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1日目 勇者さんがキレました

※全面改稿しています。

以前とは全く別のお話になりますので、1話目からお読み直し下さい。

 焦土と化した荒野に、蹲る少年がいた。

 そこはほんの1時間前は緑豊かな森林地帯が広がっていたのだが、今やその面影を見ることは出来ない。所々から黒煙が立ち上り、まだ焼けきっていない樹がパチパチと音を弾けさせながら揺らいでいる。少年の鼻をくすぐるのは灰とすすの混ざった胸を突く匂いだけだ。


「うわあああぁぁぁぁ……!!」


 信じていた人々に裏切られた悲しみと後悔の念が、少年の脳を焼き焦がす。さながら周囲に広がる荒野のように。


「ごめんっ……ごめんなさいっ……こんな、こんなつもりじゃなかったっ……!」


 口をついて出る贖罪の言葉を聞くものは誰もいない。少年はただひたすらに謝罪を繰り返す。涙を落としながら、その手にかけた者達を想い返し、全てが手遅れにだと知っていても、その行為を止める事は出来なかった。


「なんでこんな事に……僕はただ、皆のためにって、そう思って……!」


 騙されていたことに気付けない自分が悪かったのかと、悔恨するが、しかしそれは少々酷な話しでもあった。頼れる者もなく、ただ一人異世界に放り出された少年の純真な心に付け込まれた事を一体誰が責められるというのか。しかし、それは誰あろう少年自身が一番己を許すことが出来はしない。


「わああぁぁぁぁぁ!!」


 再びの絶叫。


 生命の消えた大地で、少年は応える者のない慟哭にただ身を浸していた。




――それは昔の物語。一人の哀れな少年が、やがて英雄へと辿り着くためのきっかけとなった、孤独で悲しい物語。




 気が付くと目の前にはかしずく豪奢な衣装を身にまとった中年のおっさんと、これまた派手に着飾った白銀色の髪を持つ美少女がいた。おっさんと美少女はどことなく雰囲気が似ていて、親子か親類なのだろうと察しがつく。と、そこまで現実逃避を続けながら考えていた頭ににこやかな笑みを浮かべて顔を上げる美少女が声をかけてきた。


「ようこそおいでくださいました、勇者様」


「我が王国をお救いください、救世主殿」


 美少女に続いてバリトンボイスの聞いたオッサンの声が実に耳障りである。


「…………これは」


 俺は余りに突然の出来事と、襲いかかる既視感デジャビュに頭痛を覚えた。頭に走った痛みに顔をしかめると、目の前の美少女が心配げな仕草でこちらを気遣ってくる。


「勇者様、どこか具合でも悪いのですか?」


「……いや、何も」


 言葉少なになってしまいがちだが、俺は混乱する頭を整理するのに必死だったので許してもらいたい。


「少々混乱されているようですね、無理もありません。事情はこれからお話致します」


 俺の混乱ぶりを“勘違い”した美少女の言葉に、かつての記憶が蘇る。


『混乱されるのも無理はありませぬ。事情は今からお話致しますので、どうぞこちらへ』


 思い出されたセリフに、俺は皮肉げに唇を歪めて呟いた。


「“また”なのかよ」


「何か仰いまして? 勇者様」


「いや、ごめん。何でもない、何でもない。やっぱりちょっと、状況が解らなくて混乱してる」


「まあ、無理もありません」


「ラウラ、そろそろ移動を願った方が良いのでは?」


「そうですわね」


「えっと、ごめん。何て名前を呼んだら……?」


 そこで彼女ははっとして顔を赤らめ、深々とお辞儀をする。


「勇者様、名も名乗らぬご無礼、大変失礼いたしました」


「そうであった。我が名はアルバート・デリカ。このデリカ王国の王である」


 流石に王様を自称するだけあって威厳たっぷりに胸を張るおっさん。いきなり王様とご対面とは、この世界の危機意識に不安を感じざるを得ない。いや、そうでもないのか。彼の後ろには中世の騎士のような格好をした鎧姿の人間が何人もあった。


