秘めた復讐者
妖と魔
どちらが強いかと問われれば、間違いなく妖である。
妖こそ彼らの長であり、王であるのだから。
◆◆◆◆◆◆
キールの手には、美しい装飾を施された銃がある。この村に来てから、使う事はなかったものだ。
だが、手入れは欠かしていない。
彼はそれをベルトに挟んだ。
使わないからといって、離したことはない。いつ必要になるか分からないし、プライムの事もある。
用心しておくに越した事はない。いわばお守りのようなものだ。
表から、泣き叫ぶ子供たちの声が聞こえる。
彼は苦笑した。診察室を出る。
「賑やかだな」
「本当に、申し訳ないねぇ」
子供の母親達が言った。一様に己の子を叱り飛ばしている。
そんな中に、一人だけ、泣いていない少年がいた。
ガラである。
憮然とした表情のまま、庭に突っ立っている。
キールはそれに気付いた。
「ガラ」
呼ばれると、彼は少しだけ頭を下げた。
「あの子を庇ったって?」
「…別に、アイツのためじゃねぇし」
ガラはぶっきらぼうに言った。口を尖らせる。
「父ちゃんの事は許せねぇけど…それはオレが怒る事で……こいつらが好き勝手する、理由にされたくなかった。それだけだよ」
照れを隠すためだろうか。
口調はつっけんどんで、どこかとげとげしい印象を受ける。それなのに、言葉はどこか優しくて。
キールは思わず口元を押さえた。ガラに背を向ける。
ガラの顔が赤くなった。
「なに笑ってんだよ、先生!!」
「す、すまない……」
笑うという言葉に、全員が反応した。
前髪と手に隠されて、顔ははっきりと見えない。しかし、その肩が揺れていた。
(笑ってる!?)
驚愕の事実である。
滅多に表情を崩さないキールだけに、それは珍しいものだった。まして、声を押し殺して笑うなど。
ガラは憤然としている。
「先生!」
キールは笑いを収め、目元を拭った。その顔にはまだ、笑った名残がある。全くの無表情ではない。
「悪かった…だが、礼を言うよ」
「だから別に礼なんて……」
ガラは口ごもる。家のほうにチラリと目を向けた。
「その…なぁ、先生。アイツは……」
ガラの言葉に、キールの表情が曇った。それを見て、唇を引き結ぶ。
あの後。
ガラが一頻り怒鳴りつけた後。
人が集まってきて、子供たちの親もやってきて。
辺りが騒然とした頃。
プライムは突然泣き出した。
された事に対してではなく。
庇ってもらった事に対してでもなく。
こんな時、いつも真っ先に駆けつけてくれた両親が、もう何処にもいないことを再認識して。
「おとーさん…お母さぁん……!」
どんなに呼んでも、来てはくれないのに。
泣きながら、何度も呼び続けた。
町の男が、泣きじゃくるプライムを抱き上げて、連れて行くまで。
町の人に連れられて帰ってきた時、彼女はまだ小さくしゃくり上げていた。
驚いたシルフィーラが手を差し伸べると、その手に縋り付いて、また泣き始めた。
キールが事情を聞いている間、ずっと、その涙が止まる事はなく……
二人がかりで何とか宥めて。
先程ようやく落ち着いて、眠ったところである。今もまだ、シルフィーラが付いている。
キールが困ったような顔をしている。
ガラは顔を顰めた。
「アイツ、どうしてる?」
「…泣き疲れて眠っている。もう少し落ち着いたら……」
先の言葉は言わなかった。代わりにくしゃりと頭を撫でる。そして母親達のほうへ向かった。
ガラには、言わなかった言葉が聞こえたような気がした。
落ち着いたら、遊んであげて
声なき言葉であったことに、変わりはないのに。
泣きながら誤る子供らと、しきりに頭を下げさせ、また自分達も下げる母親達。
ガラは何とも言えない気持ちのまま、その光景を見ていた。
何処にでもあるような風景なのに…いつもの光景なのに……
それが酷く遠いものに感じながら。
◆◆◆◆◆◆
