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アイスオーガ奮闘記  作者: ポンタロー
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第八章 想いの行く先

あれから三日が過ぎた。統麻の件はアーカイブ内であくまでも秘密裏に処理され、組織全体に広まることは無かった。そりゃそうだ、ナンバーⅠが愛に狂って暴走しましたなんて、とてもじゃないが言えないからな。

秘宝の件は、意外なことに何のお咎めも無しだった。水晶石は持ち帰ったものの、純妖石に関しては粉々に砕け散ってしまい、回収不可能だったのだ。さすがに責任を取らされるかと思ったが、冥府の門の出現を阻止したことに免じて不問とされた。

統麻が逝ったあの日から、由希乃には会っていない。この事件の後、紫苑に預けたきりだ。由希乃には、統麻のことは殉職として伝えられたらしい。会いに行こうと何度も思ったが、いつも直前になって思い直す。あいつの家族を二人も奪った男が、どの面下げて会いに行けばいいのか。舞乃に許されても、統麻に許されても、由希乃に許されたわけじゃない。

もしかしたら、もう会わないほうがいいのかもしれない。紫苑ならば、由希乃のことをちゃんと支えてくれるだろう。もし、由希乃が誰かから狙われるようなことがあったら、その時は必ず守り、あくまでも影から見守るだけにしよう。そう、思っていた。

組織のミーティングで由希乃の顔を見るまでは……。


開いた口が塞がらない。俺は、しばらくの間声を発することができなかった。紫苑は、そんな俺を尻目に、淡々と報告する。

「えー、今日付けで配属になった東岡由希乃よ。一応、面識はあるわよね。実戦経験はまだ無いけど、非常に優秀な術者だから。みんな、よろしくね。それじゃ由希乃、一言挨拶して」

紫苑の短い紹介の後、レジストスーツを着た由希乃はゆっくりと壇上に上がった。

「この度、組織に配属されました東岡由希乃です。まだ未熟者ですが、精一杯頑張ります。よろしくお願いします」


「どういうことだ!」

ミーティングが終わった後、最後に部屋を出ようとした紫苑を引き止める。自分でもはっきりと、頭に血が昇っているのが分かった。掴み掛からなかったのが不思議なくらいだ。

「何が?」

「何で由希乃がここにいる!」

「それが、彼女の意志だからよ」

紫苑は、凛とした声で答える。

「彼女が決めたことを、私達がとやかく言うべきでは無いわ。もちろん、戦力的な意味合いもある。それに、彼女を守るなら目の届く所にいてもらった方が得策でしょう?」

「ふざけんな! あいつを戦いに駆り出すことの何が得策なんだよ!」

とても冷静ではいられない。

「言ったでしょ、これは彼女の意志なの。私が強要した訳じゃないわ。それで納得出来ないなら……」

そう言って、紫苑は俺の背後に視線を向ける。

「直接、本人に聞いたらどう?」

そこには由希乃が立っていた。


「久しぶりだね」

そう言った由希乃の声は、とても明るいものだった。とても兄を失った直後とは思えない。

「そうだな」

俺はそう答えるのがやっとだった。言いたいことがいっぱいあるのに、聞きたいことがいっぱいあるのに、うまく伝えることができない。謝ればいいのか怒ればいいのかさえ分からない。

「どうして組織に入った? ここは、お前のいるべき場所じゃない」

なんとか絞り出した俺の質問は、由希乃の質問によって返された。

「私のいるべき場所ってどこ?」

由希乃の声はあくまでも穏やかだった。

「私のいるべき場所ってまだあるのかな?」

頭を思い切り殴られたような気分だった。そうだ、こいつの居場所を奪ったのは俺だ。

俺に何か言う資格は無い。復讐に殺されても文句は言えない。

「お前は何がしたいんだ?」

「えっ?」

「統麻の敵を討つために、ここに来たのか?」

俺の質問に、由希乃は少し時間を置いてから答えた。

「そうだって言ったらどうする?」

心が重くなる。まるで、体の中に鉛を流し込まれたように。

「別に何も。お前には当然の権利だ」

極力、感情を表に出さずに答えたつもりだったが、声が少し震えていたかもしれない。

「そう……」

俺の答えに、由希乃は少し寂しそうに言った。

「相手は分かっているのか?」

きつい。この質問をするのは、今まで生きてきた中で一番きつかった。

「うん」

由希乃は、はっきりと答える。

「そうか……」

言葉を上手く紡げない。

「じゃあ、やれよ」

俺は静かに両腕を広げ、抵抗の意思は無いことを示した。

「いいの? 私、結構強いんだよ。神巫女なんだって。霊力では最高ランクだって言われた」

由希乃は静かに右手を前に出した。

「言ったろ。お前には当然の権利だ。家族を殺されて人生めちゃくちゃにされたら、誰だって復讐したくなるさ」

由希乃の唇が、微かに震えているような気がする。

「言い訳しないんだね」

「ああ」

迷わず答える。

「どして?」

「後悔してないからだ」

「何とも思わないの?」

由希乃の目は潤んでいた。凍りついた心が痛い。こいつにこんな顔をさせているのは俺だ。

「思わないわけないだろ。統麻は親友だぞ。何とも思わない訳がない。俺が後悔していないと言ったのは、自分のした選択にだよ。きっと、何度同じ場面が来ても俺は同じ選択をするよ」

