第六章 戦う理由
富士の樹海は静けさに包まれていた。木々のざわめきも動物の泣き声も聞こえない。以前に来た時には凄まじい瘴気を孕んでいたが、今ここにあるのは静寂だけだ。まもなく約束の時間。
「よう、遅かったな」
いつぞや言われた台詞を、今度は相手に返す。由希乃を連れた、統麻に。
由希乃は眠っているようだ。ありがたい。できれば由希乃にこんなところは見せたくない。
「悪いな。ちょっと出かけに手間取ってね」
統麻も軽く答えてきた。しかし、いつものように笑ってはいない。全くの無表情。
「驚いたぜ。一人とはな」
「ああ、その方がいいだろ?」
「まあな、おかげでここまでフリーパス。気配は感じたが、襲って来る様子は無かった」
「だろうな。俺がそう頼んだ」
統麻は笑い声を上げる。もちろん、目は笑っていないが。
「ははは、俺はてっきり、お前が心変わりして手伝ってくれてるのかと思ったぜ」
「ご期待に添えず申し訳ないが、そうじゃない」
俺はゆっくりと腰を上げる。
「最後に聞いておく。もう、やめにしないか?」
俺の言葉に、統麻は冷たい声で答えた。
「今更何言ってる。もう遅い。お前が俺の誘いを蹴った時、こうなることは決まっていたんだ」
「…………」
「いい加減、覚悟を決めろ」
「世界が魔で満たされてもいいのか?」
統麻は嗤った。それは嘲笑だった。
「おいおい、勘弁してくれよ。アイスオーガ様のお言葉とは思えないな。世界中の誰がどうなろうが、お前の知ったことじゃないだろ」
「由希乃が喰われてもいいのか?」
「心配するな。それは無い。」
そこで、統麻は嗤うのをやめた。
「というか、お前は勘違いしている。俺は確かに、舞乃を蘇らせるとは言ったが、冥府の門を野放しにするとは言っていない」
こいつは何を言っている。
「舞乃を蘇らせても、この世界が魔で埋め尽くされてたらどうしようもないだろ」
そう言って、統麻はまたも不敵に嗤った。
「だが、結局はそういうことだろうが!」
俺の言葉に、統麻は呆れたように首を振った。
「やれやれ、察しの悪い奴だな」
「何?」
「何で俺が、ここに由希乃を連れてきたと思う?」
「…………」
「そして、なぜ水晶石まで盗んだと思う?」
俺の背筋に急速に寒くなる。こいつ、まさか……
「舞乃を蘇らせるだけなら、門を開けて柱を壊すだけでいいんだ。なのになぜ、こんな手間を掛けたか。良いことを教えてやろう。舞乃と由希乃はな、一卵性の双子だ。人間の霊力の量は先天性のもので、修行して増えるもんじゃない。逆に言えば、修行しようがすまいが霊力量は変わらない訳だ。ここまで言えば分かるな?」
「まさか……」
「そう、由希乃を身代わりにして、俺は舞乃を蘇らせるのさ」
「ふざけるな!」
思わず怒鳴っていた。体中を激しい怒りがほどばしる。とても黙ってはいられない。
「由希乃はお前の妹だろうが!」
「それがどうした」
統麻の冷酷な一言に、俺は思わず息を呑む。
「お前に言われるまでもない。由希乃は俺の妹だ。舞乃が死んでからの二年間、俺があいつを育ててきた。本当の家族のように」
統麻は、そこで一度言葉を切る。
「でもな、凍士。物事にはなんにでも優先順位ってものがあるんだ。俺の優先順位は、由希乃よりも舞乃の方が上だったってだけの話さ」
「…………」
「たまに思うんだ。由希乃を見てるとな。どうして、人柱になるのが舞乃だったんだろうって。舞乃がそれを望んだってことは分かってる。でもな、頭のどこかで思うんだ。もし、人柱になっていたのが逆だったら、舞乃じゃなくて由希乃が人柱になっていたら、もっと違う未来があったんじゃないかってな。そう思うと、たまらなくやるせない気持ちになるんだ」
「……れ」
「ま、お前にはどうでもいい話だろ。第一、お前は由希乃のことをなんとも思ってない……」
「もう、黙れ」
