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アイスオーガ奮闘記  作者: ポンタロー
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第四章 終わりの始まり

由希乃が遊びに来る。今から二時間後に。俺のテンションは上がりっぱなしだった。というか、テンパッていた。どうしよう。やばい、どうしよう。一応、今日部屋にいるのは自分だけ。にゃーこは近所で猫の集会だし、命は友達の家に遊びに行っている。

つまり、今日この部屋にいるのは俺だけ。好きな女の子と部屋の中で二人っきり。

どうしよう。やばい、どうしよう。一応今日は夕食を作りに来るという名目だった。

材料は由希乃が買ってくるって言うし。あ、そうだ。飲み物買ってこよう。

もはや、ラリッてるのとほとんど変わらない俺は、財布を掴んで慌てて部屋を飛び出した。


無事、コンビニで飲み物を買い終えた俺は、足早に自分の部屋に戻る。すると、アパートの前に一人の女が立っていた。しかし、どう見ても普通じゃない。

何故なら、その女はメイド服に身を包んでいたからだ。頭にはちょこんとカチューシャも載っている。一瞬コスプレかとも思ったが、本人は姿勢を正し、至極真面目な顔で立っていた。

女の容姿を見て、俺はさらに驚いた。綺麗な銀髪をたなびかせ、胸はさほど大きくはないが、スラリとした肢体は、まるで妖精のようだ。

なによりとてつもない美人。モデル雑誌の表紙に載っても不思議じゃないくらいの美人である。このままずっと眺めていたいとも思ったが、もうすぐ由希乃が来る。

俺が足早にメイドさんの横を通り過ぎようとしたその時、

「アイスオーガ殿とお見受けします」

「…………」

俺は一瞬で後ろに飛び、距離を取る。この女、何者だ? 何故、俺の暗称を知っている? 俺は、警戒を最大限まで強める。リングも……よし、ちゃんと付けてる。

しかし、メイドは相変わらずのすまし顔。

「俺を知ってんのかい?」

「私どもの世界では有名ですので」

「へえ、そいつは光栄だね」

誰だ? どう見ても日本人じゃない。外人に知り合いはいないはずだけどな。

もっとも、ただの人間にも見えないが。

「申し遅れました。私は東岡リーナ。四大家の一つ、東岡家で女中をしている者です」

「その女中さんが、俺に一体何の用だい?」

「仕事の依頼に来ました」

「悪いが、仕事の依頼なら組織を通してもらえるかな。一見さんはお断りだよ」

只者じゃないとは思っていたが、まさか東岡家とは。俺は内心の動揺を隠しつつ答えた。

「存じております。すでに組織には話を通してあります。どうしても、可及的速やかに対処しなくてはならない懸案でしたので、失礼を承知で直接伺いました」

そう言って、リーナは一通の封筒を差し出す。真っ赤な色の封筒を。その封筒には、消印も宛て先も差出人も無い。ただの趣味の悪い赤い封筒。

組織では盗聴されるのを防ぐため、標的に関する情報を赤い封筒に入れてエージェントに配布する。いつもは楓か紫苑から直接手渡されるのだが。この封筒を持ってきたということは、これは組織に正式に依頼された任務ということだ。俺は緊張した面持ちで封筒を受け取る。

「へえ、そいつはご苦労なことだな。で、今回の標的は誰だい?」

「鬼です。それも上級魔に喰われた」

リーナが淡々と告げる。

「上級魔、だと。可及的速やかにってことは、まさかもう第二段階なのか?」

「いいえ」

「じゃあ……」

「まだ、周囲に喰われた跡は見当たりませんので、第一段階だと思われます」

リーナがこれまた事務的な口調で答える。

アーカイブでは、上級魔に存在を喰われた妖怪を侵食体と呼び、その妖怪が望みを叶えるまでを第一段階、望みを叶え終え、完全に侵食されて他の者を喰らうまでを第二段階と呼んでいる。第一段階ならばまだ間に合う。己の望みを叶える為の自我が残っているからな。

「冥府の門が開いたのか?」

「いいえ、現在のところ、冥府の門が開いたという情報はありません」

「じゃあ、なんで上級魔が出てくる?」

「先日、アーカイブのレーダーがごく短時間ですが、かなり高レベルの瘴気を感知しました。あまりに短い時間でしたし、示した数値が通常の冥戸としてはありえないくらいの高さでしたので、その時はレーダーの誤作動として処理されたのですが、今となってはそこから現れたものと考えられます」