「…………」

「でも、ごめんな」

それは、本心からの言葉。そう、届かないと分かっていても伝えたい本当の想い。

「今更?」

由希乃は、少し驚いたようだ。

「俺がもっと強かったら、俺にもっと力があったら、みんな助けられたかもしれない」

「…………」

「だから、弱くてごめんな」

由希乃は、押し黙ったまま何も答えない。

「言いたいことは終わった。やれよ」

由希乃の右手に霊力が集まる。やがて、それは収束し、由希乃の右手に鋭利な刃を形作った。

なるほど、ただ霊力を飛ばしただけじゃ、大した威力にはならないからな。でも、あれだけ圧縮した霊力なら多分死ねるだろ。由希乃が、ゆっくりと俺に近づく。

「じゃあね」

「最後に一つだけ頼みがある」

「何?」

「これが済んだら、組織を抜けろ」

「…………」

由希乃は息を呑んだ。

「お前は、復讐のために組織に入ったんだろ? なら、俺を殺したら普通の生活に戻れ」

「馬鹿じゃないの!」

由希乃が大声で叫んだ。感情を爆発させたかのような叫び。こいつのこんな顔は初めて見る。

「できるわけないじゃん! 人を殺して普通の生活になんて戻れるわけないじゃん!」

「それでも戻るんだ」

俺は静かに告げた。こいつにだけは、こんな世界にいて欲しくない。

「お前にだけは普通に生きて欲しい。それがあいつらの願いだ」

由希乃が唇を噛み締める。口から血がしたたり落ちるほどに。

「その台詞、凍士にだけは言われたくない」

「そうだな……」

俺は苦笑した。確かに俺にはそんな資格は無い。でも……

「確かに俺の言えた義理じゃない。でも、それでも今の言葉だけは覚えておいてくれ」

静寂に包まれた時間が過ぎる。途方も無く長く感じる時間。

「分かった」

由希乃は、何かを堪えるようにして言った。その心情は読めない。

「良かった。じゃあ、やれよ」

由希乃が再び近づく。もう五〇センチも離れていない。俺は静かに目を閉じた。

奇妙な話だが、不思議と気持ちは穏やかだった。

ああ、そうか。俺はきっと償いたかったんだ。許されていても、後悔してなかったとしても、きっと心のどこかで贖罪を求めていたんだ。

今頃になって、ようやく分かった。由希乃に俺の気持ちを伝えられないことだけが、唯一の心残りだが。どれくらいの時間が経っただろう。不思議なことに、まだ生きている。不意に暖かい感触を感じて目を開けた。いつの間にか、由希乃が俺に抱きついている。

「ホントにバカじゃないの!」

由希乃は、俺の胸に顔を埋めたまま呟いた。

「私が凍士を殺すわけないじゃん!」

「でもお前、敵を討ちに来たって」

「そうだったらどうするって聞いただけじゃん。はっきりそう言ったわけじゃないもん」

俺の言葉に被せるように由希乃は叫んだ。

「じゃあ、なんでこんなところに?」

「謝りに来たの」

「えっ?」

何がなんだか分からない。由希乃に謝ってもらうことなんて、何一つ無い筈なのに。

「ほんとはね、知ってたの」

由希乃が呟くように口を開く。

「全部知ってたの。お姉ちゃんのことも、お兄ちゃんのことも、この世界のことも。そして、自分のことも」

「何で黙ってたんだ?」

なんとかそう搾り出す。由希乃の言葉は止まらない。

「だって、私が全部知ってるって言ったら、みんな壊れちゃうもん」

「…………」

「みんな、私を巻き込まないために必死になって頑張ってくれてたのを知ってたから、私にだけは、普通の暮らしをさせようって頑張ってくれてたのを知ってたから。私が全部知ってるって分かったら、全部壊れちゃう。だから、知らないふりしなきゃって。それに……」

「それに?」

由希乃は、ようやく顔を上げた。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

「会えなくなっちゃうもん!」

「えっ?」

「凍士に会えなくなっちゃうもん。凍士、私がお姉ちゃんのこと知らないって思ってたから、普通に接してくれてたんでしょ?」

「別にそういうわけじゃ……」

「そうだもん!」

由希乃の俺の服を握り締める手に力が篭る。

「ねえ、凍士。凍士は私に普通に生きろって言ってくれたよね。自分は普通じゃないから一緒にはいられないんだって」

「ああ」

「私だって普通じゃないよ」

由希乃が、ゆっくりと俺の背中に腕を回した。

「だって、神巫女だもん。私だってもう普通の生活はできないよ。だからね……」

由希乃が顔を涙で濡らしながら、口を開く。

「だから、これからも一緒にいてもいい?」

涙声で震えながら尋ねる由希乃を、俺は強く抱きしめた。

なんだよ、お前の方がよっぽど馬鹿だろ。

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