俺の放った剣圧が統麻の頭上を通り過ぎる。髪が数本、宙を舞った。
分かったよ。もう、言葉は届かないんだな。
「他の奴を下がらせておいて良かったぜ」
「何?」
「他の奴がいると、はっきり言って邪魔なんだよ」
俺はゆっくりと刀を構える。目の前の敵を……殺すために。
「お前を殺すにはな」
「そうかい、やってみな」
統麻も、由希乃を下ろして左手に武器を構える。奇しくも、統麻の武器も俺と同じ日本刀だった。利き手も同じ、武器も同じ。最後の戦いの幕が上がる。
月明かりさえない闇の中で、刃と刃のぶつかり合う音だけが鳴り響く。キンッという澄んだ音を立てて交錯する刃、飛び散る火花。無音の世界の中で、互いの刃の音だけが鳴り響いた。お互い闘衣は着けていない。レジストスーツだけだ。こんな闇の中じゃ闘衣は目立つからな。
互いの武器は同じだが、俺達の戦法は驚くほど異なっていた。
俺の刀は、統麻のそれと比べると一回り小さい。剣術を修めていない俺は、相手の実力が自分と拮抗していた場合、基本的に刀を防御に重点を置いて使う。普通の日本刀に比べて小回りの利くこの刀と、自身の格闘術を組み合わせて戦うのが俺の戦法だ。
一方の統麻は幼い頃から剣術を修めているため、恐ろしく基本に忠実な正眼の構えを採る。力が拮抗している場合、それこそが最も有効であることを知っているからだ。刀を構えたあいつの間合いは、言わば結界。一歩でもその中に足を踏み入れれば、たちまち斬撃が飛んでくる。
よって、必然的にリーチの短い俺が守勢に回ることになる。
飛んでくる斬撃を、あるいは避け、あるいは受ける。そして、その直後に反撃。しかし、その反撃も統麻には届かず空を切る。
どれだけ打ち合ったか、一瞬にも永遠にも感じる時間。しかし、俺達は全く息を乱してはいない。それどころか互いに傷一つ無い。
そう、これはただの様子見。お互いが確実に余力を残している。
そして、何度目かの交錯の後、俺達は互いには距離を取った。
「おい」
統麻が口を開く。
「何だ?」
「お互い、そろそろ遊びはやめにしないか?」
「そうだな」
統麻の気が膨れ上がる。俺もそれに合わせてギアを上げた。今度はこちらが先手を取る。剣撃にフェイントを織り交ぜ、注意が上に向いた隙に足を掛ける。統麻が体勢を崩した。今だ!
「甘い」
完全に死角からの攻撃にも関わらず、統麻はこれをあっさりとかわし、俺の背後に回りこむ。
「がはっ!」
そして、強烈な蹴りを受けて俺は岩に叩きつけられた。まただ。完全に隙を突いたはずなのに、気が付くとやられているのはこちらの方。なんで、あいつにはこちらの攻撃が……
「分かるのかってか?」
「…………」
「それはな。読めるからさ、お前の思考がな」
統麻がゆっくりと近づいてくる。一部の隙も無い足取りで。
「知ってるだろ。真生の半妖は特殊な能力を持つってな。俺の能力は悟り。つまり、相手の心が読めるのさ」
俺は、統麻がこちらの間合いに入ったのを見計らって下から切り上げる。
「こんなふうにな」
しかし、統麻はそれをやすやすと避け、今度は俺の顎を蹴り上げる。
俺は、一〇メートル近く吹っ飛ばされ、今度は別の岩に叩きつけられた。
「この能力のせいで苦労したぜ。なにせ、周りにいる奴の思考を全部拾っちまうんだ。しかも、エンドレスでな。おかげで人込みは大の苦手だよ」
いつの間に来たのか統麻は俺のすぐ傍らに立ち、こちらを冷ややかに見下ろしながら言った。
「お前には分からんだろうが、人間ってのはすごいぞ。表面上はニコニコ笑っていても、心の中じゃ常に別のことを考えてやがる。妖怪も似たようなもんだ。言葉に真実なんて一つもありゃしない。嘘ばっかりだ。魔よりよほど性質が悪い。おかげで、俺は物心付いた時には、他人を信じるのをやめていたよ」
統麻はそこで一旦言葉を切り、空を見上げた。闇に染まった真っ暗な空を。