「そして私がアルバートの娘、ラウラ・デリカです。立場としてはこの国の第一王女でもあります」


 そしてこちらは楚々とした佇まい。綺麗にこの世界流なのだろう礼をしてみせた。二人が自己紹介を終えた所で、俺はようやく周囲の状況を確認する。ここはどうやら祭壇のような場所で、壁はなく円形の土台の上に六本の柱が立っていてドーム状の天井を支えていた。

 周囲の景色は驚くべきことに雲海の上だ。この場所は相当な高地にあるらしい。遠方にぽつぽつと見える丘のようなものは恐らく高山の頂上なのだろう。

 足元に眼を転じると、明らかに日本語ではない奇怪な模様で埋め尽くされたいわゆる魔法陣のようなものが俺を中心に描かれており、目前の王族二人はその輪の丁度外側に立っていた。王族の他には、多分俺の世界で言う巫女のような少女たちが揃いの衣装をまとい、柱のそれぞれの前にこちらを向いて跪いて祈るような姿勢を保っている。見れば誰も彼も相当顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうな辛そうな表情をしていた。


「えーと。ラウラ姫? 俺は加苅 聖也だ」


「どうかラウラ、とお呼びください勇者様」


 とりあえず呼びかけると訂正を促された。仕方なく相手に調子を合わせる。後ろの王様……いや、もうオッサンでいいか。オッサンはうむうむと満足気に頷いていた。


「それじゃあまあ、ラウラ。とりあえず諸々聞きたい事があるのは後回しにして……」


「はい?」


「彼女達、辛そうなんだけど?」


 最初ラウラはそれが誰のことか本気で解らなかったらしい。眉根を寄せて難しい問題に直面したかのように首を傾げていたが、六柱のうち一本の柱の前にいた巫女がガクリと力尽きたように倒れ伏したのに気がついて、ようやく合点がいったとばかりに笑った。


「ああ、勇者様はお優しいですね。あのような者共にもその慈愛を分けて差し上げるなんて」


 倒れた巫女にも一瞥をくれるだけで、二人の視線はやれやれと言っているかのようである。


 ハッキリ言って不快もいいところだった。俺は円陣から飛び出すと、その倒れた巫女の元へと走った。


「おい、大丈夫か!?」


 綺麗な子だ。年も俺とそうは変わらないだろう。今は顔面蒼白で浅い呼吸を繰り返していて、とてもではないがこのままでは手遅れになるのは明らかだった。


「ラウラ! 早くこの子を医者に!」


 俺が声を上げると、ラウラはきょとんとした顔で問うてきた。


「え? 何故でしょうか?」


 ぞっとした。彼女は本気でそう想っている。その隣のオッサンをみやっても、彼女と同じ、否、それ以上に不快そうに眉根を寄せていた。


「ラウラの言うとおりだ。救世主殿、そやつはもう捨て置け。すぐに補充品が来る」


「なんだってっ!?」


「さあ勇者様、そのような事は忘れて、これから事情のご説明もかねた昼食をいかがですか? 本日は国賓級のおもてなしをさせて頂きますよ」


 彼女達は、今目の前で息絶えようとしている命をあっさりと見捨てようとしていた。それがこの国の、この世界のルールなのかもしれない。俺はもう一度抱え上げている彼女の顔を見る。するとうっすらと目を開け、かすかな声で礼を言ってきた。


「あり……がとうございま……す。最期に……こんな……やさしくして……もらえ……よか……た」


 最期。彼女はそう言った。このままでは助からない事を自覚しているのだろう。


「救世主殿、まずはその不浄な者に触れた体を清めねばな」


 ふんっと鼻息を吐き出したおっさんの言葉で、俺は完全にキレた。


「消耗品だって……不浄だって!? この世界はどうなってるんだ!? 今、目の前で人が死にそうになっているってのに、なんでそんな事を平然と言えるんだ!」


 俺の怒声に、ラウラは綺麗な顔をハッキリと歪めて侮蔑の言葉を吐き出した。


「一応は召喚の勇者様ということで下手に出ていましたが、私はこの国の王女ですよ? 本来ならあなたのような平民が口を聞くのも憚られるというのに、あろうことか罵倒ですか。これは一度立場を解らせたほうが良いでしょうね」


