あの部屋。
あの部屋。
広い広い王宮の最奥部にある、真紅の扉が目印の、あの部屋。
あの部屋には、ジンクスみたいなものがある。
それは、王宮に仕える大人達からずっと言われていたこの言葉。
『あの部屋を絶対に覗いちゃいけないよ。見たら最期、君は戻れなくなるからね』
意味がよく理解できなかった幼い頃の私は、大人達の言葉に素直に恭順して、勝手に怪獣や妖怪の類いが棲みついている部屋だと思い込んでいた。
子供心に、出来るだけあの部屋の存在を避けていたつもりだったんだけど、朧気な恐怖心よりも未知への遭遇に対する幼児特有の好奇心が勝ってしまって。
ある時、大人達の目を盗んでこっそりと"禁忌"の扉を開けてしまったんだ。
そして、そこで私はアイツに出逢った。
私は運命なんて全く興味ないけど、あの時だけはそういう風に感じ、舞い上がっていた記憶がある。
僅かに開いた扉の隙間から、部屋のなかを覗き込んでみると、意外なことに、粗末だと思い込んでいたあの部屋の間取りは、他の部屋とそう大して変わらなかった。
けど、その部屋は色んな意味で異常だった。
あの時は昼間の時間帯だったから、普通部屋の中まで日が差し込んで部屋全体は明るい筈なのに、何故かあの部屋はお昼でもカーテンが掛かかっていて、真っ暗とまではいかないけれど、やっぱり薄暗かった。
人影もなさそうだし、暗いし、怖いし、開けなればよかった、なんて後悔し始めたその瞬間。聞こえたんだ。かろうじて、か細くて消えちゃいそうな、幼かったアイツの声が。
『…誰、』
そうっと扉を閉めていたところだったからビクついちゃったけど、あそこで声をあげなかった自分を褒めてあげたい。だって叫んだら誰かがやって来て、私を二度とこの部屋に近付けないようにすること請け合いでしょ?
よくよく目を凝らして薄暗い部屋を見渡すと、部屋の奥にあるベッドの上に小さい子が座っているのが確認できた。
『………入っていい?』
確か、私はアイツにそう話しかけたと思う。こういうところ好奇心っていう奴は無敵だ。物怖じせずに突き進んでいくってか、もはや成長してしまった私には無いものだから。一体何処に置いてきてしまったんだろう。
『…いいよ』
暫くの沈黙の後、幼いアイツは了承の意を示した。
私は周りを窺いながら一歩一歩ベッドの方に歩いていく。そして、だんだんとはっきりしてきたアイツの姿に、私は呼吸を忘れた。
アイツは、何だろう、憂いとか儚げとか哀愁とかそういう単語がお似合いな、同じ年頃の男の子だった。ほら、こんなシチュエーション、運命って思わない訳がない。
一番初めに目に飛び込んできたのは、美しい銀色の髪。それから、ゾッとするくらい鮮明に灯る紅の…いや、緋色の瞳。男の癖に肌は青く見えるくらい真っ白で、体つきは華奢だった。
言うなれば、幼少ながら中性的な美貌をもつアイツをみて、まず沸き起こった感情は嫉妬だった。今思えば馬鹿みたいだけど、何であの顔に生まれてこなかったんだろう、って。茶髪にピンクがかった茶色の眼なんて冗談じみた配色を持つ私よりも、上品で、優美で、繊細で。アイツの容姿は、人が話す言葉なんかじゃ到底表せない。
でも、心が嫉妬で溢れていた私とは違って、アイツはあの頃から純粋だった。アイツは目の前に現れた私をじっと見てから、誰もが戦慄するぐらい美しい笑みを浮かべてこう言ったんだ。
『…眼、綺麗だね』
それから、私は悔しいことにアイツの魅惑の虜たるものに嵌められてしまった。暇があれば大人達の目を掻い潜ってあの部屋にやって来て、アイツと雑談をしたり、本を読み合わせたり。なんの印象も残らない、どうでもいいことばかりしていたけど、それなりに楽しかった。
アイツは私と近しい年の癖に、私よりも遥かに膨大な知識を持っていて、私に多くの事を分かり易く教えてくれた。それ故に、二人の会話はアイツの独壇場みたいな物だったけど、なんせ、当時の私はアイツの虜だったから、逆に進んで話し込んでくれることに秘かに歓びを覚えていたくらいだった。
そんな生活が7、8年続いたある日。