「舞乃だけだ。舞乃だけが、唯一思ったことをそのまま口に出していた。あいつの言葉は、そのままあいつの心の声だった。嬉しかったぜ。あいつが俺の許婚だって知った時はな」
統麻は笑った。心から嬉しそうに。
「けど、運命ってのは残酷なもんだ。まさか、舞乃が人柱に選ばれた、神巫女だったとはな」
そして、笑みが消える。
「なあ、凍士。お前ならどうする? 自分に死ぬほど大事なもんがいた時、そいつの命を守るか、それともそいつの想いを守るか。これは漫画やアニメじゃない。両方は選べない。正義なんて免罪符が使えるほど、世の中そんなに甘くはない。そんな選択を迫られた時、お前はどうする? 俺は命を選んだ。自分が堕ちても構わない。周りがなんと言おうが関係ない。正直、俺も他の奴がどうなろうが知ったこっちゃないんだ。それだけ舞乃を愛しているからな。お前なら、どうする?」
三度目の蹴りを喰らい、俺は宙に舞い上がった。
空中で体勢を整えようとした俺は、今度は統麻の振り上げた両手で地面に叩きつけられ、どうすることもできずに、岩にめり込む。
「ま、もっとも、お前はここで死ぬから、もう選べないんだけどな」
統麻が静かに目を閉じる。徐々にその気が膨らんでいき、やがてそれは極限まで達した。そして今、統麻の体は一回り大きくなっており、その額には二本の角が立っている。おそらくこれが統麻の完全な覚醒状態。凄まじいまでの力、そして威圧感だった。先ほどまでとは、比べ物にならないほどの。これが歴代最高と言われるこいつの力か。
「まあ、必要無いだろうが、元同僚のよしみだ。全力を持って、苦しまずに逝かせてやるよ」
再び、統麻が俺に近づく。ゆっくりと。まるで死へのカウントダウンのように。
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MEI SIDE
あたしが凍士の部屋のドアを開けると、そこでは陽菜が懸命に何かを作っていた。あたしはテーブルを覗き見る。どうやら折り紙のようだ。折り紙を何かの形に切り、大事そうに重ねている。
「何やってんの?」
あたしが声を掛けると、陽菜の肩がビクリと飛び上がった。どうやらあたしが入ってきたことに気付かなかったようだ。あたしの質問に、陽菜は嬉しそうに答えた。
「鶴を折ってるにゃ」
「いや、折ってないでしょ」
「…………」
「…………」
あたしのツッコミは神速だった。しばしの静寂が流れる。
「……鶴を折って……」
「ああ、分かった分かった。で、何で鶴なんか折ってるわけ?」
最初のやりとりをなかったことにしようとした陽菜に、あたしはめんどくさそうに言った。
「鶴を千羽折ると願いが叶うのにゃ」
陽菜はそう言うと、また作業を再開する。
「何を叶えて欲しいのよ?」
「ご主人様、元気にするにゃ」
あたしの問いに陽菜が笑顔で答えた。
「ご主人様、最近元気ないのにゃ。だから、鶴さんいっぱい作ってご主人様を元気にするにゃ」
陽菜の目は真剣だった。あたしは再びテーブルに目を向ける。そこには不揃いに切られた鶴がいくつも重ねられていた。一〇〇や二〇〇ではない。あたしはため息を吐いて言った。
「あのねー、陽菜。鶴は切っても意味ないの。ちゃんと折らなきゃダメなのよ」
ガビーンという擬音語が聞こえてきそうなくらいショックを受けた陽菜が涙目で尋ねる。
「じゃあ、ご主人様元気にならないにゃ?」
その様子を見たあたしは、さすがに罪悪感を覚え、陽菜の隣に腰を下ろした。
「もう、あたしが折り方教えてあげるから。ほら、さっさと折るわよ」
「ふぇ、でも……」
陽菜が今まで切った鶴に目を移す。
「大丈夫よ。今からちゃんと折れば、絶対願いは叶うから。大事なのは気持ちよ。気持ち」
そう言って、あたしは鶴を折り始めた。陽菜もそれに倣って鶴を折り始める。