「上級魔は冥戸からは出てこないんだろ?」

「はい、確かに今まで上級魔が冥戸から出てきたことはありません。しかし、それは前例がないというだけのこと。一〇〇パーセント確実に出てこない訳ではありません」

「…………」

「それはともかく、現在はこの侵食体への対処が最優先です。すでにこの侵食体は、東岡家と西宮家を襲い、両家の術者達を壊滅させた上、両家の秘宝を盗み出しました」

リーナの声に初めて感情が篭る。俺は封筒を開け中身を取り出した。何枚かの写真と書類が出てくる。いつもより多いな。そして、標的の顔を見た瞬間、俺の心臓が凍りついた。

「標的の名は、西宮統麻。東岡家と西宮家の術者を壊滅させ、両家の秘宝を盗み出した組織の現ナンバーⅠです」

事務的に話すメイドの声が、俺には全く聞こえなかった。


リーナからの命令書を受け取った後、俺はすぐさまアーカイブへと向かった。

「どういうことだ?」

乱暴に支部長室のドアを開け、中にいた楓と紫苑に問い掛ける。

「聞いた通りよ」

俺が来ることを予想していたのだろう。楓が淡々と答える。

「昨夜未明、西宮統麻は京都にある西宮本家を襲い本家の秘宝を強奪。続いて東岡本家を襲い同様に秘宝を強奪。その際、強奪を阻止しようとした両家の術者一〇〇人を半殺しにしてね」

楓が事務的な口調で告げる。まじかよ、信じられない。

「京都支部のエージェントは行かなかったのか?」

「間に合わなかったわ。両家が襲われてから統麻が逃亡するまでに、一五分と経っていないのよ。さすがに、ナンバーズのⅠってところかしら」

楓がため息を吐く。その皮肉を笑える者はこの場にはいなかった。

「両家の重鎮達はカンカンよ。明らかな協定違反だからね。しかも、犯人はアーカイブのナンバーⅠ。向こうは協定を破棄するとまで言っているわ」

組織を維持するには金が掛かる。長く続く組織の歴史の中で、東岡と西宮の両家は金銭面でも組織を支えてきた。また今日、魔の存在を国に認知させ、組織設立を後押ししたのもこの両家だ。両家が協定を破棄するということは、組織が潰れるということに等しい。

んっ、待てよ。

「確か統麻は西宮家の人間だよな。協定違反にはならないんじゃないか?」

俺の言葉に楓が大きなため息を吐く。

「残念ながら、なるのよ」

「何で?」

「統麻が半妖だから」

楓が言いにくそうに答えた。

「順を追って説明するわね。統麻は確かに西宮家の人間よ。しかも、現頭首の実子。普通なら確かに協定違反にはならないわ。統麻が普通の人間だったらね」

「どういう意味だ?」

「統麻はね。破門されているのよ。西宮家からね」

「は? 何で?」

「ナンバーⅠになったからよ」

「すまん、さっぱり分からん」

頭がパニックになってきた俺に、楓は困ったように尋ねる。

「凍士。組織は妖怪側と人間側どっちだと思う?」

どっち側って、組織には妖怪も半妖も人間もみんないるだろ。でも、割合から言って……

妖怪側?」

俺の言葉に楓が頷く。

「正解。組織はね、妖怪側なの。少なくとも妖怪側のトップである元妖院と人間側、まあ、術者側と言ってもいいけど、のトップである元霊院にとってわね。現在組織に所属している術者はみんな、各術者本家からの出向ということになっているわ。表面上はね」

「で、今言ったことと今回のことに何の関係があんの?」

「半妖もね、妖怪と同じなのよ。彼らにとってはね」

楓はそこで一旦言葉を切る。

「だから、半妖である統麻が起こしたことは、妖怪側に非があるっていうのか?」

「そういうこと。でも、それだけじゃないわ」

楓がつまらなそうに呟く。

「まだ、何かあんのか?」

「統麻はね。西宮家に意図的に造られた人造半妖なのよ」

「何だそりゃ?」

「まあ、最後まで聞いて。四大家は東岡、西宮、北神、南都から成る術者の名門。その中の筆頭が東岡家よ。ここまではいいわね」

「ああ」

この話は、組織に入ったばかりの頃、嫌と言うほど聞かされた。

「でね、ここからは胸糞悪くなる話なんだけど、西宮家の頭首、つまり統麻の父親は、自分達の地位が不服だったみたいなの。四大家の地位の優劣を決めたのは、単純に霊力の大きさだったわ。霊力の大きさは生まれつき決まっているもので、修行や努力じゃどうにもならないのよ。だから彼は考えたの。西宮家を筆頭一族にする為に、妖怪の力を使って東岡家よりも優秀な術者を造ろうってね」

「それでできたのが統麻だってのか?」

「ええ、計画は成功。おそらくは歴代最高の使い手が生まれたわ。そして、西宮の頭首は組織へと所属させた。あなたも受けた最終試験にも見事合格。歴代屈指と言われた当時のナンバーⅠ、玉藻を倒してね」