限界だったんだろう、私があの部屋に入り浸っていることが露見してしまった。数日後、お父様を初めとする偉い人々に恐ろしい剣幕で叱咤された。私は何故こんなにも怒られるのか不思議だった。だから、私は反論してやったんだ。
『何故彼をあの部屋に監禁なさるのですか?』
堂々と言ってやった。
お父様は一瞬面食らった顔をなさったけど、すぐに規律を正して威厳のある声色で私に諭すように仰った。
『彼には悪魔の血が流れているからだ。執拗に執着すると、お前は彼に喰われてしまうぞ』
それだけ仰るとお父様は臣下達と共に身を翻して去って往かれた。私は婉曲の激しい比喩に、半ば呆然としながらその様子を見送った。お父様の仰る言葉は、いつも意味が分からない。
私は王宮の一角にある自室に閉じ籠って、お父様の言葉の真意を探った。"悪魔"なんて幻想上のモノでしかないし、大体私を"喰う"なんて無理だ。何らかの比喩であることは決定的なのだが、何がと訊かれると見当も付かなかった。
その内、アイツは隠し子なのかもしれないという考えが頭を過ったが、即刻却下した。稀代の愛妻家と名高く、一人も側妃を持たないことで周辺の国まで有名なお父様が、そんな危ぶみを侵す可能性はゼロに等しい。他にも、お姉様達かお兄様達の寵童説やら王宮に捨てられた捨て子説やら、多彩な仮説が私の頭を交錯するも、いまいち確信を得られない。
今回の件で、あの部屋が近衛兵の常時監視の対象項目にされてしまったので、当分訪れることもできない。半日も経たなくして、私は行き詰まってしまった。
ベッドに寝転びながら、こういう時、アイツならばどう考えるのか……と空想する。アイツならばもっと幅広い思考が出来たのだろう。思わぬところから解決の鍵を見つけ、楽々と片付けてしまうのだろう。
目前に広がる四面楚歌のようなこの状況は、改めて自分は無力で馬鹿で使えない人間であると私に自覚させる。率直かつ顕著な自虐だが、真実なのだから文句は言えない。
ベッドに寝転んだのが原因だろうか、とろとろと微睡みが一気に私に襲ってくる。私はそのまま抗えぬ睡魔に身を任せた。
結論から言うと、私があの部屋に入り浸っていることが露見したあと、私はあの部屋を忘却の彼方へ追いやったふりをしていた。あの部屋を忘れ、今まで以上に勉学や社交術や帝王学などを学ぶことに精を出した。
それは表面上、私が作為的に改心したように見せかけていただけだけれども。我ながら良いカモフラージュになるのではと考えた結果だ。
何のカモフラージュかって、そんなの決まっている。題するとすれば、「あの部屋の調査」だ。そのままだけれども。その調査がより穏便に、かつ安定して遂行できるために、外面は心を入れ換え従順していることを周囲に印象付けた。初めは侍女や女官でさえ軽蔑の視線を送っていたが、最近は滅多になくなった。それでも、陰でこそこそ言っているのだろうが。
皮肉なことに、私が勉学や社交術を身に付けていけばいくほど、周りは私を天才だとか天童だとか噂した。その称賛に対する私の反応は、一貫して冷めていた。なぜなら、その言葉はアイツが一番似合うことをこの身の経験をもって痛感してしているから。私が勉強に身を費やすのは、いずれアイツと再会したとき、馬鹿な女と嘲られたくないが為に利用する手段なのだから。
表面上では『天才』の仮面を被っていた私だけど、潜伏下ではあの部屋に関連する資料を集めていた。深夜や早朝等に図書室や資料室に忍び込み、関連を探す日々が続く。無力で馬鹿で使えない私にはそうしていくのが精一杯だった。
だけど、神様は私を見捨てなかった。ある国には急がば回れという諺があるそうだ。資料捜査のみの地味な作業の途中で、驚くべきことに、私は真実に近しい、ある仮説まで辿り着いてしまったのだ。只、惜しいことに、この仮説も確信はなかった。仮説の末導かれた人物は、私と一度も面会がなかった。
今度はそんな生活に支配され、2、3年。
あの調査は結論に未だ至っていない。
侍女の小言から、私はそろそろ成人をする年齢に迫っていることに気が付いた。成人をしたら私は政略結婚をして、他国に嫁いでいく身だ。幼い頃は政略結婚なんて嫌だと主張していたが、あの頃から精神は少し成長したようで、現在は無理矢理でも愛ある政略結婚に持ち込む魂胆だ。