 彼女はそう言うなりぶつぶつと口の中で何かを呟き、両手を前に差し出して声を張り上げた。


「ウィンドブレイク!!」


 これは後で知った事だが、ウィンドブレイクとは風系統の上級魔法の中でも特に難しい制御が必要なものらしかった。特に、対象に手加減をするにはもってこいの魔法、だったらしい。


「これで少しは反省なさい!!」


 竜巻のような暴風が俺に向かって唸りを上げて迫ってくる。巫女の子は完全に死を覚悟し、眼を固く閉じた。俺は無意識に左手をその暴風に向かって突き出した。その手に猛威を振るおうと襲いかかってきた暴風は、パキンッという乾いた物が弾けるような音と共に全てがそよ風のように弱まり、やがて消え去ってしまった。


 今、俺は何をした? ただ無意識に手を差し出しただけだったのに。呆然と自分の左手を見るが、そんな俺よりも驚いていたのは周囲の人間達、特に魔法を放ったラウラだった。


「そんな……ッ! ありえない! ウィンドブレイク!!」


 ラウラは魔法が完全に消滅した事実を受け入れられずに、もう一度同じ魔法を繰り返す。俺は祈るような気持ちでもう一度左手を掲げる。すると今度は風の勢いが弱まること無く、轟然と俺の周囲を取り巻き始めた。荒れ狂う風の中から勝ち誇ったような顔をしているラウラの姿がチラリと見える。しかしその表情が怪訝なものに変わるのに大して時間はかからなかった。

 本来は俺達に襲いかかるであろう暴風は、俺の周囲を取り囲んだままその威力を維持し続けているのだから。どうなっているのか、中にいる俺にもさっぱり解らない。解っているのは、俺の左手がこの風を辛うじて押しとどめているのだろうと言うことだけだった。見えない何かに常に押され続けているような圧迫感があり、気を抜けばすぐに力を抜いてしまいそうになる。どうすればいいかも解らないままに懸命に風に抗っていると、不思議な“声”が聞こえた。


『つかんで』


 疑問を感じる間もなく、“声”に導かれるように左手を握り締めると、確かにナニかを掴んだ。


『さあ、もらったものをお返ししよう』


 “声”、――“意思”とでも言おうか。それに従い、掴んだモノを思いっきり引っ張ると、暴風はみるみるその勢いを衰えさせていくが、完全に収まったと思った次の瞬間に、掴んでいた手をラウラに向けて開いた。すると逆向きの風が巻き起こる。それは彼女の魔法がそっくりそのまま逆回転を起こした状態まで大きくなると、ラウラ自身に襲いかかった。


「危ない、ラウラっ!!」


 咄嗟におっさんがラウラを背中にかばい、暴風が直撃する。


「キャアアアアッ!! お父様!」


「ぬうううう、何のこれしき。伊達に王族であるわけではないぞ」


「それは私の魔法ごときではご不満がおありということでしょうかお父様?」


「ラウラ、その真顔を止めなさい。今はそんな場合ではないだろう」


 全身傷だらけになりながらもそんなとぼけた事を言えるのだからこのおっさん中々頑丈なようだった。目の前のやりとりに気が削がれ、今自分が何をしたのかすら刹那忘れてしまう程に。


「あなたは……あなたは一体何者なのですかっ!」


 ラウラの恐怖に押し出された叫びに、俺は怒鳴り返す。


「そんなのこっちが知りたいわ! 大体、アンタ達が俺を呼び出したんだろう!? 俺の身体に何したんだ!!」


 俺の怒声にラウラは怯み、一歩後退る。その傍ら、俺が弾き返した魔法の直撃を受けたおっさんが立ち上がった。豪奢な衣装は風に切り刻まれて見る影もない状態となっていたが、本人は少々の切り傷がついた程度で済んでいる。