「まじかよ。いきなりナンバーⅠを倒すなんて」

「頭首は大喜び、これで自分達が筆頭になるのは確実だと思っていたからね。でも……」

「そうはならなかった?」

「そう、統麻がただの術者だったなら、確かに西宮家が筆頭になっていたかもしれない。長い組織の歴史の中で、ただの術者がナンバーズに勝つなんてことなかったからね。でも、ばれてしまったの。統麻が半妖であることがね」

「でも、半妖は元々妖怪と術者達が考えて造り出されたもんだろ。統麻が半妖だとばれると何かまずいのか?」

「当然よ。前に言ったでしょ。半妖が生まれる確率は一〇〇〇〇人に一人。そしてこれも魂を受け取るのが一般人の場合の話、受け取る側が生まれつき霊力の高い術者なら、その確率はさらに下がるわ。それに、そもそも人間である術者達は、魔に喰われる危険性がないんだもの。だからいくら協力すると言っても、そもそも自分達を半妖化する必要なんてないでしょ。術者達から見れば、妖怪さえいなくなれば問題解決なんだから。でも、侵食体が増殖しはじめたら困るから、とりあえず協力しているの。にも関わらず自分の家の者を半妖化して、万一喰われたりしたら大恥よ。彼らにとってはね。そんな間抜けの頭首の一族が筆頭になることはないわ」

「そういうもんか」

「そういうもんよ。まあ、それだけじゃないんだけど」

「どういうことだ?」

「ねえ、凍士。あなたまさか、西宮家の頭首がそんな確率の低いギャンブルに、いきなり自分の息子を一発目で使うなんて思ってないわよね?」

俺の背筋に悪寒が走る。

「それって、まさか……」

「そう、裏は取れてないんだけど、どうやら西宮家は術者の半妖化成功率を上げるために、かなりの数の術者を使って、人体実験を行ってたみたいなの。残念ながら証拠はまだ見つかってないんだけど……」

「そんな……」

「統麻の件がばれて以来、一時は西宮家を、四大家から外そうという声も出たわ。それほど西宮家のしでかしたことは大きかったの。そして、焦った頭首の出した答えが……」

「統麻の破門か」

「そう、統麻は西宮家とは何の関係も無く、しかも自分の子供でもないって。わざわざ偽のDNA鑑定まで行ってね」

「嫌な世界だな」

「そうね、ほんとにそう」

楓が困ったように笑った。

「で、統麻の襲撃で頭首は死んだのか?」

俺の言葉に楓は首を横に振った。

「いいえ、個人的には非常に残念ながら健在なの。襲撃時、どうやら元霊院で会議があったらしくてね。不在だったわ。だから、主だった両家の重鎮達もみんな健在よ」

楓がため息を吐く。

「とにかく、これは組織全体の壊滅の危機よ。両家は即刻、西宮統麻の処分と秘宝の奪還を指示してきたわ」

楓はそこで一旦言葉を切り、極力感情を押し殺すようにして俺に告げた。

「でね、凍士。元妖院から、あなたに正式に統麻を処分するよう命令が来たわ」

頭をハンマーで殴られたような気がした。

「理由は分かってるわよね。統麻は組織のナンバーⅠよ。しかも、侵食体。生半可なエージェントではとても太刀打ちできないわ。なんとかできるのは、ナンバーⅡのあなたくらいなのよ」

「由希乃はこのこと知ってんのか?」

「いいえ、まだ伝えてない。本人が知らないとはいえ、東岡家の人間だから伝えた方が良いのかも知れないけど。統麻にきつく口止めされたからね。それから、あの子にも……」

舞乃のことだ。あいつの最期の頼みを反故にするような真似は、俺達にはできない。

「分かった。由希乃には黙っててくれ」

「引き受けてくれるの?」

「まだ分からない。とりあえず、あの馬鹿捕まえて話を聞いてくる。居場所は分かってんのか?」

「目下全力で捜索中よ。情報が入り次第、すぐに連絡するわ」

「分かった。それと盗まれた秘宝ってのは何なんだ?」

「純妖石と水晶石よ」

二つの内、一つには聞き覚えがあった。もっとも、あまりいい思い出は無いが。

「水晶石については知ってる。純妖石ってのは?」

「極めて純度の高い妖力の結晶よ。でも、基本的にはそれだけ」

「それだけ?」

「そう、それだけ。でも、使い方によっては大災害を引き起こすことができるわ」

「どうやって?」

「言ったでしょう。これは純度の高い妖力の結晶なの。あなたも知ってるでしょう。妖力を餌にする存在を」

「まさか」

「そう、魔よ。でも、冥戸は不定期にいろんな場所に現れるし、それほどの被害は受けないわ。でも……」

「でも?」

「ある場所で使うことによって、この秘宝は最悪の存在を呼び起こすの」

「それってつまり……」

「そう、この秘宝はね、富士山で使うことによって、冥府の門を召喚するのよ……」

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