ーーーそういえば、アイツは幾つなんだろう。おそらく同い年か1個上程度の差だろうとは予想しているけれども。
振り替えれば、アイツについて知っている事は殆どなかった。年齢だけじゃない、名前も出身国も親の名も、何故あの部屋に閉じ込められているのかも知らない。私が導いたあの仮説上での人物像ならば暗唱するほど緻密に把握しているが、結局それは私の想像上の虚言でしかない。
知っているのは、性別と容姿とアイツは真の天才ということのみ。それに、ここ数年会っていないから、あの中性的な容姿は、成長とともに変わってしまったかもしれない。
ーーーー後にも先にも、あやふやだった。
私とアイツの二人の間には不確定要素が多く、私自身アイツを友と呼べるのかも怪しい。私はアイツを友人だと思っているが、それがアイツにとって迷惑になるならば、知人程度なのか。両者の関係性までもがあやふやだった。
私は明日、成人を迎える。
成人してしまえばすぐに結婚をして、この王宮から出ていく羽目になる。そうすると2度とこの王宮には戻ってこれない。だから、今しかない。あの部屋へもう一度訪れよう。自己満足でいい、兎に角、自分の中であの部屋と片を付けておきたいのだ。
早朝、侍女達も動き出さない時刻、私は約3年振りにあの部屋の方へ赴いた。早いもので、初めてこの部屋に手を掛けてからもう10年が経とうとしている。
厭に目につく真紅の扉は、あの時と時を同じくしているようで、それでも何処か懐かしさを感じた。
この10年、私はこの部屋に、アイツに束縛された人生を過ごしてきたといっても、決して誇張表現ではない。私はアイツを全ての物事の基準とし、迷うことなくアイツの所作を真似た。然るに、私が天才と言われても何らおかしな事はない。基準とする人物が、平均とは一線を画すほど高度だったのだ。
そっと扉に手を充てる。自分の予想していた程の感傷がなくて驚いた。しみじみとなんて言う品詞のような心地ではなかった。複雑な感情だった。多少、哀しみが大きいのかもしれない。それは、何故だろうか。
扉を微かに開けて、隙間から室内を覗いてみる。早朝という時間帯のせいで、部屋は漆黒に包まれていた。暗いと何も見えない。私は思い切って部屋に入ることにした。
パタンと背後で扉が閉まる音が控え目に響く。察知できる人の気配はない。人の気配がない……というのは、既にこの部屋にはアイツが居ないという事になる。
落ち込んでいても仕方がないので、閉まっているカーテンを開けた。薄明かり程度になったその部屋の全貌を、このとき初めて私は知った。
部屋の隅に家具が整理され、その上に白にシーツがかかっており、それらがこの部屋は使用されていないことを明白に物語ってくれていた。
「…え、」
私は思わず呟いた。同時に悟った。やはり、アイツはもうここにはいないのだと。とうの昔に出ていってしまったのだと。実のところ、こういう結末であるという予想は付いてたが、現実にそうであると中々否定し難いもので。
私は無言で部屋を出た。
私の王宮での最期の奇行は、呆気なく終わってしまった。
私は心中晴れやかになれず、モヤモヤしたまま成人を迎えた。
そんな心中とは裏腹に、私の成人記念祭の市井の凱旋パレードが華やかに催されていた。
その場で結婚相手も決まり、どういう因果かこんな小国では釣り合わない、近辺一番の大国の第二王子の元へ嫁ぐことになった。お母様や大臣達は理解できないと首をしきりに捻っていらしたが、お父様だけはこのところ更に増えてきた皺を寄せて黙っていらっしゃった。
お父様は私よりも明らかに何かを知っているらしかった。
だか、私はその真実を一生聞くこともないだろう。何も知らされずに国を去るのは酷く存外だったが、それはそれで一興でもある。中途半端な事実を知って苦しむより、何も知らずにいた方が幸せなのだ。ある国のいう、知らぬが仏という諺のように。
その日の内に、私は大国に嫁いでいった。
