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アイスオーガ奮闘記  作者: ポンタロー
9/13

回想3

俺、西宮統麻は憎んでいた。人間、妖怪、半妖といった全ての者達を憎んでいた。

いや、本当は憎んでいたのではない。恐れていたのだ。あいつらは恐ろしい。顔ではニコニコと笑っていても、心の中では常に互いを僻み、妬み、罵り合っているのだ。

俺には不思議な力があった。人の心が読めるのだ。これは、西宮家に意図的に造りだされた、人造半妖である自分に与えられた特殊能力。

しかし、この能力は当時まだ五歳であった俺には非常に残酷なものだった。

俺は四大家の一つ、西宮家で生まれた。四大家とは、古来より妖怪達と協力して魔と戦ってきた術者の一族。東岡、西宮、南都、北神の四つからなり、その中でも西宮家は、東岡家に次ぐ地位を持つ名門であった。

しかし、俺の父でもある西宮家頭首はこの地位を不服としていた。四家の価値を決めたのは単純に霊力の差だった。霊力とは生まれつき絶対量が決まっているもので、修行などで増幅できるものではなかった。東岡家の一族が持つ霊力は、他の三家を遥かに上回っていたのだ。

故に、最も重要なお役目とされる冥府の門の人柱のお役目は、常にその時、東岡家で最も霊力の高い者が担う決まりであり、それ故に東岡家は四大家筆頭一族であった。

俺の父は考えた。ならば造ってやる。東岡家に負けぬ使い手をこの手で造ってやる。どんな手段を使っても、と。

こうして俺は生まれた。俺にとって、親とは単純に自分を造りだした者、という存在でしかなく、そこには家族としての愛情も絆も存在しなかった。能力が目覚めてからは、さらにその溝は深まった。

父に会う度、父の心の声が聞こえる。便利な道具としか見ていない父の心の声が。

母に会う度、母の心の声が聞こえる。薄汚い化け物としか見ていない母の心の声が。

実の親でさえこうなのだ。俺が、他の者達を一切信じられなくなるのに時間はかからなかった。

そう、東岡舞乃と会うまでは……


俺と舞乃が初めて出会ったのは、俺が一五、舞乃が一三歳の時であった。俺が西宮の本邸で、一人稽古に励んでいた時のことだ。この時、すでに俺は組織に所属しており、組織のナンバーⅠとなっていた。俺の父は大層喜んだが、俺はその様子を完全に冷めた目で見ていた。父の心は、我が子が誇らしいといったものではなく、道具が期待通りの性能を発揮したというものと同じであったからだ。

この時、俺はすでに他人を信じることを完全にやめていた。そんな時だ、舞乃に出会ったのは。稽古を終えて水を飲んでいる俺に、一人の少女が近づいてきた。

変な少女だった。ぱっちりした瞳に、艶やかな長い黒髪。高そうな着物を着ている様は、一見すると日本人形のようだが、顔は恐ろしく無愛想だった。俺はその女の子の心を読む。

(こいつ、目つき悪い)

間違いなく自分より年下の少女に、目つきが悪いと非難されていることに軽く憤りを感じたが、向こうはそれを知らないので表情には出さなかった。俺は思った。

(さてさて、普通なら愛想笑いを浮かべて自己紹介だろうが、このガキの第一声は一体……)

「お前、目つき悪いな」

「ぶっ!」

俺は、思わず飲んでいた水を噴き出した。その水が、見事に舞乃の顔に掛かる。

「汚いぞ」

「お前のせいだろうが!」

顔を拭きながら抗議してくる舞乃に、俺は咳き込みながら答えた。

「私は何もしていないぞ」

「初対面の人間に目つきが悪いなんていう奴が、何言ってる」

俺は困惑していた。今までこんな人間に会ったことがなかったからだ。

「むっ、そうか。まあいい。今度から気をつけろ」

「気をつけるのはお前だ」

ハンカチをしまいながら言う舞乃に、俺は小さくそう呟いた。

「で、お前は誰だ?」

「私は東岡舞乃。よろしく」

そう言って、舞乃は右手を差し出す。その顔は、全然よろしくしてほしそうには見えないが、俺は一応その手を取った。

「東岡って、あの東岡か?」

「どの東岡か知らんが、多分その東岡だ」

舞乃が相変わらずの無愛想で告げる。俺は内心で思った。

(何で東岡家のガキが西宮に。犬猿の仲だったはずだが……)