「うぬぅ……」


「だ、大丈夫ですかお父様!」


「……いまさらな気もするが、心配するな。それよりも問題はあ奴だ」


 おっさんの声に我に返ったように反応したのは騎士たちだった。


「お、おのれ! 王に何ということを! 成敗してくれるわ!」


 ざざっと俺と少女を取り囲んだ騎士達は、一斉に剣を抜き放つ。それでも得体の知れない相手に困惑の色を隠せていなかった。とはいえこっちには武器も何もない。さっきの不思議な力が自由に使えるなら……。と、そこまで考えてハタと気がついた。奴等は俺のこの力を少なくとも理解していない。ってことは、使えるかもしれない。


「ふ、ふふふ……はっははは! 騎士様達よう、この俺にそんなモノが通用すると思ってんのか?」


「な、何を……」


「お前達も見てたろうが、俺の力をな」


「うっ」


 よし、よしよしよし! ハッタリが上手く行ったぞ!! 内心でガッツポーズを取りながらも、表面は酷薄な笑みを貼り付けて余裕の態度を崩さないように細心の注意を払った。


「なんならこの場で皆殺しにしてやってもいいんだぜ? 何しろ、俺は魔王を倒すために召喚されたんだからな。お前らが敵う相手だと想っているのか?」


「ううう」


 騎士達はその脅しに恐れおののき、じりじりと下がり始めた。


「解ったら、さっさとこの子を治せる医者を連れてくるんだ!」


 体温が低くなっていくのを肌で感じる。この子の命の灯火はそう長くは持たないだろう。


「怯むな! その者は自由に力を操れるわけではない!」


「し、しかしラウラ王女!」


「先程、その者が放った言葉を思い出しなさい! “俺の身体に何をした”そう言ったのよ。即ち、自分自身でも力の正体を把握していないということだわ」


 王女の激に、騎士達は目から恐怖心を消し、代わりに強烈な殺気を帯び始めた。うわぁ、これ騙した事を相当怒ってる感じだな。だが、ふるふると俺の腕の中で震え始めた女の子の事を想い、俺はどうしようもない猿芝居を続ける。


「……本当に、そう思うのか?」


「事実よ」


「なら試してみるか?」


 俺はわざとゆっくりと左腕を上げて周囲の騎士を無視してラウラに向けるような仕草をする。すると騎士達は慌ててその前に壁として立ちはだかった。


「王女をお守りしろ!」


「その程度の壁、容易く突破してやるよ。さあ、どうする!?」


 騎士達の顔に焦りと緊張の余りに冷や汗が流れ落ちていく。俺の方は余裕ぶった笑みを保っているが、内心は心臓がバクバク言ってて背中は汗でぐっしょりと濡れている。もちろん、バレたら殺されかねない状況にビビっているからだ。


「代々の勇者は救世の旅に出かけていく過程で強くなったと歴史書には残されています! いきなりそんな強力な力を持っているなんて、聞いたことがありません!」


 だからハッタリなのだと王女は言った。


「じゃあそいつらが弱かっただけなんだろ。それに、それだけじゃないだろ?」


 俺の含んだ言葉の意味を正確に理解したのだろう、王族の二人はさっと顔を青ざめさせた。


「どうせ使えない奴は途中で死んだ事にして後であれは勇者ではなかったとでも喧伝してたんだろうが。誰でも思いつく手だ」


「そこまで非道な事は致しません!! 精々閑職を与えて飼い殺しにするくらいです!!」


「ラウラ!!」


 国の重要機密をうっかり口走ってしまった娘を叱るがもう遅い。しかしそうか、てっきり暗殺くらい平気でやってると思っていたが案外お人好しなのかもしれない。いや、そんなわけないか。いきなり攻撃魔法でしつけときたもんだからな。


「それより早く医者を呼べ。さもないとどうなるか……分かってるな?」


 先程の一合で俺の力を恐れたのだろう。おっさんが諦めたように溜息をついた。


「仕方ない。ラウラ、医者を呼んできなさい」


「でもお父様! 宮中にアレを治せる医者がいるのですか!?」


 アレ呼ばわりされている、俺の腕の中でどんどんと弱っている少女。ギラリと俺がラウラを睨むと、気丈にも睨み返してきた。しばらく俺達の視線が交錯していたが、おっさんがラウラを諭すように肩に手を置く。