今回の結婚は政治的な伏線が絡んでいたようだった。私は体よく人質にとられたようなもの。故郷が反乱を起こせば、私が初めに殺される。私の死を以って反乱を収めるのだ。私は今日から所謂国の保険のような存在。そのことに特別な感情は沸かないが、それよりも刹那の憎しみも起こらない自分の思考回路がどうなっているのか知りたかった。
大国の王室御用達の豪奢な馬車の窓から、移り行く景色を腐心に眺める。経路は暇すぎて、2度ほど自分の人生は何なのだろうかと哲学の道に入り込むところだった。
王都から郊外まで繰れば堅牢な建物が少なくなり、代わりに田畑が見えてくる。この先の森を抜ければ、もう隣国ーー私が嫁ぐ国の領地だ。
この国も見納めになる。悲しみなんて、今更沸かなかった。だけど、新天地に期待するほどの気力もなかった。
「テネシー王国第三王女、メーリルイーン様。よくぞ御出下さいました。心からの歓迎を」
私の夫は、かなり若く美しかった。侍女に訊いたところ、まだ18歳らしい。私よりも一つ年上だ。最悪なことに、アイツと髪と眼の色が一緒だった。雰因気もどことなくーーというか酷くアイツに似ている。顔には出せないが、愛ある政略結婚をしようと意気揚々だった気持ちは萎えてしまった。アイツと新夫を重ねて見るなんて、相手に失礼なことは出来ない。
世の中不理尽なコトが多いことは承知しているが、この仕打ちはないだろう。アイツは私の憧れだった。憧憬すべき対象だった。だからといって、夫までアイツに似せる必要は金輪際ないのではなかろうか。
「ご好意、感謝致します。ワイラーム公国第二王子、ルーカス様」
私は私の夫ににこりと微笑んだ。勿論、『天才』の仮面を被って。これから一生、私はこの仮面にご厄介になるのだろう。そう考えるだけで気が重くなる。
だが、政略結婚とはそんなものだ。愛ある政略結婚を諦めた今、公私の境界線はハッキリとしておかねばなるまい。
1年後。
私は無事に子供を見籠った。現王や民衆達は歓喜に騒がしかったが、当の私は罪悪感で一杯だった。何に対しての罪悪感なのか自分でも把握できない。
只、夫がアイツと重なってしまって苦しいのだ。傍に居れば居るほど、アイツとの類似性が露呈する。夫もかなりの博識家であるし、顔の造形もアイツに似ている。夫はアイツではないのかと何度も懐疑して、その度に現実的に無理だと愚かな考えを抹消してきた。
だが、どうしても夫の吸い込まれるような緋色の瞳は、アイツを彷彿とさせる。いちいちアイツと関連して考えてしまう私は、やはり昔から変わらず馬鹿だった。
産まれてきた子供は男の子だった。
未だに御男子が産まれていなかったこの国の世嗣ぎを心配しなくてよくなったことに、ホッと安堵する。初に見る我が子の可愛さに私は幸福者だなと笑った。夫も大層喜んでくれた。その時に不覚にも笑顔も似ていると思ってしまい、自分の不貞を反省した。
嫁いでから2年弱、私はまだ幼き日のアイツを引き摺っているらしかった。
子供が産まれてから5日ほど経った日の夜、私は久し振りに夫と夜半の楽しい一時を送っていた。
別に私はこの夫を嫌っているわけではない。私がアイツと余りに似た美貌を持つ夫への罪悪感を勝手に感じているだけなのだ。それを側に置けば、目の前の男性は話が合い、よく気が利く、良い夫の代名詞のような男だった。
二人とも久し振りの顔合わせだったので、つい長話をしてしまった。そろそろ就寝をと言う頃合いに、急に黙った夫が真剣な顔をして私を見た。
「ねぇ、メイ」
「何でしょう」
神妙な声で夫が私に話しかける。軽い内容ではないらしい、佇まいを正すために背筋をピンと伸ばした。
「僕が誰だか分かる?」
「……?……ルーカス、でしょう?」
真顔で尋ねる夫の姿や意味を図り兼ねる煩雑な質問に、私は戸惑いながら返答する。
「ううん、そうではなくて。…まだ気が付かないの?」
何に気が付けばよいのだろうか。夫の服装や頭髪に視線をさ迷わせたが、特に変わりはなかった。居たたまれない感情になりながら私は顔を伏せた。
「……ご免なさい。私、疎いから」
「ん。そうやってまた自分を卑下する。………そうだ、昔からそうだったね、メイは」