「不思議か? 何で西宮家に、仲の悪い東岡家の者が来たのか」

「…………」

これには俺も驚いた。今まで相手の思考を読んで驚かせてきたのは自分の方だったからだ。

「父様の用事だ。詳しくは知らん」

俺の心情を知ってか知らずか、舞乃はそう言って屋敷の縁側に腰を下ろす。

「用事が済むまで、遊んでなさいと言われた」

「それがどうしてこんなところに来てんだ?」

「むっ、仕方ないだろ。広いお屋敷なんだから」

舞乃が無愛想に口を開く。しかし、なんとなく俺には頬を膨らませているように見えた。

「それよりお前、さっきのは良くないぞ。女の子に水を吹きかけるなんて。私だから良かったようなものの」

「だから、お前のせいだろうが、それにお前じゃねー。俺には西宮統麻っていう名前がある」

本当に変なガキだ、と俺は思った。そしてそれが、俺と舞乃の出会いだった。


二度目の出会いは衝撃だった。夜の稽古から帰って風呂場に直行。扉を開けると、そこには半裸の舞乃がいた。まだ少女と言っていい年齢の舞乃の体に、俺は一瞬で釘付けになった。ほっそりとしたうなじに、艶やかな黒髪。抱きしめると壊れてしまいそうな華奢な体は、壊れてしまうと分かっていても抱きしめたくなるほどの強烈な衝撃だった。

「き、綺麗だ……」

俺は思わず声に出してしまっていた。自分はこれまでの人生で、女を美しいと思ったことはなかった。体よりも心が先に見えてしまうから。どれだけ器が綺麗でも、中身がドロドロでは興味も失せる。しかし、目の前の少女は違った。俺は無意識の内に手を伸ばしてしまっていた。その気配に舞乃が気付く。

「だ、誰だ!」

舞乃が慌てて体を隠す。俺も慌てて手を引っ込めた。

「こ、こんなところで何やってんだよ?」

俺は内心焦っていた。正直なところ、どう対応していいのか分からなかったからだ。かつて、これほどのパニックに陥ったことは無かった。

「み、見れば分かるだろう。ゆ、ゆ、湯浴みだ!」

舞乃の方も相当慌てている様子で、所々声がどもっている。

相手も混乱していることが分かり、俺は、若干落ち着きを取り戻した。

「だから、何でここで湯浴みしてんだよ?」

「きょ、今日はここにお泊りなのだ。だから、ゆ、湯浴みで、それから風呂場に……」

「わ、分かったからちょっと落ち着けって。とりあえず服着ろ。なっ!」

「……あっ!」

自分の格好に気付いた舞乃が慌てて叫ぶ。

「ふ、不埒者! いつまで見ているのだ!」

舞乃の顔は真っ赤だった。俺も釣られて赤くなる。しかし、何とか言い返した。

「ふん。誰がガキの体なんか見たいもんかよ。もうちょっと成長してから言え。ぺチャパイ」

俺の言葉に舞乃が叫んだ。

「ぺ、ぺチャパイとは何だ。ぺチャパイとは。これでも少しは大きくなったのだ。見ろ!」

そう言って、舞乃はやけくそ気味に前を隠していたものを下げる。慌てたのは俺だ。

「ば、馬鹿!」

俺は慌てて扉を閉めた。自分の顔が鏡を見なくても分かるくらい赤くなっていることは、はっきりと分かった。


それから舞乃は、度々西宮家を訪れた。西宮と東岡はそう離れてはいない。というより、四大家全てが京都各地に点在しているのだ。俺も、最初こそ邪険に扱っていたが、歯に衣着せぬ舞乃の物言いに次第にその心を開いていった。そんな時だ、父から、舞乃が自分の許婚であると聞かされたのは。

「お前、俺の許婚なんだって?」

その日俺は、いつも動じない舞乃をからかおうと口を開いた。

「むっ、ばれてしまったか。そうだ、私はお前の嫁だ」

やっぱり動じない。まあ、予想通りではあったが。

「知ってたのか?」

「この前、父様に聞いた」

舞乃は相変わらずの無愛想。

「お前はそれでいいのか?」

「むっ、良いも悪いもない。私は父様の言いつけに従うだけだ。もっとも……」

定位置となった縁側に座っていた舞乃がピョンと立ち上がる。

「お前なら、別に構わん」

「な、何言ってんだよ!」

俺は狼狽していた。今までこんなことは一度もなかったのに。

「お前は、面白い奴だからな」

「ああ、そういうことね」

俺は少し落胆したが、ほんとに少しだ。後は、嬉しかった。本当に。

しかし、それから舞乃は姿を見せなくなった。舞乃の消息を知ったのはしばらく後のこと、しばらくしてから俺は知った。婚約の破棄と舞乃の人柱のお役目を……。

そして、自分は西宮家から破門された。父の不始末の責任をとって。もっとも、あんな家には何の未練も無かったが。



「……ずいぶん昔のこと思い出しちまったな」

暗闇の中で俺は目を開く。もうすぐ、約束の時間。自分が全てを知ったのは、全てが終わった後だった。でも、まだ終わりじゃない。そのために自分は全てを捨てたのだ。

そして、俺は歩きだす。最後の戦いへと向かうために。

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