の中の“ナニカ”が蠢いた。ソレは俺の全身を覆い尽くし、陽炎のように身体から薄い闇が立ち上る。視界の端で騎士達が抜剣しているのが見えたが、そんなことはどうでもいい。


「ちょ、ちょっとアナタ……何よそれは……」


 怯えたラウラの声などには耳を傾けず、俺は聞きたい事だけを率直に聞く。


「いつだ、その処分されるのは」


「予定ではもう後1時間も立たない内に」


 涼しい顔をしてのたまう王妃への怒りが、俺の左手へと熱い力をまとわせる。怒りのままに力強くテーブルに振り下ろした左拳が、堅牢さを誇示していたテーブルを完膚なきまでに粉々に破壊した。


「ひいぃっ!?」


「お、落ち着け救世主殿!!」


 ラウラとおっさんが慌てふためいている中でも、憎らしい程に態度を変えない王妃へと、俺は要求を口にした。


「その処分を即刻止めさせろ。でなければ俺自身、自分が何をしでかすか解らないからな」


 完全な力による脅し。唾棄すべき方法とは解っていても、俺はそれを止めることが出来なかった。過去の悔恨が、取りこぼした命の重さが俺の心をじくじくと傷めつけ、傷口からは涙の鮮血があふれだす。


「やはり、そう言い出すと思っていました」


 予想していたという王妃は、すっと入ってきたのとは別の扉へと視線を移す。その扉の前にいた騎士がこくりと頷くと、扉を開けた。その外からは何人か分の足音が聞こえ、訝しげに扉の奥を睨んでいると、そこへ姿を現したのは今しがた処分されると聞いたばかりのホムンクルス達だった。

 

「……人が悪いな、王妃様」


 俺が安堵のついでに悪態をつくと、王妃はしてやったりと言わんばかりにくすりと微笑んだ。


「夫と娘に乱暴をされたせめてもの仕返しですよ」


 そう言われてはこちらも何も言い返せない。俺はまとっていた気配が霧散し、ストンと憑き物が落ちたようにソファーへと身体を沈み込ませる。


「元々は処分する予定だったもの。良ければマサヤ殿のご自由にお使いください」


「えっ!?」


 その言葉に反応したのは、俺ではなくホムンクルス達の中の一人だった。驚愕を顔に貼り付けて、まじまじと俺と王妃の間を視線が往復する。やがて遅ればせながら気がついたのか、その視線が俺に固定された。


「あっ……」


 それは、あの治療をされた少女だった。俺の姿を発見して驚きの声を上げ、集団の一番前までわたわたと慌てて出ると、俺に向かって両膝を折り、両手を組み合わせて感謝の言葉を捧げる。


「あの時は本当にありがとうございました! おかげさまでこの命を取り留めることができ、感謝してもしきれません」


「お前が気にすることじゃない。俺がやりたいようにやっただけなんだからな」


「そ、それでも、私は貴方への感謝を忘れません」


 いい加減に俺はむず痒くなって頭をかいた。こんなに一生懸命にお礼を言われるのは、慣れる事はないのだなと感慨深く思う。


「本当に俺がこの子たちを連れていってもいいのか?」


「ええ、かまいません。それに我が夫と娘もどうぞご自由に」


「よし、話はまとまったな」


 パシンと膝を手で打つと、俺は立ち上がる。


「ほんじゃ行くぞお前ら」


「「嫌だっ!!」」


「っていうと思ったけど、これどうしたもんかね」


 ラウラとおっさんは口をそろえて絶対に行くものかとソファーにしがみついている。その様子を見た王妃ははあっと溜息をつくと、ぱんぱんと軽く手を鳴らした。すると、扉の一つが開き、騎士の男が何かを載せたワゴンを押して中に入ってくる。


「っ!! お前、そこまでするかっ!!」


「嫌よ、絶対にイヤッ!! 助けてっ!!」


 そのワゴンに載せられたブローチのようなものを見て、二人は顔を真っ青にする。ラウラなど、半狂乱で逃げ出そうとした位だ。


「捕まえなさいっ!」


「いやあぁっ!! 離して!! お母様、お願いそれだけは許して!!」


 恥も外聞もなく絶叫しているラウラに捕まえた騎士も気の毒そうな顔を浮かべているが、この国では何故か王妃の方が権力が上なのだろう、ガッチリと抑えこんで引きずってくる。


「あ……あぁ……」


 目が恐怖に引き攣り首飾りに釘付けになりながらも、少しでも遠ざけようと身体を捻るなど抵抗するが無駄に終わっていた。


「マサヤ殿に説明いたしますと、こちらは“隷属の首飾り”というマジックアイテムです。これを着けられた者は指定された者に対し絶対服従、害する事も叶わなくなるという優れものです。本来は罪人にとりつけるものですが、王族としての恥をこれですすいで頂きましょう」


 この人、俺よりもよっぽどえげつないこと考えるな。等と内心恐怖している間に、隷属の首飾りはラウラへと近付けられていく。首飾りという割にはチェーン等はなく、一見すると意匠が施されたブローチのような物に見える。それが泣きわめくラウラの鎖骨の下辺りに押し付けられると、バチンッと紫電が走りラウラの身体からくたりと力が抜けた。


「汝、ラウラ・デリカは彼の者カガリ・マサヤを主としてその言に従い、その意を汲み、その使命を果たせ。これは盟約であり、契約である」


 王妃の厳かな言葉に、隷属の首飾りは淡い発光をしながらすうっとラウラの身体の中に吸い込まれ、後には何もなかったかのように白い肌が覗いているだけであった。肝心のラウラは「終わった……終わったわ……」等とぶつぶつ言いながら放心状態でつうと止め処なく涙を流していた。この姿を見て喜ぶような変態ではないので、俺は罪悪感にいたたまれない気持ちになる。