水妖の姫は言う。
「お父様は乱暴なのです」
娘の言葉に、父王は片眉を上げた。
姫は構わずに先を続ける。
「こんなやり方で…いつまでも、皆が付いてくるとは思わぬことですわ」
手厳しい意見に、王は面白そうな笑みを浮かべる。
「では、誰に付いて行くと言うのだね?この国で。私の他に?」
「その、ご自分しか居ないだろうというようなお考えは、お捨てなさいませ…誰だっていいのですわ。お父様がいなくなっても、国は…民はそこにあるのですから」
それだけ言うと、姫は身を翻す。衣がひらりと舞った。
彼女の瞳に光るものがあることなど、父王が気付くはずもなかった。
父王は実に愉快そうに笑う。
「我が娘ながら、何とも反抗的に育ったものよ」
その場に控えた家臣たちは何も言わない。ただ静かに、頭を下げただけだった。
姫は父王の居室を後にすると、足早に回廊を抜けた。とめどなく涙が溢れる。
自室に戻ると、心配する侍女たちを退け、真っ直ぐに寝室へ向う。そして寝台へ身を伏せた。
「お兄様…お兄様……!」
低い嗚咽と共に、声が漏れる。
その手には、小さな装飾品が握られている。珊瑚で作られた、精巧な髪飾り。
姫がまだ幼い頃、年の離れた兄に贈られたものだった。
その兄は、もういない。優しい兄だったのに。
優しすぎたのだ。父親の暴政に反抗するほどに。
そして、これが初めての事ではない。
優しかった兄達は、皆、父王に処刑されてしまった。
水妖の姫は、己の無力を嘆き、寝台に顔を伏せた。
◆◆◆◆◆◆
グレンが行き倒れの行商人を見つけたのは、陽も暮れた後のことである。
亜人種の彼だからこそ、見つけられたのだ。街道外れに落ちていたのを、無造作に拾い上げた。
まさか、人だとは思わなかったのだ。荷物ごと吊り上げて、驚いた…というより、怯んだ。
「ガンズさん!?」
見知った顔であったから良かったようなものの、これで全く知らない人間だったら、迷わず捨てていただろう。
グレンは行商人を担いで、慌てて家へと運んだ。
行商人は衰弱しきっていた。
本当ならキールの家まで運びたかったのだが、担いで運ぶのはちょっときつい。
まして、弱った行商人の体には、相当負担だろう。グレンは行商人を家族に頼み、暗い夜道をひた走った。
そしてキールを連れ、再び駆け戻ったのである。
「…全く。どんな無茶をしたのだか……」
行商人の様子を見て、キールは呆れたように言った。
「先生。ガンズさんは…?」
「疲労と脱水症状だ。水も飲まずに、此処まで走って来たというところか」
そろそろ老年に入っているガンズには、かなり辛かったはずだ。
キールは息を吐く。
「命に関わるほどではないから、心配するな。このまま休ませてやってくれ」
「分かりました…あ……!」
グレンの声に、キールが振り向く。
ガンズが目を開けていた。ゆっくりと、辺りを見回している。
「目が覚めましたか」
キールが言った。
ガンズは訳が分からないと言った様子で、彼を見つめている。だが突然、ハッとしたように目を見開いた。
キールの服の裾を掴む。口を、酸欠の魚のようにパクパクとさせる。何かを必死で訴えようとしている。
「何か飲んだほうがいいですよ」
冷たい水が差し出される。グレンが体を起こすのを手伝って、水を飲ませた。
それでもなお、上手く声が出ないらしい。
キールは顔を近づけた。
「落ち着いて。ゆっくり喋ってください」
ガンズは頷いて、一度深呼吸をする。
「…いよ……の、のっ…あしゃあくう……」
発した言葉は、やはり言葉になっていなかった。
しかし、キールの表情が変わった。じっとガンズの顔を見つめている。
「あしゃ…街道おあしって……ちにいていう……」
完全に、キールが固まった。
グレンは二人を見比べている。
「ガンズさん?キール先生?」
不安そうな声に、キールは我に返った。