「仕方ないだろう。体の作りは人間と同じはずだ。治癒術士を連れて来なさい」


 人間と同じはず……? 言葉の意味を測りかねている間に、ラウラは納得が行かないと顔面に貼り付けたまま、渋々と部屋を出て行った。俺は、仕方なしに残ったおっさんに問い質す。


「今のは一体どういう意味だ?」


「うん? 治癒術士の方が医者よりはいいだろう。手遅れにでもなったらお前が暴れかねんからな」


 もはや救世主とまで呼ばれなくなってしまったが、自業自得なのでどうでもいい。


「いや、そうじゃなくて。彼女が人間と同じ作りって話だ」


「なんだ、お前の世界にはホムンクルスはいないのか?」


人造人間ホムンクルス!? この子が……?」


 どう見ても人間の少女にしか見えない。俺が唖然としていると、そこでようやくおっさんは俺が激怒していた理由を察したようだった。


「なるほど、どうにも話が噛み合わぬと思ったが、お前はそれが人間だと思っていたのだな」


「人間だろうがなかろうが、目の前で死にそうな奴はほっとけない性分なんだよ」


「ふん。さすがは救世主殿だな」


 嫌味を言われたが聞き流して、俺は腕の中の女の子を気遣った。


「此度の件は表沙汰には出来ぬ。ここであったことは皆口外しないように」


 おっさんはぐるりと他の騎士達、巫女達を睥睨しながら宣言した。俺としても、正直に言っていきなり王様を攻撃しただなどと噂されてはたまらない。この後がやりづらくなるのは必至だった。とはいえ、人の口に戸は立てられぬとも言うし、大丈夫なのかな俺……。


 そうしてラウラが治癒術士を連れて戻ってきて、女の子を治療したりオッサンを治療したり口外するなと脅されたりしている様をみやりながら、俺はこの先の事について考えていた。考えに考えて、俺はようやく一つの結論を得ることが出来た。それは、傲慢で独善的でエゴイスティックな考えだが、俺はこの異世界のルールなどしったこっちゃないし、勝手に連れて来られた恨みもある。多少の苦労は買ってもらおう。


 そうして詳しい話は次の日にすることになり、俺はあてがわれた部屋へ入ると早々にベッドに身体を投げ出した。広い部屋に豪奢なベッド。最悪倉庫にでも放り込まれるかと思ったが、俺の力を恐れたのか、それとも体面を気にしたのか。恐らく後者が強いとは思うが、ともかく肌触りの良いそのベッドに疲れが吸い込まれていくようだった。思わず長い吐息が漏れる。


「はあああぁぁぁ……こ、殺されるかと思った……」


 いくら“二度目”とはいえ、“一度目”の時とは全く状況も、自分自身の力も違っている。正直危ない橋を渡って心身ともにくたくただったが、俺には確かめなくてはならないことがあったのだ。

 ベッドに仰向けに寝転んだまま、俺は指先に精神を集中させる。すると薄ぼんやりとだが淡く光を帯び始め、指先を動かすとその光の軌跡が中空に描かれていく。


「“この世界”でも、この魔法は使えるんだな……あ?」


 少し集中を欠いただけで指先の魔力は消え、空中の軌跡も弾けるように霧散してしまった。


「ダメか……。やっぱり世界が違うと法則も違ってくるのかな。それとも俺の力がレベル1に戻っているのか……?」


 それにあの、魔法を撃たれた時に聞こえてきた謎の声。その正体も全くわからない。


「全く、この世界はどうなってるんだか……明日詳しい話を聞かないといけないな。それには……続けるしかないんだろうなあ、あの俺様演技。正直やってて痒くなってくるんだけど……」


 思い出すだけで枕に顔を埋めてじたばたと転げまわりたくなる。とはいえ、断じて侮られるわけにはいかない。与し易い相手と思われ、もし“また”利用されるような事になれば――そこまで考えて、ズキリと心臓が痛む。過去の古傷が蘇りそうになり、慌てて首を振った。


「寝よ寝よ! 明日のことはでたとこ勝負ってことで!」


 肌触りの良いシーツに包まれながら、俺は激動の一日目を終えた。

2話目は今日中にアップします。

3話目以降は明日かな。

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