しばらくの間、二人は黙って作業に集中した。
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俺の頭の中には様々な想いが巡っていた。統麻の覚悟はすごい。本当に。人は人を想うとこんなにも強くなれるのか。ふと、思う。自分の大事なものは何だろうと。
かつて交わした誓い。にゃーこ、命、いつの間にやら一緒に暮らしている家族。
そして……由希乃。
俺の想いはあいつに負けるのか?それはないだろ。
じゃあ、俺の力はあいつに負けるのか? ……それも、ないだろ。
「じゃあな。あばよ」
統麻が俺の首目掛けて刀を振るう。今までの何十倍も強い力で。頭上から振り下ろされる必殺の一撃。命を切り裂く死神の刃。しかし、俺はそれをあっさりと受け止めた。二本の指で。
「何? ぐはっ!」
刀を受け止めたまま、今度は俺が統麻を蹴り飛ばし、近くの岩に叩きつけた。
そして統麻の刀を投げ飛ばし、奴の顔の横に突き刺す。
「何か勘違いしてないか?」
「な、何だと。ぐお!」
一瞬で距離を詰めた俺が、よろめきながら立ち上がる統麻に連撃を叩き込み、最後はアッパーで上空に叩き上げる。
「確かにお前は強いさ。歴代で最高かもしれん。でもな」
吹き飛ぶ統麻の頭を空中でキャッチし、そのまま地面へ。地面の岩が統麻を叩き付けた衝撃でくもの巣状にひび割れた。
「俺が本気を出せば、話は別なんだよ」
「ば、馬鹿な。ぐふ!」
地面に倒れる統麻の頭を掴み、今度は腹を殴りつける。噴き出す鮮血が俺の顔を赤く染める。そして、俺に放り投げられた統麻は大木に激突し、力なく崩れ落ちた。
「知ってるだろ? 俺も鬼の真生なんだぜ」
ゆっくりと近づく俺に、統麻は血を吐きながら答える。
「し、しかし、こっちは侵食体でもあるんだぞ。なのに何故……」
「まだ分からないのか?」
俺は静かに告げる。
「確かに妖怪が魔に喰われると、その力は魔によって増幅される。しかし、俺達半妖の力の半分は霊力でできている。そして、魔は霊力を嫌う。ここまで言えば分かるな?」
「まさか……」
「そうだ。半妖が喰われても、妖怪の様に力が増幅される訳じゃない。むしろ、霊力と反発し合って相殺され、力の減衰を招くことになる。お前がさっき見せた力の増幅は、自身に残っている妖力を覚醒によって高めたに過ぎん。つまりだ」
俺は自分の額を指差す。そこには、統麻と同じく、二本の角が立っていた。
「こちらも覚醒すれば、お前に負ける道理は無いのさ」
一方的な戦いだった。いくら相手の思考を読めても、反応できなければ意味が無い。
今の俺と統麻にはそれほど絶望的な差があった。
「かはっ!」
もう何度統麻を倒したか分からない。それでも統麻は立ち上がる。俺はまた叩きつける。
「ぐほっ!」
拳が痛い。何度も統麻を殴った拳が痛い。血が出ている訳じゃない。骨が痛んだ訳でもない。
それでも拳が痛い。友を殴る拳が痛い。心が、痛い。もう何度目か分からない。統麻が崩れ落ちた。もはや顔は原型を留めておらず、レジストスーツは所々破れていた。全身血まみれだ。
「もう、よせ」
ずっと、無言で統麻を殴りつけていた俺は、ようやくそう口を開く。
「まだ・・まだ」
それでも、統麻は立ち上がる。頭のどこかで声がする。さっさと殺せ、それで終わりだと。
そう、殺せばそれで終わり。拳を使わず、刀で首を落とせばそれで終わり。なんなら、頭を握りつぶしてもいい。それで終わり。
今までずっと、そうやってきた。どんな相手だろうと構わず殺した。男だろうが、女だろうが、命乞いしようが、泣いてすがろうが、構わず殺した。何とも思わなかったからだ。
でも、今は痛い。体に異常は無いはずなのにそれでも痛い。あいつを殺そうとすると、死ぬほど痛い。俺はアイスオーガのはずなのに。何とも思わないはずなのに。いつからだ? いつからこうなった?