「昔……?あぁ、嫁いできた当初ということね」
「違う違う。メイが7歳で、俺が8歳の時からってこと」
「え、?」
咄嗟に伏せていた顔を夫に向ける。夫は先程の真顔から打って変わって、悪戯っ子のような幼い笑みを浮かべ、変わらず私を見つめている。
その言い草だと、まるで夫が、ーーーーアイツだ言っているように聞こえる。
「やっと気が付いた?」
「は、え、え?」
急な場面展開に、戸惑いを隠すことが出来ない。余裕そうな夫とは対称に私は焦りに焦っていた。だって、そしたら。私が考えた、あの仮説がーー成り立ってしまう。
「メイ。僕が誰だか分かる?」
「もしかして、赤い扉の部屋にいた……?」
「うん。あれ、僕だよ」
「うそ!……そんなこと、」
思わず叫び声をあげてしまった。王族ともある方に、なんてあるまじき無礼。でも、信じられない。まさか夫がアイツだったなんて。
口に手を充てて、小声で口をもごもごさせながら、そんなことあり得るのかと問うと、夫は悪戯っ子のような笑みをより深めた。
「あり得るのかって?……うん、普通そう思うよね。僕、幼い頃は病気持ちで。秘匿にあそこで療養していたんだ。兎に角、陽の光を浴びたら駄目でね。ほら、テネシー王国はうちとは違って日射しが厳しくないだろ?」
「え……っと、では、今は……」
「もう完治したよ。一定期間日に当たらなければ細菌は死滅してしまう病気だからね。それでも長い間あの部屋にいたけど」
ーーーそれじゃあ……。本当に、本当に私が強制的に他人と思い込んできた眼前の男は、アイツそのものだったのね!
歓喜の余り、私は勢いよく夫の胸に飛び込んでいた。眼からは涙まで零れてくる。嬉し泣きなんて人生初の経験だ。
「…うううっ」
「…ふふふ、やっと気がついた。僕、いつ気付くか楽しみにしていたのに。メイったら全然気付く素振りないからさ、」
「まさかそうだと思うわけないじゃない!何でもっと早く言ってくれなかったの?」
夫の腕の中から夫の顔を見つめる。成る程そうだ。しっかり観察すれば、夫はアイツの顔そのものだった。……同一人物なんだから当たり前だが。
「君が自分から気づいてくれるのを待っていたんだよ」
「もう。ーーーねえ、ルーカス」
「なぁに?」
「今から私がずーーーっと胸に秘めてきた、ある仮説を話すわ」
「仮説?」
「もし、全てが正しいのならば、」
ーーー貴方は、悪魔なんでしょう?
私は小さく、くすりと笑った。
そう、それはあの部屋にまつわるジンクス。
『悪魔の血が流れる』アイツこと、貴方が産まれた国は、私の国の政敵だった。私の国が大国の貴方の国に勝つことなんて、まず有り得ないのに。愚かな虚栄心に過信された、私の国は欠陥ね。
暗黙下で緊張が高まる国家間の懸隔の最中に、敵だらけとも言える私の国の王宮にやって来た貴方は、王宮の皆から忌み嫌われた。特異な美しい容姿がまたそれを加速させて。穢れをしらない当時の私が幼い貴方に惚だされるのを懸念したお父様達は、私にあの部屋は嫌悪すべきものと植え付けた。
『あの部屋を絶対に覗いてはいけないよ。見たら最後、君は戻れなくなるからね』
『彼には悪魔の血が流れているからだ。執拗に執着すると、お前は彼に喰われてしまうぞ』
この言葉の真実。
それは、私が貴方と恋に落ちないようにするための1本の命綱だった。
貴方を人知れず王宮に住まわせ、人知れず退出させると言う秘密の計画は、貴方と出会った私によって、全てぶち壊されたってわけ。
あの部屋。
広い広い王宮の最奥部にある真紅の扉が目印のあの部屋。
それは、私が貴方に出会ったーーーー始まりの部屋。
ぼやっとした裏設定↓↓↓
主人公の小国→絶対王政。最近主人公の父親である国王が調子に乗り出して、好戦的な国家に変貌している。大国を従属させようと息巻く。王政に国民は不満気味。多分クーデターとか革命とか起こって王政が打破させられると思う。そんで共和制になる。
アイツ=主人公の夫の大国→王政っていうより、民衆議会の最終決定権を王宮が持ってる感じ。アメリカのような存在の王国。領土が広く、土壌は豊か。






