エピローグ
「あ、帰って来たにゃ!」
「ほんとだ、お帰りー!」
組織を出た俺は、由希乃を伴ってアパートに帰って来た。アパートの前ではにゃーこと命が待っている。俺は二人の声に軽く手を振って応えた。ただいまの一言が妙に照れくさい。
二人は嬉しそうに俺に近寄り、
「ぐほっ!」
突撃してきた。にゃーこは毎度の頭突き、命は○イコクラッシャーだ。それぞれを腹と顔に受けた俺は、悶絶しながらブロック塀にめり込んだ。こいつら絶対俺より強い。
「ちょっと、凍士大丈夫?」
瀕死の俺に、由希乃が慌てて駆け寄る。
「むっ!」
「むっ!」
由希乃に膝枕で介抱されている俺に、にゃーこと命がゆっくりと近づいてきた。
気のせいか、二人の背後からゴゴゴという地鳴りのような音がする。
あと、うっすら青筋が浮かんでいるような気も。俺は慌てて立ち上がった。
「誰、その女?」
「誰にゃ、そのメスは?」
かつてないほどの二人の迫力に、俺の頬から汗がしたたり落ちる。この状況はまずい。ここで選択を誤ると俺の人生は終わる、ような気がする。俺は、熟慮に熟慮を重ねた結果……
「初めまして。凍士の妻の東岡由希乃です。よろしくお願いします」
ちゅどーん。どこかで何かが爆発したような気がした。しかも、アルマゲドン級。
「ご、ごめんなさい。今、何と?」
「さ、最近耳が悪くなったような気がするにゃ。もう一度言って欲しいにゃ」
二人は軽くよろめきながら答える。その足元は、生まれたての子馬のようにプルプルしていた。
「凍士の『妻』の東岡由希乃です。よろしくお願いします」
由希乃は妻の部分を妙に強調して繰り返した。俺はフリーズ中。何かが、ここで口を挟まない方がいい、命が惜しければと警告していた。二人とも、きっかり一〇秒ほど固まった後、
「なんですってーーー!」
「にゃんですってーーー!」
二人合わせて絶叫した。
「つ、つ、ツマってお刺身に付いてるあの大根のこと?」
命は頭が回っていないのか、かなり苦しいことを言い出した。
「生涯の伴侶という意味です」
そして、由希乃はニッコリ。命はブルブルと震えながら、ゆっくりと俺に目を向けて、
「どういうこと?」
と尋ねた。すでに命の震えは止まり、代わりにアーカイブのナンバーⅡである俺でさえ泣いて逃げ出しそうなほどの眼光でこちらを睨んでいる。
「最近元気がないから心配になって来てみれば、女連れでご帰宅とはいい度胸じゃない。きっちり説明してもらいましょうか」
命の目が怖い。何か後ろにドデカイ熊が見えるんですが。
「違うんだ。これには訳があってだな」
「じゃあ、妻じゃないのね?」
「いや、そうじゃないこともないような……」
シュパッ! あ、あぶねえ。突然の背後からの一撃を俺は寸でのところで避けた。頬からは一筋の血が流れ落ちる。後ろを見るとにゃーこが無表情で立っていた。右手の爪が妖しく光る。
「ご主人様、にゃーは悲しいにゃ」
今度はにゃーこが右手を構えながら、ゆっくりと近づいてきた。
「にゃーはご主人様を、優しくて真面目な正直者に育ててきたつもりにゃ。それを、こんなどこの馬の骨とも知らないメスに騙されるなんて、にゃーはとても悲しいにゃ」
「お前に育てられた覚えなんかない!」と叫びたかったが、ここでも何かが、それは言わない方がいい、言えばお墓直行確定です。と警告していた。
「だから、これには訳が……」
「じゃあ、妻じゃないにゃ?」
よし。ここは一旦否定して、ほとぼりが冷めるのを待とう。
「ああ、妻じゃな……」
ドゴン! 今度は空から円錐状の物体が高速で落下してきた。霊力を圧縮した物だ。何とか避けたが、物体の落ちた箇所には大きなクレーターができている。あ、あれが頭の上に落ちたら……
「あ、ありえねえ……」
別の方向を見ると、今度は由希乃が笑顔のまま口を開いた。
「あれ、私も良く聞こえなかった」
そして、ゆっくりと俺に近づく。
「私は凍士の妻だよね?」
笑顔のままだが、目が全く笑っていない。三度何かが、ここで選択を間違えると即死だと告げていた。それくらいはさすがに分かる。さ、三人のモンスターに囲まれてしまった。
これはどうやら、どの選択肢を選んでも死亡フラグになりそうだ。
統麻、お前の言うとおりだ。世の中そんなに甘くない。