ガンズは更に言った。
「ガーディアーラ……逃げろ…ま…のいと……えて…やく」
一瞬、キールが泣きそうに見えたのは、グレンの目の錯覚だっただろうか。
キールは首を左右に振る。ほんの少し顔を俯かせて、それから再び顔を上げた。
いつもの顔だ。
「まさかとは思うが、アンバスを襲った連中と同じ奴等かもしれない」
「先生!?」
グレンはぎょっとした。家族も同様だ。
キールはすっと踵を返す。
「水妖を乗せた馬車が来るそうだ」
「水妖!?」
「街道を通って、こちらに来ている…時間がない。町全体に連絡を」
夜の町が慌しくなる。
篝火が焚かれ、広場に人が集まってきた。それぞれが武器を手にしている。
ミンスは、アンバスほど小さな村ではない。一種族だけが住む場所でもない。
やり過ごされるかもしれないが、楽観は出来なかった。この街は、街道沿いの町でもあるのだ。
篝火に背を向け、闇に目を凝らす。
キールは少し、人の群れから離れた場所にいた。
プライムはやっとの思いで彼を見つけた。
「先生!」
声に気付いて、彼は顔を上げる。篝火を受けた、黄金の輝きがこちらに走ってくる。
目を細める。
「どうした?家にいろと言ったはずだぞ」
「でも……」
じっとこちらを見つめてくる。
キールは彼女の頭に手を置いた。軽く撫でてやると、嬉しそうに笑う。
キールは膝をついた。
「頼みがある」
「頼み?」
「…これから来るであろう奴らが、アンバスを襲った者と同一なのか、確かめたい」
プライムの表情が強張った。その頬に手を添える。
「辛いだろうが、頼む。違う者であれば、これから先も警戒し続けなければならない同一であれば、ここで食い止めたい…お前の父親の行方も分かるかもしれないしな」
頬に触れる手に、小さな手が重ねられる。
小さな手は震えていた。キールの手をぎゅっと握る。
「…がんばる」
「ありがとう。そうだな…酒場の二階からなら、様子も見えるだろう」
キールは立ち上がった。プライムの手を引く。
「そこから、何かの合図を……」
「やだ!」
プライムがキールの腕にしがみ付いた。驚いて振り返る。
彼女は泣きそうな顔をしていた。
「わ、私もここにいる!」
「駄目だ。危険すぎる」
「やだ!!」
プライムは首を左右に振った。
余りに必死の様子に、キールは首を傾げた。空いている手で、頭を撫でてやる。
「…どうしたんだ?」
「やだよ…もぅ、知らない間にいなくなるのは、いやだ……」
目に涙を浮かべて、がっちりとしがみ付いてくる。
困った様子のキールに、様子を窺っていた町の人が声をかけてきた。
「いいじゃないか。置いといてやんなよ、先生」
キールは眉を顰める。
どうなるか分からないのに、子供を外に出すわけにはいかない。
キールに、この子まで守れる自信はなかった。
他の男が更に言った。
「戦いになるとは限らないんだしさ。なったら、どこに居たって、大してかわりゃしないさ」
「それはそうだが……」
「なぁに。いざとなったらその子が逃げる時間くらい、作ってやるって」
あくまで暢気な町人たちである。
キールは息を吐く。彼らの説得に応じるわけではない。
プライムのほうが、何を言っても聞いてくれそうにないからだ。
自分に言い訳して、キールは言った。
「傍を離れるなよ」
「はい!」
プライムは嬉しそうに返事をした。
◆◆◆◆◆◆
男はにんまりと笑う。
「ミンスね…あの虎族の村よりはマシだといいんだけど」
「…ですが坊ちゃん。あの町には人も住んでますよ?いいんですか?」
ガラの悪そうな部下が不安そうに尋ねる。
男は鼻を鳴らした。
「地方の田舎町、いくら消えたって構やしないさ。事件にもならないだろうよ」
男の背後に砲台が現れた。
先端が、町の明かりへと向けられている。
「さぁ…楽しいハンティングの始まりだ……」
男が呟いた。