「さ、次は貴方の番ですよ」


「もう好きにしてくれ……」


 おっさんの方はもうすっかり諦めモードで、素直に隷属の首飾りを受け入れて儀式は終わった。


「では、流石に二人をこの格好で放り出すわけにもいきませんので少々旅支度をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 一人は豪奢なドレス、一人は立派な仕立ての衣装を身にまとっている。こんな格好で街に出た日には大騒ぎだ。


「……そうだな。ラウラ何かは再起動するまでもうちょっとかかりそうだし、待たせてもらうよ」


 俺はその間に、ホムンクルスの子達と話をしてみようと思っていた。先程から所在無げに立ち尽くしていたあの治療された子以外が、何も映さない瞳で棒立ちになっているのが非常に気になったからだ。


「なあ、えーと、名前は何て呼んだらいいんだ?」


「あ、恩人様……。私はウノと呼ばれていました」


 ウノ、と名乗った治療された少女は、黒髪にブラウンの瞳の理知的な輝きを宿した可愛い子だった。背がちょっと低めだが、均整の取れた身体をしており、そこは流石ホムンクルスという所なのだろうか。


「ウノ、他の皆がやけに反応が薄いんだが……何か、あったのか?」


 余程の事を目の当たりにして魂でも抜けてしまったとしか見えない彼女達の様子を気にすると、ウノはふるふると首を振って答える。


「いえ、彼女達、トゥイン、トゥーリ、フォウア、ウーラ、セインは感情を持たされていないのです。私は皆を統括する立場として感情を持たされて生み出されたものですから……」


「そう、だったのか。解った、こちらの言う事には素直に従ってくれるのか?」


「はい。先程王妃殿下が私達の指揮権を正式に恩人様へと引き継がれましたので、三原則に抵触しない限りは命令に従います」


「三原則?」


「……ホムンクルスが勝手に人の命令を無視しないように定められた絶対の原則です」


 ウノが言うには、以下の3つが本能レベルで刷り込まれているらしい。

 

 汝、人を殺めるなかれ

 汝、己を殺めるなかれ

 汝、人を守るために己を犠牲にせよ


「……胸糞悪い命令だな」


「仕方ありません、それが私達なのですから」


 ウノは儚げに笑うと、他の五人へと伝えた。


「あなた達、今日からお仕えすることになった恩人様へとご挨拶を」


 すると五人は膝をついて、無機質とも言える瞳でこちらをじっと見つめながら、一言一句違えることなく全員が同時に誓約を口にする。


『我等は貴方様とともに。我等は貴方様の為に』


 見目麗しい女の子達に傅かれるのは非常に居心地が悪い気分だったが、そんな彼女達が処分されずに済んだ事を心底から良かったと、そう思えた。


 それから30分程待たされたところ、不機嫌顔全開のラウラと俺を睨み殺さんばかりに敵意を向けてくるおっさんがちょっとお金のありそうな旅装束といった風情で現れた。


「それから、これは少ないですが旅の支度金としてご利用下さい」


 王妃がずっしりとした袋を手渡してくる。ちらと中を覗くと、山と金貨が詰まっているではないか。俺は嫌な予感がしたので念のため王妃に確認を取った。


「なあ、この国の貨幣経済はどうなっているんだ?」


「貨幣ですか? それでしたら」


 彼女の説明を大雑把にまとめると、以下のようになるらしい


 1ドゥーイ=銅貨1枚

 1ギーン =銅貨10枚と同等、銀貨1枚

 1クィン =銀貨100枚と同等、金貨1枚

 1プラーチ=金貨100枚と同等、白金貨1枚


 ちなみに一般的な労働者の週給は銀貨10枚、10ギーンが相場らしい。それだけあれば食うに困らずに貯金も出来るそうな。


「こんなデカイ金街で使えねえだろ!? 頼むから両替してくれ!!」


 うっかりしていたとばかりに、王妃は早々に細かいお金へと崩してくれた。全く、常識人だと思っていたがやはり王族なだけあって金銭感覚は多少麻痺しているようだった。


「それでは準備も出来たところで、行ってくるわ」


「マサヤ殿。呼びつけた身でこのような事をお頼みするのはもうしわけないのですが、くれぐれも二人のことよろしくお願い致します……」


 流石の王妃といえど、家族の心配もするようだった。


「ラウラ。マサヤ殿は決して貴方に無体な要求はしないでしょう。ですから彼の言う事をよく聞いて、彼を助け、支えてあげるのですよ」


「本当にそうかしら? 案外ああいうのがむっつりスケベってことも……」


「ラウラ!」


「ひゃっ」


 ぶつくさと不満を言う我が娘を叱りつけるのかと思いきや、王妃はラウラを思いっきり抱きしめていた。


「道中気をつけるのですよ。いざとなればアルバートを頼りなさい。貴方の旅の無事を祈っています」


「お母様……。うん、解ったわ。もう諦めもついたし、この世界を平和にしてきます」


「アルバート、ラウラの事頼みましたよ」


 王妃は次におっさんへと向きなおる。こっちは娘ほど納得しているわけではないようで、未だにむっつりと不機嫌顔を顕にしていた。


「お願いよ、貴方」


「ロ、ローラ……解った、解ったからそんな顔をしないでおくれ。ラウラの事は任せなさい、あの野獣のような男から必ず守ってみせる」


 誰が野獣じゃい、と思ったが水を差すのも気が引けて黙ってみている。


「さて、それではマサヤ殿、準備はよろしいでしょうか?」


「ああ、それじゃあ行ってくる。冒険の旅へ、出発だ――」

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