分かってる。本当は分かっているんだ。いつからこうなったのか。
「…………」
もはや、統麻は何も喋らなかった。そのまま無言で立ち上がる。統麻の心情は分からない。俺には人の心は読めないから。そして、再び統麻を殴りつける。統麻は言葉を発することもできずにただ吹き飛ばされた。大分場所を移動した。吹き飛ぶ統麻を追って。ここはどこだ?
「……やっと着いた」
「何?」
それまで無言だった統麻が不敵に嗤う。
「ここは……」
「ただ、サンドバッグになってたわけじゃないぜ」
統麻はボロボロの体を起こし、懐に手を伸ばす。取り出したのは紫色の石だった。しまった、ここは……
「ようやく、気付いたか?」
統麻が石を掲げて続ける。
「そう、冥府の門の出現ポイントさ」
しまった。統麻の狙いは……
「そうだ、どうせ俺はもう長くは無い。だから、最期はせめて舞乃の隣で死ぬことにする」
統麻は嗤った。しかし……
「無駄だ、統麻。純妖石で冥府の門を召喚できたとしても、門が開くことは無い。舞乃がいるからな」
俺の言葉に、統麻は一段と高い声で嗤った。
「忘れたのか? 今日は新月だぞ。妖力が最も高まり、霊力が最も弱まる新月だぞ。冥府の門さえ召喚できれば、あとはこちら側から開けることができるさ。今の俺の力でもな」
そして、再び嗤い出す。
「ははは、お前の負けだな、凍士。さっさと俺を殺さないからこうなる。言っただろ、世の中はそんなに甘くはない。漫画やアニメみたいに、ハッピーエンドばかりとは限らない。こうなったのはお前のせいだ。お前は確かに俺より強くなったが、結局のところお前は何一つ守れないまま負けるんだよ」
純妖石が、空高く舞い上がる。統麻が妖力を解放しているのだ。
このままでは、冥府の門が開いてしまう。そうなったら、今度こそ終わりだ。
世界が終わりを迎えようとしているそんな時、俺は不思議と全く違うことを考えていた。
(くそっ、スゲーな、あいつ。いくら惚れた女の為とはいえ、ここまでするか、普通。
自分の人生捨ててまでこんな真似するなんて。ほんとに……ほんとにすげーよ。お前は。
はは、なんか勝てる気がしなくなってきたよ。でもな、統麻、ワリーけど。俺もこのまま負けるわけにはいかないのさ。仮初めかもしれないけど家族みたいな奴らがいて
それに何より……やっぱり自分の惚れた女を黙って死なせるわけにはいかねーよ。
だからよ、統麻……最後は建前なしだ。正直なところ、世界がどうなろうと他人がどうなろうと、俺にはどうでもいいのさ。ただ俺は、俺の大事なもんの為にお前を殺す。)
俺の体に力が漲る。もう、痛みは感じない。感じている暇など無い。
純妖石はもはや遥か高くまで舞い上がってしまい、今から飛んでも間に合わない。
妖力を解放している統麻を倒すしかない。辺りが紫色に染まっていく。もう時間が無い。
俺は、闘衣を纏い、全身に最大限の力を込めて統麻に迫った。
急速に狭まる俺達の距離。統麻が勝利を確信したかのように告げる。
「ようやく来たか。ヒーローさんよ。だが、もう遅い」
統麻が力の解放を終えつつある。辺りに妖力だけでなく、瘴気も入り混じる。
でも、それでも……
「ヒーロー? 何言ってる? 正義なんぞクソ喰らえなんだよ。俺は正義の味方じゃねえ。俺はな、惚れた女の為にお前を殺す、ただの……」
俺は統麻を見据えて言い放つ。
「ただの……自己チュー野郎さ」
純妖石がその力を解放し、光に包まれる瞬間、
冥府の門がその姿を現そうとした瞬間、
そして、二人の距離がゼロになる瞬間、
俺は見た。統麻が嬉しそうに笑うのを。その顔は俺の知っているいつものあいつで。
「なんだよ。分かってんじゃん」
やがて光は収束し、俺の刃が統麻の体を貫いていた。
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TOUMA SIDE
やれやれ、ようやくか。凍士に体を貫かれた時、最初に思ったのがそれだった。
全く世話の焼ける妹と親友だぜ。お互い好き合ってるのに、まだるっこしいっての。
俺は心の中でため息を吐く。でも、本当は嬉しい。本当に。
魔に喰われた夜、本当は分かってた。あの声が舞乃のものではないことを。
俺は自分に負けただけ。舞乃への想いを忘れられない自分に負けただけ。
でも、それでも良かった。舞乃が死んだと聞かされた時から、きっと俺は死んでいたから。
舞乃が死んでから俺の景色は常に灰色。見るもの聞くこと感じるものが全て空虚だった。
由希乃を引き取ってからもそれは変わらなかった。
舞乃と瓜二つのあいつと暮らしたら何か変わるかと思ったが、やっぱり変わらなかった。
凍士、正直に言おうか? 俺はお前が憎かった。出会った時から。八つ裂きにしたいほどに。
当然だろ? お役目だろうが世界の為だろうが、自分の惚れてた女を殺されたんだ。
俺は、聖人君主じゃない。そんな言葉では割り切れない。憎くないはずないだろ。
本当は、出会ったあの時殺してやろうかと思ったよ。怒りを噛み殺すのに必死だったぜ。
全然気付かなかっただろ。何度任務に見せかけてお前を殺してやろうと思ったか分からない。
でもな、俺は見ちまったんだ。お前が、舞乃の使ってた部屋の花を毎日取り替えてるのを。
舞乃の部屋をそのままにして、ずっと誰にも使わせないようにしているのを。
綺麗な紫苑の花を毎日欠かさず舞乃の部屋に飾っているのを。
紫苑の花言葉は『君を忘れない』。
そして、俺は知っちまったんだ。お前が、舞乃が金を出してた養護施設に毎月多額の寄付をしているのを。
俺達ナンバーズの給料は決して悪くはない。そりゃそうだ。俺達がいなかったら、いつ世界がひっくり返ってもおかしくないからな。少なくとも、そこいらにいるプロ野球選手よりは遥かにもらってる。
でもさ、それにも関わらず、お前が貧乏暮らしをしてんのはその為なんだろ。
それを知ったときな、俺の中の憎しみはきれいさっぱりなくなったよ。
舞乃の相棒がお前で良かった。俺ならきっと、舞乃を殺せなかっただろうから。
残ったのは空虚さだけ。誰かを憎むこともできず、誰かを恨むこともできず。魔に喰われた後も、不思議と意識は明瞭だった。意識を乗っ取られて操られるかとも思ったが、不思議とそれはなかった。
代わりに舞乃への想いがより強くなった。俺の中で二つの意志がぶつかり合う。舞乃への想いとお前や由希乃への想い。
俺にはもう決められない。だから凍士、最後はお前に決めてもらおうと思った。俺の最初で最後の親友であるお前に。悪いな。最後まで迷惑かけて。
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